千葉県の生物多様性戦略づくり(3)
<千葉県の生物多様性戦略の行方>


(2006年10月から12月にかけて、千葉県内の各地で開催された「環境づくりタウンミーティング」は、2007年5月から8月にかけての「ちば生物多様性県民会議」(代表:手塚幸夫氏)の戦略グループ会議に引き継がれ、生物多様性の問題解決のための課題や取り組みについて、全体で50回を越える県民の話し合いの場が実現した。
それらは、「ちば生物多様性県民会議」の提言としてまとめられ、2007年10月15日に、各戦略グループ会議の報告書とともに堂本知事に提言書が直接手渡された。同じ日時に「生物多様性ちば県戦略専門委員会」(会長:大澤雅彦東大教授)も1年間の検討成果である提言書を堂本知事に手渡している。2つの提言書の全内容については、千葉県のHPを参照していただきたい。
http://www.pref.chiba.jp/syozoku/e_shizen/tayosei/proposal/hand071015.html

これらを受けて、千葉県は環境生活部自然保護課が中心になって千葉県独自の生物多様性戦略案を策定している。
千葉県によると、戦略策定の今後の日程は、1月中旬に戦略案をまとめて直ちに1ヶ月間のパブリックコメントの実施、3月14日から16日の3日間、幕張メッセで開催されるグレインイーグルス閣僚級対話(G20ちば2008)までに千葉県戦略を公表したいとしている。

1.「G20ちば2008」とは
まず、グレインイーグルス閣僚級対話(G20ちば2008)について、簡単に記述しておく。
G20対話は、アメリカ、ロシア、日本などのG8(主要国首脳会議)の参加国に、中国、インド、メキシコ、ブラジルなどの新興経済諸国12カ国と、世界銀行、国際エネルギー機関が加わった会議である。この20カ国で世界の二酸化炭素の年間排出量252億トンの78%を占めるといわれている。
このG20対話は、気候変動問題が主要議題のひとつとして扱われた2005年のG8グレインイーグルスサミット(英国)をきっかけに始まった。その名称もその地名に由来している。
2008年7月に北海道で開催されるG8洞爺湖サミットにおいて、今までのG20対話の成果が報告される予定で、京都議定書に基づく温室効果ガスの削減義務が来年から始まるこの時期の国際会議は、つい先日(12月3〜14日)にインドネシア・バリ島で2010年以降の取り組みについて参加国が合意するために開催された気候変動枠組第13回締結国会議(通称COP13)と同様に注目されている。
洞爺湖サミットまでに日本で開催される気候変動に関する政府間の主な会議には、3月のG20対話の他に5月のG8環境大臣会合(神戸)などもあり、世界各地での旱魃や洪水などの被害の原因が地球温暖化に起因するとの報告、地球温暖化への取り組みがノーベル平和賞を獲得するなかで、これら会議も大きな関心を集めている。
また、「2008年G8サミットNGOフォーラム」の環境ユニットのポジションペーパーに、「気候変動イシュー」と「生物多様性イシュー」が盛り込まれるなど、気候変動と生物多様性は密接に関係している問題であり、両方の取り組みが重要であるという世論が形成されつつある。生物多様性の保全としては、千葉県の里山イニシアチブも注目されてきている。
千葉県は、地球温暖化対策や生物多様性の保全に力を入れていくことを表明しており、環境問題に関する国際会議の開催されるG20対話の機会を大きなアピールの場と考えている。また、「ちば生物多様性県民会議」もG20対話の1週間前(3月8日9日)に千葉県や「2008年G8サミットNGOフォーラム」等と一緒に生物多様性に関する国内シンポジウム及び国際シンポジウムの開催を計画している。

2.生物多様性ちば県戦略に必要なもの
ピーナッツ通信の前号で「ちば生物多様性県民会議」が堂本知事に手渡した生物多様性千葉県戦略の提言について、4つの柱に整理していることについて触れたが、そのあたりを少し詳しく述べておきたい。
提言書は、4つの柱を記述する前段で次のように述べている。

「私たちは、貴重な千葉の生物多様性を保全・再生し、未来に伝え残していくことを目的に、生物多様性に関わる課題解決に県民、事業者、行政等が協力して取り組む必要があると考えている。現代の課題を負の遺産として先送りしないことが、私たちの未来に対する責任である。」

戦略の4つの柱とは以下のものである。

(1) 保全・再生のための土地利用
@地域ごとの自然特性や社会的要請を踏まえた土地利用
A市街化区域を増やさないコンパクトなまちづくり
B市街地の自然を回復させるグランドデザイン
C小規模開発からのアセスメント基準の厳格化
D土地利用についての規制
E自然保護地域や里山保護の指定
F山砂や砂利の採取跡地など緑化自然回復を図ることを目的とした土地の指定
G水源域の水と緑の回廊の指定
H野生生物の保護及び管理    など

(2) 失われる原因の排除
@化学物質使用の抑制及び禁止
A遺伝子組み換え生物の規制
B汚染された残土や廃棄物の規制
C外来種の防除
D文明化、都市化による自然破壊の阻止
E水源地、丘陵地、河川、海岸等の自然地形の復元
F伝統的農林漁業の復活    など

(3) 持続可能な利活用
@農林漁業並びに有機農業の振興
A木材や林産物の価格補償
Bエコツーリズム、フィールドミュージアムの振興
Cバイオマスエネルギーをはじめ多様な生活用品や医薬品等の開発
D自然や生命を体感し学ぶ場及びそれら素材の確保
E水源涵養や治山治水
F水質、大気、土壌、生態系の汚染防止(土地の保全)
G農林水産品のブランド化
Hグリーン購入及び地産地消[千産千消]の推進
I生業(なりわい)として成立する保全・再生型事業の推進
J医療及び福祉分野での活用
K遺伝子レベルの利活用
L伝統的文化、歴史、風景、景観、美術工芸品、生活用品、技術等の継承
M地球温暖化の防止及び対応
N遊休農地、ゴルフ場跡地、遊水池等の未利用地の生物多様性推進拠点としての活用
O千葉の生物の専門家(科学者)の育成
など

(4) 推進の仕組みづくり
@生物多様性研究・情報センター、ローカルステーション及びサテライトの設置
A県民ボランティア、NPO、事業者、行政等の保全・再生の取り組みへの参加と協働
B政策立案、政策決定、各事業段階における女性の参画
C大学、研究機関との連携
D情報共有と公開討論の場の確保及び説明責任の明確化
E環境教育、環境学習、生物多様性教育、生物多様性学習の取り組み
F学校教育と社会・家庭教育の仕分け
G県民への広報及び啓発
H自家採種(自家増殖)の管理
I自治体条例化の推進
Jモデル地域及びモデル事業の推進
K環境税の設計及び導入
L生物多様性に配慮した都市計画づくりやまちづくり
M森づくりを条件とする土地の相続や保有に関わる公租公課の減免
N対話の少ない関係者(例:林業従事者等)からの意見の収集
O千葉県の全庁的な取り組みと相談窓口の一本化
P県行政と市町村行政及び教育委員会との連携
など

3.ボーンセンターの取り組み
ボーンセンターも1999年の設立以来、環境保全・環境づくりに関わってきている。
延藤ボーンセンター前代表の研究室と共同で、三番瀬の保全・再生のための国際シンポジウムやインスタレーションワークショップを開催し、やがてこの活動は東京湾の保全活動に関わるいくつかの環境団体のネットワークづくりにつながり、現在も続いている「SAVE21・東京湾まち育てコンテスト」の開催に至っている。
千葉市緑区の湧水で知られる大藪池谷津田では、地元の「プロジェクトとけ」と一緒に「谷津田つくり隊」事業を展開している。この活動は、放棄田にビオトープをつくり、米づくりや自然観察会を行っているもので、大藪池谷津田をごみの不法投棄から守ることがきっかけになっている。
ボーンセンターを超えたフィールドで環境保全・環境づくりに関わっているボーンの運営委員が多い。例えば、鈴木副代表は、「環境パートナーシップちば」の設立時の代表で、森づくりや環境教育等の分野で精力的に活動している。川本運営委員もバイオハザードやゴミの不法投棄等の分野で実績を残してきている。千葉県立中央博物館の副館長の中村俊彦ボーン顧問は、中央博物の仕事以外に「谷津田フォーラム」の代表として谷津田保全・再生のためのフォーラムを開催するなど活動しているが、この活動にボーンセンターも参加している。
千葉県には5年前に「里山シンポジウム実行委員会」が発足し、全県的なゆるやかな団体の連携組織として毎年県内各地でシンポジウムや分科会を開催し、里山再生の問題に取り組んでいる。ボーンセンターは当初から実行委員としてこの活動に深く関わっている。
ボーンセンターは独自に5年前から博物館提言や博物館評価づくりの活動を展開してきた。きっかけは千葉県が博物館統廃合計画を発表したときに、「地域の環境・文化の課題に市民と一緒に取り組む、地域に開かれた博物館を目指して欲しい」という思いであった。2007年2月にはNPOと博物館の専門家による「千葉の干潟展」を実現させている。
こうした諸々の活動の延長線上でボーンセンターは、千葉県の生物多様性戦略づくりに関わっている。
2006年の「環境づくりタウンミーティング」では、これまでに「里山シンポジウム」や「千葉の干潟展」等で関係をつくってきた県内各地の市民団体にタウンミーティングの開催を呼びかけ、ボーンセンターは最後の「環境づくりタウンミーティング総括大会」を県立中央博物館で開催した。
今回千葉県の生物多様性戦略づくりに提言書を提出した「ちば生物多様性県民会議」では、ボーンセンターは、鈴木副代表と栗原副代表が県民会議の副代表、事務局長の役割を担い、「里山と生物多様性」「市民参加のまちづくりと生物多様性」「生物多様性センターの役割と仕組み」というテーマで戦略グループ会議の開催を企画した。
その提言書は、既に千葉県に提出され、県の生物多様性戦略案の発表を待っているところである。

4.生物多様性センターと博物館
ボーンセンターのこれまでの活動からも、生物多様性センターと博物館との関係がどのようになっていくのか、気になるところである。なぜなら県の自然保護課は、中央博物館と密接に連携しながら生物多様性戦略づくりを推進しているからである。また、中央博物館には、初代館長である沼田真氏が博物館ネットワーク構想を推進してきた経緯があり、バブル崩壊によってその構想は完成していないものの、研究者やその機能の一部において、生物多様性センターにとって貴重な資源を有していると思われるからである。
財政逼迫の状況を考えれば、まったく新たに生物多様性センターを設置することは千葉県としては難しく、博物館も新たな博物館像を模索しているのであれば、この関係をどうするのかは重要な課題となる。県の生物多様性センターと博物館は一体のものとして両方の使命を果たせるものか否か、慎重に検討が必要があると思われる。さもないとどちらも中途半端な存在になりかねない危険がある。
年末の12月2日に千葉県立中央博物館とボーンセンターは、「もっと知りたいやってほしい博物館の仕事」というテーマで共同のシンポジウムを開催した。この記録については中央博物館で取りまとめており、ここでは詳しく述べないが、ボーンの鈴木副代表が基調報告で県民側への期待を述べたのに応えて、博物館のそれぞれ資料収集・研究・展示・教育普及の4人の幹部研究者が博物館の仕事や県民との連携等について活動を報告した。その後のパネルディスカッションでは、ボーンの福川代表がコーディネートで博物館と県民が対話したが、「親しまれる博物館」「頼りになる博物館」をどのようにつくっていくかが大きなポイントとして指摘された。
生物多様性を考えたとき、博物館には博物館独自の取り組みがあり、生物多様性センターにも独自の取り組みがあると思われる。もちろん協力できる事業も多いであろう。
博物館には、どことなくアナログの親しみやすい存在であって欲しいイメージがあるが、それは社会教育機関として重要なものだと思う。一方、生物多様性センターには、しっかりと県内の生物等のモニタリングを行い、異状があれば警鐘を鳴らし、関係者が納得できるきっちりとした政策を提言していく能力が必要と思わ れる。
こうしたことを含めて、生物多様性の県民会議と専門家委員会の提言書がどちらも必要性を主張している生物多様性センターの設置を県が目指すのであれば(目指すことになると思われるが)、来年度に設立準備室を設置し、事業を仕分けし、博物館との役割分担を明確にしながら検討して欲しいものである。とりあえず博物館の一機能として生物多様性センターを考えるようなことはして欲しくない。生物多様性戦略を今後の千葉県の重点施策の一つとして位置づけるのであれば、生物多様性センターを条例で設置し、その発言力に重みのあるような仕組みを作る必要がある。
また、モニタリング等の研究および情報提供など生物多様性戦略を推進していくには、相当の予算が必要になると思われることから、そのための環境税の導入等についても検討が必要と思われる。
ボーンセンターとしても、市民研究所の取り組みとして、生物多様性センターと博物館の仕事を整理し、博物館のあり方とともに、生物多様性センターについても考察していきたいと考えている。

(副代表 栗原裕治)


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