室謙二さんのアメリカ通信 (7-8)(02/10/12 掲載)
7. イラク戦後と日本型モデル (現地時間:10月11日 8:21発 日本時間 12日 0:22受信)
いま女房とニューヨーク・タイムスをまわし読みしたあと、日本の新聞が何を報道しているか興味を持ったので、オンラインで朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、読売新聞に目を通したところです。
まず第一に、ブッシュ大統領にイラク武力行使の権限を与える決議案が、下院(296対133)・上院(77対23)と、とも賛成が多数で可決されましたが、ぼくも女房も、思ったより反対が多かったと感じています。
ただ今日のニューヨーク・タイムスの記事で一番重要とぼくが思い、また女房も「いったいこれは何なの、アメリカ政府のStupidity(愚かさ)をあらわす以外のなにものではないわ」と声を上げたものは、以下の記事です。ところが、オンラインで読むと、朝日、日経、読売、毎日のなかで、最初のページの主要記事一覧の「国際」の下に、この記事をあげている新聞は一つもありません。かろうじて毎日新聞が、国際ページまで飛ぶと、この記事があります。もっとも、日本のオンライン新聞の記事は、どうしてこんなに短いのでしょうか。読者は、オンラインでは長い記事を読まないと思っているのでしょうか。(ニューヨークタイムスの記事をOnlineからコピーして、このメールの最後に貼り付けます。紙版と同じ記事で、同じ長さだと思う。いま目の前に紙版がないのですが。【注】このNYTの英文記事引用は省略しました。読みたい方は
http://www.nytimes.com/
をご覧ください。)
ニューヨークタイムス一面の中央にあるこの記事は(Onlineでも最初のページの三番目の記事です)、イラク戦後のモデルとして、アメリカ政府は「日本型占領」モデルを考えている、という記事です。つまり、アフガニスタンでやったような、傀儡政権を立てるのではなくて、アメリカが、かつての日本で、マッカーサー将軍が全権力をにぎって占領を行ったのと同じことを考えているとのことです。戦争犯罪人裁判も行うとのこと。
これは、今のアメリカ政府の知性のなさ、愚かさをあらわす以外のなにものでもありません。
太平洋戦争・第二次世界大戦当時の日本と、現在のイラクとの違い、取り巻く歴史の違い、文化と宗教と政治の違いなど、まったく考えられていません。太平洋戦争末期、アメリカ政府は、文化人類学者のルース・ベネディクトに、戦後処理をどのようにするかの資料として、日本文化研究を依頼しました。ルース・ベネディクトは、即席の書物による日本研究、日本人捕虜へのインタビューなどを通して、資料を作成して、それが「菊と刀」の原型になったわけです。これらの日本文化研究の評価は別として、すくなくともルーズベルト・トルーマン民主党政権は、歴史と文化と政治の面から、どのような日本の戦後処理が適切であるかを考えていた。
現在のアメリカ政府の政策は、他国の政権が気に入らないから、そこに戦争をしかけて、占領して、自国の将軍を頭にした占領政権をつくり、戦犯裁判を行う、というものです。それがうまくいくと思っている。これらの背後には、イラクのオイルに対する興味が強く働いていることは、いうまでもありません。30年前に一般的であった言葉、「アメリカ帝国主義」はすでに死語となったのでしょうか。しかし、これが「帝国主義」でなくて、なんなのでしょうか。
この記事に書かれてはいませんが、日本型モデルによる戦後処理を考えているのだとしたら、そこに広島・長崎へ落とした原爆のことを考慮に入れていないはずはない。つまり、アメリカ政府は、この戦争での小さな原爆の使用の可能性を深刻に考えていると思われます。
ニューヨークタイムスによれば、ニクソン政権当時の国務長官であった、キッシンジャーもこの決議案に反対とのこと。彼は自分の知性が偉大だと思っている人間だから、現在のアメリカ政府のStupidityに我慢がならなかったのかもしれない。ベトナム戦争のころのアメリカ政府、つまり最初のころのケネディ・ジョンソン民主党政権(マクナマラ国防長官)、それからニクソン・フォード政権(キッシンジャー国務長官)は、ベトナムその他の国についてIgnorantであってドミノ理論信仰に毒されていたが、これほどの愚かさを持っていたわけではない。今日のニューヨークタイムスのこの記事を読むと、ここ、ここに至って、アメリカ政府の愚かさは、その頂点に達したかのように思われる。
昨日の決議に反対して、あちらこちらで、デモが起こっている。
Kenji Muro
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8. キッシンジャー引用の訂正 (現地時間 10月11日 10:58発 日本時間 12日 2:58受信)
ヘンリー・キッシンジャーが、ブッシュにイラク攻撃の許可を与えた議会決議案に反対している、と書きましたが、これは間違い。
キッシンジャーは、以下のように言っています。
モスレム世界の中心に位置するモスレム国家のひとつが、その国を再訓練する権利があると叫んでいる複数の西欧文化国家(キリスト教国家)によって長期占領されることに、私は本能的に反対なのである。
"I am viscerally opposed to a prolonged occupation of a Muslim country at
the heart of the Muslim world by Western nations who proclaim the right to
re-educate that country,"
これは政治理論家にして政治家であったキッシンジャーによる、ブッシュ十字軍へのコメントだろう。かつての十字軍も、宗教的情熱はあったであろうが、欲にくらんだ軍事行動(略奪)であったことも間違いない。そしてその宗教的情熱は、無知と愚かしさと単一的価値観から来ている。この無知と愚かしさと単一的価値観に関しても、ブッシュはまごうかたなき十字軍である。(オイルの)略奪に関しても、また、まごうかたなき十字軍である。
Kenji Muro