商店街の外部性
3月末になるとキャンパスのあちこちで、退官される先生と残る先生の挨拶が繰り広げられる。私もあと10年足らずで定年かと、いささか感傷的な気分になっているとき、大阪市立大学を定年退官される石原武政先生からメールをいただいた。「とうとう退職の日が明日になりました。荷物を運び出した空っぽの研究室でメールを打っています。『小売業の外部性とまちづくり』をお届けしたと思います。畑違いのもので読みにくいとは思いますが、商業論がやっと少し近くに見えてきたと言っていただけるとありがたいです。」いやーっ、こういうのにはジーンときます。前書きによれば、いただいた本は、1年半後に大学を定年退職する2004年秋にふとひらめいて論文を書きため、まとめられた37年間の「卒業論文」。大学に身を置く者としてこの「有終の美」には身が引き締まります。
そんな私の感傷はともかく『小売業の外部性とまちづくり』は、ふだんからコミュニティや商店街のことを考えている人にはぜったいお勧めの一冊である。帯にはこうある「『まちづくり商業論』を構想する:商業論はまちづくり問題にいかに応えるのか―小売業とまちづくりの関わりに向き合い、小売店鋪、街並、集積へと議論を展開して、まちの管理や公共性の問題にも考察を加え、商業論を拡張する。」「小売業の外部性」とは、経済学になじみのない人には取っ付きにくい言葉だが、要するに商店街のことである。一般に、商店は単独では消費者に十分に対応することができず、他の業種と補完し合いながら商業集積を形成する。このような小売業の有する外部との関係に関する特性を外部性と呼ぶ。単純に「商店街」と言い切れないのは「外部性」を使うことでさまざまな現象の理論化が可能になるからである。たとえば、商店街は「商店街は商業の外部性を基礎として自然発生的に形成された商業集積である」。ショッピンセンターは「小売業が郊外に出店するために、小売業にとっては不可欠な外部性を内部化しうる業態」である。そしてこんな風にも展開する:「通路はその外部性として建物などを取り込むことによって街路となる」(ここで「通路」は道それ自体、「街路」は街並みに囲われた空間と使い分けている)。これを商店街にあてはめるとたとえば、「街並みは店舗の外部性である」となる。こうして商店街にとって街並みがとても重要であることが理解される。もうお分かりのように、「商業論」の基本的な論理の中に、まちづくりとの接点を見出し、商業論としてまちづくりに接近したい」という本書の狙いを達成するために「外部性」は不可欠なキーワードなのである。著者は、従来の商業論がこの外部性にほとんど無関心であったが、まちづくりをこの外部性の問題として理解し、「意のままにならない外部に形成される関係に秩序を導入し、それを制御していく方法を採ることがまちづくりへの道を開くものと考えた」のである。本は二部から構成される。第1部「小売店鋪とその外部性」は、商業論の基本概念「売買集中の原理」を吟味したのち、売買集中の外部性として、小売店鋪、街並み、そして規模(集積)を取りあげていく理論編。第2部「商業の管理とまちづくりのルール」は、タウンマネージメント、町づくり会社、まちづくりルールが論ずる応用編。石原先生には『口辞苑』という私家版の用語辞典がある。通常の辞典と異なり、表の説明とともに裏の説明を添え、事の本質へ切り込んでいく。本書でも、その才能は如何なく発揮され、煮ても焼いても食えないように見える現実が軽妙だが適確な概念化で見事に読み解かれていく。価値ある3600円。ぜひご一読を。出版社は有斐閣です。
千葉まちづくりサポートセンター代表・福川 裕一
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