千葉の里山が世界遺産になった初夢
さる12月14日の土曜日、千葉県立中央博物館でボーンセンターも主催者に名を連ねて「フィールド・ミュージアム振り返りシンポジウム」が行われた。千葉県立中央博物館と各分館は、市民団体とともにそれぞれの地域でフィールド・ミュージアム活動を展開して来た。その振り返りシンポジウムである。その活動はすばらしいのだが、私と田端貞寿先生に与えられた演題が「世界遺産とフィールド・ミュージアム」。「えッ、千葉のフィールド・ミュージアム活動が世界遺産とどこでどうつながるの?」
私だけでなく田端先生も「???」だった模様。しかし学者はそこで退いてはいけません。何とか理屈をこねるのが仕事です。
実は、県立中央博物館の行事で世界遺産にふれるのはこれがはじめてではない。数年前に千葉の馬蹄形貝塚を世界遺産にとわめいたことがある。文化庁から暫定リストへの立候補を呼びかけられた千葉市が対応せず、それどころか、モノレール乗降者増加対策として駅周辺の規制緩和をし、市加曽利貝塚周辺で開発行為を誘発したことが背景にあった。そのころピーナッツ通信で2回ボヤいているから、今回は3回目のボヤキである。
当時からの状況の変化は、平泉が何とか登録を果たした後、今年、鎌倉が「不記載」の勧告を受け登録を辞退し、富士山が登録を果たしたことである。実は、この富士山が今回の演題のきっかけであったことが、討論のとき司会の栗原さんに質問を発して明らかになった。千葉のフィールド・ミュージアムのメッカ、三番瀬からは富士山がとてもよく見える(千葉には富士山が美しく見える場所が沢山ある。私の学校もそう)。千葉のフィールド・ミュージアム活動も世界遺産を目指すぐらいの気構えでがんばろうということらしい。ただし、文化遺産として登録されたとはいえ、富士山は雄大な自然景観である。担当は田端先生だ。となると、私は鎌倉を取り上げるしかない。
今回の勧告で、鎌倉は世界遺産登録の要件がことごとく突き崩された。構成資産が「顕著な普遍的価値」を有していることを証明できていない、「完全性と真実性」について「真実性」はともかく物証となる構成資産に「完全性」がない、基準iii(ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在)については、神社仏閣はあるが、都市としての遺産=証拠が不十分、基準
iv(歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本)についても物証が不十分、保全について、周辺の都市化が視覚的完全性という観点から問題、とされた。
これらの指摘に対し、たとえば五十嵐敬喜先生は、@鎌倉は日本では有名だが、世界から見て普遍的価値があることを説明しきれていなかった、A神社仏閣が単に武家社会の精神的・文化的側面の証拠なのではなく、当時の文化の本質的中核であることの説明が不十分であった、B同様に、神社仏閣が都市の中核的施設であることの説明も充分でなかった、と問題提起している(鎌倉世界遺産不記載勧告についての考察
1.基調講演、YouTubeにあります)総じて、コンセプトの立て方、説明の仕方が不十分であったという見解である。
確かに、以前のボヤキで述べたように、世界遺産は1990年代に「記念物偏重からより広範囲な文化的表現へ」「多様な文化の多様な遺産」へ再定義され、それぞれの国や地域の文脈で価値を評価する「文化的景観」がその範疇に加えられた。ここ数年、石見、平泉、鎌倉とわが国がめざしたのは、この路線にのっている。そこでは、コンセプトと説明が決定的に重要になる。石見は「石見銀山遺跡とその文化的景観」だが、平泉は1年目の「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」を「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」と改めて登録を果たした。五十嵐先生の指摘もそこに根拠があるのだろう。それにしても、鎌倉の場合「武家の古都」としての物的証拠(=有形資産)の不足は否定しがたい。
この点について、わが国は常々「木造で現物が遺り難い」と説明してきた。だとすれば、発掘などで物証を固めた上で、今日の町並みや農村景観がその歴史的遺産を適切に(美しく)保存・継承していることが必要になる。イコモスの「周辺の都市化が視覚的完全性という観点から問題」という指摘はそこを鋭くついている。
世界遺産の再定義は、たしかに世界遺産の意義と可能性を広げた。あらゆる地域の文化遺産が世界遺産になる潜在的価値をもつと同時に、適切に歴史的遺産を継承し、より豊かな現代の環境を創り出しているかどうかが問われることになった。「記念物とせいぜいその周辺に限られていたマネージメントが、都市、集落、農村、田園、森林や海岸をふくめた環境のトータルなマネージメントへ飛躍しなければならなくなった」のである。この意味で、千葉の馬蹄形貝塚群と里山景観には世界遺産になる潜在的価値がある。もし、馬蹄形貝塚群を保存しつつすばらしい里山景観を現代の都市・農村環境に再生できたら。初夢に終わらせたくないチャレンジである。
千葉まちづくりサポートセンター代表・福川 裕一
|