6月8日、政令指定都市で初めての再選挙となった札幌市長選で、民主・社民支持の弁護士、上田文雄氏(54)が、自民・保守推薦、公明支持の前衆院議員、石崎岳氏(47)を破り当選した。上田文雄氏はNPO法人北海道NPOサポートセンターの理事長でもある。札幌市の市民参加は、これから加速されるに違いない。
今回の政策情報は、市民の意見及びNPOの政策提案について……。特にNPOの政策提案については、市民参加による‘まちづくり’や‘地域づくり’を目指す一部のNPO関係者の中で、「市民の権利」として熱い議論が交わされるようになってきている。 1.これまでの市民参加とこれからの課題
住民は自分たちの暮らす‘まち’や地域のことを、それこそ暮らしやすさから安全の問題に至るまで、あまりにも行政まかせにしてきた。地域で日々暮らしている主体はいったい誰なのかということを忘れてしまい、住民としての役割や責任について考えることが少なくなっている。
そうした中で地域のコミュニティは少しずつ崩壊してきたし、また、高度経済成長や見せかけの経済成長(バブル経済)の時代が終わる頃には、行財政は立てなおしが困難なほどに急速に悪化してしまった。しかも、「個人と社会」「競争と平等」「経済のグローバル化と地域不均衡」「環境保護と開発推進」などの社会的な矛盾や課題を数多く抱える中で、行政の一方的に提供する社会サービスは、住民のニーズに充分応えられなくなってきている。
行政だけが一所懸命になって、巨費を投じて‘まちづくり’や‘地域づくり’を計画し、公共施設や公園や道路などをつくってみても、そこに暮らす住民の意志が反映されず、住民の不満が高まるようでは行政も報われない。
これからの‘まちづくり’や‘地域づくり’は、行政が一方的に全て担うのではなく、政策(ポリシー)、施策(プログラム)、事業(プロジェクト)の各段階で計画をつくるところから住民にいろいろ意見を述べてもらおう。住民も文句や注文を言うだけでなく、‘まちづくり’や‘地域づくり’に関心や責任を持ってもらおう。そうした考え方が当然のように出てきて、1990年以降あるいはその少し以前から、都道府県や市町村のほとんどの基本計画や5ヵ年計画には「住民参加の促進」あるいは「市民参加の促進」という課題が記載されるようになっている。
しかし、これまでは中央の権限があまりにも強すぎたこと、更には地域の主体であるべき住民の多くの無関心な態度などもあって、住民参加は一部の先進的な事例を除いてさほど進まなかった。そうした中で、日本は戦後未曾有の景気低迷の時代に入り、社会の閉塞感は日増しに強まり、それを打破しようとする新しいうねりがようやく起こり始めたようだ。
1998年の「特定非営利活動促進法(通称;NPO法)」、続いて2000年の「地方分権一括法」の施行と、政府は社会的な矛盾や課題を解決するうえで市民社会をより現実的なものにするために、中央集権システムから地方分権システムへと理念的に大きな舵取りを行おうとしている。ここでわざわざ理念的と書いたのは、ほとんどの人たちが実態がまだまだ追いついていないように感じているからである。
千葉県も「千葉主権」「NPO立県ちば」「千葉デモクラシー」などのスローガンを政策の柱として掲げ、市民参加の仕組みづくりに取り組みはじめた。また、千葉県内の特定非営利活動法人(通称:NPO法人)も426団体(今年6月8日現在)を数えるなど、活動分野も豊富になり、市民側の市民参加への意欲も高まってきている。
市民社会とは、「住民ひとり一人が社会の構成員として公共の分野において主体的に責任を持ち、そのための政策形成の過程にも参加し、リスクも共有することができる社会」と言われている。そして、ここでの市民とはこのような市民社会を構成する住民を指すと考えられている。
しかし、こうした市民社会は、誰もが「簡単にできるものではない」と思っている。そして、実現のためには、「公共の分野に市民が主体的に参加することを保障する仕組み(市民参加の権利保障)」、更には、「市民が主体的に生き、行動できるように、市民の意識レベルでの自立を支援する社会的な仕組み(市民参加の自立支援)」など、実効性のある仕組みをどのようにつくるかが今後の大きな課題になっている。
2.市民の意見を政策や計画に反映させる仕組み
市民参加の初期の段階としては、市民の意見や意志を行政がつくる政策や計画の中に反映させる仕組みが必要である。これについては、かなりの地方自治体において、住民公聴会、パブリックコメント、タウンミーティング、公募市民による審議会、住民参加のワークショップなどの機会が増加している。
しかし、‘まちづくり’や‘地域づくり’の分野で本当の意味で市民の意見や意志が反映されているのかといえば、そうとばかりは言いきれない。
行政担当者の「計画の中に皆さんの意見を活かしていきます」という言葉は、決り文句のようになっているようだが、市民が一所懸命述べた意見が、その後どのように活かされたのか、実際には分からない場合が多い。結局「単なるガス抜きではないか」「行政の住民参加のアリバイづくりではないか」「都合のよいアイデア盗りではないか」と市民に思わせてしまうことがしばしばで、形式的な住民参加だと言われてもしかたがない面がある。こうした市民参加の仕組みのほとんどが制度的に保障されたものになっていないからである。
政策形成過程や計画づくりでの市民参加の第一歩は、まず、課題及び課題解決について市民が主体的に意見を述べることであろう。そのために、(1)意見を述べるために充分な情報を得ることが保障されていること、(2)開かれた充分な対話の機会や時間が保障されていること、(3)意見がどのように反映されたかの結果を知ることが保障されていること、などが必要なことは言うまでもない。
しかも、現在はそれぞれの政策や計画について市民に意見を求めるか否かの判断は、行政側の裁量によることがほとんどと言っていい。そこで、全くの行政側の裁量に委ねるのではなく、市民にもわかりやすい基準を設けること、更に、市民に意見を求める必要があるかの判断は、市民側からもそれを請求できるなどの一定の権利が保障されるべきであろう。
また、こうした市民参加制度をつくる際には、合わせてその評価システムをつくり、市民参加が適性に行われているかをチェックする第三者機関の設置などが望まれる。この場合、第三者機関と言っても特に行政が事務局となる場合は、本当に第三者機関と言える仕組みになっているかどうかについて、充分に検討されるべきであろう。
市民参加の初歩的な制度の一つにパブリックコメント制度があるが、現在、千葉県でも総合企画部政策調整課においてパブリックコメント制度を整備しようとしている。現在の千葉県行政で行われているパブリックコメントは、「NPO立県ちば」や「千葉デモクラシー」を推進しようという県の姿勢からみれば、市民参加を充分に保障する制度に裏付けられたものではないからである。
パブリックコメント制度を整備するには、まず、@パブリックコメントを実施するか否かの基準、Aパブリックコメントの実施を市民も請求できる権利の保障、Bパブリックコメントとタウンミーティングの併用など、パブリックコメントに関係する情報を市民が得ることができることについての保障、Cパブリックコメントの実施期間など、市民が充分に考えることができる時間の保障、Dパブリックコメントがどのように政策や計画に反映されたかについての説明責任の明確化、Eひとつ一つのパブリックコメントおよびパブリックコメント全体の実施状況等を適性に評価することができる仕組み、などの検討が必要である。
これらの課題について充分に検討し、この制度は指針などではなく、是非とも条例にすべきであろう。議会を含めて開かれた議論をつくす必要のある課題であり、開かれた議論を尽くすことで市民を含む関係者の意識のレベルが上がっていく機会になると思われる。
また、最初から完璧な条例をつくることは困難だろうから、条例とする場合は、附則に見なおし条項などを定めておくことが必要であろう。
パブリックコメント制度に限らず、住民公聴会、タウンミーティング、各種審議会、ワークショップなど、市民の意見を政策や計画に反映させる制度については、それらを市民の権利として位置付ける時期にきている。そして、それが住民の意識レベルでの市民としての自立を支援することにつながっていくと思われる。
3.NPOの政策提案を保障する制度づくりとその課題
市民の意見を行政の政策や事業計画に取り入れる制度については、この政策情報レポートでもこれまでに何回か取り上げてきた。それは、既に行政が大筋において施策や計画の青図(チャート)を示して、それについての意見を求めるというものが一般的であった。
今回のレポートでは、行政の青図(チャート)について市民がコメントするといった初歩的な住民参加ではなく、市民が行政と一緒に青図(チャート)を描くことや、NPOの政策提案や事業提案といった次の段階の市民参加について、最後に紹介したい。
国のレベルでは、自然再生法、都市計画法、河川法など、最近の環境政策やまちづくり等の分野の新法や改正法には、政策形成過程におけるNPOの参加や提案の権利が記されている。都市計画マスタープランも国の制度もNPO等の市民の提案権を認めている。
しかし、実際の‘地域づくり’や‘まちづくり’の現場となる地方自治体には、そうした権利を権利として受け入れる制度ができていない。また、市民側の政策提案力についても、懸念する声が多い。
なぜ、地方自治体にNPOの政策提案の仕組みができないのだろうか。市民側からの働きかけが少ないのも理由の一つと言われているし、市民の政策提案活動と議会との関係が見えてこないこともあるだろう。(これまでも、地方議会は議員が政策提案をすることは少なく、公益活動を行う市民と議会との結びつきは弱かった。)
「これからの公益の増進は、行政と市民が分かちあって担うもの」という認識は、社会的にも行政側にも広がっている。しかし、主に行政が担う領域、主に市民が担う領域、主に行政と市民が協力して担う領域などが行政側の判断としてはっきりと見えておらず、そのことも仕組みがなかなかできにくい理由にもなっている。
だが、こうしたこれまでにない状況というものは、モデル的な行動や展開を経て、少しずつ明らかになってくるものであり、「見えないからやらない」のではなく、「見えるようにするために、できるところからやってみる」という姿勢が必要であろう。 ボーンセンターでは、千葉県への博物館提言活動をきっかけに政策研究会を立ち上げているが、5月の定例総会で、政策研究会をボーンセンター市民研究所とすることを決め、政策提案についての姿勢を鮮明にした。以下は、ボーンセンターが取り組もうとしている市民参加制度の中のNPOの政策提言の仕組みについての論点を整理したものである。
(1)政策提案の主体となる組織
NPOを含む次の民間非営利組織が、政策提案を行う主体になっていく。
@現場で公益のための実践活動やサービス提供を行っている民間非営利組織。
A 協議会などの民間非営利組織のネットワーク組織。
B 民間非営利のシンクタンクや政策専門の市民研究所のような組織。
(2)政策提案の領域及び成果
行政の仕事は、政策(ポリシィ)、施策(プログラム)、事業(プロジェクト)の大きく3つに大別される。
地方自治体レベルの政策は、条例に関するもの、総合基本計画などの重要な計画に関するもの、予算の大枠に関するものなどで、多くの場合、制定や評価には最終的に議会が関与する。
一方、個別の施策や事業には、議会は実質的に関与しない。特に個々の事業については、行政の執行の枠内の問題であり、議会は関与しないのが普通である。
政策提案の領域及び成果は、行政の政策レベルだけでなく、施策や事業の計画づくりまでを含めるべきであろう。具体的には、次の政策づくり及び計画づくりが政策提案の対象となると考えられる。
@ 条例(国レベルでは法律)の制定、改正、廃止。
A 条例以外(指針、規則等)の制度の制定、改正、廃止。
B 各種規制の新設、撤廃、緩和。
C 総合計画や基本計画(都市計画マスタープラン等)の制定、変更、中止。
D 各種施策(行動計画等)の策定、改良、変更、中止。
E 各種事業計画の策定、改良、変更、中止。
3)政策提案に必要な要素及び必要となる組織の能力
政策提案は、責任やリスクを受け入れる覚悟が必要であり、計画の実現の過程や実現後の管理等を誰が担うかといったことや、そのための予算などの課題もあることから、提案する組織には、以下の能力が必要になると考えられる。
@ 社会的課題を発見する能力(社会的ニーズを発見する能力)
A 社会的課題を分析する能力
B 既存の政策や計画されている政策を正確に理解し、評価する能力
C 調査及び研究の能力
D 情報公開制度などの既存の法(条例)や制度を活用する能力
E 提案内容を組み立て、論理的に構成する能力
F 既存の法(条例)や制度と関連づける能力
G 法文書等を含む提案文章を作成する能力
H 行政担当者やその他の利害関係者を含む関係者との交渉能力や調整能力
I 政治との関連におけるロビー活動能力やメディア対応能力などを含む総合プロデュース能力
J 専門家や協力者などの外部の有効な資源を活用できる能力及びネットワーク能力
K マネジメントなどの組織内部の力を安定・成長させる能力
L 自らの組織や活動を内部評価できる能力
「NPO立県ちば」を掲げる千葉県行政は、「市民が主体的に生き、行動できるように、市民の意識レベルでの自立を支援する社会的な仕組み(市民参加の自立支援)」をつくるために頑張っている。昨年度策定した「千葉県NPO活動推進指針」の内容にもそれが反映されている。しかし、「公共の分野に市民が主体的に参加することを保障する仕組み(市民参加の権利保障)」については、まだまだ遅れている。
これらは、同時進行で行われてこそ「千葉デモクラシー」といった市民社会の実現に近づけるものと思われる。さもないと、NPOの自立を促進し、行政とNPOの協働を促すための施策が、NPOの行政への依存体質を促進し、行政によるNPOの下請化を促す施策になりかねないという危惧が、現実になるかもしれない。
(副代表・栗原 裕治)
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