博物館提言活動
第5章 期待されるこれからの博物館の姿
この章では、2002年11月9日に千葉県立博物館で開催された「博物館シンポジウム」における参加者の討議内容、その開催日に合わせて寄せられた500件の意見をもとに、市民が期待する博物館の役割と姿について考察する。
ここで求められているのは、現在の制度や仕組みの一部の変更や交換について検討することで現状打開を図ると言うようなレベルではなく、これからの博物館の新たな基本理念や役割を明らかにし、徹底した未来志向の中で博物館の将来像を構想していく作業であると考える。
既存の博物館の基本的な役割は、資料の収集、整理・保管、展示であり、他に研究、調査、教育機関とされる。千葉県内の博物館も博物館であるからには、この普遍的な役割は変わらないはずである。
それでは、何のための博物館なのか。何のための資料の収集、整理・保管、展示なのか。これら博物館の使命(ミッション)は時代や社会の要請の中で変わる。博物館が国威を表現することが大きな使命であった時代、近代化や経済発展を象徴することが大きな使命の時代もあった。
また、自由市場の経済原理が社会を席巻した時代には、入場者数が博物館の価値に大きな影響を与えた。現在の博物館は、これら時代の中で確立された権威主義的な制度や評価の仕組みが続いている側面がある。
しかし、特定非営利活動促進法(通称NPO法)の制定に見られるように、21世紀はこれまで行政が中心的に担ってきたパブリックの概念が、開かれた市民と行政の協働によるパブリックへと変わろうとしている。私たちの国は、官が民を管理する社会から、市民が自発的・主体的にパブリックの担い手となる市民社会を選択し、動き出している。
従って、現代そして将来の博物館を運営する目的や使命、そして役割を果たすための手法やフィールドは、もっと柔軟に検討されてもよいと思われる。
「何のための博物館?」ということを突き詰めていくと、現在の博物館に要請されている博物館の使命(ミッション)として、地域の自然・文化の保全・再生・創造のための研究及び情報の拠点となること、また、それと同時に総合学習や生涯学習の拠点となることが、今回のシンポジウムやアンケート調査で明らかになっている。
現代はまさに「変革と創造」の時代で、地方分権、市民自治という方向で社会が動いており、市民が自発的・主体的に地域の様々な課題の解決に取り組もうとする中で、博物館の果たす役割は大きいといえる。その意味で、博物館の統廃合は、社会全体の中での費用対効果という効率性の中で論じられる問題であり、単純な入場者数や行政内部の経費削減等の視点等で評価されるべきではないと考える。
様々な民間サービスが展開されいる現在、単なる娯楽のための公共施設は必要ない。まして行財政改革が叫ばれている今、地域の公共施設は地域の重要な課題を解決するための拠点として慎重に検討されるべきである。
博物館が取り組むべき地域の重要な課題とは、地域の文化・自然の保全・再生・創造や総合学習や生涯学習であり、博物館はその課題解決の研究拠点、活動拠点、あるいは情報・ネットワーク拠点として期待されている。
こうした地域の課題の解決は、博物館という公共施設が単独で担えるものではない。これからのパブリックとは、そうしたものである。地域の課題を解決するには、それに取り組む市民ひとり一人をはじめ、様々な主体との協働を効果的に推進できる仕組みが必要であり、これからの博物館のフィールドは、館というハードウェアの中にとどまるものではなく、地域の文化や自然の保全や再生の対象となる現場など、館の外のフィールドが重要であるとともに、環境評価や社会教育プログラムなどの専門的な研究活動も重要になる。
また、情報・ネットワーク拠点としては、こうした地域における博物館の使命を基本に、県内の博物館とのネットワーク、全国の博物館とのネットワーク、国際的な視野に立った交流も重要である。こうした博物館の双方向のネットワークの充実は、地域の課題解決に役立つばかりでなく、もっと広域的な、例えば千葉県全県にわたるような課題の解決にも役立つと思われる。なお、国、県、市町村の博物館の相互の関係性やそれぞれの役割について、市民を含む関係者の開かれた対話をとおして今後検討される必要がある。
これからの博物館は、期待される使命を効果的かつ効率的に果たしていくために、これまで以上に自立性、公開性、協働性が求められている。
まず、博物館が権威的な印象を与える一つの原因に、情報の一方的な発信や一般市民との対話性の不足が挙げられよう。これからの博物館は、市民の要請に応える調査研究テーマの設定や研究成果に基づく科学的知見・情報の発信が一層求められる。そのためには、博物館が財政面、運営面、組織面で主体性あるいは独立性を発揮できることが望ましい。その一つとして国立博物館・美術館などが独立行政法人として改組されるなどの動きがみられるが、独立行政法人制度については一方で様々な課題も指摘されている。博物館組織のあり方についても市民とともに公共性を担うという視点から今後の検討が必要と思われる。
次は、博物館の公開性であるが、これは博物館の収蔵品の公開ではなく、運営・管理を含む博物館のあらゆる情報(個人情報は別として)の公開である。情報公開は、社会的な信頼性を獲得する最も有効な手段でもある。
博物館が市民をはじめとした様々な主体から一層支持されるには、成果や結果だけでなく、様々なプロセスを公開すること、更には政策形成における市民参加が必要である。
そのためには、博物館館長や博物館評議員の公募や登録会員による公選、評議委員会の公開、あるいは特別展示や地域の課題解決のための研究テーマ等の公募なども検討されてよいと思われる。
三つ目の協働性とは、博物館の使命を達成するために必要な他の主体との協働を柔軟に検討していく姿勢である。こうした博物館の取り組みは、一部で始まっており、全国的にも大きな潮流になりつつある。
地域の課題解決のためには、同じ課題解決に取り組む市民や市民団体(NPO)などの民間や行政との対等な協働が重要であり、そのことが博物館の活動領域を広げるとともに、資料収集や資料整理の効率性を高めたり、研究成果を質量ともに高めることにつながると思われる。
これまでの博物館と市民との交流は、博物館の展示に関心のある来館者、あるいは趣味的に博物学等を学びたい市民との交流が中心であり、これらの市民の一部が博物館をボランティア的にサポートをすることであったと思われる。
これらの交流は、今後の博物館としても重要であるが、シンポジウムやアンケート調査に見られる博物館と市民との新たな関わりとし浮かび上がったのは、地域の課題解決に取り組む市民や市民団体(NPO)からの博物館の持つ高度な専門性への協力要請であり、それらは文化や自然の保全活動、再生活動、創造活動をはじめ、総合学習等の青少年育成活動、生き甲斐づくり等の社会教育活動など、多岐にわたっている。
地域の課題解決に取り組もうとする市民やNPOにとって重要なのは、博物館の持つ専門的な豊富な知見や情報の提供であり、活動等における適切なアドバイスである。
そうした市民やNPOは、博物館と課題に対する認識を共有し、展示等において一般市民等への啓発活動に取り組みたいと考えている。アンケート調査における展示テーマなどの公募の要請はそういうことを示している。
また、博物館内に地域の課題解決に向けた検討・研究の場を求めているし、保全や再生のために博物館と連携して管理したいフィールドがある場合も多い。千葉県のフィールドミュージアム構想は、こうした市民やNPOの夢をつなぐ構想として期待が大きい。
ここでのまちづくりとは、都市計画や道路・住宅建設といった狭義のまちづくりではなく、持続可能な地域づくりや地域振興などを含むものであり、これからの博物館の使命として充分に社会的な価値がある。こうした知識の浸透は開発する側にとっても対立することによって生ずる無駄な労力が不要となり、センスの良い開発事業を企画デザインすることができよう。
例えば、持続可能な地域づくりという視点で見れば、生きる力を育む支えとなる文化伝統の継承や、身近な生物多様性の維持は重要な指標である。そうした研究や情報発信は乱開発を抑止し、未来の子どもたちに安全な地域資源を残すという課題は、地域の課題解決に取り組もうとする市民やNPO、及び地方自治体との共有できるものである。
NPOは、地域の課題解決を目的とした民間非営利の事業体であり、今後のNPOの重要性は、千葉県政の「NPO立県宣言」に示されている。ただし、現在のNPOの事業遂行の実力は個々の市民の「思い」が先行しているきらいがあり、NPO活動への専門家の参加・連携が課題となっていることから、底上げのためにも博物館との連携が期待されている。
また、地域振興の視点で見れば、人間の知的欲求は大きな市場を構成する可能性がある。生涯学習が重要な施策になっているように、今回のアンケート結果を見ても、21世紀最大のエンターティメントが自分の欲求を満足させるための自由な学習になる可能性は充分にある。人々の知的欲求を満足させる自然体験や文化体験といった産業(観光産業の範疇になると思われる)が地域振興の一助になるとすれば、博物館の果たす役割は更に重要になるであろう。
こうした博物館は、地域の課題に市民やNPOと一緒に取り組む開かれたまちづくりシンクタンクとして機能しうるものである。各博物館の館長アンケートでは、そこまでの意見は示されていないが、今後、博物館が果たす主要な役割の一つとして意識されることになると思われる。
この章の最後に、「博物館シンポジウム」及び関連アンケートで示された市民のこれからの県立博物館への具体的な期待について、地域の課題解決に取り組む公共施設として、これまで述べてきた文脈に沿って整理すると以下の6つの項目にまとめることができる。
○「市民とのネットワーク・協働によって、市民と響きあう博物館」
○「地域の文化・科学情報の発信基地となり、地域の文化や自然といった環境と共生し、人も環境も共に育つまちづくりの拠点として、市民と協働して運営される博物館」
○「今日とこれからの視点を大切に(博物館行きなどと言われないように)、市民とともに地域の新しい価値やライフスタイルを創造する社会教育機関としての博物館」
○「地域資源を発掘・保全し、これを有効に活用し、そして地域の課題を解決する支援体制が整備された博物館」
○「子どもの健全な育成を支援する博物館」
○「具体的な評価の方法を示し、評価をうけ、自ら主体的に質を上げることができる博物館」
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