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ベトナム反戦運動の資料をベトナムに送る運動の呼びかけ(00/06/05)ベトナム、ホーチミン市にある戦争証跡博物館に、日本におけるベトナム反戦運動の資料をカンパとともに送ろうという以下のような呼びかけ文が発表されました。
この問題の必要性は、昨年、ベトナムを訪問した浦和市民連合の東一邦さんらも帰国後、強調されていたところです。かつてベトナム反戦の運動にかかわった方がたのご参加、ご協力をお願いいたします。(吉川勇一)
ベトナム反戦運動の資料を贈る運動の呼びかけ
25年前の1975年4月30日、サイゴンが陥落し、べトナム人民の勝利によってベトナム戦争は終結しました。アメリカはピーク時には54万人の米軍を投入し、第二次世界大戦時を上まわる785万トンの爆弾を投下したにもかかわらず、独立と解放を願うベトナム人民の意志をうち砕くことができず、ベトナムから撤退しました。
このベトナム戦争において、日本政府は兵器の修理、物資の補給、負傷米兵の治療などで米軍に協力し、アメリカは在日米軍基地をベトナムに向かう米軍機や米艦船の出撃基地として自由に使用することができました。こうした日本政府の姿勢は、かつての侵略戦争・植民地支配とともに、アジアの人々に日本への不信を抱かせる要因の一つとなりました。
他方で、日本の労働者や市民・学生はアメリカのベトナム侵略戦争に反対して、全国で大規模な運動を展開しました。総評は1966年10月21目、米軍による北ベトナム爆撃に抗議する全国政治ストライキを打ち、全世界の労働団体・平和団体に反戦の統一行動を呼びかけました、国際反戦デーはこうして始まったものです。神奈川県民は戦車の輸送を、沖縄県民は弾薬の輸送を、実力で阻止する行動を行いました。
しかし、日本におけるベトナム反戦運動は、ベトナムの人々には知られていません。年に約30万人の人々が訪れるホーチミン(旧サイゴン)市の戦争証跡博物館には、ベトナム戦争時の物証、写真、記録が数多く展示され、構内には報道写真家・石川文洋の写真館もありますが、日本におけるベトナム反戦運動を示すものはほとんどないのが実態です。そして今、戦争証跡博物館はベトナム解放25周年にあたり、博物館を今年末までに増改築して展示コーナーを拡大する計画を進めており、日本におけるベトナム反戦運動の資料の提供を強く希望しています。そこで、私たちは日本におけるベトナム反戦運動の資料を集めてベトナムに贈る運動を呼びかけます。具体的には、ベトナム反戦運動を記録した写真、ビデオ、ポスターなどの資料を集めて、ベトナム政府と連絡をとりながら、ホーチミン市の戦争証跡博物館に贈ります。また、資金カンパを募り、この運動の経費にあてるとともに、増改築資金の一部として戦争証跡博物館に贈ります。
ベトナム反戦運動の資料を贈る運動は、民衆同士の信頼を基礎に日本とベトナムの平和・友好・協力を促進し、アジアの共生に役立つだけでなく、周辺事態法による戦争協力に抵抗する力を国民の中につちかうことにもつながると思います。みなさんのご賛同・ご協力を心から訴えます。
2000年5月
発起人
飯沼二郎(京大農学部名誉教授)
石川文洋(報道写真家)
大槻勲子(日本婦人有権者同盟副会長)
河本末吉(全港湾委員長)
榊原長一(日教組委員長)
竹田四郎(元参議院議員)
竪山利文(元連合議長)
長谷川武久(全日建運愉連帯労組委員長)
福地 昭(沖縄べトナム友好協会会長)
福富節男(元東京農工大教授)
伏見康治(元日本学術会議会長)
槙枝元文(元総評議長)
武者小路公秀(フェリス女学院大学教授)
矢田部厚彦(元ベトナム大使)
吉川勇一(元べ平連事務局長)
ベトナム反戦運動の資料を贈る運動
〒212-0011 川崎市幸区幸町4-8 青柳ビル2F
電話 044-511-0427
FAX 044-541-2066
郵便振替 00210-3-46045
お願い
1. 賛同カンパ(団体1口1万円、個人1口2000円)をお願いします。
2. ベトナム反戦運動の写真、ビデオ、ポスター等をお持ちの方、あるいは所在をご存知の方は、その情報の提供をお願いします。