町をつくる主役
ホイアンでこんなおいしい料理に出会えるとは思ってもみなかった。私たちがフレンチ・クォーターと呼ぶ20世紀はじめのコロニアル建築が集まる一角の「モーニング・グローリー」。特徴の深いベランダに置かれた植木を揺らす風が心地よい。料理名は「燻したベーコンで巻いたバラムンディ」。バラムンディは大型の海水魚で、ほぐした身をカリカリのベーコンで巻いてある。つけあわせはポテトだが、摺ったリンゴが添えられていて、アクセントになっている。
ベトナム料理と言うと、たいがいの日本人はとてもおいしいという。そして生春巻きや空芯菜の炒め物をあげる。でも、本当においしいですか?
毎日食べられますか? 私に言わせれば、調味料も料理の方法も単調ですぐ飽きてしまう。というわけで、ベトナムにいるときは毎晩何を食べにいくかを決めるのが一大仕事である。学生も一緒のときは値段も手頃でないといけない。
今回8月6〜13日までのハノイ滞在中のメニューは次のようだった。
6日(到着日):ハノイ建築大学の先生と打ち合わせのあと、天気が怪しいので、ホテルすぐ前のハイ・エン(海燕)へ。36通町の食堂街タ・ヒエン通りの小さな店で、中華料理のはずだが、ベトナムで海老のチリソースや鳥のカシューナッツ炒めを期待するのはやめた方がよい。炒めるという点ではベトナム料理と共通しているので、すぐにベトナム化してしまうのだ。
7日:大聖堂前のモカ・カフェ。大聖堂前はすっかり表参道化し洒落た店が集まる。「カフェ」は、十数年前突如ブームとなり、当時は「ハノイのカフェ・シーン」があつく語られたものだ。モカ・カフェその生き残りで西洋人ご愛用の店のひとつ。しかしココナッツミルクベースのクレイポットは止めた方がよかった。味がしない。
8日:ビフテキ!。36通町の名店のひとつ。名物の町家トンネルを数十メートル進んだ最奥にある。実はこの街区は今回の調査対象なのだが、この店には仕込みの邪魔だと拒否された。昼は暗かった店内だが、夜は明るく家族連れで満員。ビフテキは、よくよく叩いてタマネギたっぷりのタレにつけたシャリアピン風。
9日:日曜なので、奮発してルナ・ドゥアウトゥノへ。ピザ釜を構える本格派。ということはかき餅風・薄味で日本人には少々物足りないが、贅沢は言うまい。
10日:調査はいよいよ佳境にはいり、ついにチャカへ。店の名前が通りの名前になったという名店中の名店。テーブルの七輪で雷魚の切り身を麺およびさまざまな香草と炒め、ピーナッツを散らし、ニョクマムで味を整えて食す。東大大田先生は、ここで海老のニョクマム(塩辛と言うべきか)を注文し、うれしそうに皆にすすめる。
11日:腹が減った、食い放題へ行きたいという学生の要望に応え出かけるも、店は既になし。やむなく入ったレストランについては触れたくない。
12日:リベンジにクワン・コム・フォ。私は初めてだが、大田先生によれば「最終兵器」。しっかりした味のベトナム料理が食べられる。
13日:町並み管理事務所へ調査成果を届けて、昼は教官だけでグリーン・タンジェリンへ。36町の町家を使って4年前にオープンしたフランス料理店。ベトナム化が懸念されたが今も抜群の人気を誇る。デザートは、青いミカンにフローズンヨーグルトを詰めた一品。夜は、一緒に調査をしたベトナムの先生・学生さんと打ち上げ。スペアリブが自慢のアルフレスコ。学生曰:マジおいしいッス。
おっと、主題はホイアンであった。「モーニング・グローリー」を経営しているのはマダム・ヴィ。1992年に初めてホイアンに行ったときに出会った。何かのことを聞きたくて人探しをしていたら、日焼けした人ばかりの中に、色白・柳腰の女性があらわれ、びっくり。鳥越まりと似た顔立ちで、以降、昭和女子大・友田先生は「まりちゃん」と呼ぶ。その頃の店は「マーメイド」。店頭にミキサーを置き、お父さんがシェイクをつくっていた。きれいな店とは言えなかったが、西洋人観光客の団体誘致に、ヴィさんの営業力が発揮されていた。
将来の店のイメージを話し合ったこともある。その新しい店「ホワイト・ランタン」は、古い町のすぐ外に造成された宅地に新築された。自宅を兼ねたレストランで、建物は格段にレベルアップしたが、よく行くのは古い店の方だった。
2002年頃、フレンチクォーターへ進出、「カーゴ・クラブ」を開く。フレンチクォーターはさびしい場所だったが、少し前にフランス人が「タムタム・カフェ」を開き、外国人観光客が集まるようになっていた。ヴィさんの狙いは的中。各種ケーキを取り揃えた「カーゴ・クラブ」は、たちまち人気の店となり、フレンチクォーターは一躍ファッショナブルなストリートに変身した。そして、その斜め前に4店舗目の「モーニング・グローリー」を開いたのである。
「モーニング・グローリー」のコンセプトは、おいしいストリート・フードの提供。ベトナムと言えば、歩道の露店が市民の食堂だ。そのため店には、露店を模したオープンキッチンがつくってある。ただし、ベトナムの家庭では、外食は油が強すぎると母親が腕をふるう。「モーニング・グローリー」もそのようなヴィ家の家庭の味が基本だ。「燻したベーコンで巻いたバラムンディ」も「わが家のキッチンから」の一品。
ホイアンの町並みには、洋服屋、レストラン、ギャラリーがひしめいている。率直に言って、どれも同じようで代わり映えがしない。その中に少しだが、キラリと光る店がある。さしづめヴィさんの店はその筆頭だ。世界遺産とか町並み保存の会議と言うと、出てくるのはお役人や専門家ばかりである。でも、本当はヴィさんのような自立的で進取の気性に富んだ人こそ、まちづくりを本当にすすめる主役である。どこかのテレビ局でヴィさんの半生をドキュメンタリーにしないかな。
[ご参考までに]
ハイ・エンHai Yen:21 Ta Hien, Hanoi, 04-3825-1637
モカ・カフェMoca Cafe:14-16 Nha Tho, Hanoi, 04-3825-6334
ビフテキ(店名不詳):51 Hang Buom Hanoi, 04-3825-1211
ルナ・ドゥアウトゥノLuna d’autunno:11 Dien Bien Phu, Hanoi, 04-3823-7338
チャ・カCha Ca:14 Cha Ca, Hanoi, 04-3823-9875
クワン・コム・フォQuan Com Pho :29 Le Van Huu, Hanoi, 04-3943-2356
グリーン・タンジェリンGreen Tangerine :48 Hang Be, Hanoi, 04-3825-1286
アルフレスコAl Fresco :23L Hai Ba Trung, Hanoi, 04-3826-7782
カーゴ・クラブCargo Club :107-109 Nguyen Thai Hoc ,Hoian, 510-910489
モーニング・グローリーMorning Glory :106 Nguyen Thai Hoc ,Hoian, 510-241555
千葉まちづくりサポートセンター代表・福川 裕一
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