1967年

1967年1月

1 ラオス選挙でプーマ派大勝。

3 ウ・タント国連事務総長、北爆を停止すれば北ベトナムは交渉に応じる意向と米国に伝える。

4 チク・ナット・ハーン師離日。

5 「反戦非暴力直接行動委員会」、三菱重工下丸子工場へ早朝のビラまき、(B-01)1967/02

6 米海兵隊、メコンデルタヘ初侵攻。

7 べ平連第16回定例デモ。清水谷→六本木、97名。デモ後、べ平連新年反戦会議。国際文化会館。

8 米軍、南ベトナムで「シーダーフォールズ」作戦開始(→26日まで)。

9 ベトナム派遣米軍、47万3千名となる。

19 大阪府学連・大阪学生平和団体連合共催「ハノイ爆撃抗議学生平和集会」阪大講堂。米フォーク歌手ジョーン・バエズも参加。

22 日本、カンボジアのダム建設に2千万米ドル相当の円借款供与を決定。

25 べ平連集会「みんなでベトナム反戦を!ジョーン・バエズとともに」社会文化会館ホール、1,200名。Baez.jpg (101898 バイト)

(写真は25日の集会。左から一人おいて、いいだ・もも、城山三郎、開高健、小田実、バエズ、高石友也、鶴見良行、久保圭之介、栗原幸夫、深作光貞の各氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

27 グエン・フー・コ南ベトナム国防相、追放される。

28 グエン・ドイ・チン北ベトナム外相、「米国が北爆や北ベトナムヘの戦争行為を無条件で停止すれぱ話し合いは可能」と言明。

29 第31回衆議院総選挙(自民277、社140、民30、公25、共5、無9、多党化時代)。

31 米国防総省、北ベトナムの態度に変化なしと言明。

◎この月、帝塚山学院高等部べ平連発足。

◎この月、在ベトナムの米軍、45万5千を超える。

◎米CIAの報告。空襲による死傷者は65年の1万3千から66年には2万3千ないし2万4千に増加、その80%は民間人と推定。

◎この月、小田実・開高健・鶴見俊輔編『反戦の論理』(河出書房)刊行。

 

1967年2月

1 札幌べ平連集会。札幌市民会館、30名。●京都べ平連機関誌『べトナム通信』創刊。

2 米上院外交委員会公聴会で、ハノイを訪問したNYTのソールズベリ記者が証言、米国がとるべき最良の方策は、外交交渉を通じて「双方が受諾できる合理的かつ名誉ある平和解決」の要件をさぐりだすことだとのべる。(毎3)

3 米軍、カンボジア国境の「聖域」地区で作戦開始。

4 べ平連第17回定例デモ。清水谷→新橋、150名。●数寄屋橋でW・P紙反戦広告募金(参加・永六輔、いずみたく、鶴見俊輔、小中陽太郎ら)。1万3千円。67-2-4.jpg (30290 バイト)

(写真は募金に立つ永六輔氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

5 札幌べ平連「札幌雪まつり」の中を反戦ブラブラ・デモ。11名。

7 べト数懇主催の北爆2周年デモ。消防会館。講師・丸山儀四郎。デモ→東京駅。150名。

8 ジョンソン大統領とホー大統領の間で親書交換(ジョンソンから@北ベトナムが南ベトナムヘの浸透をやめれぱ北爆と米軍の増強を停止する、A南北ベトナム間でテト停戦の延長を交渉する、B米・北ベトナム間の秘密

交渉を提示。ホーからの回答@北爆を無条件に停止すれぱ会談が開ける、A米軍の撤退、B解放戦線の承認)。

9 ラスク米国務長官、@北べトナムが南での軍事行動を縮小しなければ北爆は停止しない、A共産側は対応措置なしに北爆停止を得ようとしている、と言明。

10 米国務省、北べトナムがテト停戦を利用して南べトナムでの補給を拡大しているという報告に憂慮を声明。

11 札幌べ平連、W・P紙反戦広告カンパ。5,200円。●A・J・マスティ師死去。

12 テト停戦終了。

13 北爆再開(ジョンソン大統領の説明では北ベトナムが補給を拡大したため。しかし米側も停戦中に補給したことを非公式に認めた)。

17 「ベトナム反戦歌人の集い」発足。規約を決める。中里久雄、水野昌雄、馬場あき子、深作光貞ら。《T-01》→ 67/03/03

18 ベトナム反戦大阪行動委のパネル討論「べトナム反戦運動を今どう進めるか」大阪市教員会館、350名。パネリスト・小田実、鶴見俊輔、片桐ユズル、吉川勇一ほか。

19 金東希、福岡刑務所を出所、直ちに大村収容所へ収容される(→68年1月26日)。

20 W・P紙反戦広告募金、100万円をこえる。

22 米軍・南ベトナム政府軍、タイニン省で「ジャクソン・シティ」作戦開始(→5月15日まで)。

24 べ平連事務所、御茶ノ水(外神田の山京ビル2F 4坪)へ移転(→67年11月28日)。敷金20万円、家賃月額2万円。

26 第7艦隊、北ベトナムに大規模な艦砲射撃開始。

27 ジョンソン米大統領、戦争の早期解決のための「新しい軍事行動」の開始を承認(米軍、北ベトナム河川への機雷敷設を開始)。

28 マクジョージ・バンディ米国家安全保障担当大統領補佐宮、辞任。

◎2月以降、B-52の出撃延べ機数、60から800に激増。

◎この月、小田実・開高健・鶴見俊輔編『平和を呼ぶ声』(番町書房)刊行。

 

1967年3月

2 札幌べ平連、W・P紙反戦広告のための街頭募金。市民会館前(11〜12日も大通り3丁目で)。

3 「ベトナム反戦歌人の集い」発足。規約を決める。中里久雄、水野昌雄、馬場あき子、深作光貞ら。《T-01》→ 67/02/17

4 べ平連第18回定例デモ。A・J・マスティ師追悼でキリスト者和の会も参加。清水谷→日比谷、300名。

8 市川白弦、小田実、斎藤玄ら11名、金東希の行動を支持するよう訴え。

10 北爆拡大。北ベトナムのタイグェン重工業地帯への爆撃開始。

12 べ平連、米軍立川基地で英文反戦ビラまき。33名。

13 国防会議、第3次防衛力整備計画を決定。

15 ジョンソン米大統領、ロッジ大使に代えてエルズワーズ・パンカーを南べトナム大使に任命。

18 南ベトナム制憲議会、新憲法を満場一致で採択(4月1日公布)。●ウェストモーランド司令官、総兵力55万5千721人への増派を要請。●ベトナム反戦大阪行動委員会主催定例ゼッケン・デモ 18:00 大阪駅東口前ひろば 19:00 討論集会 中之島公会堂第2会議室

19 千葉べ平連発足(第1回会合)。●京都べ平連、ベトナム反戦大阪行動委、原水禁関西プロックなど共催「全関西べトナム反戦集会」愛日小学校講堂。講師・日高六郎、森川金壽。のちデモ。

20 「ベトナムに平和・歌人の集い」開催。文京区役所内区民会館。《T-01》●米海兵隊、非武装地帯南に上陸開始。●ジョンソン米大統領、南べトナム政府首脳とグアムで会談。「名誉ある平和」の達成まで支持すると約束、社会改革の必要を強調。南ベトナム側は戦争拡大に力点。

21 べ平連討論集会「べトナムの現状・べ平連運動について」国労会館、110名。

26 いなか町べ平連(美濃加茂市)発足、第1回会合。●日本基督教団、「第2次大戦下における日本基督教団の戦争責任についての告白」を発表。

27 小田実、鶴見俊輔、平塚らいてうら348名、金東希の亡命を認めよとの共同声明。

28 ウェストモーランド司令官、遅くも68年6月1日までに米軍を67万1千616人に増強すべしと要請。

29 札幌地裁、恵庭事件の無罪判決。

◎この1ヵ月だけで北ベトナムに投下された爆弾・ロケット弾は7万7千トンに達する(北ベトナム1平方キロ当たりに450キロ爆弾1個強)。損失米機の累計2,039。

 

1967年4月

1 小田実、鶴見俊輔、吉川勇一、金東希問題で法務省に抗議。●べ平連第19回定例デモ。清水谷→新橋。●新橋「かざん」に「べ平連くらぶ」開設。

3 米『ワシントン・ポスト』紙に1ペ−ジの反戦広告を掲載。washingtonpost.gif (6573 バイト)

(写真は『ワシントン・ポスト』への意見広告紙面。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

●韓国出身米兵金鎮洙、キューバ大使館に保護を求めて脱走。●米上下両院合同経済委で「日本のベトナム派兵を期待する」発言。

4 べ平連、記者会見でW・P紙反戦広告運動について発表。●M・L・キング牧師、黒人差別撤廃とべトナム反戦の結合を宣言、良心的兵役拒否をよびかける。

8 米反戦運動の連合体「全国動員委員会」提唱の「べトナム週間」、全米各地で反戦の行動(→15日まで)。

9 千葉べ平連第2回会合。22名。

10 いなか町べ平連第1回街頭行動。太田駅前でビラまき。

12 「詩のべ平連」、ベトナム反戦詩集第3集『大陽のなかの冬』発行。

15 米「春の大動員」のよびかけで「日米ジョイント・デモ」。清水谷→米大使館→東京駅、570名。●小岩べ平連発足。●東京都知事に社共推薦の美濃部亮吉が当選。

20 米軍機、ハイフォンの2発電所を爆撃。

21 佐藤首相、武器禁輪の3原則を言明。

23 「プー・タト・タン氏を守る会」発足。

24 米機、北ベトナムのミグ戦闘機基地を爆撃。ハノイの鉄道施設・変電所施設にも初爆撃。●ウェストモーランド司令官、米国内の反戦運動は「軍事的に勝てない敵が政治的には勝てるという希望を与える」と非難。●神戸大学べ平連、発足。

26 南ベトナムクアンナム省ディエンバン県ズイタン村フーニュアン第二部落ノンサン集落で、米軍が、女性と子ども52人を殺害。(『赤旗』06/08/27)

28 沖縄デー。那覇での集会にべ平連から小中陽太郎、室謙二らが参加。

◎この月、新潟べ平連発足、

 

1967年5月

2 B・ラッセルら提唱の「ベトナム戦犯国際法廷」ストックホルムで開廷(→10日まで)。●南ベトナムの米軍、43万5千に。●『ニューヨーク・タイムズ』紙、ウェストモーランド司令官が大統領に60万への増強を要請したと報道。●琉球大学でべ平連講演会。150名。講師・小中陽太郎。

4 沖縄大学でべ平連講演会。100名、

5 べトナム反戦大阪行動委の48名、天王寺動物園で反戦風船配り。●小中陽太郎、室謙二ら、那覇国際通りで沖縄アピールの広告募金。67-5-5okinawa.jpg (7176 バイト)

(写真は、那覇市国際通りで募金する沖縄ベ平連と小中陽太郎氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

6 米軍と解放軍、非武装地帯のコンチェンで激戦。●べ平連第20回定例デモ。清水谷→日比谷、180名。●「原爆の図・丸木美術館」開館。

7 穴井典彦、南べトナムから帰国。

8 北ベトナム軍、非武装地帯南部で一斉攻撃を開始。

10 ストックホルムの「ラッセル法廷」、ベトナム戦争における米国政府の責任に有罪判決。●ウ・タント国連事務総長、「米国が北爆を停止すれば2、3週間中に和平交渉が開始されると信じる」と再び言明。

15 解放戦線、ビエンホア空港を砲撃。

16 サイゴン大学のファン・ティ・マイ、サイゴン郊外の慈厳寺で米国に抗議し祖国の平和を祈願して焼身自殺。

18 米・南ベトナム軍、はじめて非武装地帯に侵攻。●米機、ハノイ中心部から1マイルの発電所を爆撃。

19 文部省、日本の大学研究所への米陸軍の資金援助が96件、3億8千700万円と発表。

21 広島大べ平連、広大わだつみ会、広大ESS有志ら、岩国の米兵に英文反戦ビラ配布。

25 べ平連講演会「アメリカ・沖縄・べトナム」全電通会館、500名。講師・小田実、鶴見良行、武藤一羊、小中陽太郎、穴井典彦、室謙二。

26 札幌べ平連「ベトナムを考える夕べ」講師・穴戸寛、橋場文俊。●「ベトナムに平和・歌人の集い」第1回現代短歌ディスカッション「短歌は反戦詩たりうるか」の問題提起。報告者は中野菊夫、吉田漱、篠弘、一条徹、向井毬夫、岩田正、三枝昂之、萩本清子、岡井隆。司会は深作光貞、藤田武。《T-01》

27 札幌・学生べ平連集会。60名。

28 日本、カンボジアに海洋資源調査団を派遣。

29 在日の外国人ドナルド・バートンら31名、記者会見で反戦共同声明を発表。

◎この月、「砂川五百人」結成のためよびかけ出される。

◎この月、いいだもも著『われら、未知なる時代へ』(三一書房)刊行。

 

1967年6月

2 ソ連、米機の北ベトナム・カンファ港爆撃でソ連商船が被害を受けたと米国を非難(3日、米国は北ベトナムの対空砲火のためと反論)。

3 べ平連第21回定例デモ。キューバ大使館内の脱走兵金鎮洙を激励。清水谷→キューバ大使館→六本木、320名。●サラリーマン・べ平連発足。

4 「詩のべ平連」の長谷川修児ら、東京・数奇屋橋で初の街頭詩集売り(12〜17時で1,380円)。

5 アラブ諸国とイスラエルが戦闘(中東戦争)。●茅ヶ崎べ平連機関誌『変革の世代』創刊。

6 アラブ連合、スエズ封鎖。

7 イスラエル軍、シナイ半島を制圧。

8 川口文学連盟・川口べ平連準備会共催「べトナムを考える討論集会」栄町公民館、30名。講師=吉川勇一。埼玉べ平連発足。(『統一』6/19)

10 ベトナム・日本医療協力協定に署名。

11 千葉べ平連、初の集会「ベトナム戦争を考える」県教育会館、400人。講師・鶴見俊輔、いいだもも。

17 中国、初の核実験。●マクナマラ米国防長官、『国防総省白書』(べトナム秘密文書)作成を命令。●ベトナム反戦大阪行動委、定例デモ。15名。

18 米国防総省、米機がソ連船を爆撃したかもしれないと認める(20日、謝罪して今後繰り返さないと約束)。

19 「11PM」に出演のいいだももら、自民党の源田実参院議員らと激論。

20 シャープ米太平洋軍司令官、沖縄基地の保持は不可欠と言明。

21 解放戦線、カンボジアに代表部を設置。●京都べ平連「べトナム反戦講演会」同志社大明徳館。講師・竹内好、穴井典彦。

22 ベトナムの米軍、46万3千人となる。ほかに韓国軍など参戦国軍が5万4千、南ベトナム軍が約60万、米側推定では「共産側」兵力は19万4千、うち北ベトナム正規軍が5万。

23 ジョンソン米大統領、コスイギン・ソ連首相とニュージャージー州グラスボロで会談。コ首相は記者会見で米軍の即時撤退と北爆の無条件停止を要求。

24 ヤング・べ平連、金東希・金鎮洙のための都内一斉街頭署名。お茶の水、水道橋、飯田橋、市谷、四谷、代々木、新宿など13の駅頭で60名が参加。署名800、カンパ1万6,000円。●「律68」のために、深作光貞邸で座談会「政治的前衛と短歌前衛」《T-01》●北ベトナム、カンボジアとの外交関係を大使級に格上げ。

30 ソ連、米機がハイフォン港のソ連商船を再び爆撃したと抗議。

◎劇団三期会『マクバード』公演(バーバラ・ガーソン作、新宿アートシアター)。

◎この月、日本共産党の高橋芳男、『文化評論』7月号の論文「『べ平連』をめぐる思想」で、べ平連の善意の人びとと「反党分子」を区別せよと主張。

◎この月、小田実・小中陽太郎著『反戦のすすめ』(三一書房)刊行。

 

1967年7月

1 ハンフリー米副大統領、佐藤首相に南べトナム援助をさらに要請(ソウル)。●べ平連第22回定例デモ。清水谷→新橋、250名。●「べトナム反戦ちょうちんデモの会」第1回デモ。井の頭公園音楽堂。以後毎月1,15日の2回、定例デモ(現在も「アンポをつぶせ!・ちょうちんデモ」として続行中。94年10月15日に第500回目のデモ)。

6 ストックホルムで「ベトナムにかんする世界大会」開催。べ平連から高橋武智、海原峻が参加。

9 砂川基地反対同盟、支援労協共催「べトナム侵略戦争反対・砂川基地拡張阻止大集会」反戦広場。べ平連から鶴見俊輔が挨拶。雨中をデモ。デモ中、機動隊が襲撃、べ平連からの参加者の中に負傷着がでる。

14 「べトナム戦争反対のために今何ができるか――若い人びとと考える」をテーマにべ平連全国講演シリーズ開始。福岡市民会館、講師=室謙二、鶴見良行。80名。15日北九州、120名、大阪、講師=小田実、小松左京、レイノルズ。900名、18日札幌120名、19日旭川701名。21日名古屋、講師=日野啓三、いいだもも。80名。●ベトナムに医療品を送るための1千万円募金運動開始(「平和の船」募金)。●東京のアートシアター新宿文化で、バーバラ・ガーソン作の米政策を風刺した『マクバード』上演。三期会。→15、22日も。

15 解放戦線、ダナンの米軍基地をロケット砲で攻撃(44機を破壊)。

16 NHK報道特集「公安条例」で、デモ規制に関し、吉川勇一、岩井章らが、藤枝泉介国家公安委員長、秦野章警視総監らと討論。

17 久野収ほか58名の「ベトナムに『平和の船』を送ろう」のよびかけについての記者会見。

18 札幌べ平連「ベトナム戦争を考える夕べ」。130名。市民会館。講師・阿奈井文彦、小中陽太郎。●ジョンソン米大統領、記者会見で北ベトナムに交渉の意思なしと言明。

19 べ平連講演会「ベトナム戦争反対のために今何ができるか」九段会館、1,000名。講師・進藤由美子、鈴木定男、パーバラ・ガーソン、アール・レイノルズ、国府田恭子、高石友也、久野収、小田実、いいだもも、大沢真一郎。●旭川で「ベトナム戦争を考える高校生の夕べ」。60名。労働会館。

21 べ平連講演会 名古屋理容会館 80名。講師・日野啓三、いいだもも

22 福岡地裁、金東希の裁判中、強制退去執行の停止を決定。●テーラー、クラーク・クリフォード両米大統領顧問、増派要請のため特使として参戦諸国を訪問(→8月5日まで)。

23 米デトロイト市で史上最大の黒人反乱(翌日、連邦軍出動、全米各地に暴動波及)。●札幌べ平連、第1回定例デモ。8名。

27 キ・南べトナム首相、米両特使との会談後、南ベトナム政府軍を38万5千に増強と発表。

29 名古屋べ平連討論集会、国労会館、30名。講師・吉川勇一。

31 ハバナで中南米人民連帯会議開催(8月10日まで)。「第2第3のベトナムを」などを決議。

 

1967年8月

1 べ平連の「殺すなバッジ」登場。字=岡本太郎、デザイン=和田誠。

3 ジョンソン米大統領、米軍を最高限度52万5千人まで増強する計画を承認。北爆強化と目標拡大を承認。

5 べ平連第23回定例デモ。清水谷→日比谷、93名。●沖縄べ平連街頭カンパ。牧志で署名106、カンパ13ドル。

8 新宿で米軍のタンク・ローリー車と貨車が衝突、炎上し、国電1,100本が運休。●フィリピン、マレーシア、インドネシア、タイ、シンガポール、「東南アジア諸国連合」(ASEAN)を結成。

11 米機、北ベトナムのロンビエン大橋を爆撃。

12 茅ヶ崎べ平連「平和のための市民講座」(13日まで)茅ヶ崎農協会館。講師・栗原幸夫、池山重朗ほか。●関西べ平連「戦争と平和を考える徹夜討論集会」四天王寺会館、1,200名。各党代表のほか開高健、久野収、桑原武夫、小田実、小松左京、名和統一、鶴見俊輔、橋本峰雄ら参加。

13 米機、北ベトナムのランソン爆撃。

17 ダナン発UPI電、米海兵隊ヘリコプターが非武装地帯南で嘔吐・催涙混合ガスを公然使用と報道。

25 ヨット「フェニックス」号(ロバート・イートン船長)、べトナムヘの援助物資を積んで広島を出港。べ平連から国府田恭子が乗組み(→11月19日)。fenix.jpg (9765 バイト)

(写真は広島を出港するフェニックス号。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)クリックすると大きな写真が見られます。)

●マクナマラ米国防長官、北爆によって北ベトナムを交渉のテーブルにつかせることはできない、北爆の拡大に反対と言明。

26 米国防総省、米軍の戦死者は1万2千605名、負傷者7万7千513名と発表。

27 解放戦線、南ベトナム4省都を同時攻撃。

28 ベトナムにおける戦争犯罪調査委員会主催「東京法廷」開廷(→30日)。米国の責任と日本の政府・財界の共犯責任を追及、

◎この月、べ平連「反戦セロテープ」を作製、「ベトナムに平和を!」など3スローガンを印刷。1まき150円。

◎この月、岡崎べ平連、帯広べ平連発足。

 

1967年9月

1 南ベトナム解放民族戦線、新綱領を報道。

2 べ平連第24回定例デモ。清水谷→新橋、150名。●高校生反戦連絡会議(高反連)発足。戸山高校など12校の学生が参加。

3 南べトナム大統領選挙。37%の投票で大統領にチュー、副大統領にカオ・キ。●北べトナム紙『新時代』、佐藤首相のサイゴン訪問を非難。

5 サイゴンの米軍司令部、米軍死傷者数は10万を突破と発表。

7 「べトナム・サマー」日本支部代表ビクトリア・良順、べトナム支援基金として15万円をべ平連に寄託。●佐藤首相、台湾訪問(→9日)。

9 南ベトナムの学生・仏教徒、大統領選の不正に抗議(30日に反政府デモが深刻化)。

14 V・良順、ベトナム支援基金をもって南ベトナムに出発、入国を拒否される。

15 「フェニックス」号、香港着。香港政庁は、イートン船長の上陸を不許可。

16 「ベトナム反戦市民の声」主催、首相の南ベトナム訪問に抗議するデモ。清水谷→首相官邸、60名。

17 B-52機2機、非武装地帯の北で撃墜される。

20 佐藤首相、束南アジア訪問(→30日)。

29 ジョンソン米大統領、テキサス州サンアントニオで@「早急かつ建設的な交渉につながるなら北爆を停止する」、A「交渉継続中北ベトナムが北爆の停止または制限を軍事的政治的に利用しないものと了解する」と言明

(サンアントニオ演説)。(10月4日北ベトナムは「新しい要素は何もない」として交渉提案を拒否)。

30 「首相の南べトナム訪問阻止集会」。全日通会館。のちデモ。

◎この月、小田実著『義務としての旅』(岩波新書)刊行。

 

1967年10月

1 大阪寝屋川高学園祭で「平和の船」カンパ、1万5千16円。●「詩のべ平連」、べトナム反戦詩集第4集『神の武装』発行。

4 国民文化会議のよびかけで10・21市民デモの準備会。雑誌会館、23団体参加。

7 べ平連第25回定例デモ。清水谷→首相官邸→米大使館→日比谷、1,000名。大使館前「聖域化」を破る。また定例デモ参加者数で記録。

8 佐藤首相、南ベトナム訪問に出発。羽田で阻止の学生、反戦青年委と機動隊が衝突。京大生山崎博昭が死亡。●チェ・ゲバラ、ボリビア山中で戦死。

9 金東希問題連合集会。文京区民会館。

10 日本数学会の学会中、ベト数懇のデモ。広島大→平和公園、100名。

12 東京税関、北ベトナムの「紅河」万年筆の輸入禁止を通告。●米機、ハイフォン港湾施設を初爆撃。

14 小田実、鶴見俊輔、日高六郎ら21名、「羽田事件についての声明」を発表。

15 べ平連、「ベトナムのための1日」運動をよびかける記者会見。その後、小田実、久野収、丸山真男らが数寄屋橋でビラまき、街頭募金。●千葉べ平連、ティーチイン。教育会館、250名。「平和の船」カンパ1万2千円、●札幌べ平連定例デモ。12名。

16 米30都市で1,400人の青年が徴兵カードを焼く。●佐藤首相、「ベトナム和平は北側の意志次第」と語る(ニュージーランド)。●「ベトナムを語る予備校生集会」初台青年館。

17 名古屋べ平連反戦討論集会。社会文化会館。

18 立命館大べ平連発足。

21 40の市民団体による「10・21ベトナム反戦国際統一行動市民文化団体集会・デモ」(代表=日高六郎)。清水谷→米大使館→新橋、3,000名。●「ベトナムに平和・歌人の集い」の深作光貞ら、10・21の「市民文化団体集会」のデモに参加の後、文京区民会議室で「ベトナムに平和・歌人の集い」の総会を開く。《T-01》●米ワシントンで10万の大デモ。その他世界各地で反戦集会、デモ。■国内各地44都道府県での10・21デモには20万人が参加。●佐藤首相、サイゴン入り。●『朝日新聞』連載中の本多勝一のルポ「戦場の村」、注目される。

22 高反連「平和を願う高校生の集い」教育大附高。

25 南ベトナム政府、動員令を強化。徴兵年齢を18歳に引下げ。

28 ベトナムヘの「平和の船」募金、100万円をこえる。

31 吉田茂元首相の国葬。●「イントレピッド」号から四水兵についての記録映画の撮影が、池袋の鶴見良行氏宅で行なわれる。(記録映画には、夕刊の吉田茂国葬の記事の載った"Asahi Evening News"の場面が写されている。)

◎この月、横須賀寄港中の米空母「イントレピッド」号から四水兵が脱走、べ平連に保護、援助を求める(発表は11月13日)。●北九州べトナム反戦の会(桜木徹郎)、鹿児島べ平連が発足。

 

1967年11月

1 ワシントンで反戦デモ。国防総省前に坐りこみ。

2 那覇市で沖縄即時無条件返還要求県民大会、10万人参加。

4 べ平連第26回定例デモ。清水谷→日比谷、300名。

11 由比忠之進、首相官邸前で日本の北爆支持に抗議して焼身自殺。●「イントレピッド」号からの4水兵、日本脱出。●「ベトナム反戦市民の声」、マスコミ各社に「ベトコン」の呼称をやめるよう申入れ。●ベトナム反戦ちょうちんデモの会主催「ベトナム解放民族戦線美術展・岡村昭彦写真展」武蔵野公会堂(12日まで)。入場者330人。●ベトナムの米軍兵力、47万人になる。

12 佐藤首相訪米。第2次羽田闘争。●非暴力反戦行動のグループ、羽田の路上にねころび11名が逮捕される。

13 べ平連、「イントレピッド」号からの4水兵脱走について記者会見で発表。4水兵と日高六郎、鶴見俊輔、開高健、小田実氏らの生命を収録したドキュメンタリ映画を公開。一橋学士会館。

15 ワシントンで日米共同声明(両政府の)発表。日本政府は米のベトナム政策を支持。

16 沖縄で7万人の抗議県民集会。

19 「フェニックス」号、ダナン沖到着。

20 ソ連「タス」通信、米脱走4水兵がモスクワにいると発表。翌21日TVに出演。●ラッセル法廷第2回公開審理(→12月1日まで、コペンハーゲンで)、日本の共犯性も判決。

28 名古屋から上京した右翼暴力団員2名、御茶の水のべ平連事務所を襲撃し、内部を破壊。器具、書類などを神田川に放擲。67-11-28uyokushuugeki.jpg (11419 バイト)

写真は破壊されたベ平連事務所。窓ガラスがかけている。左から室謙二、吉岡忍、吉川勇一、大越輝夫の各氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

29 マクナマラ米国防長官更迭、後任はクリフォード。

30 政府、銃弾プラントの輸出を承認。●TBSテレビ田英夫の「ハノイからの証言」、TBS・朝日・岩手各テレビで放映、反響をよぶ。

◎この月、記録映画『イントレピッドの4人』完成。16ミリ白黒四十分。●べ平連事務所への手紙や投書が激増、下旬には1日に400通となる。

◎この月、米スタンフォード大学他で、CIA・海兵隊・軍需産業の求人活動に反対する直接行動。

 

1967年12月

2 べ平連第27回定例デモ。清水谷→三宅坂、600名。デモ後、社会文化会館で「講演と映画の会」。映画『イントレピッドの4人』を上映。講師・小田実、小中陽太郎。この席で「イントレピッド4人の会」発足。67-12naikaku.jpg (12651 バイト)

(写真はいわゆる「ベ平連内閣」。御茶ノ水の事務所で。1997年12月。左から、高橋武智、小田実、吉川勇一、栗原幸夫、福富節男の各氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を押してください。)

4 ジョンソン米大統領、ベトナム戦争批判者を「火事の時に避難階段を探す者」と非難。

7 米国の金準備、124億3千400万ドルに激減(1937年7月以来の最低水準)。

8 米国、予定を早め1万人の増派部隊の空輸を発表。●札幌べ平連ティーチイン、市民会館、150人。講師・小田切秀雄。

9 東北大学ティーチイン、講師・日高六郎。この席で仙台べ平連発足。

10 中国、解放戦線代表を正式外交代表として承認。●小岩べ平連、青戸団地でべトナムヘの医療品を送るための廃品回収。11名で1万8千円。

12 米カーネギー平和財団を中心とした有識者グループ(退役将軍、元外交官、学者ら、)「パーミューダ・ステートメント」を発表、戦争の縮小・北爆の無条件停止・解放戦線の承認などを主張。●一橋大学の鈴木(道彦)ゼミの主催で、学内で「イントレピッドから金東希へ」というテーマのシンポジウム。「べ平連」から武藤一羊、「金東希を救う会」から玉城素、学内からは中国思想史の西順蔵が参加し、他大学や地区の運動家も加わって、約四時間にわたり熱心な討議。(『青春と読書』掲載の鈴木道彦「越境の時」第10回)

20 ジョンソン米大統領、一般教書で「いま試されているのはわれわれではなく、われわれの意思である」と言明。

23 ジョンソン米大統領、南ベトナムのカムラン湾基地を訪問。●「イントレピッド4人の会」研究会。私学会館。講師・宮崎繁樹。

24 岡崎べ平連、初の街頭カンパ、●国府田恭子、香港より帰国。(→8月25日)

26 米機、過去5週間で最大の150波の北爆。

27 大蔵省横浜税関は、北ベトナム製万年筆「ホンハー(紅河)」の輸入について、アメリカ・パーカー社からの商標権侵害の訴えと、輸入差止め仮処分の申請を「商標権侵害の決め手がない」として退け、輸入元「三進交易」(田中万勇社長)に300ダースの「ホンハー」輸入を許可。(A-02、12/28)

◎この月「非暴力反戦行動」機関誌『非暴力通信』創刊。●北見べ平連、一橋大べ平連発足。

◎この年、米軍の戦死者9,353(前年までの戦死者合計を上回る)。戦傷者6万2,004、行方不明406。在ベトナム米軍は47万5千人となる。

◎この年、国民総生産1千140億ドルで資本主義国第3位となる、ベトナム特需は5億585万ドルで前年比7・9%増(朝日新聞)。

◎年間実質成長率11.1%、名目17.2%。1人当り国民総生産44万7千円。

◎この月、武藤一羊著『主体と戦線−反戦と革命への試論』(合同出版)刊行。