42. 『お隣りの脱走兵』を見て。舞台成功は脚本の力。時代考証には問題も。(平田雅巳)(2001.07.07掲載)
「お隣りの脱走兵」の最終公演を見にいきました。
当初はかなりシリアスなドラマかと勝手に想像していたのですが、実際は、意外にもユーモアに溢れた(それゆえに非常にリアリティを感じさせた)内容で、最後まで私の目は舞台にくぎづけでした。
鑑賞後の率直な感想をいえば、舞台成功の最大の要因は、出演されている俳優のみなさまの演技力はもちろんのことですが、なんといっても斉藤憐氏による脚本の力であるなということでした。
反戦思想、ヒューマニズム、被害者と加害者、国家の抑圧と民衆の抵抗といった重要なテーマが、決して説教くさくならずに、音楽やユーモアを交えながら軽快な口調で語られたところが本劇の魅力であったと思います。(それにしても「インテリゲンチャン」にはまいりました。)
他方、これはこまかいことですが、時代考証に関してあらっと思う場面があったことも事実です。
例えば、第1幕<1968年7月>にて、この時期まだジャニス・ジョプリンの「ムーブ・オーバー」が発表されていなかったにもかかわらず(1970年発表)、弦がそれを大音量でながす場面があったり、またこの時すでに米大統領選挙戦がスタートしていたにもかかわらず、木谷が「アラバマ州知事は来年の大統領選挙に向けて・・・」と発言していたことなどです。
脱走米兵を匿うという行為が一体何を意味することなのか、単なる美談として矮小化されるのではなく、冷静かつ多面的、そしてコントロバーシャルに描かれている本作品のクオリティーを考えたとき、今回で終了というのは何とももったいなく、できればもっと多くの人に見てもらうべく東京の以外の地域(海外も含めて)における公演の実現を希望するしだいです。
ちょうどこの日の晩、スティーブン・スピルバーグ監督の話題作「AI」も見ました。人類の未来に対するさまざまなメッセージや警鐘が込められた非常にスケールの大きな映画で、個人的にはこれまでのスピルバーグ作品の最高傑作だと確信しました。
地球温暖化が進行した結果としての水没した地球の姿は衝撃的で、現在、京都議定書からの離脱を表明しているブッシュ政権のスタッフたちには是非みてもらいたい作品です。
平 田 雅 己
(送信時:Sat, 7 Jul 2001 01:05:32)