時流に乗るNGOはアフリカを失望させるのか?
(Are mainstream NGOs failing Africa?)

パトリック・ボンド、デニス・ブルータス、バージニア・セッシェディ
(「Zネット」2005年6月21日付より)

「貧困を過去のものに(Make Poverty History)」や「ライブ8」、さらにはヨハネスブルグを中心とする「貧困に反対する行動のためのグローバルな呼びかけ(Global Call to Action Against Poverty)」と銘打ったトレンディーな、しかしトップダウン(「上から」)型の運動はアフリカに何を提供しようと言うのだろうか? 私たちはこれらのプロジェクトが、アフリカにおける多くのNGOの活動と同じように、無自覚的に、新自由主義と帝国主義が悪事を働くための媒介となっている機関やプロセスや人物を正当化していることを憂慮する。

もっとよいアプローチとして、アフリカに無数に存在しているボトムアップ(「下から」)型の人種差別反対運動、フェミニズム運動、エコロジー運動、とくに経済的不公正に焦点を当てたそのような運動を支持し、強化し、互いに結びつけることが考えられる。

いずれにせよ、トニー・ブレア(英国首相)やゴードン・ブラウン(英国蔵相)がアフリカの友人なんかではないことは、注意深く観察している人たちには明白であるはずだ。それにもかかわらず、1997年に新自由主義を掲げる「ニュー・レイバー(新しい労働党)」が政権に就いたとき英国のNGOがブラウンの財務省に殺到したのは、まるでタビネズミがイデオロギーの崖の上でダンスを踊っているようだ。

NGOによってテフロン加工されたブラウンは、全世界で何億人もの生命を破壊してきた政策を繰り返し支持し、促進する一方で、ブレトンウッズ機構 - 彼自身がその中の重要なIMF国際通貨金融委員会の議長を務めている - の民主的改革に同意することを拒否してきた。

端的な例として、ブラウンはヨーロッパ連帯の観点から、2004年にIMF専務理事にロドリゴ・デ・ラトを指名した。彼は緊縮政策を信奉するスペイン人で、ジョンズ・ホプキンス大学・公衆衛生学部のビセンテ・ナバロ教授によると、彼の政治的系譜は「極右」である。彼はアスナール政権の閣僚として、中等学校で宗教を必須科目とする、学校で宗教の時間を数学の時間よりも多くする、税法において累進性を弱める、フランコ主義すなわちスペイン・ファシズムの宣伝を目的とする財団に資金を拠出する等の政策を支持してきた。

NGOは誰と提携するべきかを判断できなければならない。ブラウンはよい相手ではない。大衆的な社会運動こそが提携するべき相手である。これらの運動は独自の分析、キャンペーン、優先課題、論理、戦略、戦術を持っている。こうした運動から1つのグローバル・キャンペーンを作り上げるのは困難かも知れないが、1つのトップダウン型の運動を押し付けようとするのは非生産的である。

「貧困を過去のものに」のオクスファムによる支配は、多くのことを物語っている。最近の「ニュー・ステーツマン」誌の1面の論評、「オクスファムはアフリカを失望させるのか?」(5月30日付)は、オクスファムとダウニング街(英国の首相官邸)の政策チームとブラウンのオフィスと世界銀行が回転ドアでつながっていると評している。

しかし、このような緊密な関係から何がもたらされたのか? ブレアとブラウンがイラクの略奪と破壊のために金を出し、それに参加したことを別にしても、英国のODA(政府開発「援助」)には悪名高いアダム・スミス研究所のアフリカ向けプロジェクトが、当然のことのように含まれている。

南アフリカの低所得のアフリカ系住民は、英国国際開発省(DFID)が水道民営化計画に資金を提供し、それによって市レベルで破滅的な試験的プロジェクトが導入されたことによって犠牲にされた。

先月、タンザニア政府はダル・エス・サラーム市の水道事業に関するロンドンのバイウォーター社との契約を破棄せざるを得なくなった。同社がアダム・スミス研究所の協力によって配水と料金の目標を達成できなかったためである。この事業にはブラウンと国際開発省のクレア・ショート、ヒラリー・ベンによって、英国の国家予算が投入されていた。

そのようなブラウンが、「貧困を過去のものに」の目標を設定する上で中心的な役割を果たしてきたのであり、「アフリカ版マーシャル・プラン」を提唱し、教条主義的な自由化ではなく公正な貿易を促進しているという功績を主張しているのである。

「ガーディアン」紙のコラムニストであるジョージ・モンビオットは5月末に同紙で次のように指摘している。「特別の想像力を働かせなくても、同時に2つのゲームが行われていたことがわかる。選挙前にブレアは、もっと愛と思いやりと友情を、と呼びかけるお涙頂戴のアピールを行って、貧困反対運動を味方につけた[注:英国政府は発展途上国の工業製品に対する保護関税に理解を示した]。選挙が終わると彼は、大変残念なことに、欧州委員会の決定の結果として、愛と思いやりと友情は結局のところ実現できないことを発見した」。欧州委員会は、第三世界諸国の工業製品に対する保護関税の存続を拒否する決定を行なった。

その理由は、欧州委員会の通商交渉担当者であるピーター・マンデルソン[注:ブレアの側近]が明らかに英国の通商上の譲歩を無効化したことである。マンデルソンの委員会の事務局長は5月末に、次のように述べている(漏洩した電子メールのメモ)。「マンデルソンはわれわれの憂慮を取り上げ、英国政府の声明がEUの合意済みの立場に反することに留意して、英国の方針を修正するように圧力をかけるだろう」。

援助に関しても、同じように2つのゲームが同時に行われていた。ブラウンは最近、英国が2013年に国民所得の0.7%を対外援助のために支出するようになるだろうと発表した。1970年に設定されていた目標から遅れること33年である。「ニュー・ステーツマン」誌によると、「多くの労働党員やNGO運動の間では、なぜこれほどの期間が必要だったのかという疑問が上がっているが、ここでもオクスファムは、政府がこの決定を行なったことを祝福する公開書簡の署名者になっている」。

モンビオットはこれについて、次のように述べている。「この点についても政府は、選挙の前には、批判が正しいことを認めた。国際開発省は長文の謝罪文を発表し、その中で『われわれは受入国の政府が特定の政策を採用することを援助の条件としたり、特定の政策(民営化や貿易自由化を含む)をそれらの政府に押し付けたりしない』と約束した」。

「それはすばらしいことのように見える。ただし、その全文を読まなければの話である。国際開発省の文書は、民営化について『1980年代と1990年代に援助国が受入国にとって最善であるかどうかに関わりなく改革の実施を要求したという批判』があったことを認めている。しかし、1980年代と1990年代だけなのか? 2004年と2005年の初めに彼らが要求していた民営化はどうなのか? 彼らが最近行っているタンザニア、南アフリカ、ガーナ、あるいはインドのアンドラプラデシュ州における公共サービスに対する攻撃はどうなのか? 彼らが依然として、あの悪質なアダム・スミス研究所に支払っている資金はどうなのか?」とモンビオットは警告している。

援助の問題から債務の問題へ移ろう。6月11日のG8蔵相会議においてアフリカと(貧困反対)キャンペーンが得た勝利なるものをめぐって混乱が起こっている。ベルギーに本拠を置く第三世界の債務帳消しのための委員会(CADTM)は、この悪辣な計画を詳細に分析し、非難している。

同委員会のエリック・トゥーサンによると、債務帳消しの対象とされるべき国は165カ国であるが、蔵相たちは、新自由主義的な条件がどの程度適用されているかを基準に、このうちの18〜38カ国に対して、部分的に帳消しにすることに合意したにすぎない。最大で最貧国の債務の大部分(全額ではない)にあたる550億ドルが帳消しになるが、それでもこれらの諸国はまだアジア開発銀行、米州開発銀行や民間機関に対する債務が残る。

この合意を大局的に見てみよう。アフリカの債務は3000億ドルを超えている。ジュビリー・サウスによると、帳消しされるべき第三世界の債務の総額は2兆ドルを超える。トゥーサンが指摘するように、「この計画が金持ち国に及ぼす財政上の負担は1年に約20億ドルだが、これはG8諸国が農業補助金として支出する3500億ドル、あるいは軍事費として支出する7000億ドルと比べてごくわずかな金額である」。

トゥーサンはさらに、次のように述べている。「しかも、G8の決定はHIPC(重債務貧困国)イニシアチブの継続である。HIPCイニシアチブは、過酷な新自由主義政策の実施、多国籍企業の利益のために自然資源や戦略的経済セクターを民営化すること、医療費と教育費の負担増、付加価値税の引き上げ、資本の自由な移動(それはUNCTADのいくつかのレポートに示されているように、資本の国外流出をもたらす)、保護関税の引き下げ(何千もの中小生産者が輸入品との競争に負けて生活手段を失うことになる)を意味している」。

一部の債務は即時に帳消しされるだろうが(その大部分は、そもそも返済不能であり、返済が止まっているものである)、ブラウンが将来も資金を提供すると信頼できるだろうか? 6年前にドイツのケルンで行われたG8で約束された債務救済パッケージの総額は1000億ドルだったと言われている。調査の結果、1996年から2003年の間に実施された債務救済の総額は263億ドルにすぎなかったことが判明している。

ではオクスファムや、U2のシンガーのボノが中心となっているワシントンのNGO「デルタ」(「アフリカの債務、エイズ、貿易」の頭文字)のようなグループはなぜ茶番劇を続け、なぜ一部のアフリカ人がそれに同調しているのだろうか?

「北」の諸国でも、少なくともいくつかのNGOは第三世界の運動との継続的な対話を行っている。米国ジュビリー、「ウォー・オン・ウォント(貧困との戦争)」、「世界の発展のための運動」、「クリスチャン・エイド」などである。しかし、このような運動は、スチュワート・ホドキンソンが英国の「レッド・ペッパー」誌で指摘しているような事情を考えれば、ほとんど影響力がない。彼は次のように述べている。「オクスファムはその傑出した資金力と名声によって、『貧困を過去のものに』連合の中で最大の影響力を持っている。昨年のオクスファムの年間収入は1.8億ポンドであり、このうちの4000万ポンドが政府や他の公的機関からの資金である」。

「貧困を過去のものに」は白いリストバンドをキャンペーンのシンボルとして売り込んでいる。ここからの収益も期待しているのだろうか? ホドキンソンはキャンペーンのスタッフの次のような発言を紹介している。「私たちは(リストバンドに印刷されている)このメッセージや企業ブランドの宣伝は大嫌いだけれども、このリストバンドから何万ポンドもの資金を得ているNGOもある」ので、このキャンペーンを続けているだけだ[注:ホドキンソンのレポートによると、このリストバンドは6月6日から売り出され、1個2ポンドで、100万個が製造されているが、中国の搾取工場で「奴隷的な労働条件」で製造されており、労働者の搾取で非難されている企業がスポンサーとなっている]。

かつてオクスファムと緊密に協力していた映画制作者のジョン・ピルジャーは、「多くのNGOは一種のコーポラティズム(協調主義)と、英国政府との親密な関係を選んだ。その新自由主義的貿易政策が今でも世界の貧困の大きな原因の1つであるにもかかわらずである」と結論付ける。

アフリカではそのような「協調的NGO」(CoNGO)が多く見られる。このような現象に対して最も厳しい評価を下しているのはジェームズ・ペトラスとヘンリー・ベルトマイヤーである。彼らは2人とも研究者だが、社会運動にも多くの経験を持っている。彼らが2001年に著した「帝国主義に奉仕するNGO」は、「有力な企業家や金融機関の役員と話し合い、何百万人もの人々、とくに貧しい人々や女性やインフォーマル・セクターの労働者たちに(ほとんどの場合、否定的な)影響を及ぼすような決定を行なう人々」に対する鋭い批判として今でも有効である。「NGOのリーダーたちは、財産の所有や政府の資源を基盤とするのでなく、帝国主義からの資金と重要な大衆グループを支配する能力を基盤とする新しい階級である」。

ペトラスとベルトマイヤーは続けて、次のように言う。「NGOは野心的で教育水準の高い人々の上昇志向を満たす最新の手段となった。学者・研究者やジャーナリストや専門職の人々は、報われることの少ない左翼運動へのかつての関心を捨てて、NGOを運営するという実入りのいいキャリアを求めるようになった。彼らは(NGOに)彼らの組織能力とレトリックの技能とポピュリスト的な言語を持ち込んだ。このような構造は、組織された左翼運動を放逐し、解体し、その知的な戦略家と組織的リーダーたちを吸収してきた」。

たしかにワシントンやロンドンだけではなく南アフリカにも、アフリカ全体にも、ペトラスとベルトマイヤーが「大衆の不満を強力な機構からローカルな小さなプロジェクトにそらし、帝国主義と資本主義の階級的分析を避けた非政治的な『草の根』の自己搾取と『大衆教育』を指向する」と批判するようなNGOが存在する。「そのようなNGOは、一方で独裁体制や人権侵害を批判するが、その一方で、大衆運動を支配的な新自由主義エリートたちとの協調に流し込むために、ラディカルな社会・政治運動と競い合う」。

ある地点で、この一般的な問題は、より明確な対処を必要とするようになるだろう。昨年12月にザンビアのルサカで開かれたアフリカ社会フォーラムで、南アフリカ社会運動協議会(民営化、債務、土地問題、環境問題に取り組んでいる活動家の集まり)によって怒りが表明された。同協議会は次のように述べている「NGOと比べて社会運動が少なくしか代表されていないことは、フォーラムの政治的内容に反映されている。それはアフリカ社会フォーラムが、新自由主義に対する闘争を前進させるプログラムを持つべきだという考え方ではなく、1つの空間でしかないという考え方への固執に表現されている」。

CoNGOからの喝采に応えてG8が行った卑劣な取り決めの上を舞っている塵埃が落ち着いたときには、おそらく、アフリカに対する慈善の一時的流行の最新バージョンは埋葬されるだろう。そのとき、より辛抱強い活動家たちが再び前線に、そしてメディアの前面に登場するだろう。それが国家や企業の悪事に対するキャンペーンを通じてであるか、他の形態の進歩的な大衆動員や民主主義的アドボカシー(提言)を通じてか、真剣な連帯を実現する各国社会フォーラムや(国際的ネットワークを通じた)階層別フォーラムの組織化を通じてかはわからない。

今、ガーナのアクラと南アフリカのヨハネスブルグで水の問題に関わっている活動家の間に大きな可能性が開かれている。ヨハネスブルグの公共水道貯水施設の管理機関が、オランダの水企業と結託して、世界銀行の民営化計画を強引に進めようとしており、闘いが始まろうとしている。

私たちが必要としている本当の「アフリカの発展のための新しいパートナーシップ」(NEPAD)は、このような(闘いの)連携である(ムベキ南ア大統領のNEPADは、ブッシュ政権の国務省から「哲学的にぴったりである」と称賛された)。アフリカの進歩的な社会運動、エコロジー運動、労働運動の間のこのようなボトムアップ型の連合がメインストリームのNGOに、邪魔をしないでくれと要求することが多くなるだろうと私たちは確信している。

(「注」は訳者による)



筆者はクワズールーナタール州ダーバンのクワズールーナタール大学「発展に関する研究(Development Studies)」学部の教授(政治経済学)で、同学部の「市民社会センター」の所長。北アイルランド・ベルファーストに生まれ、米国アラバマ州で育ち、スワースモア大学で経済学、ペンシルベニア大学で金融、ジョンズ・ホプキンス大学で地理学を学ぶ。南アフリカ、ジンバブエの社会運動や国際的な社会運動に参加している。「ファノンの警告」、「エリートによる社会変革」などの著作があり、「Zネット」に国際金融機関の役割や水問題、AIDS治療薬等に関する多数の論評を掲載している。