全国人民代表大会の常務委員会は2月28日に「経済的、社会的、文化的権利に関する国際条約」(国際人権A規約)を批准した。中国は97年に同規約に署名しており、その直後から自主的な労働組合の結成や中国民主党など政党を結成しようとする動きが一時活発になった。
組合結成とストライキを禁止する国内法を優先
今回の批准に際して同常務委員会は声明で「中国政府は国際条約第8条第1項は、中国の憲法、組合法、労働法の関係する規定によって処理する」と語っている。
国際人権A規約で定められている組合やナショナルセンター結成の権利およびストライキの権利は、中国の国内法では制限されている。中華人民共和国労働組合法では「全国組織として中華全国総工会を設立する」とあり、その他様々な地方組織も全国総工会をその指導機関とする旨が定められている。それは事実上一つのナショナルセンターしか認めていないということで、自主的な労働組合を結成する法的、政治的空間はない。またストライキについては中華人民共和国憲法でストライキの権利を定めていたが、1982年の改定でストライキ権についての条項は削除された。
弾圧される独立労働運動活動家
今年の1月23日には、江蘇省塩城地区のシルク工場労働者の曹茂兵が、拘束されていた精神科の病棟でハンガーストライキを行ったと報道された。曹は独立労働組合の結成を積極的に進めていた人物で、当局に拘束され精神科病棟に「入院」させられた。その後、病院の検査では特に入院する必要はないという診断結果が出たにもかかわらず、数日後には当局からの圧力で「要入院」の診断結果に変った。それに抗議したハンガーストライキである。中国は、労働運動活動や民主化運動活動家を精神科の病棟に拘束したり、行政罰受刑者が収容される労働教護施設に収容するというかたちで「政治犯」はいないと主張している。しかしこれは最低限の反論の機会である裁判すらも行なえずに拘束されるという不当な弾圧である。
全国で多発する労働者の異議申立て
中国では、全国各地で労働者の抗議行動が頻発している。主な理由は賃金未払い(または遅延)と経営陣の腐敗である。「改革・開放」政策は20年を迎えたが、貧富の格差が拡大し、特権的官僚は市場経済の間隙を縫って不正蓄財を行なう一方で、労働者は「国有企業改革」の名のもとにリストラされ街頭に放り出されている。
2000年12月6日には「大慶油田」で全国に名が知れる黒龍江省大慶市で大慶市第二建築会社の2000人の労働者が賃金未払いに抗議してチチハル−ハルビン間の鉄道線路上に1時間座りこんだ。2年間に及ぶ賃金未払いに対して「われわれは食べなければならない」という横断幕をかかげて座りこんだ労働者のうち、5人が当局に拘束された。
北京−上海間の鉄道を8時間麻痺させた紡績労働者の座りこみ
11月30日の香港紙によると、安徽省除州市の紡績工場労働者1000人が北京−上海間の鉄道線路上に8時間にわたって座りこんだ。この紡績工場は82年に建設され、内陸部では最も早く株式化された企業の一つであった。しかし経営陣の腐敗が経営悪化を招き、民間企業への吸収の話が持ち上がった。3600人の労働者のうち半分をリストラし、労働者からの出資で集まった資金881万元(1元16円)と3000万元の年金(中国は国営企業の場合、退職した労働者にはその企業が老後の年金を支払うシステム)が消えてなくなるという噂が労働者の間に広まり座りこみ行動に発展した。最終的に警察によって座りこみは排除され10数名の労働者が拘束された。翌日にはこの座りこみに触発され、同じ安徽省の蘆橋駅でレイオフ労働者の座りこみがあった。
後手に回る総工会の方針
12月中旬に行なわれた中華全国総工会の執行委員会議では、労働者の合法的権利を守るために、レイオフ・リストラされ生活が困難になっている労働者の保護、平等な労使関係、集団的契約制度と労働者代表大会制度の確立など提起された。それなりの危機感を持ちつつも、全国で湧き上がる労働者の不満を解消する方針は立てきれていない。
WTO加盟で状況は一層厳しくなる
昨年9月現在、都市部の失業率は3.2%で、レイオフ労働者は700万人。これ以外に上記のように何ヶ月も、ひどい時には何年も賃金が支払われていない公有企業労働者が膨大に存在する。また農村部では農業経営の不振から多くの人口が都市に流れ、「下層労働者」階層を形成し、労働市場へ圧力をかけている。中国が国家的課題としている国際貿易機構(WTO)への加盟によって、おおくの企業が倒産に追い込まれ、農業へも計り知れない影響をもたらすと考えられている。これらはすべて中国の労働者、農民を「万人による万人に対する闘い」へと駆りたてる。
中国の労働運動との連帯を
きわめて不十分な対応しかできていない総工会から自立した労働運動の登場が必要とされている。中国は国際人権A規約の批准へと踏みきった。それに大きな期待をかけることはできないにしろ、中国の真の「改革・開放」に必要である自立した労働運動にとってマイナスになることはない。全国各地で起こっている労働者の異議申立てに対して注意深く見守りつつ具体的な連帯の糸口を探っていかなければならないだろう。
昨年末には経済開発区のシンセン市の日本企業で日本の職制による暴力に抗議してストライキが起こったりしている。日本で流通している廉価な衣料、雑貨、玩具等の多くは中国で生産されているが、その労働条件は劣悪である。日本と中国のこのような関係のあり方は根本的に改められなければならない。技術、労働力、思想、文化の相互交流にもとづいた日本と中国のあり方が必要なのだ。(稲垣 豊 2001/3/3)
資料
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権A規約)
−抜粋−
(略)
第八条
1 この規約の締約国は、次の権利を確保することを約束する。
(a) すべての者がその経済的及び社会的利益を増進し及び保護するため、労働組合を結成し及び当該労働組合の規則にのみ従うことを条件として自ら選択する労働組合に加入する権利。この権利の行使については、法律で定める制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も課することができない。
(b) 労働組合が国内の連合又は総連合を設立する権利及びこれらの連合又は総連合が国際的な労働組合団体を結成し又はこれに加入する権利
(c) 労働組合が、法律で定める制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も受けることなく、自由に活動する権利
(d) 同盟罷業をする権利。ただし、この権利は、各国の法律に従って行使されることを条件とする。
2 この条の規定は、軍隊若しくは警察の構成員又は公務員による1の権利の行使について合法的な制限を課することを妨げるものではない。
3 この条のいかなる規定も、結社の自由及び団結権の保護に関する千九百四十八年の国際労働機関の条約の締約国が、同条約に規定する保障を阻害するような立法措置を講ずること又は同条約に規定する保障を阻害するような方法により法律を適用することを許すものではない。
(略)
1966年12月16日採択/1976年1月3日発効
2001年2月16日現在 署名国数65/締約国数143