千葉県の生物多様性戦略づくり(2)
<日本政府が批准した生物多様性条約と千葉県の課題>


1992年に「生物多様性条約」がつくられ、日本政府もこれを批准している。今回は、この国際条約の前文と、<ちば生物多様性県民会議>が提案した千葉県の生物多様性戦略の骨子を比較してみたい。

1.生物多様性条約前文
生物多様性条約の前文には、以下の課題認識が示されている。

■生物多様性の内在的な価値を意識することが必要。生物多様性及びその構成要素は、生態学的、遺伝的、社会的、経済的、科学的、教育的、文化的、レクリエーション的、芸術的な価値を有している。
■生物多様性は、進化及び生物圏における生命保持の機構維持のために重要であり、その保全は人類の共通の関心事であるべき。
■各国が自国の生物資源について主権的権利を有しており、生物多様性の保全及び自国の生物資源の持続可能な利用について責任を持つ必要がある。
■生物多様性がある種の人間活動によって著しく減少している事実があるが、生物多様性に関する情報及び知見が一般的に不足しており、適当な措置を計画・実施するための基礎的な知識を与える科学的、技術的、制度的能力を緊急に開発する必要がある。
■生物多様性の著しい減少・喪失の根本原因を予想し、それを防止・取り除く取組みが不可欠である。
■生物多様性の著しい減少・喪失の恐れがある場合には、科学的に確実な証明がないことを理由に、そのような恐れを回避し、また、最小にするための措置を延期すべきではない。(予防原則)
■生物多様性の保全のための基本的要件は、生態系及び自然の生息地の保全、並びに存続可能な種の個体群の自然の生息環境の維持・回復である。
■生息域外の措置も重要な役割を果たしており、この措置は原産国においてとることが望ましい。
■伝統的な生活様式を有する多くの原住民の社会及び地域社会は、生物資源に緊密かつ伝統的に依存しているので、生物多様性の保全やその構成要素の持続可能な利用に関しては、伝統的な知識、工夫や慣行による利用がもたらす利益を衡平に配分することが望ましい。
■生物多様性の保全や持続可能な利用に女子が不可欠の役割を果たしているので、生物多様性保全の政策の決定・実施のすべての段階で女子の参加が必要である。
■生物多様性の保全やその構成要素の持続可能な利用には、国家、政府間機関、民間部門の国際的、地域的、世界的な協力が重要であり、そのような協力の促進が必要である。
■新規かつ追加的な資金の供与、あるいは関連ある技術取得の適切な機会提供が、生物多様性の喪失に取組む世界の能力を実質的に高めることになる。開発途上国のニーズに対応するため、こうした特別な措置が必要であり、後発開発途上国や島嶼(しょ)国の特殊事情に配慮しての生物多様性を保全するための多額の投資により、広範な環境上、経済上、社会上の利益が期待できる。 経済や社会の開発、貧困の撲滅が開発途上国にとっては最優先の事項である。
■生物多様性の保全や持続可能な利用が、増加する世界人口の食糧や保健等の必要を満たすために特に重要であり、この目的のためには遺伝資源や技術の取得機会の提供、それらの適切な配分が不可欠である。
■生物多様性の保全や持続可能な利用が、究極的に諸国間の友好関係を強化し、人類の平和に貢献することになる。
■生物多様性の保全やその構成要素の持続可能な利用のために、既存の国際的な制度を強化・補完する必要がある。
■現在及び将来の世代のため、生物多様性を保全及び持続可能な利用を決意して、この協定を締結する。

2.県民会議の参加者が考える課題
昨年の環境づくりタウンミーティングは県内20箇所で、また、今年の「ちば生物多様性県民会議」では県内32箇所で戦略グループ会議が開催された。地域やテーマによって問題認識が多少異なることから、県民の課題及びその取組みについての提案は多岐にわたるものだが、ほぼ以下のようにまとめることができる。生物多様性条約には一つ一つコミットされない千葉県のローカル性を踏まえた課題であるが、生物多様性に取組む方向性や考え方は合致しており、こうしたローカルな視点こそが、生物多様性の保全・再生にとって重要と認識している。
■最も多かった課題認識は、現在の環境行政の不備についてである。具体的には、農林漁業の振興や土地開発の抑制等にも関係する環境行政全般の情報が一元化されておらず、取り組みに必要な情報の蓄積・発信が不十分であることから、県民・NPO、事業者、行政等の間で必要かつ重要な情報が共有されていない。現在の県の環境生活部の仕組みや人員は、担当者の異動等もあって、環境行政の専門性・継続性に疑問がある。県民・NPOや事業者に顔を向けた支援体制も曖昧で、環境行政の人員や予算配分等を含めて厳格な見直しが必要である。
■環境行政を監督し、環境規制を強化していくこと、そのための条例等の制定が必要である。
■生物多様性の保全・再生への意識、及びそれに取組む体制を一般化していくためには、自然調査・モニタリングの実施から啓発活動等まで、環境問題全般について県民・NPOと一緒に取り組む専門機関の設置が必要である。
■生物多様性の保全・再生に関係している省エネルギー、ゴミの減量、地球温暖化等については、緊急の対応が必要である。
■県民の自然体験の機会を創出すること、環境教育・環境学習の充実が不可欠である。特に、未来を担う子どもたちの体験や学習が重要であり、学校や博物館との連携が必要になる。
■観光事業の振興を含めた都市と農村の交流機会の充実、また、こうした取組での県民、NPO、行政、企業との連携や交流も必要。
■里山・谷津田・里海を保全しつつ、地域の農林漁業を振興していくことが重要。農林漁業の振興については、健康・安全指向の高まりの動向に注目し、生物多様性による新たな価値を創出する方向で、有機農業・無農薬農業の推進、農薬・空散等の化学物質の被害の解消、遺伝子組み換え作物の不安の解消などが必要である。
■生物多様性を復元・利用していく方策として、林産資源・微生物・バイオマスの利用、休耕田・放棄林の復元と利用、冬季湛水・不耕起栽培の促進等も有効である。
■イノシシやシカなどの野生生物に被害については、緊急の対策及び個体数管理が必要である。
■自然保護の視点では、在来生物・絶滅危惧種の保護・復活が重要であり、そのための自然保護区等の充実・拡大、外来生物・移入種生物の対策、都市や都市近郊の自然環境の復元・再生等が必要である。
■水質や水辺環境の改善が重要であり、県内の河川・海岸・湖沼・東京湾の浄化や環境改善、産廃やゴミ投棄による地下水や河川の汚染対策、水源としての森林や谷津田の保全等が必要である。

3.戦略の4つの柱
県民会議は、現代の課題を負の遺産として先送りしないことが現在を生きる人間の未来に対する責任であることを意識し、貴重な千葉県の生物多様性を保全・再生し、未来に伝え残していくことを目的に、そのための課題解決にあたって、県民、NPO、事業者、行政等が協働して取組む必要があると考えた。「協働」とは、目的と一緒にそれぞれの主体が取組みのため戦略を共有する高次のパートナーシップにほかならない。県民会議は、生物多様性の保全・再生について、4つの戦略を共有することを提案している。

○保全・再生のための土地利用に関する戦略
○失われる原因の排除に関する戦略
○持続可能な利活用に関する戦略
○推進の仕組みづくりに関する戦略

[4つの戦略の詳細は次号へ]       

(副代表 栗原裕治)


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