衆議院を通過していた生物多様性基本法は、5月28日に全会一致で参議院で可決、成立した。
地球温暖化問題は、1992年に国連の地球温暖化防止枠組条約が採決されて以来、1997年にCOP3(地球温暖化防止京都会議)で京都議定書に初めて具体的な数値目標が示されるなど、産業の低迷や生活の質の低下を懸念して国益を優先する各国の合意が困難な状況に直面しながらも、年々その重要性がクローズアップされてきた。
一方で、生物多様性条約も同じ992年に国連でつくられ、日本も地球温暖化防止枠組条約と同様に批准したが、国内的にもその重要性があまりクローズアップされず、生物多様性国家戦略を策定したものの、積極的な法整備等は行なわれてこなかった。二酸化炭素やメタンといった原因となる温室効果ガスが特定され、その濃度を減らすなど、わかりやすく数値目標を示すことができる温暖化防止に比べて、生物多様性の劣化は、その原因も多様かつ複合的で、理解がなかなか進まなかった。
まして、様々な課題を解決するための共通の目標設定ともなれば、今回の洞爺湖G8サミットでも地球温暖化防止のための新たな数値目標を設定することができなかったわけで、それ以上の困難が予想されてきた。
ともあれ、今回生物多様性基本法が制定されたことは、日本にとって画期的なできごとと評価する意見も多いのだが、それを伝えた全国紙もわずか数行の扱いで、テレビ報道なども行なわれず、社会的な関心がさほど高まっているわけではないことも現実である。
生物多様性基本法の制定に向けては、これまで環境NGOや志のある専門家、政治家、役人等が地道に努力を積み重ねてきたが、それを阻止または骨抜きにしようとする抵抗が産業界等を中心に続いていた。大筋においては持続可能な開発、環境と経済の調和などの目標が示されたが、いざ具体的な行動となるとほとんど足踏み状態が続いてきた。
生物多様性は、地球温暖化と密接につながっていることが認識されはじめている。わかりや すいのは、森林伐採による二酸化炭素吸収源の生態系の減少である。また、開発等による水質低下や都市のヒートアイランド化なども生態系を劣化させている。
世界的な異常気象の増大、これまでの経済支援のやり方では追いつかない世界的な貧困の拡大、新たに注目され始めた食糧危機など、どれもこれも根っこは同じ。地球規模の環境問題に帰結することが知られてきた。
東西冷戦の時代、東側に対して経済パワーを誇示するために始まったともいわれている経済サミット(G6から現在はG8)の参加国に環境と経済の調和の解決を図る能力がないことを露呈し、その解決を国連にまる投げするような形で洞爺湖サミットは閉幕したが、議長国の対面を保つためのシナリオもあって、昨年あたりから生物多様性を含めて、日本の環境政策に変化の兆しが見え始めていた。今や政治も行政施策も環境の視点を無視できないレベルになってきていることは確かなようである。
昨年度は、第三次生物多様性国家戦略がつくられ、千葉県や埼玉県も生物多様性の県戦略をつくった。兵庫県、愛知県、名古屋市なども、生物多様性の地域戦略づくりがかなり進んでいるとの情報も入っている。
政治もようやく動いた。与党も野党も国民やNPOから意見募集をするなど、生物多様性基本法の制定に本腰を入れ、超党派の議員組織がつくられ、たちまち意見が調整され、議員立法として国会で全会一致で法律が制定されたわけだ。しかし、これをもってこの法律が画期的ということではないようである。
特定非営利活動促進法(いわゆるNPO法)も全会一致の議員立法であった。なかなか動かなかった政治が、このときは阪神・淡路大震災でドラスチックに動いた。生物多様性基本法の制定は、洞爺湖サミットに向けてクローズアップされた地球環境問題の注目が後押しした。
今回の生物多様性基本法は果たして画期的なものなのだろうか。この法律に書かれている課題についての認識や取り組みの方向は、特に目新しいものではないし、千葉県の生物多様性戦
略との矛盾もない。これから期待される画期的な取り組みのためのベースが法律で明文化されたれたことが、確かに画期的なのかもしれない。
日本政府は生物多様性条約(国際条約)を早い段階で批准したが、特定外来生物法、種の保存法、鳥獣保護法などの個別法を組み合わせれば批准の要件を満たすことができるとして、10数年にわたって生物多様性のための新法を制定してこなかった。
今回の生物多様性基本法は、既存の個別法の上位に位置づけられることになり、個別法の改正や新たな個別法の制定までを視野に入れつつ、生物多様性保全の取り組みを総合的に実施できるようになることが期待されている。
また、生物多様性国家戦略がこの法律で法定計画として位置づけられ、戦略の目標や各種施策が国の正式な計画となった意味は大きいかもしれない。今後、対策のための予算措置や生物多様性劣化の要因を規制することも、今よりも容易になるはずである。
しかし、楽観はできない。例えば種の保存法の改訂について、開発省庁である国土交通省は警戒感を強めているらしい。生物多様性は、一次産業とも密接に関係していることから農水省の動向、また、エネルギー行政や廃棄物行政を所管する経済産業省の動向にも注目していく必要がある。他の省庁…、内閣府はもちろんだが、文部科学省、厚生労働省、法務省、外務省…、結局、国全体の動向に注目していく必要があることになる。
千葉県も、今年から生物多様性条例の検討を始めるという。堂本知事は、千葉県の生物多様性戦略を策定する際に、「全ての政策策定に生物多様性の視点を盛り込むことが重要」と述べていた。千葉県の生物多様性戦略が、生物多様性国家戦略の下にあるものではない。生物多様性条例を策定し、生物多様性戦略を一日も早く千葉県の法定計画にしてもらいたい。
急速な温暖化も生物多様性を劣化させるし、これまでの無秩序な乱開発が生物多様性の劣化を加速してきたともいわれている。生物多様性の保全・再生・活用の戦略が、乱開発への歯止めになることが期待されている。この生物多様性基本法では、事業の計画立案の段階から実施の段階まで、環境影響評価を実施することが明示されている。また、予防原則は明確に示されていないが、予防的な取り組みの必要性については明示されていることから、化学物質、外来生物、遺伝子組換え生物の扱いや管理についても歯止めがかかることが期待されている。
千葉県は生物多様性保全の地域戦略をいち早く策定したが、この法律は全国の自治体に地域戦略の策定を促しており、各地できめ細かな取り組みに発展することが期待されている。また、政策立案に民意を反映する必要性をはっきりと明文化したことは評価できる。この法律による市民参画の促進も期待したい。
生物多様性基本法の制定は、生物多様性の取り組みが社会の流れになってきたことを物語っている。しかし、この法律はいわば理念を示したに過ぎないとも言える。これからの取り組みが大変なのは言うまでもない。
最後に…、国や国際環境NGOは2010年のCOP10(生物多様性名古屋会議)に向けて既に動いているが、こうした動きにも注目しつつ、千葉県は、せっかくつくった生物多様性戦略を確かなものにしていく必要がある。
千葉県内には、いろいろな生物多様性の課題に取り組む組織・ネットワークがあるが、個々の組織・ネットワークの力量は必ずしも十分とは限らない。これからは、大きな組織やネットワークをつくることが重要ではなく、地域や分野の異なる多様な実力のある組織やネットワークが必要である、一方で、それらが緩やかに目的や情報を共有できるネットワークの構築が必要と考える。このネットワークのネットワークには、行政の縦割りの弊害を取り除き、市町村行政との連携を促進する役割まで期待したい。
生物多様性条例の必要性については既に記述したので繰り返さないが、もう一つ重要な視点がある。 千葉県は、県立中央博物館の建物の中に生物多様性センターを設置している。しかし、環境生活部自然保護課生物多様性推進室の一部門であり、あらゆる県の政策に生物多様性の視点を反映させるためには、職務権限等が脆弱である。そこで、これを補完できる民間のコミュニティシンクタンクが是非とも必要と考えている。
(副代表 栗原裕治)
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