代表のぼやき

2003.11


9月の後半、2週間ほどスペインのバルセロナに滞在した。バルセロナは、スペインの中でも固有の文化を誇るカタルニアの中心地である。とくにフランコ政権崩壊後の民主化の中で、独自の都市政策を展開、すぐれた建築家を起用して魅力的な都市づくりを進めた。 1992 年のオリンピックはいわばその集大成で、今や、中心街を歩いている半分以上が観光客ではないかと言われるほど多くの人々をひきつける都市となった。このような都市づくりの手法は「バルセロナ・モデル」の名で知られ、それを担った人材のヨーロッパ各都市への「輸出」が始まっているのだという。このバルセロナで、強い印象に残ったのが「私はソーシャリストだ」と明言する人に出会ったことである。ある重鎮建築家へのインタビューで、同行者がうっかり「あなたのリベラリズムの源はなんでしょうか」と訪ねたら、言下に「私はソーシャリストだ。リベラリストではない」と返答が返ってきた。ソビエト崩壊後、ソーシャリズムもリベラリズムもほとんど同義と思い込んでいた我々はハッとさせられた。バスのドライバーが初老の映画俳優のようなひとだったので、別の同行者が「レーガン大統領みたいで素敵」と言ったら、「私はソーシャリストだ。レーガンのような保守主義者ではない」と来た。

なぜ、こんなことが新鮮に思えたのか。おそらくわが国の政治状況のせいである。大きな政党は大多数をとるために、ウイングを反対側へ広げる。その結果、表面上の政策に基本的な差が消えてしまう。二大政党制の欠陥である。そして、どちらの政策も同じようだと言う言説がマスコミからたれ流され、多くの有権者が「どっちだって同じ」と答える。ゴアとブッシュの票数を巡る土壇場の時もそうだった。マスコミはこぞって、「政策はドッコイドッコイ」どっちにころんでも大差ないと解説していた。しかし、仮にゴアが大統領になっていたら、環境政策も、イラクもずいぶん違う姿になっていただろう。

わが国の場合、いたたまれないのは、こうして到達した軸がグーッと右へ寄っていることである。その位置は暴言を繰り返す石原都知事とそう違わない可能性がある。佐野真一の『てっぺん野郎:本人も知らなかった石原慎太郎』によれば、作家としても国会議員としても中途半端だった慎太郎にいつまでも賞味期限がこないのは、大衆の気持ちを的確に代弁する天賦の才にあるだけでなく、それが「慎太郎を見つめるまなざしや、メディアのなかで、さらに大きく増幅されているからである」。かつてなら大きく問題化した暴言も、今や日常化、異論を唱えることに勇気さえいる状況が醸し出されつつある。平和と平等を求める立場の表明がえらく困難になっている。「私はソーシャリストだ」はそこをスカッと言い切っている。

最後に宣伝。私のつとめる千葉大建築では、バルセロナにも刺激されて「千葉モデル」構築をめざし「千葉学」の勉強会を重ねることにした。 1 回目は 11 月 19 日、 2 回目は 12 月 17 日、時間は夕方から。公開ですので興味ある方はご参加ください。


千葉まちづくりサポートセンター代表・福川 裕一


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