テリー・ホイットモア著『兄弟よ 俺はもう帰らない』より
東京の郊外に戻る。どこだか私にはわからないが、私たちが着いて、車から降ろされたところはある鉄道の駅だった。二駅だけ電車に乗ってから何ブロックかを歩いた。
コツ、コツ……コツ、コツ……コツ、コツ。後からつけてくる者がいた。フーム、たしかに奴はすぐ後にいる! 俺をつかまえる前に叩き殺してやる!
タキじゃないか。なんと無茶な娘だ。べ平連が実は彼女を私にこっそり会わせたのだった。彼らは私たちのためにちょっとした愛の巣を用意することまでやってくれた。彼らがこんな面倒なことをやってくれたとすれば、さぞかしタキが朝といわず夜といわず、べ平連の連中にうるさくつきまとって悩ましっづけたのに違いない。
私は、以前プリンストンでも教鞭をとったことのある東京大学の女性教授の家にやっかいになることになっていた。彼女の書斎の蔵書量は膨大なもので、そのうちまるまる一つの棚は彼女の著書だけでいっぱいだった。
「何を召上がる?」
「エッ?」これはどうだ。私は日本の習慣と緑茶に慣らされてきた。ところがこのプリンストンからの女性は「何を召上がる?」なんてさりげなくおっしゃるではないか。
「アペリチフは? スコッチ? ジン?」
「ウーム。私は飲まないんです。よろしかったら、コカコーラを頂けないかと――」
彼女は私を見ていたずらっぼくニヤッと笑った。
「そうねェ。特別のお客様だから隠しておいた一本ぐらいたぶんいいでしょね」
べ平連の男の子たちは腹をかかえて笑った。どうやらこの連中はできるだけアメリカ製品を買わないことにしているようだった。そしてもちろんコカコーラはアメリカ人の行くところどこにでも氾濫しているしろものである。
彼女はコラコーラを出してくれ、私はそれを飲んだ。恥も外聞もなくだ。とにかくえらく喉がかわいていたのだ。
タキは泊るわけにはいかなかった。数時間のち、別のべ平連の人間が彼女を連れに来た。寝る前に私はこの教授と少し話をした。イントレビッドの四人のうちの一人も、冬の間ここに泊っていたのだという。彼女が、神経質になってる若いアメリカ人の気持をときほぐすのも、これがはじめてではなかったわけだ。
「朝食の御希望は?」
「何でも結構です。あなたが召上がるもめでしたら何でもおいしいでしょう」
彼女はお手伝いさんに、私の朝食のためのメモを残しておいた。彼女は早朝のクラスを持っていて、私が降りてきた時にはすでに出かけたあとだった。朝食が私を待っていた。ハム・エッグではないか! 冷たいミルクにトーストとジャムまで。教授の客扱いはいうことなしだ。しかもタキを呼び戻して、今晩泊っていけとまでいってくれたのである。
タキはどでかいケーキを持って現われた。ここスエーデンでは、誰かを訪問するときふつう花をたずさえて行く。日本ではケーキかクッキーを土産にもってゆくのである。私たちはみんな必死になってこのケーキに取り組んだ。そしてそれからあとはタキと二人だけの時間だった。すばらしい夜であった。
翌朝、また私誓そへ移ることになっていた。タキと会うのは習慣のようになっていたため、お別れのキスをした時、二人ともそれほど悲しい思いはしなかった。だが実は、それがタキに会った最後の機会になってしまうのである。……
(テリー・ホイットモア著・吉川勇一訳『兄弟よ 俺はもう帰らない』(第三書館)216〜218ページ) |