279. 鶴見俊輔詩集『もうろくの春』出版(2003/01/20掲載)

 本「ニュース」欄 No.266 (2002年)でお知らせした鶴見俊輔さんの初の詩集『もうろくの春』が出版されました。 そこで記しましたように、この詩集は、自作詩、訳詩、29編を収録した手製本(300部限定)のB6変型判、本文80ページ、通し番号つき、筒状ケース入りです。定価(本体3000円+税)
 あとがきによると、これは自選の詩集ではなく、黒川創さんの手であまれたものとのことです。以下に、この詩集の中から、2編を紹介、転載させていただきます。
 申し込みは、郵便振替で 00910-1-93863 編集グループSURE あてに梱包費、送料込み 計3,500円をご送金ください。問合せ先 編集グループ〈SURE〉工房 〒606-8301 京都市左京区吉田泉殿町47 電話/FAX: 075-761-2391
 ただ、それぞれの詩作や訳詩の時期が記されていないのが残念な気がしますが。

不思議な出会い

ウイルフレッド・オウエン

どうやら私は戟いの場から脱(ぬ)けたらしい。
なにか深い、薄暗い隧道(トンネル)を通って、
がんこな岩を長い間かけて戦争が掘りぬいた、丸天井を
 もつ場所に。

そこには、しかし、眠りにつけない人たちがうめいてい
 た。
自分の思いに沈んでいるのか、もう死んでいるのか、身 
 動きしない人もいた。
さわってみると、なかのひとりが急に身をおこした。
私を見つめるまなざしには哀れみがこもっていた。
力なく両手をあげ、祝福するような身ぶり。
彼の微笑で私にはわかった、この陰気な部屋が。
死相を帯びたその微笑で、私は今地獄に立っていること
 を知った。

千の苦痛に、その面影はいろどられてはいたが、
地上で流された血のあとはもはやそこにはなかった。
砲声のとどろきはきこえず、かすかに送風管が悲しげな
 音をたてるだけだった。
「見知らぬ友よ」と私は言った、「悲しむべきことはこ
 こには何もありませんね。」
「何も」と相手はこたえた、「生きられなかった年月のこ
 とを除いては。
もはや希望をもたずにここにいるしかありません。あな 
 たに希望があったように私にもありました。
この世で一番あらあらしい美を求めて私は狩に没頭しま
 した。
おだやかなまなざしやきれいに編まれた娘の髪型にやど
 る美しさとはちがって、
時間にあわせたきまりきった動きをからかうような、
もし悲しむとすればここで、よりゆたかに悲しめるよう
 な、美しさ。
私がたのしめばそこでたくさんの人たちがともに笑い、
私が泣く時には、それでも何かそこにのこるはずだった
 から。
それは今は死ぬ他ありません。それは、語られなかった
 真実、
戦争の悲しみ、戦争のそだてた悲しみです。
今は、私たちが心ならずもたらした戦利品にごまかされ
 て人びとは今までどおりのくらしをつづけるでしょう。
いや、満足せずに、いらだってまた殺しあいということ
 になるでしょう。
戦争屋はまた、虎のようなすばやさですばやく動き、
世界の国々は臆面もなく進歩の大道からはずれて、軍の
 隊列を乱すものとてなく。
私には勇気があった。現在をこえる不思議な予感も。
私には智慧があった。自己をおさえる力も。堅固な城壁
 なき見せかけのお城へと退却をつづける隊列から、ひ
 とり離れるだけの力が。
だから、戦車の道が流血でとざされた時、私は、きれい 
 な水のわきでる泉からくんで洗おうとしました。
血でよごされないほどの深みにまだかくれていた真実で
 もって、戦車を。
私の心のたけをそのためにつかい果したかった。
肉の傷口から流れだす血によってでなく、国に支払う税
 金としてでもなく。
兵士の額(ひたい)の見えない傷口から、血はいつも流
 れてやみません。

友よ、私は、あなたの殺した敵です。
この暗いなかでも、すぐに私にはあなたがわかりました。
 顔をしかめていたから。
きのう、私をさし殺した時にも、おなじように顔をしか
 めていました。
私は、かわそうとしたが、両手は動かず、もうつめたか
 った。
さあ、ともに眠りにつきましょう。」

 

状況歌

国民の都 東京は
日本の知識人(インテリ)を包む
高く立て日の丸を
ゴッド・ブレス・アメリカ

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