第三世界の債務問題とG8
大倉純子(ATTAC Japan/債務と貧困を考えるジュビリー九州)
Q1. 第三世界の債務問題とはなんですか?
世界のおよそ70%が「途上国」といわれる国々です。そのほとんどが今の「先進国」の植民地でした。これらの国は独立後、開発のために「先進国」の銀行や政府から借金しました。その債務が雪だるま式に膨らんで、今では3兆3572億ドルに上っています。2007年には、最貧国だけでも約293億ドルを債務返済にまわしています。多額の債務返済は貧しい国の財政を圧迫し、多くの国が教育や医療予算を削って債務を返済しています。
Q2. G8を始めとする豊かな国々は貧しい国々にたくさんの開発援助を送ったり、投資によって経済発展を助けていると聞きましたが?
いわゆる「先進国」に住んでいると、「北(豊かな側)」から「南(貧しい側)」にたくさんの資金が送られているという印象をもたされがちですが、実際はその逆です。
2007年、北から南への援助総額は1036億ドルと発表されていますが、その額は債務帳消し額(つまり新たな援助ではない)や先進国内での途上国からの留学生への補助金などによって水増しされています。本当に南の政府に届くのは、その内の40%と言われています。しかも後述するように、途上国に届いた資金の中で本当に貧しい人のためのプロジェクトに使われたお金がどれだけあったでしょうか。特に有償援助(利子をつけて貸す援助)に関しては、二国間援助(日本や米国など各国政府がフィリピンやザンビアなど各国政府にする援助)も多国間援助(IMFや世界銀行といった国際金融機関の融資)も実績はマイナス、つまり、今年貸したより多くの額を"援助する側"が債務返済として受け取っている状態です。
「先進国」からの「途上国」への投資に関しても、投資先は中国、インドなどの新興国や天然資源保有国に集中しており、また、投資額のほとんどが多国籍企業の本国への利益送還という形で戻っています(06年の途上国への正味の投資流入額は3675億ドル、本国への利益送還は2380億ドル(南-南間の投資を含む))。その他、タックスヘイブンを利用した脱税、資本逃避など、現実には資本は南から北に流れ続けています。その中でも一番大きな流れが債務返済です(2007年は5230億ドル)。
Q3. 債務帳消しを求める運動があるようですが、倫理的に借りたお金は返すべきじゃないでしょうか?
途上国の債務問題を考える際に考慮すべき点がいくつかあります。
ひとつは債務返済のしわ寄せは一番貧しい人たちに行きます。医療や食糧補助にまわすべきお金を削って債務返済を優先させた結果、アフリカでは1分間に13人の子どもの命が失われてきました。世界では平均寿命が40歳を切る国が29カ国もあります。このような緊急状況において、人命より借金の返済を尊重することが「倫理」でしょうか。個人なら借金が返せなくても最低限の生活手段は国内法によって守られます。しかし、国家の借金にはそのような国際法がありません。どれだけ国民の命を犠牲にしても返済しなければならないのです。先進国の銀行・政府・国際金融機関はそれを利用して「途上国」に貸し続け、そして貸した額を上回る資金を回収してきました。モラルハザードは「貸し倒れがないことを利用する側」にこそ起こっているのです。
加えて、借りた金はすでに返済済みです。アフリカは1970年-2002年、総計5400億ドル借り、それに対して5500億ドル返したのにいまだに3000億ドルの債務を背負っています。利子に利子がつく複利制度と変動金利のために膨れ上がったのです。
Q4. しかし自分たちに必要な資金を借りた側の責任のほうが大きいのではないでしょうか。
この悲惨な債務漬けの状況を引き起こした責任の多くは先進国側にあります。
東西冷戦の時代、途上国を自分たちの陣営に呼び込むために腐敗した独裁者に対してでも資金援助が行われました。武器購入や独裁者のポケットマネーになるのを知りつつ、貸す側の都合から貸し付られた資金も莫大なものです。また70年代初めのオイルショックでもうけた産油国からの莫大な預金を運用する必要のあった欧州等の国際銀行が、途上国側のニーズとは無関係な貸付を行いました。開発援助の費用は多くが先進国の企業から物資を購入したり、先進国の企業が途上国でプロジェクトを行うために使われました。その多くが無用の長物でした。世銀自身がアフリカでの自分たちのプロジェクトの70%以上が失敗だったという報告を出しています。独裁者は去り、プロジェクトが失敗のまま放置されても、その債務の返済だけは貧しい国の国民に残されるのです。
70年代の二度に渡る石油危機、米国主導の金利の高騰、途上国の外貨獲得手段である一次産品の輸出価格の下落により1982年、途上国債務危機が勃発します。その解決係として登場したIMF(国際通貨基金)、世界銀行(世銀、WB)が救済の条件として途上国に押し付けた構造調整政策により、途上国の人々はさらに困窮の淵に陥りました(IMF、世銀は「サミット全般」の項にあるようにG8だけで半分近い決定権を握ってきました。特に米国財務省とのつながりが強く、米国の世界戦略に沿う融資、開発「援助」を行ってきました)。
構造調整政策では、緊縮財政による学校・病院の有料化、食糧・燃料への補助金廃止が貧しい人々の暮らしを直撃しただけではありません。公企業の民営化で石油など国の基幹産業が多国籍企業に売り渡され、水道など人々の生命に直結する事業も利潤追求が優先されるようになりました。投資自由化で流れ込む資金の多くは利ざやを狙った投機的なもので、90年代には資本の急激な流出入が多くの金融危機を巻き起こしました。一部の北の投資家が巨額の収入を得る一方で標的にされた国の経済は大打撃を受けました。農業も輸出中心に転換させられ、コーヒー、ココアなどの商品作物の大規模生産が奨励された結果、食料を自給していた多くの国が輸入国に転落しました。国際市場価格の高騰が貧しい国々の食料不足を生み出す、今まさにそういう状況です。アフリカでは70年代より平均余命が短くなった国が11カ国もあるのです。
Q5. 99年のケルンサミット、05年のグレンイーグルスサミットで債務帳消しが大きく取り上げられ「もはや最貧国は債務返済に悩むことはない」と発表されましたが・・。
現在も債務問題に対してはG8、IMF、世界銀行が一方的に解決係を自認しています。しかし自らが最大の債権者であるこれらの機関に、公正な解決が期待できるでしょうか?
1996年と99年、G7(当時はロシアが経済の部に参加してなかった)はHIPC(重債務貧困国)イニシアティブを最貧国の債務問題解決の決定打として打ち出しました。それは、41の重債務貧困国(該当国は増減、入れ替わりがある)にPRSP(貧困削減戦略ペーパー)の策定・実施を義務付け、成果を認められた国の債務を帳消しするというものです(二国間ODA債務の90%以上、多国間債務の一部)。
しかし問題はPRSPで策定、実施される政策が、緊縮財政や市場の開放など、これまでも途上国を苦しめてきた構造調整政策とほとんど変わらないものであるということなのです。そして、このPRSPを国によっては6年以上も実施し続けなければ債務帳消しを認めてもらえないのです。
05年、上のHIPCの達成国に対して世銀(IDA)・IMF・アフリカ開発銀行(後に米州開発銀行も)の債務100%帳消し(MDRI)を決定します。最後の貸し手であり最優先の返済先として債務帳消しを拒否し続け、途上国の上に君臨してきたIMF・世銀による債務帳消しの決定は、世界の市民運動の大きな成果です。しかしこれは債務削減を受けたにもかかわらず債務返済額が再度上昇し、05年には01年の返済額と同じレベルに戻ってしまう国が出てしまうことに危機感を感じた先進国HIPCの失敗を隠すためにあわててとった、「姑息な手法」と見ることもできます。
G8、IMF・世銀が取ってきたその場限りの帳尻合わせでは債務問題は解決しません。MDRI実施後1年半の07年9月に出したレポートの中で、IMF・世銀自らがHIPCsイニシアティブ達成22カ国のうち12カ国の債務持続可能性が崩れる兆候がすでに出ていることを認めています。
Q6. それでも、一定のルールに従って公平に進められる債務削減であれば、いいのではないですか。
G8は債務削減を発表するときは、さも寛大な措置を実施するかのように鳴り物入りで喧伝します。しかし、実際にはそれほど寛容でも公正でもありません。
世銀・IMFは、HIPC/MDRIの結果1年間で対象国の貧困削減予算が30億ドル増えた、初等教育の無料化が可能になった、子どもたちが予防接種を受けられるようになった、など、債務削減が貧困削減に及ぼす効果を認めています。それならばなぜ、より多くの国の債務をより早く帳消ししないのでしょうか。2015年までに絶対的貧困を半減するMDG(国連ミレニアム目標)の達成が困難であるというのであれば、何よりも債務帳消しをすることが先決ではないでしょうか。
HIPCs開始後12年が経過した08年4月時点で、HIPC/MDRIの枠組みで債務帳消し(一部削減を含む)を受けた国はわずか33カ国、削減額はたった700億ドルです。一方、本当に貧困を解決するには71カ国の6千億ドルから1兆ドルの債務帳消しが必要だという研究結果があります。HIPC/MDRIの枠組みでは、フィリピン、インドネシアのような重い債務を抱える国が、「最貧国でない」という理由で帳消し対象からはずされているのです。
アフリカのリベリアの内戦終結後、先進諸国はこぞって支援を約束しました。ところがその債務(約 47 億ドル)の帳消しに関しては17億ドルに上る延滞債務の返済が条件とされました。2005年に就任したサーリーフ大統領は2年間、延滞債務の返済・帳消し交渉に世界を駆け回り、08年3月、やっとすべての延滞債務を解消してHIPCイニシアティブの入り口に立ちました。今後の援助や債務削減はリベリアがどれだけIMF・世銀が出す経済自由化の条件に従うかにかかっているのです。
最貧国の債務帳消しには長い年月がかかる一方で、米国の戦争に協力したエジプト、パキスタン、米軍占領下のイラク、石油資源を抱えるアフリカの大国ナイジェリアなどの債務削減は、HIPCsの枠外の債権者同士の交渉で迅速に決定され、遂行されているのです。
Q7. 少々不公平でも実際に債務が帳消しされるのであれば、貧困削減の一助にはなるのではないですか。
IMF・世銀はあくまで経済成長、市場主義による貧困削減を主張しています。PRSPでも民営化、市場自由化が条件付けられています。初等教育の普及や医療の拡充が条件付けられる一方で、人件費の予算額には蓋が設けられているため、途上国政府は十分な医療従事者や教師を雇うことができません。アフリカは80年代の「失われた10年」の後、90年代後半から5~6%の好調な経済成長を維持しているといわれています。しかし、現実のアフリカの貧困がそれに平行して減っているという実感は誰も持たないでしょう。
G7、世銀・IMFは(西側諸国の)投資の自由化にブレーキをかけるようなことは絶対しません。いま、バルチャー(ハゲタカ)ファンドと呼ばれる西側諸国の投資ファンドが、債務帳消しで財政にゆとりができた最貧国の債務を安くで買いあさり、額面通りの債務額プラス延滞利子まで請求して訴訟を起こす事件が頻発しています。多くの場合、バルチャーファンドの側に立った判決が出されます。たとえばある米国のバルチャーファンドは、330万ドルで購入した額面1500万ドルの債務に対して5500万ドルを支払うようザンビアに請求しました。この訴えを却下するよう世界中のキャンペーナーが要求しましたが、英国の裁判所はザンビア政府に1500万ドルを支払えという判決を下しました。貧困削減に使われるはずの資金(=私たちの税金でもあります)がこうして奪われても、世銀・IMFは「自分たちは中立なのだから、協力を呼びかけるしかできない」としてなんら規制をしようとはしません。
債務帳消しキャンペーンは返済不能な国家債務に関して仲裁する中立な国際機関の設立を要求しています。IMFが自分たちが仲裁役になる機関を設立しようという案を出しましたが、それさえスムーズな取引を阻害するという金融界からのクレームで実現しませんでした。
債務問題の解決に関して、G7、IMF・世銀が債務国側の意見を対等な立場で聞くことはありません。これら債権者に対して債務国の立場は非常に弱いのです。これまでの不十分な債務削減さえ、南北双方の国際的な市民からの突き上げがなければ実現しなかったでしょう。貸し手が裁判官を兼ねている状態ですから、過去の貸し付けの過ちがきちんと反省されることもないし、現在の、借金を前提とした将来の世代に負担を先送りする開発のあり方を変えようという姿勢もありません。これでは債務問題の根本的解決や本当の貧困削減は不可能です。IMF・世銀自らがそのレポートの中で、HIPCsイニシアティブ達成22カ国のうち12カ国の債務持続可能性が崩れる兆候がすでに出ていることを認めています。
Q8. では債務問題の公正な解決は可能なのでしょうか。
経済成長・市場万能イデオロギーに固まったIMF・世銀やG8諸国に不可能です。G8,IMF・世銀は、途上国が債務漬けであることを利用し、産業先進国(特に米国)に都合のいい政策を押し付けてきました。これまでの成り行きを見ると、たとえこれらの機関に「債務問題を解決する」気があったとしても、それは「"生かさず殺さぬ"程度に途上国に返済を続けさせる」という解決であって、決して途上国の国民が人間らしい暮らしを送られるような解決を目指しているのではないことがよくわかります。
債務問題を根本的に解決し、悲惨な債務漬けの再来を将来的にも防ぐには、民主的に選ばれた議員や市民社会組織が、海外からの借り入れ(債権国の議会・市民の場合は、「援助」などという名目による貸し付け)を事前にチェックし、その使い道に関しても意見をいい、事後には実施状況を検証できる仕組みが必要です。国際的にも、債務国・債権者と第三者、債務国(二国間債務の場合、債権国も)の双方の市民の代表から構成される、中立な債務問題の裁定機関の設立が必要でしょう。そのためには過去の途上国融資においてどのようなことが行われたか、きちんと把握する必要があります。G8も「責任ある貸付」の必要性をいい始めていますが、これは中国など貸付に条件をつけない新興国を牽制するためであって、自分たちの過去の融資行動を反省しようという動きではありません。
いま、世界の債務帳消しキャンペーンは過去の債務契約を監査し、その中で不当であると認められた債務の帳消し・支払い拒否を政府に要求する運動に取り組み始めています。特に民衆から圧倒的支持を得て当選したエクアドルのコレア政権は国を挙げてこの動きに取り組んでいます。二国間債務ではエクアドルにとって日本は三番目に大きな債権者です。また、日本が最大の債権国であるフィリピンも、市民運動が独自に監査に取り組むと同時に、議会の中にも過去のフィリピンに対するODA(政府開発援助)の有効性に疑問を呈し、疑わしいプロジェクトに関する債務返済は保留する、という動きを作り出しつつあります。これらの試みの実現には、南の民衆だけではなく、北の市民の協力が欠かせません。
「債務問題の解決」とは「貧しく可哀想な途上国の債務を減らしてあげること」ではありません。債務の構造は今のグローバリゼーションのあり方を如実に映し出しています。エクアドルの債務帳消しキャンペーナーがいみじくも発言したように「グローバリゼーションが南の民衆にだけ厳しくて、北の民衆には優しいなどということはあり得ない」のです。
自国の開発のあり方やそのための資金調達の方法を自分たちで決める、政府の都合で勝手に借金を背負わせられない、そのための力を市民が持つ、これは日本の社会にも十分当てはまる、いやむしろ、緊急に必要とされることではないでしょうか。