以下の文章は、海渡雄一・編/監獄人権センター・企画
『監獄と人権』(明石書店/1995年12月発行)の序文として書かれたものです。
これを読まれた方々が、ぜひ、上記の本をお読みいただけるように、またより多くの方々が、私たちの運動にご参加いただけるように願っています。
日本の監獄の改革をめざして
海渡雄一(弁護士・監獄人権センター事務局長)
1 監獄における規律秩序の肥大化と人権侵害への歯止めのない状況は何故生まれたか。
1、刑務所の閉鎖性
国際的な人権監視団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本の刑務所の特徴を次のように表現している。「世界各地の様々な刑事施設制度に詳しい外部の者の目からみると、日本の刑事施設のおそらく最も衝撃的な特徴は、沈黙という点にある。それは文字通り沈黙が支配しているという意味だけでなく、刑事施設に巡らされた公式の秘密主義の封印によって生れたものでもある」
この言葉は私にとって長い間日本の監獄に抱いてきた違和感にはっきりとした表現を与えてくれたように思う。
日本の監獄について議論しようとする際に、最初につき当たる壁は議論のために利用可能な情報が絶対的に欠如しているということである。日本にも巡閲官という職がある。しかし、巡閲した刑務所の実態についてのレポートなどは公表されていない。イギリスでは刑務所監察官のレポートや各刑務所の訪問者委員会のレポートが公表され、討論の前提となる事実を明らかにしている。
そして、日本の監獄の実態について刑務所外部の弁護士会や市民団体が手さぐりで実態を明らかにしようとすると、法務省はヒステリックに「事実とちがう」「一部の事実だけを取り上げて公正でない。」という反応を示すのだ。
このレポートも、もしかするとそのような反応をもって迎えられるのかも知れない。私たちはこのレポートを実際に起きた監獄訴訟で明らかになった事実を中心にまとめた。執筆しているのは獄中者自身や支援者、弁護士などである。もちろん、私たちはここに記されたことが日本の監獄の全てでないことは理解している。しかし、私たちはここで描かれた現実が日本の監獄のもつ最も本質的な人権侵害的な部分を浮かび上がらせていることに確信をもっている。
2、矯正局内部の官僚化の進行
この本の中で取り上げたような軍隊式行進の矯正、わき見と交談の禁止に象徴される息の詰まりそうな、規則づくめの刑務所はなぜ生れたのか。戦前や、戦後直後の獄中記を見ると、監獄の中の生活は今よりもずっと自由だったことが分かる。このことは、刑務所の看守向けに編集されていた「刑政」のバックナンバーを繰ってみても裏付けられる。
刑務所の一線の看守が死刑の廃止を論じ、進歩的な開放処遇の導入を論じている。このような部内の改革の力がなくなりはじめたのはまぎれもなく一九六〇年代の後半からのことである。この原因を元刑務官で監獄人権センターの活動に参加している坂本さんは、本書の中の 章で、細かい規則や軍隊式の処遇が導入されたのは六〇年代後半からの学生運動関係の被告人に対する対応が原因と分析されている。私自身、その正確な原因を特定することはできない。しかし確かなことは、今日本全国の、とりわけ男子累犯者を中心に収容するB級刑務所に特徴的にみられる、規則づくめで、規律と沈黙の支配する刑務所体制は七〇年代に府中刑務所で誕生し、八〇年代以降に全国化したものであり、現在進行形で規律の自己増殖という悪循環を引き起こしているという事実である。このような刑務所体制は決して日本に伝統的に存在したものではないし、日本文化の所産でもない。矯正局内部の官僚化の進行とそれに対する歯止めの欠如が生み出した、異常な体制であるということである。
3、人権侵害と差別を容認する刑務所文化の定着
今、最も憂慮しなければならないことは、この異常な体制のもとで研修を受けた若い刑務官の一部に人権侵害と差別を容認する刑務所文化が定着しつつあるのではないかということである。この懸念を裏付けるように、全国の拘置所、B級刑務所で看守の被拘禁者に対する集団暴行事件が続発している。そして、これらの事件には重要な特徴点、共通点が指摘できる。日本的な規律秩序になじめない外国人(例えば本書に収録されたエジプト人のケース、ナイジェリア人のケース)や訴訟手続や当局に対するなんらかの不服申立手続きを取ろうとした被拘禁者(例えば府中刑務所のケース、横浜刑務所のケース)が、その被害者とされているのである。このような暴力の背景には外国人に対する人種的偏見、権利主張をする者に対する「悪いこととをしておいて権利など主張する資格はない」という敵視と報復の感情をみてとることができるのである。
そして、日本の刑務所制度を根本的なところで規定しているのが懲罰としてでなく、処遇上の必要によって課される、長期に及ぶ独居拘禁であると思われる。独居拘禁の対象とされると運動と入浴・面会以外の時間は全て居室内で過ごすこととなり、運動と入浴も一人でやることとなり、人間的な接触はほとんど断たれてしまう。刑務所の規律秩序を乱すおそれがあると判断されてしまうと、未決も、受刑者も長期に続くこの独居拘禁の状態から出られなくなってしまうのである。死刑確定者の場合ですら、完全独居の場合と一定の集団処遇を認められている場合に分断されている。このことは、日本の監獄においては、一般の社会生活に近い集団的な生活は、あくまで恩恵として認められるものであり、刑務所秩序に少しでも反逆するものは耐えがたい孤独のうちに置くことができるということを意味している。厳格な刑務所秩序は、一方で仮釈放の決定の権限とこの「いつでも当局の判断だけで独居拘禁にできる。」という脅しによって、最終的に担保されているのである。このような独居拘禁の持つ意味を鋭く問いかけている訴訟が本書でも取り上げた旭川刑務所の磯江洋一さんのケースである。
2 改革の芽はどのように育まれてきたのか
1、被拘禁者自身の権利主張・監獄訴訟
次にこのような日本の監獄の絶望的とも言える現状をどのようにして改革していけるのか、これまでの努力のあとをたどってみたい。
この本には多くの獄中者の提起した裁判の記録が収められている。法務省当局は被拘禁者には裁判を提起する権利が保障されていると主張する。しかし、獄中にあるものにとって裁判を提起することは、ひどい場合には職員の挑発によってリンチ的な暴力にあう危険性すらあるし、少なくとも、そのあとの拘禁生活を独居拘禁で過ごすことの決意なしには提起できないものなのである。そして、経済的な余裕のない獄中者にとって、弁護を引き受けてくれる弁護士を探し出すことは大変困難だった。たとえ本人で訴えを提起しても法廷に出ることも容易ではない。
しかし、これまでも獄中者が団体を作って処遇の改善を求める活動も取り組まれてきた。とりわけ、統一獄中者組合の活動が特筆されるべきだろう。組合の実際の活動は日常的な処遇の改善の要求活動が中心であったが、監獄当局からは監獄解体を叫ぶ過激派のようにレッテルを張られ、その活動は徹底的にマークされてきた。特に受刑者は家族だけと面会・通信が認められないため、活動は極めて困難である。しかし、このような活動を通じて蓄積されてきた経験は今後の改革の基礎となりうるものである。
監獄訴訟については、最近、裁判所が証拠保全の決定を速やかに下すようになってきた、原告の勝訴する事例が決して珍しくなくなって来たという嬉しい変化を指摘できる。この本の中で取り上げた裁判はどれも重要なケースばかりであるが、もし、これらの事件で原告勝利の判決を積み上げることができれば、状況をかなり変えることができるだろう。獄中の闘いを支援する市民活動の蓄積、社会全体の人権意識の向上、日本の刑務所行政に対する国際的な批判の高まり、国際的な人権基準や国際的人権機関の活動が広範に紹介されるようになったことなど有利な状況が生まれている。
監獄訴訟を公正な裁判にするためにはまず弁護士との秘密交通を確立することが必要である。現在、監獄訴訟の代理人である弁護士と被拘禁者の間の面会は原則として三〇分、看守が立ち会いその内容をメモしている。暴行をふるった看守の反対尋問の打合せの内容まで刑務所当局は克明にメモしている。ひどい例では、受刑者が弁護士にあてた手紙の内容を国が証拠として提出してきているような例まである(旭川刑務所磯江事件)。このような制限が国際人権基準に違反することを問う裁判が徳島刑務所事件である。この事件に勝利することは監獄訴訟を公正に行う上で基本的に重要である。
2、弁護士会の活動
弁護士・弁護士会の被拘禁者の人権に関する活動は、これまで必ずしも活発とは言えなかった。刑事事件の弁護活動はあくまで法廷内の活動に限定されるという考えが強かったせいもあるのだろう。しかし、このような考え方にも変化が生じている。一九八二年に国会に上程された刑事施設法案・留置施設法案(拘禁二法案)の反対運動に取り組む中で、これまで未決の刑事弁護一辺倒であった弁護士の関わり方に幅が出来てきている。日弁連は拘禁二法案に対する活動の基本方針に代用監獄の廃止などと並んで、被拘禁者の人間的処遇、規律秩序偏重の是正、受刑者の自主性の尊重などを掲げて取り組んできた。そして、日弁連は一九九二年二月刑事処遇法案を政府の法案に対する対案としてまとめた。日弁連案は「わが国のおかれた国際環境の中で、幅広い国民感情にも留意しながら、最低限実現を図らなければならないギリギリの現実的提案」とされる(「解説・日弁連刑事処遇法」7頁)。弁護士会は一九八八年頃から国際人権基準の紹介に力を注ぐようになってきた。一九八八年の規約人権委員会の政府報告書の審査、同年の国連被拘禁者保護原則の採択が大きなきっかけとなっている。一九九三年の規約人権委員会の日本政府報告書審査の際には日弁連は「国際人権(自由権)規約の日本における実施状況に関する報告」をまとめている。
3、学界のサポート
最近の特に画期的なことは、刑事法・国際人権法学界の中には国際人権法を紹介し、重要な外国の情報を紹介するだけに留まらず、わが国の監獄の実態と関わり、その処遇の実態や監獄訴訟の判例を国際人権基準をもとに分析しようとする研究者集団が誕生しつつあることである。刑事法学会では一橋大学の村井敏邦教授や明治大学の菊田幸一教授を中心に幅広い研究者の共同作業が組織されてきている。
特に、刑事施設法案に対する対案「刑事拘禁法要綱試案」(法律時報六三巻六号)をまとめた刑事立法研究会は、法学セミナー誌上での「もう一つの監獄法」連載(三七巻一号から三八巻四号)、ヨーロッパ評議会やイギリスの行刑改革に関する重要資料の紹介、ヒューマンライツ・ウォッチの「監獄における人権/日本 1995年」の翻訳紹介など活発に活動を展開している。
国際法の分野では国際人権法学会に結集する研究者の中に、国際人権規約の解釈に関する関心が高まっている。とりわけ、熊本大学の北村泰三教授の国際人権法から見た弁護人の接見交通権、起訴前の国選弁護、受刑者と弁護士との秘密交通権等に関する一連の分析は、国際人権法を日本の被拘禁者の人権状況の改善につなげようという実践的関心に貫かれている点で、注目される。
3 今、何が必要か。
1、監獄人権センターは何故設立されたのか。
監獄人権センターは一九九五年三月に結成された。しかし、その準備には数年を要している。私自身がこのセンターの結成を具体的に考え始めたのは別冊法学セミナー「監獄の現在」の中で、「行刑過程の民主的コントロール」という題で論文を書いたときである(一九八八年一一月)。この中で、行刑当局から独立した第三者機関の必要性と並んで、獄中者とその支援の運動、弁護士会内の努力、学界の努力の合流した、市民的なNGOの必要性を説いた。
しかし、この考えを実行に移すきっかけとなったのは一九九三年秋の日弁連刑事弁護センターのイギリス訪問の際に、ペナル・リフォーム・インターナショナル本部を訪問し、事務局長のヴィヴィアン・スターンさんから、日本でも改革のためのNGOを作りなさいと励まされたことである。スターンさんはイギリスでも最大級のNGOといわれる受刑者の社会復帰のための組織ナクロのディレクターを兼ね、イギリスの刑罰制度の問題点を深く分析したペンギンブックス「恥のれんが」の著者としても知られている。帰国して、イギリスの実情を日本の獄中者を支援する活動をしている人たちや研究者の方たちに話す機会があった。センターの必要性について、話合いを始めていたとき、今度はヒューマンライツ・ウォッチから日本の刑務所の調査をする計画があるので手伝って欲しいという依頼が来た。この調査のサポートをする中で、ネットワークをつなげてセンター結成へとたどりついたのである。センター結成の記念講演はヒューマンライツ・ウォッチのプリズン・プロジェクトのディレクターであるジョアンナ・ウェシュラーさんによる監獄の人権状況改善のためのNGOの役割というものとなった。監獄人権センターの目的は 入管施設を含む拘禁施設における人権状況を国際人権基準にしたがって改善することである。 刑罰における不公正な差別をなくす。 また、刑事被拘禁者の拘禁自体を減らし、その社会復帰に役立つように拘禁刑の内容を改善する。 死刑を廃止する事などである。
2、人権侵害の実態の公開のための努力
センターの第一の活動は拘禁施設内で発生する人権侵害の事実を調査公表し、また具体的事件について弁護士を紹介し、訴訟支援を行う活動である。この活動を成功させる上での生命線は受刑者、死刑確定者を含む被拘禁者と、監獄人権センタ−との通信の権利の保障を勝ち取れるかという問題である。現在までのところは妨害の事実は発生していない。
センターの役割はいわば監獄と市民社会の接点となることではないだろうか。
センターの活動そのものではないが、冒頭に紹介したヒューマンライツウォッチのレポートや国連人権委員会の拷問特別報告官ナイジェル・S・ロドリ−氏がレポ−トで指摘した、死刑確定者の永田洋子さんの医療問題や旭川刑務所の磯江洋一さんの厳正独居拘禁の問題など、日本の拘禁施設に対する国際的な関心を呼び起こしていくことも大切である。
センターが結成されてまだ時間も浅いが、情報を集約していくことの力と有効性を実感している。保護房内での皮手錠の装着の際に苦痛を増すために増し締めが行われているという事件の情報が短期間のうちに三件も寄せられたのである。東京拘置所にはスペシャル・ルームと呼ばれる通常の保護房ではない、特に不潔で非人道的な秘密居房があるということも判ってきた。センターに対する拘禁生活に関する訴訟にまではならない個別の相談も増えつつある。このような一つ一つの獄中からの声に誠実に対応しながら情報センターとしてのセンターの機能を充実させていきたい。
3、刑務官、教悔師、篤志面接委員などとの連携
前に述べた元刑務官の坂本さんの監獄人権センターへの参加により従来になかった新しい地平が築かれつつある。刑務官は労働基本権を否定され、職員団体を作ることすら認められていない。イギリスにはPOAという刑務官労働組合があり、政府の政策にも影響を与える大きな力を持っている。POAが刑務所改革の障害となっており、その影響力を弱めるために刑務所の民営化が言われているという見方もある。
しかし、日本の実情はこのような議論の前提とは大きくかけ離れている。坂本さんの勇気ある発言によって刑務官の置かれている現状に対する理解が深まり、刑務官の人権が十分保障されていない現状が被拘禁者に対する人権侵害の温床となっていることがわかってきた。労働災害や職場内でのいじめなど刑務官の日常に起こる問題にもセンターとして誠実に対応するなかで、労働組合は不可能でも、改革に積極的な刑務官の集団を形成することができれば、市民運動は刑務所の壁の中に共同作業のパートナーを持つことができるようになるのである。このような活動には公務員法に定める守秘義務との関係で、市民運動と刑務官の間には節度のある緊張関係が必要であるが、市民社会から隔絶された刑務官の世界を開いていくためにも積極的に取り組みたい。さらに、刑務官だけでなく、行刑に関わる他の職能例えば教悔師、篤志面接委員、保護司などとの連携の可能性も探っていく必要があるだろう。
4、次のステップは適確な実態の把握
次のステップとしては事件を通じてだけでなく、拘禁施設内部の実態をより自由に調査したいと考えている。独立の第三者機関の設立は後にも述べるように改革の要となる要求である。しかし、このような機関が設立される前にもNGOとしての調査の権能を確立して、施設内の状況を調査していきたい。まず、刑務所行政に関する通達、統計、判決例などの情報の公開を拡大をまず求めたい。これらの情報は討論の基本となるものであり、秘密にしなければならない理由は見い出せない。
また、規約人権委員会は一九九三年一〇月の日本政府レポートに対する審査に基づいて、日本の死刑確定者の処遇に関して再検討を勧告している。この勧告の実施はセンターの重要な要求であるが、その前提として議論の土台となる実態調査を行いたいと考えている。
5、建設的対話の重要性
日本の刑務所行政については市民団体と行政当局の間に信頼関係がない。これは大変不幸なことである。法律家の集団である弁護士会と法務省の間にすら信頼関係がない。しかし、対話と交流のないところに実りある改革は実現できない。
改革を推し進めている国々はイギリスを見ても、南アフリカやラテンアメリカの国々をみても、行政当局と市民団体の間に緊張関係を持ちながら、堅い信頼関係を築いている。
市民団体側のこれまでの関わり方にも反省すべき点はあるかもしれない。しかし、市民団体は人権侵害を指摘し、改善を求めることは当然の機能である。これを行政当局も刑務所の問題点を知らせるアラームとして前向きに受けとめることはできないものだろうか。
たとえば、規律関係では、刑務所で多発している刑務官の暴力を止めること、拷問道具と言うべき皮手錠の廃止、懲罰制度の適正化、独居拘禁処遇適用の厳しい制限、不必要な軍隊式の処遇や細かすぎる規則の撤廃、外部交通関係では、受刑者・死刑確定者と友人との面会・通信の自由化、外国語による面会と手紙を認めること、電話通信の導入、弁護士との面会の立会いの廃止、所内生活関係では、工場でのわき見と会話の全面的禁止体制を緩和すること、受刑者に対する差別と偏見の原因ともなっている囚人服と丸がりの廃止、一日一時間の戸外運動の確保、屈従の儀式となっている正座点検の廃止、毎朝の全裸身体検査の着衣をみとめることなどなど、常識的に見ても、国際人権基準からも時代遅れとなっている処遇を指摘し、対話を通じて確実な処遇の改善の流れを作っていきたい。
このような対話を進めるには国際人権NGOのバックアップは不可欠である。アムネスティなどの国際人権NGOは国内のNGOと政府の対立が険しいときに弾圧への防波堤であるとともに、対話への国際的圧力として機能してきた。外圧利用という非難は国際人権NGOの機能について全く無理解な、的外れの非難である。監獄人権センターは九六年二月にPRI(ペナル・リフォーム・インターナショナル)セミナー開催を計画している。
来日する予定は前に述べた事務局長のヴィヴィアン・スターンさんとブリクストン刑務所の所長のアンドリュー・コイルさんの2人である。コイルさんは犯罪学のPHDの資格ももつ気鋭の改革派刑務所長であり、ヨーロッパ拷問禁止委員会から非人道的状態とまで指摘されたブリクストン刑務所の状況を数年で劇的に改善したと評価されている。最近「プリズン・ウィ・デザーブ」と題する市民向けの刑務所問題の解説書を著した理論家でもある。そして、二人は実は夫婦なのだ。市民団体の活動家と刑務所長が自然に結ばれてともに活動できるイギリスのふところの深さに感動する。CPRの活動家と法務省矯正局職員のカップルが生まれる日には日本でも市民団体と行政当局の信頼関係が築かれるのかもしれない。
6、制度改革の要は第三者機関の設立
刑事拘禁施設は外の世界から隔絶された世界である。特に内部で発生した人権侵害につ
いてはこれを隠そうとする力学が常に働いている。このような場所での人権侵害の有効な
防止のためには行刑当局から独立した第三者機関の設立が必要であることは古くから指摘
されてきた。しかし、日本の行刑当局はこのような機関を設立することに強い抵抗を示し
てきた。戦後早くから監獄法改正を唱えた進歩的行刑官僚である中尾文策ですら、「行刑
の管理機構に関する一つの問題」(「刑政」70巻5号)において、行刑の管理機構に部
外者を入れることは必要としながらこれに評議的権限以上のものを持たせるべきでないと
し、具体的事件への関与も認めるべきでないとしている。
第三者機関の性格については不服申し立ての処理の権限を持つ準司法的な機関、苦情の
申し立てについての刑務所長に対して勧告の権限をもつ機関などが構想されている。イギ
リスの訪問者委員会や西ドイツの施設審議会は後者、スウェーデンの国会オンブズマン、
イギリスのプリズン・オンブズマンなどは前者である。日弁連は刑事処遇法案では前者の
設置を提案している。刑事立法研究会案では両者の設置を提案している。拘禁施設内部に
注がれる目はできるだけ複眼的であることが望ましい。
九五年五月に採択された国連犯罪防止会議の国連被拘禁者処遇最低基準規則の実効的な実施に関する決議では、刑務所に対する司法の監督、議会によるコントロール、正当な権限を与えられた独立の不服審査委員会又はオンブズマン等の独立の国家機関により、監獄制度を監視する方法と手段の提供を求めている。長い伝統を持つ訪問者委員会に加えてプリズン・オンブズマン制度を新たに導入したイギリスの例などを見ても複合的な制度が望ましいと考えられるようになってきている。実効性を持った、複合的な第三者機関の設置が実現できることが監獄法改正の最大の課題であることはあきらかである。
7、国際人権法の分析と国際的な監獄監視機関の設立を展望して
一つの国の制度の中に作られた第三者機関は例え機関として独立していても、なかなか行刑当局に対する気兼ねからはっきりとしたクレームを付けることはむつかしい。その点で、国家の壁を超えて設立された国際機関に監視機能を与えることは大きな意味がある。
国際人権機関が国際的な人権諸基準に基づいて活動することはこの分野での人権状況を改善する上では不可欠なものと理解されている。この点で目覚ましい活動を繰り広げているのがヨーロッパ拷問禁止委員会である。委員会の権限の画期的な点は、委員会に各国の公権力による拘禁施設への無条件の立入り権限が認められていることである。すなわち条約二条は、「各締約国は、この条約に従って、その管轄内にある場所であって人が公の当局によって自由を奪われているいずれの場所への訪問も許可しなければならない。」とさだめ、条約三条は委員会と締約国の国内当局の相互協力まで規定している。いわば、各国の拘禁施設は、委員会の前では、ガラス張りになっているといっても過言ではないのである。この訪問に当って、「締約国は、任務を遂行するために次の便宜を委員会に与えなければならない。a領域への立入り及び制限なしに旅行する権利b自由を奪われているものが抑留されている場所に関する十分な情報c人が自由を奪われているあらゆる場所への無制限な立入り(制限なしにそのような場所の内部を移動する権利を含む。)d委員会がその任務を実施するために必要な情報で、当該締約国が入手できるもの。(後略)」「委員会は自由を奪われたものと内密に面談することができる。」
委員会の活動が実際に各国で訪問している拘禁施設は、警察留置場、刑務所、拘置所などの刑事施設、入国管理センター、精神病院などが含まれる。委員会は、訪問の結果について報告書をまとめ、必要があれば勧告をすることもできる。委員会は、加盟国がこの勧告に対して非協力的、ないし拒否した場合には、加盟国の三分の二の多数で、その事項について公式声明を発表することができるとされている(条約一〇条)。九二年にこの規定がトルコについて発動された。この声明の中で、トルコの警察の中で拷問と他の形態の虐待が広範に存在していることが指摘されている。
前に述べた国連犯罪防止会議の決議に言及されているペナル・リフォーム・インターナショナルのマニュアル「メイキング・スタンダード・ワーク」は、国連の最低基準規則などの国際人権基準の意味内容をより具体的に記述し、基準をどのように実効性をもって実施していくかの方法を具体的に指摘したものである。各国の刑務所行政にかかわる人たちの座右において参照すべき実務のマニュアルといえるだろう。さらに、この決議2項には監獄の状況に関する効果的情報収集のための国連機構の設立に関する提案について検討を開始することが述べられている。国連加盟各国を広くカバーする国際的な人権モニタリングシステムが生まれようとしているのである。確かに、国家主権の壁は厚く、このような機関の本格的な活動開始までは幾多の障害が待ち受けていることだろう。しかしながら、このような機構の設立に向けた具体的な努力が始まることの持つ意味は測り知れない。
九五年九月にイギリスから来日したロッドモーガン ブリストル大学教授は、イギリスの刑務所制度改革に大きな力のあった方であるが、永年日本の弁護士会が訪問を希望して認められなかった新潟刑務所の視察を行うことに成功したのである。ここにも国際的な目が日本の行刑当局の頑な姿勢の変更に有効であることが示されているように思う。
4 あなたの力を監獄人権センターへ
センターは現在会員約200名、(編注:1995年末現在)事務局10数名という小さな力である。しかし、拘禁施設の中からの援助を求める声は次々に寄せられている。
センターは東京を中心に活動しているが、大阪、関西、新潟、旭川にも同じような目的をもって活動する市民団体ができている。協力弁護士も相当数に上っている。しかし、この団体は会員からの会費以外に収入がない。事務局は全員がボランティアとして働いている。しかし、国際的な支援に支えられて事務局員はみないきいきと活動している。事務局会議は昼の仕事の終わった夕方から、アパートに一室を借りている事務所で開く。さまざまな報告と議論があり、新しい活動の計画が決まっていく。会議の後は居酒屋でさらに、創造的で独創的な活動計画の夢を膨らませる。
監獄に囚われた人たちの人権に心を寄せる皆さん、この本を手にして下さった皆さんへ心から呼びかけたい。時間のある人は事務局として一緒に活動しませんか。この本の末尾に入会の方法を記しましたので、活動に興味をもって下さった方は会員になって下さい。会費は1年間5000円、活動経過を知らせるニュースレターをお送りします。
あなたの力を監獄人権センターへ。