NPOの人件費を取り巻く状況と課題


目次 1.NPOの経済規模

 千葉県のNPO法人の認証数が今年4月3日現在で1067団体と、ついに1000の大台に達した。
 1998年末のNPO法の施行以降、NPOの事業規模は確実かつ急速に拡大している。経済全体に占める割合がまだまだ小さいことから、伸び率もたいした話題にならないが、実感として介護・福祉事業分野でのNPOの活躍は目ざましいし、環境の保全・再生やまちづくり等の分野でも事業体としてのNPOの活躍が目立つ。指定管理者制度によって公の施設の管理代行を民間事業者が行えるようになったが、指定管理者になったNPOも出てきている。(ボーンセンターも4月からジョイントベンチャー方式で、千葉市稲毛区の長沼コミュニティセンターの指定管理者になっている。)
NPO法(特定非営利活動促進法)の第二条の別表にNPOの活動分野が明示されているが、その14番目には「経済活動の活性化を図る活動」があり、千葉県経済に占めるNPOの経済規模は更に、しかも大きな伸び率で増えていくと思われる。
千葉県経済に占めるNPOの経済規模の現状を概算してみよう。NPO法人は、毎年の収支計算書を所轄の千葉県に提出しているが、各NPO法人の至近の事業支出額を合計すると昨年度で100億円を少し上回っている。事業開始から1年が経過していないために収支計算書が提出されていないNPO法人があり、また法人申請をしていないために収支を千葉県が把握していないNPOもあることから、千葉県のNPO全体の経済規模は、事業支出ベースで大雑把に約200億円程度と計算してよいと思われる。
一方、千葉県の統計によると、千葉県全体の経済規模は事業支出ベースで約20兆円でここ数年推移している。したがって、千葉県のNPOの経済規模は千葉県全体の経済規模の20兆円分の200億円、すなわち0.1%程度ということになる。
この数値を大きいと見るか、小さいと見るか。長年NPOに関わってきた人が見れば、大きくなったものだとの感想があるかもしれない。しかし、経済の専門家から見れば、0.1%はほとんど無視できる数字なのかもしれない。


.気になるNPOの人件費

NPO同士あるいは行政のNPO担当者と話をしていると、時々「行政はNPOを安い下請けと考えているのではないか」といったことが話題になる。行政のある課長が部下に「予算がないんだからうまくNPOを使え」と指示したなどの噂話には事欠かない。
しかし、この話題を突き詰めて議論していくと、行政がNPOを積極的に安い下請けと位置づけている場合は少なく、NPOの事業評価が正確にできていない場合が多い。現在の行政にとって市民参加やNPOとの協働事業は、そのこと自体に大きな意味があり、事業の一つ一つの内容についての評価の方が曖昧になっているというわけである。それは、今のところNPOの事業内容や質について、行政が口で言うほどの大きな期待をしていないと言い換えることもできる。だから特に費用対効果の面で評価などが曖昧になっていて、どうしても一律にNPOを低予算で使うことになるらしい。
 千葉県NPO活動推進課では毎年提案募集事業を実施しているが、この事業の選考のための評価の基準は、県が行う事業としての社会的な意味や協働プロセスの評価が中心で、専門的な仕事の対価や費用対効果についての評価はほとんど行われない。ある時に、選考委員があたかも決められた安価なNPOの人件費相場があるかのような発言をしたことがあったが、同一労働・同一賃金の原則を考えれば、労働の中身についての評価なくしてのそのような発言は不適切と思われる。
 NPO側の意識や体制にも問題が見られる。本来、NPOはその事業目的に賛同する人たちによって支えられている組織である。意思決定機関である理事は、常務理事を除いてほぼボランティアである。具体的に事業を推進するプレイヤーはスタッフであり、事業全体を資金や資材、労力等の提供で支えるボランタリーなサポーターがおり、こうしたサポーターに支えられて営利企業や行政では難しい事業を担うことができる。
 NPOの事業を質の高いものにしていくには、上記の3つの力が必要だが、事業の中枢を担うのはやはりスタッフであり、それぞれのスタッフの知見、技量、経験などの高度な専門性がNPOにとって特に重要である。スタッフが安心して仕事に打ち込める労働環境の整備は、NPOにとって最も大切なものといえるが、NPOの人件費に代表される労働環境の整備は、NPOの経済規模が大きくなっているにもかかわらずさほど進んでいないようである。具体的には、プレイヤーであるスタッフとサポーターの領域が曖昧なNPOが多い。スタッフであっても最低賃金を保証される雇用契約さえも結ばれておらず、サポーターのような扱いになっている。
 指定管理者の募集でスタッフの人件費をほとんど計上しない見積書を提出したNPOがあったので、それまでの民間企業の委託料の5分の1の支出で公園の管理ができるようになった、という話を聞いたことがある。また、最近しばしば行われるようになった行政の提案募集事業でも、その事業に直接かかわるスタッフの人件費を極端に抑えたり、計上しない見積書が見られる。指定管理者制度への移行にはコストダウンという目的があるが、このような極端な話は必ずしも喜ばしいことではない。
NPOの運営を画一的に考える必要はなく、ボランティアだけで運営するNPOの存在を否定するものではない。しかし、NPO法人数がこれだけ増えた現在、NPOは事業の質や責任をますます問われるようになるわけで、スタッフの人件費を含む労働環境の整備は市民社会全体の課題として検討されるべきであろう。NPO全体をボランティア集団と見るのは、ある種の偏見といわざるを得ない。NPOとの連携を推進している行政もNPOの事業の内容をもっと評価し、NPOスタッフの労働環境にも配慮すべきである。
 NPO側も、スタッフとの雇用契約を重視するなど、責任ある事業主体としての自覚が必要と思われる。NPOには、地域雇用の受け皿として期待されている面もある。「雇用契約さえ行っていないNPOは信用できない」という行政担当者もおり、労働環境の整備はNPOの信用力にもつながっていくと思われる。

.なぜ人件費が安くてもNPOを運営できるのか

ちばNPO協議会では、今年3月18日に千葉市生涯学習センターにおいて「NPOの人件費」をテーマにしたセミナーを開催した。内容は、環境保全、国際交流、福祉の分野で活動するNPO法人3団体の人件費に関する報告で、参加者は20数名であったが、報告後に意見交換が行われ、事前に行われたアンケート調査結果と合わせてNPOの興味深い実態が確認できた。
 事前アンケートの回答サンプル数は17と少なかったものの、一定の事業実績のあるNPOが回答していた。特に印象的な結果を抜粋すると、現在の賃金水準に満足しているNPO法人は皆無であったこと、また、半数以上のNPO法人がスタッフの賃金を低く抑えざるをえないようなプレッシャーを感じているという。
 このセミナーを通して、以下のようなNPOの実態も確認された。
@年収130万円の壁
 NPOのスタッフには、子育てを終了した40代半ば以上の主婦が多い。彼女たちは税の確定申告での扶養控除枠130万円以内で働きたい希望を持っていて、それ以上の賃金を受け取らない。実態としては、週40時間以上働くこともあるのだが、超過分はサービス労働、あるいはボランティア労働となっている。当然、実際の労働の時間単価は時給換算で200円や300円になることもあるようだ。彼女たちには使命感もあり、賃金との関係はある程度割り切って働いているのだが、若い人たちはそうした労働環境に入ってこようとしないので、事業規模の拡大やサービス内容の拡充とともに彼女たちの負担は増すばかりである。
A雇用契約を結びたがらない高齢者
 定年を迎えた高齢者がNPO活動の担い手になっている。NPOを行う目的は生き甲斐のためだと言う。「多少の収入を期待している」というアンケート調査もあるので、高齢者が全て収入よりも生き甲斐を求めているとは言えないが、少なくともNPO活動に参加する高齢者は第一に生き甲斐を掲げることが多い。こうした人たちは、高学歴でプライドが高く、企業等において一応の収入や地位を経験しており、退職後の生き方にも一家言ある。NPOにスタッフとして関わっていても、時給単価の安い雇用契約を結ぶことは考えずに、ボランティアであることを強調する傾向がある。しかし、結局はそれぞれの能力が正当に評価されず、中途半端に安価な労働力になってしまっている。2007年問題といわれるように、大量の退職者がNPOと関わりを持つことになりそうだが、契約に基づいた雇用の場を整備する必要があろう。
B親が支えている若者の生活
 最近のNPOには、20代の若いスタッフも増えている。フリーターをやりながらNPOスタッフを担う若者もいるように、多くがNPOの賃金で十分な生活費を賄うことは難しい状況にある。スタッフ的な仕事を担っていて交通費と食事代程度のサービス労働が多く、親に生活費の面倒を見てもらっているケースも見受けられる。親にしてみれば、好きでもない仕事を子どもに強制し、あるいはブラブラと生活されるよりも、サービス労働としても社会経験と割り切ってNPOで働いてもらったほうがよいと考えているのかもしれない。
 このように、多くのNPOの活動がこうした主婦、高齢者、若者によって支えられている。ここでは、まさにスタッフとサポーターの領域が曖昧で、必要な高度な専門性が育ち、NPOの信頼性を高めるような土壌がない。



4.NPOの人件費の問題は労働市場の課題
 

 千葉県には2003年度から「千葉県経済活性化会議」という産学官民が千葉県の経済振興について検討する場が設置されていて(座長は堂本知事)、ボーンセンターもちばNPO協議会の代表団体として、この会議に参加している。この会議は、今年3月から「千葉県中小企業振興に向けた研究会」という分科会を立ち上げたので、この分科会にもボーンセンターは参加している。
 この研究会は、今年10月あたりを目処に千葉県の中小企業の活性化戦略を纏める予定だが、その中で最近、正規雇用と非正規雇用の格差の是正が問題として取り上げられた。確かに正規雇用と非正規雇用の格差は、同一労働・同一賃金の原則の視点から大きな問題だが、非正規雇用の雇用環境以上にNPOスタッフの雇用環境は把握されていない。NPOの経済規模が千葉県船体の経済規模のやっと0.1%という状況では、まだまだ経済人や経済部局の関心が薄いのかもしれない。
 しかし、NPOの全体の経済に占めるNPOの経済規模が日本の数十倍、数百倍という地域もある欧米社会では、NPOの労働市場は無視できないものである。NPOの事業が民間営利事業を圧迫することもあり、裁判に発展する紛争も珍しくない。日本のNPOにも雇用の受け皿としての期待もあることから、NPOの労働市場を理解し、そこに横たわる課題を解消していかないと、NPOの経済規模の上昇に伴って、様々な紛争が起こる可能性が大きいと思われる。
 NPOは、様々な善意のサポートによってその活動を支えられているからこそ、行政や営利企業が取り組みにくい分野の事業を担うことができる。安価にサービスを提供することが必要な事業もあるが、一般の企業と同様の仕事を同一労働・同一賃金の原則を無視してまで安価で行うことには疑問がある。
そのために、プレイヤーであるスタッフとサポーターの位置づけや領域は、明確にするのが基本であると思われる。千葉県の労働市場の健全化のためにも、NPOの事業内容を的確に評価し、NPOの人件費を含む雇用環境の実態を十分に把握し、課題解決の方策についての検討が必要な時期に来ている。

(副代表 栗原裕治

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