3.なぜ人件費が安くてもNPOを運営できるのか
ちばNPO協議会では、今年3月18日に千葉市生涯学習センターにおいて「NPOの人件費」をテーマにしたセミナーを開催した。内容は、環境保全、国際交流、福祉の分野で活動するNPO法人3団体の人件費に関する報告で、参加者は20数名であったが、報告後に意見交換が行われ、事前に行われたアンケート調査結果と合わせてNPOの興味深い実態が確認できた。
事前アンケートの回答サンプル数は17と少なかったものの、一定の事業実績のあるNPOが回答していた。特に印象的な結果を抜粋すると、現在の賃金水準に満足しているNPO法人は皆無であったこと、また、半数以上のNPO法人がスタッフの賃金を低く抑えざるをえないようなプレッシャーを感じているという。
このセミナーを通して、以下のようなNPOの実態も確認された。
@年収130万円の壁
NPOのスタッフには、子育てを終了した40代半ば以上の主婦が多い。彼女たちは税の確定申告での扶養控除枠130万円以内で働きたい希望を持っていて、それ以上の賃金を受け取らない。実態としては、週40時間以上働くこともあるのだが、超過分はサービス労働、あるいはボランティア労働となっている。当然、実際の労働の時間単価は時給換算で200円や300円になることもあるようだ。彼女たちには使命感もあり、賃金との関係はある程度割り切って働いているのだが、若い人たちはそうした労働環境に入ってこようとしないので、事業規模の拡大やサービス内容の拡充とともに彼女たちの負担は増すばかりである。
A雇用契約を結びたがらない高齢者
定年を迎えた高齢者がNPO活動の担い手になっている。NPOを行う目的は生き甲斐のためだと言う。「多少の収入を期待している」というアンケート調査もあるので、高齢者が全て収入よりも生き甲斐を求めているとは言えないが、少なくともNPO活動に参加する高齢者は第一に生き甲斐を掲げることが多い。こうした人たちは、高学歴でプライドが高く、企業等において一応の収入や地位を経験しており、退職後の生き方にも一家言ある。NPOにスタッフとして関わっていても、時給単価の安い雇用契約を結ぶことは考えずに、ボランティアであることを強調する傾向がある。しかし、結局はそれぞれの能力が正当に評価されず、中途半端に安価な労働力になってしまっている。2007年問題といわれるように、大量の退職者がNPOと関わりを持つことになりそうだが、契約に基づいた雇用の場を整備する必要があろう。
B親が支えている若者の生活
最近のNPOには、20代の若いスタッフも増えている。フリーターをやりながらNPOスタッフを担う若者もいるように、多くがNPOの賃金で十分な生活費を賄うことは難しい状況にある。スタッフ的な仕事を担っていて交通費と食事代程度のサービス労働が多く、親に生活費の面倒を見てもらっているケースも見受けられる。親にしてみれば、好きでもない仕事を子どもに強制し、あるいはブラブラと生活されるよりも、サービス労働としても社会経験と割り切ってNPOで働いてもらったほうがよいと考えているのかもしれない。
このように、多くのNPOの活動がこうした主婦、高齢者、若者によって支えられている。ここでは、まさにスタッフとサポーターの領域が曖昧で、必要な高度な専門性が育ち、NPOの信頼性を高めるような土壌がない。
4.NPOの人件費の問題は労働市場の課題
千葉県には2003年度から「千葉県経済活性化会議」という産学官民が千葉県の経済振興について検討する場が設置されていて(座長は堂本知事)、ボーンセンターもちばNPO協議会の代表団体として、この会議に参加している。この会議は、今年3月から「千葉県中小企業振興に向けた研究会」という分科会を立ち上げたので、この分科会にもボーンセンターは参加している。
この研究会は、今年10月あたりを目処に千葉県の中小企業の活性化戦略を纏める予定だが、その中で最近、正規雇用と非正規雇用の格差の是正が問題として取り上げられた。確かに正規雇用と非正規雇用の格差は、同一労働・同一賃金の原則の視点から大きな問題だが、非正規雇用の雇用環境以上にNPOスタッフの雇用環境は把握されていない。NPOの経済規模が千葉県船体の経済規模のやっと0.1%という状況では、まだまだ経済人や経済部局の関心が薄いのかもしれない。
しかし、NPOの全体の経済に占めるNPOの経済規模が日本の数十倍、数百倍という地域もある欧米社会では、NPOの労働市場は無視できないものである。NPOの事業が民間営利事業を圧迫することもあり、裁判に発展する紛争も珍しくない。日本のNPOにも雇用の受け皿としての期待もあることから、NPOの労働市場を理解し、そこに横たわる課題を解消していかないと、NPOの経済規模の上昇に伴って、様々な紛争が起こる可能性が大きいと思われる。
NPOは、様々な善意のサポートによってその活動を支えられているからこそ、行政や営利企業が取り組みにくい分野の事業を担うことができる。安価にサービスを提供することが必要な事業もあるが、一般の企業と同様の仕事を同一労働・同一賃金の原則を無視してまで安価で行うことには疑問がある。
そのために、プレイヤーであるスタッフとサポーターの位置づけや領域は、明確にするのが基本であると思われる。千葉県の労働市場の健全化のためにも、NPOの事業内容を的確に評価し、NPOの人件費を含む雇用環境の実態を十分に把握し、課題解決の方策についての検討が必要な時期に来ている。
(副代表 栗原裕治 )