39. 以下は、このシリーズのつうしんとして送られてきたものではなく、「市民の意見30の会・東京」の機関誌『市民の意見30の会・東京ニュース』のNo.87(2004年12月1日号)に掲載されたものですが、大統領選挙後のアメリカの様子を具体的に論じられたユニークな文章ですので、転載してご紹介します。
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大統領選挙の数日後にカリフォルニアを離れて、東京でこの原稿を書いています。
東京で新聞を読んでいると、だいたいのことはすでに書かれている。もっとも、ブッシュ大統領が、分断したアメリカを修復する試みをするだろうとか、ブッシュがその強力な支持母体である右翼キリスト教原理主義と政治的な距離を置くかもしれない、というような論調もあります。そんなことは、ちょっと考えられません。ブッシュは、右翼キリスト教原理主義そのものです。ニューヨークタイムス日曜版についてくるニューヨーク・タイムス・マガジンが、選挙の数週間前に、ブッシュと右翼キリスト教原理主義を分析する長文の文章(”Without
a Doubt” Faith, Certainty and the
Presidency of George W.
Bush)を載せましたが、それを読むと、暗澹たる気持ちになります。その文章の最後は、ブッシュが持っているのは、「宗教」にささえられた「安易な確信」(Easy
Certainty)なのだ、というものです。
アメリカ国内の分裂を修復するであろう、という議論に対しては、今日(11月11日)の読売新聞に、歴史家のアーサー・シュレジンガーが、ブッシュは極端な右翼政策を続けるだろう、分裂を修復しようとすることはなく、深い分裂はこのまま続いていくだろう、と簡潔に書いていて、私も、それ以外には、考えられません。
選挙の数日後に毎日新聞の特派員の女性が、選挙中にブッシュ支持の州に取材で行って、文化ショックを受けた、と書いていました。キリスト教への安易な信仰、その単純な信仰と原理を自分たちの生活から世界全部に当てはめる態度(原理主義)、右翼的な政治姿勢、そして無知、ある種の二重規範(ダブルスタンダード)が広がっているのです。彼女の記事は正直だけど、あまりにナイーブなので、こういうことを知らないで、これまで特派員として、アメリカについて、どのような記事を書いていたのだろうか、と思いました。でも正直なところはいいよ。
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アメリカがこれほど二つに割れたのは、ベトナム戦争以来だとみんなが言いますが、ニクソン、フォードが大統領でベトナム戦争が行われていた時代には、右翼キリスト教原理主義はありません。レーガン大統領の時代から、右翼キリスト教原理主義は少しずつ力を増して、ブッシュ(父)大統領、クリントンの大統領時代に歴然たる勢力になりました。
もっともこれとネオコン(新保守主義)とは、イデオロギー、思想、宗教の直接的なつながりがあるわけではありません。ネオコンは宗教ではありません。でも、こんなことも日本の新聞に書かれていますね。
私が今回の選挙で一番こたえたのは、ケリーが落選したことではありません。ケリーが当選しても、イラク戦争政策が急に変わるとは思えなかった。変わる可能性はありましたが、簡単ではありません。国内政策の、最高裁判事任命、環境政策、ゲイ結婚問題、中絶問題、それに健康保険問題などは、ケリーはブッシュとまったく違った政策を出すはずでした。これは全部だめになった。深刻です。しかし、こたえたのは、それでもないのです。
一番こたえたのは、右翼キリスト教原理主義が、もはやどこにも行くことはなく、アメリカの中心にどっしりと腰をすえている、ということが、抜きがたい現実として理解されたことです。そんなことは、あたりまえではないか。上にも書いたように、レーガンの時からじょじょに力をまして、というようなことは、合理的にはこれまでも理解していましたが、目の前でこれほどの力を、その排他性と無知を示されると、まったく鬱になります。
前回の選挙のときは、ブッシュは自分の地金、政治的右翼の立場とキリスト教原理主義の立場を、表面にだしていません。もっともそのいずれも明らかであったのですが、表面からは見えないようになっていた。それが911で完全に明らかになった。
今度の選挙では、ブッシュの態度・言葉は、彼が右翼キリスト教原理主義者であり、「疑いを持たずに」、「安易な確信」を振り回す人間であることを、明らかにしたのです。ケリーは、そのいちいちに、言葉で反論した。この二つの立場と言葉が、これほど明らかに対立して、アメリカ中に世界中に届けられたことは、これまでにあったのでしょうか。
そしてブッシュが勝ちました。
もっとも、勝ったとか負けた、と言っても、その差は少ないのです。
四十数パーセントの人が確信的にブッシュを支持して、また四十数パーセントの人が、ほぼ確信的にケリーを支持しました。そしてその間にいる人間が、ブッシュとケリーにそれぞれスイングするのです。ですからその差は、大きいものではありません。しかしもしこのままの状態が続くのであれば、つまり右翼キリスト教原理主義が力を持ち続けるのであれば、民主党はこれから長い間、少数政党にとどまるのではないか、と言われ始めています。私は民主党を支持しているわけではありません。アメリカにおける革新の立場を支持しているので、これは大問題です。
激戦であって、勝ち負けが重要な州であったオハイオ州での、投票者の判断基準で重要だったのは、モラルの問題、とブッシュが呼んでいたものです。つまりゲイの結婚、中絶問題などのことで、これらは右翼キリスト教原理主義にとっては中心課題です。ゲイの結婚は、革新の立場からは、モラルの問題ではありません。現実の問題としてのゲイの人権問題であり、中絶の問題もまたモラルの問題より、現実の女性の人権問題です。しかしいずれも聖書を原理主義的に当てはめれば、罪となる。しかしこれがオハイオ州の投票者にとっておおきな問題であったわけで、それがケリーがオハイオで負けた最大の問題であったとしたら、そして投票者がすべて右翼キリスト教原理主義者であったわけではないことを考えれば、いよいよ深刻なのです。つまりその影響力は、確信犯から外に広まっているのです。それも、今回の選挙で明らかになったことです。
もっとも歴史的に考えて、アメリカの初期のコロニーのプロテスタントは原理主義なのだよ、と言うこともできます。単純化は警戒しないといけないのですが。しかし単純化をおそれずに言えば、いまある右翼キリスト教原理主義は、アメリカの初期コロニーのプロテスタントの幽霊として立ち上がってきているのだ、とも言えるのです。根は深いのです。
3
選挙の数日後、私たち
はサンフランシスコ湾地域からロサンジェルスに向かってクルマを走らせていたのですが、クルマの中で女房が、「戦争ね」と言います。イラクでの戦争のことかと思ったら、国内戦争とのこと。つまり革新現実派と右翼キリスト教原理主義との間における、戦争だと言うのです。
彼女は、ラディカルな人ではありませんよ。この国内戦争という言葉は、私たちにとって、現実的な実際的な言葉なのです。生活の中の言葉なのです。私たち夫婦の間では、イラクでの戦争は長い間続くという認識で一致しています。百年戦争という言い方をしています。それにくわえて、今度はこの国内戦争です。そしてこれもまた、私たちが生きている間には、けっちゃくがはっきりするような戦争ではないのかもしれない。息子と娘の世代ではなくて、孫の世代まで引き継がれていく戦争なのかもしれません。
選挙の次の日に、ヨーロッパの友人からメールがきました。それによれば、フィンランドの著名な政治家が、アメリカの選挙結果を見て、「ヨーロッパ人を第一にしよう。アメリカの選挙は結局のところ重要なことではないのだ」(Lets
be Europeans first. The American election is not so important after
all)と言ったとのこと。そしてこの論調がヨーロッパで広がるのは、間違いない、と書いてきました。それは、アメリカがヨーロッパのことに関心を持たないのと同じように、危険な兆候である、とも書いてきました。
さて日本にもどってくれば、日本では、アメリカを第一にしよう、それに追従しようということらしくて、それを見ていると、上のヨーロッパの論調が、それは危険な兆候だと友人が言うにせよ、痛快に思えてくるのです。
アメリカに話をもどせば、われらのまわりでは、もうこうなったらカリフォルニア州と東部のニューヨーク州などは、カナダに併合して、Unitized
States of
Canada(カナダ合州国)になるのがいい。カリフォルニアとニューヨークがその財産を持って参加するなら、カナダも嫌とは言わないだろう。そしてアメリカの残りの州は、Jesus
Land(イエスの国)という名前の国になればいい、という冗談が蔓延しているのです。
右翼キリスト教原理主義にとっては、日本など取るに足らない存在です。人種的差別の対象でしょう。ところが、それが一生懸命、右翼キリスト教原理主義が支配しているアメリカを支持している。こういうことを笑い飛ばす冗談が、日本にはありますか?あれば、ちょっと聞いてみたいなあ。
日本はUnitied States of
America(アメリカ合州国)のひとつの州になる、というのでは冗談にならない。面白くない。なぜだろう。
(むろ・けんじ、在カリフォルニア、評論家、元『ベ平連ニュース』編集長、現在、アメリカ国籍)
【『市民の意見30の会・東京ニュース』No.87より】