(暮しの手帖97号(2002.4.1)「すてきなあなた」より抜粋)
杉村民子
会場の後の入口から、すっきりした黒いスーツ姿で入っていらしたカレンさんは、30人ほどいた聴衆の中の女性だけに握手しながら、前にすすまれました。きちんとセットした金髪、はりのある肌、しっかり見つめる情熱的な目には、いまもなお闘士の面影があります。
軍隊をもたない国として有名な、中央アメリカのコスタリカに旅行したときのことです。
この争いの多い世界の中で、どのようにして、まったく軍隊をもたずにいられるのか、ぜひ知りたいと思いました。
コスタリカが軍備を廃止したのは、一九四八年、故フィゲレス氏が内乱を制したときに「今後は紛争を解決する手段として殺し合いをしたくない」と、宣言したときからです。
フィゲレス夫人のカレンさんは、74歳の現在も、政治の世界でご活躍ですが、そのカレンさんのお話を聞く会がありました。
「平和はたんに戦争がない状態をいうのではなく、ひとつの行動、決意をもった行動が平和だと考えます。――」
軍備をもたないためには、公正な選挙制度、民主主義を徹底させること、それには教育や福祉が大事であること、生命を産みだす女性の力を活用することがかかせないこと――などなど、カレンさんのお話は、言葉はわからなくとも、思わず聞き入ってしまう、力強さにみちていました。
「平和を創ることは容易なことではないのです」とカレンさんはいいます。たしかにコスタリカも、いままでに何度か、平和をおびやかされる目にあっています。近くのキューバの革命が飛び火して、お隣のニカラグアで内戦がはじまったときは、アメリカから基地をつくるよう、せまられましたが、当時のモンヘ大統領はそれをはねつけて、「非武装積極中立」を宣言しました。次のアリアス大統領は、積極的に平和外交をして、戦乱をおさめるための努力をしました。
カレンさんは「国民一人一人が平和を獲得しようという情熱をもたなければなりません。大事なのは、人を幸せにしようという気持ちです。夢に向かって闘いましょう」とお話をしめくくられた後、最前列に座っていらした池田眞規弁護士に向かって、こう言われました。
「池田先生、覚えていて下さってありがとう。先生の胸の白いリボンをみなさんに見せてください」
池田先生が立たれて、後ろを向かれました。背広の胸にちいさな白いリボンがついています。
「このリボンは、二年前池田先生たちがいらしたとき、お約束したのです。毎月一日には、白いリボンをつけてください、と。白いリボンをつけていると、みんな、何ですかそれは、とお聞きになるでしょう。そこから対話が始まります。対話をして、おたがい立場や考え方の違いを理解しあい、尊重しあうことが、争いをさける秘訣です。
コスタリカでは白は平和のシンボルです。みなさんもお国へ帰ったら、毎月一日には、白いリボンをつけて、平和についての対話を始めてください」
あとで池田先生にうかがうと、二年前カレンさんにお会いして以来、毎月一日には、リボンをつけていらっしゃるのだそうです。たしかに、お話を聞いた日は二月一日でした。
リボンをつけるのは簡単なようで、でも、いざ、つけるとなると、なかなか勇気のいることです。そのむずかしい約束を実行されていらっしゃる池田先生、その約束のリボンを目ざとく見つけられたカレンさんに、なみなみならない平和への決意を感じました。
さっそく、そのとき会場にいた人たちも、白いピース・リボンを毎月一日には胸につけて、平和を語る会を作ろうと話し合いました。世界中のみんなが毎月一日には、平和のシンボルの白いリボンを胸につけて、戦争のない平和な社会にするための対話をはじめたら、どんなにすばらしいことでしょう。