21 メディアを閉め出す (現地時間 2003年5月4日 18:30:25発 日本時間 5日 12:58:35受信)

 何人かの人から、しばらくアメリカからの報告がありませんね、と言われました。まあこれは、不定期ジャーナリズムですから、お許しください。それと「世界」の臨時増刊号に、イラク戦争にサンフランシスコの反戦運動に関する文章を書いたり、あるいは季刊「本とコンピュータ」で、ロンドンにいる朝日の外岡さん、東京の枝川公一さん、とイラク戦争が始まる寸前からいままで、メールの交換をしていたので、これは次号の「本とコンピュータ」に編集圧縮されて載ります、それらに書くエネルギーをとられて、この個人ジャーナルが書けなかったのです。
 いまメール交換の最後に「後記」を書いたので、それを以下にお送りします。雑誌に文章が発表される前に、メールでお送りするのは(このメールも一種の出版ですからね)、ちょっと反則ですが、これはメールのやりとりの一部ですし、このままの形で「本とコンピュータ」に出るかどうかも分かりません。それと「本とコンピュータ」は、「わたしたちの」雑誌でもあるし、編集部には内緒で、お送りします。季刊「本とコンピュータ」が出たら、そちらも読んでください。

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メディアを自分から閉め出す
枝川、外岡さんとのメールの交換を終えて

 東京に約二週間と少し滞在した後、台北に四日間滞在して、カリフォルニアに戻ってきたところです。この三週間は仕事の旅でしたが、同時に休暇でもあったのです。アメリカからの休暇でした。
 このような時代に生きるとは、2001年9月11日以前には思ってもみませんでした。自分たちが攻撃されたショックから、それはリアルタイムで居間のテレビに映し出されたものでしたが、アメリカ人の多くが心の下部に持っていた善悪価値観、防衛意識と攻撃意識が、大衆的な形となって、再び動き始めたのです。ブッシュ政権ならびにメディアがそれを方向付けましたが、もともと何もなければ、それを生み出すことも、方向付けることもできません。
 ブッシュ政権は、まずアフガニスタンのタリバーン政権を攻撃して、これは直接的に9・11テロリズムと関係がありましたが、次にテロリズムを支援しているイラクのフセイン政権を許さないと言いました。しかしフセイン政権とテロリズムとの関係が明らかにならないまま、フセイン政権が大量破壊兵器を破棄しないから 攻撃する、になり、次はフセイン政権がヒットラーと同じような残虐な独裁政権だからそれをゆるさない、フセイン政権を打倒することで中東に民主主義をひろげる、というように戦争の理由が次々と変わっていきました。そして世論調査によれば、アメリカ人の多くが、そのときどきに政府とその周辺が言う戦争の理由を、支持してきたのです。しかしいま現在(5月4日)、フセイン政権とテロリズムの直接の関係、フセイン政権の大量破壊兵器は、見つかっていません。民主主義もどこにもありません。これから「見つかった」としても、アメリカの国外に住む人間は、だれも信用しないでしょう。しかしアメリカ人の多くにとっては、テロリズムとフセイン政権の関係、フセイン政権の大量破壊兵器は、どうでもいいのです。自分たち(アメリカ)が正しい、という信念が、すでにすべてのことがらの最初に置かれているので、その信念に同調しない人と国、その信念のあとからくる手続きに同調しない人ならびに国は、敵なのです。つまり「私たち」は、アメリカ国内でアメリカの敵になったのです。そういう時代に、私たちは生きています。
 こういうような大衆的な信念、敵と味方の二分法、防衛意識と攻撃意識がかつて発動したのは、冷戦初期の非米活動委員会(マッカーシズム)のときではなかったでしょうか。あのときもメディアが大きな役割をしました。ラジオと、やっと普及し始めたモノクロのテレビです。そのころロサンジェルスで小学生だった私の妻は、級友の両親が共産主義者であるということで非米活動委員会に呼び出され、そしてハリウッドでの職をうしない、友人は転校して彼女の前から消えていったのを覚えています。(後年、再び友人としてのつきあいがはじまりましたが。)また妻は、テレビの前に座って非米活動委員会の「尋問」を見ていたことも覚えています。私はあの時代を、子供としても大人としても過ごしたわけではありませんが、いまの時代がそれに似たような時代だと思っています。もっとも、大げさな単純化は、いつもさけなければならないのですが。
 いまの瞬間のアメリカは、少数派にとって息が詰まるような時代です。どうしたらのびのびとした少数派になれるのか、それはまだ分かりません。それは多分、私の、そして私たちの、意識の持ち方次第でしょうが、私はこの息のつまるアメリカからの3週間の休暇らから帰ってきたばかりなので、その準備がまだできていません。
 ともかくいまのところは、新聞を読まないようにしています。テレビもスイッチを入れません。送られてくるメールもイラク戦争関係だと分かるものは読みません。大枠のところは分かりました。中枠もわかっています。細かいところを知る必要があるのでしょうか。知って不愉快になるより、いまのところは、知らないことにつとめます。つまり、私は、インターネットを含めてアメリカのメディアを、私から閉め出してしまっているのです。
 ということで、いま何がアメリカのメディアで報道されているのか、知りません。このイラク戦争に関して、アメリカで何が起こっているか、知らないのです。だからこの最後のメールでも、何も書くことはないのです。ただ、私は、当分、アメリカのメディアを自分から閉め出すだろう、としか言いようがないのです。
アメリカ西部時間 5月4日
室謙二

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