2000年の初めには、この小冊子を書き上げたが、そのときのロンドンは、どの都市でも同じことになったと思うが、市の歴史を画する出来事、初代市長の就任とミレニアル騒動で浮かれていた。
二つの経済、すなわち何百人の生活の経済と世界市場を駆け巡る経済が、どの都市でも大きくなっている。したがって、ロンドンが自らの貨幣を持つべきかどうかの問題は、たがわず東京が自らの貨幣を持つべきかどうかの問題となる。
ロンドンでは、この地域通貨というアイデアに対しては以上にまでに渾沌とした受け止め方がされている。ロンドン・イブニング・スタンダード紙は初刷りのビジネス欄にそれにかかわる記事を掲載し始めたが、その後は熟さないとの判断からか、不可解のうちに削除された。イギリスのボランタリー・セクターは、注意深くそのことを視ていた。経済学者達はそうした状況を理解していないようである。
(中略)
通貨は複数あるべきであると信じるのはこうした理由からである。エキサイティングな時代の到来となろう。
2000年11月6日ロンドンにて
デビッド・ボイル
●訳者あとがき
本書は、David Boyle, Why London Needs Its Own Currency, ANEF Pocketbook,
2000 の全訳である。私は、英国の市民事業研究のために在英していた折、この出版元の団体 NEF( the New Economics
Foundation )の存在を知った。英国では、 NEF はチャリティ委員会に登録されたチャリティ団体であり、新しい経済のあり方を追求するインターミディアリーな機関であることはつとに知られる。デビット・ボイル氏の紹介にもあったように、フェアトレードのような倫理的な交易関係の促進、最近では、ジュビリー2000(超債務国の債務取消を求める運動)の取り組みの他、社会と環境のためのグリーン指標と監査、社会的投資フォーラムの組織化など活動は多彩である。また、発行物も多い。機関誌
News from the Economy も発行している。私は、この機関誌の読者となり、紙面でこの著作を知ったものである。
(中略)
以上、俯瞰したように、英国でも国家通貨と地域通貨の平行通貨体制あるいは複数通貨体制は、時間の問題となっている。失業者が堆積し、貧困層が27%も占め、地域から商業銀行が消えていくような事態にコミュニティが陥り、そこからの解放を余儀なくされた英国は、地域の自助力と通貨発行の自由にもとづく新しい市民社会、ボランタリズムと信頼で結ばれる地域デモクラシーの確立に着手しはじめている。そうした新しい歴史への息吹は、あちこちで感じられるが、ここで邦訳したデビット・ボイルの気迫の書は、この新しい息吹を確信へとしなやかに変奏し、近代を再審していく。
(中略)
2001年2月1日
鹿児島国際大学経済学部
馬頭忠治