●具体化してきた接種へのマイナンバーの利用方法
コロナワクチン接種にマイナンバーを使わせたいという平井デジタル担当大臣の 1月19日の突然の発言から始まった検討は、2021年2月17日の第3回自治体向け説明会でのワクチン接種記録システムの説明と、2月17日にシステム開発を電子母子手帳など健康情報管理のベンチャーである株式会社ミラボに約3億8500万円の随意契約で発注したと2月19日に公表されたことで、具体化の段階に入った。3月中旬には自治体向けのマニュアルなどを準備する予定になっている。
2月17日の説明会では、ワクチン接種記録システムを新たに作る目的として従来のワクチン接種と比べ、約1億人が短期間に2回の接種を要し管理が煩雑、ワクチンの性質と国民的関心の高さから多数の問い合わせが予想、住民の求めに応じて接種証明を出す必要も想定という違いがあり、現状での課題として4点をあげている。
しかしこれら課題は以前からわかっていたことであり、そのうえで(是非はともかく)従来の市区町村での予防接種管理に加えてワクチンの流通のために新たに昨年7月から「ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)」が構築され、接種体制についてすでに昨年12月から説明が積み重ねられていた。
今回のマイナンバーを利用した新たな接種記録システムは、2月12日に本ブログ「コロナ予防接種を受けるのにカードも番号も必要ありません」 で紹介したように、このような課題の検討からではなく、平井大臣の「マイナンバーを今回使わなくていつ使うんだ」という「マイナンバー担当として、マイナンバーは使えないというような状況だけは避けるという私の強い思い」から始まっており、その結果自治体も医療現場も新たな負担に困惑している。
●市長会「多くの都市自治体からは困惑する声が」
2月24日には全国市長会が「ワクチン接種記録システムの構築について」のコメントを出し、
①現在、都市自治体が進めているワクチン接種に係るオペレーションとは別系統で新システムへの入力・出力が必要となり、どのような新たな事務負担等が発生するのか明確でない
②接種体制の円滑な構築のため医療機関との調整を進めている中、V-SYSの入力に加えて新システムへの入力も必要となると、更なる困難が見込まれる
③住民の異動による情報の更新については随時行うよう説明があったが、3月から4月にかけては、住民の転出入が最も多い時期であり、多大な事務負担が見込まれる
ことにより「多くの都市自治体からは困惑する声が出ている」と指摘し、「新システムにより接種情報を管理する一定のメリットは理解するが、現在最優先で取り組むべきことは、安全かつスピーディーな接種体制の確保であることから、新システムの構築により、これまでの取組や今後の運用等に影響が出ないよう、国においては十分にご検討いただきたい。」と訴えている。
●マイナンバー制度をどう使おうとしているか
1月29日に本ブログ「10万円給付金失敗の二の舞に コロナ予防接種に番号利用?」で述べたように、予防接種事務は当初から都道府県と市区町村のマイナンバー利用事務(番号法別表第一)になっている。2015年の法改正で情報連携事務 (番号法別表第二) に追加され、情報提供ネットワークシステムの利用も可能になっている。
しかし厚労省が「情報連携の本格運用開始に当たっての留意事項」で通知しているように、医療機関に委託して実施しているため接種結果を自治体が予防接種台帳に記録するまで一定の時間がかかり、予防接種履歴は情報連携に頼らず母子健康手帳等により確認することを求めていた。
今回政府が作ろうとしているのは、この現在のマイナンバー制度の仕組みとはまったく別にマイナンバーを利用するシステムだ。
この新システムは、次のように説明されている(最新情報は政府CIOポータル を参照されたい)。
新たにつくる「ワクチン接種記録システム」の「接種記録データベース」に、市区町村の住民基本台帳から国の指定した形式のCSVファイル(カンマでデータを区切った表)で出力し取り込む。取り込むデータは自治体コード、接種券番号、 マイナンバー、宛名番号(その自治体内だけで住民を一意に特定している番号)、 属性情報(氏名、生年月日、性別)、転出/死亡フラグとなっている。送信には地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が管理する自治体間のネットワークであるLGWANを利用する。
接種結果をこの接種記録データベースに入力する方法は、次の2つから自治体が選択する。
(1)接種会場(集団接種会場や医療機関)で「予診票(問診票)」の記載を画像で読み取ったり手入力したりして、インターネット経由でダイレクトに接種記録データベースに登録する方法。画像はバーコードやOCR(画像の文字を文字コードに変換)で読み取り、そのために4万台のタブレットを配布することにしている。
(2)市区町村の既存の予防接種台帳に接種結果を登録後CSVファイルで出力し、LGWAN経由で接種記録データベースに登録する方法。接種後に速やかに予防接種台帳に登録できることが条件となる。
登録するデータは自治体コード、接種券番号、接種状況(実施/未実施)、接種回(1回目/2回目)、接種日、ワクチンのメーカー、ロット番号となっている。副反応の管理のためにシステムが必要と説明されているが、副反応などは記録項目に入っていない。
自治体コードと接種券番号によって、この接種結果と接種記録データベースを照合して、データベースに記録(消し込み)をする。
「ワクチン接種記録システム」の接種記録データベースの利用は、集計画面を見ながらV-SYS(ワクチン接種円滑化システム)に必要データを入力してワクチンの流通を管理するとともに、他自治体から転入した人や接種券を紛失した人のための接種概況の確認で使われる。なお接種証明書の発行は検討中で、またこの接種記録データベースから市町村の予防接種台帳にデータを反映することも可能となっている。
●増大する自治体や医療機関の負担
河野ワクチン接種担当大臣は、繰り返し自治体の事務負担等を増やさないと説明してきた。しかし自治体説明会での質疑を見ると、負担増は明らかだ、
このシステムでは接種会場で新たにタブレットなどで接種情報を入力する事務が発生し、住民基本台帳からCSVファイルを出力するために市町村のシステム改修が必要な場合もある。
転入者については転入時に本人の同意を得て、システムを使い転出市町村を選択してマイナンバーまたは氏名・住所・生年月日によって接種歴を照会し、転入者情報を接種台帳に反映後にそのデータを「ワクチン接種記録システム」に反映するなど、さまざまな事務負担が発生する。
転出元の市町村も「ワクチン接種記録システム」に転出の入力(転出のフラグ)が必要で、「ワクチン接種記録システム」 に転出入処理を適切に行わないと重複登録のトラブルが発生することが注意されている。
接種した医療機関で接種記録の入力処理ができなかったり、追加の委託料が発生する可能性もあり、入力してもらえなかった場合は自治体がまとめて入力する方法も含めて市区町村で検討するよう求められている。
予防接種管理も住民記録も既存の手続きと二重に作業をすることになり、コロナ対策で忙殺されている自治体の保健衛生部門や住民異動の繁忙期を迎える住民記録窓口は大変だ。
●「特定個人情報保護評価」の実施が必要と認める
問題は負担増だけではない。国もマイナンバー制度に個人情報の漏洩・悪用や成りすまし犯罪、国家による個人情報の一元管理などの危険性があることを認めており、それを防ぐため個人情報保護措置が作られている。
その一つが特定個人情報(マイナンバーを含む個人情報)の漏えいその他の発生リスクを軽減させるために、事前点検する「特定個人情報保護評価」制度だ。1月29日の本ブログ「10万円給付金失敗の二の舞に コロナ予防接種に番号利用?」で述べたように、「ワクチン接種記録システム」もマイナンバーを利用するなら事前に保護評価の実施が必要だ。 評価が終わらなければマイナンバーの利用も情報連携の利用もできない(番号法第27条)。
2月17日に更新されたFAQ で、この特定個人情報保護評価の扱いについて、個人情報保護委員会との調整を行った見解が示された。
それによれば、新たに接種記録を特定個人情報ファイルとして取り扱い、「ワクチン接種記録システム」に特定個人情報を登録し接種記録を管理し他市町村に提供するために、特定個人情報保護評価の実施が必要としている(Q16)。評価は既存の予防接種事務の評価書の変更でも新たに1つの評価書を作成することもできるとしているが、対象人員が大幅に増加するため評価方法が変わる場合がある(Q17)。
評価の実施時期は事前の実施が原則だが、「ワクチン接種記録システム」の詳細が検討中で現状では評価を行える状況にないこと、他方システム構築後は可及的速やかに接種事務を遂行することが期待されていることから、事前の評価実施は困難である場合には、特定個人情報保護評価の規則第9条第2項(緊急時の事後評価)の適用対象となり得る(Q18)と、事後評価を示唆している。
●「有事」を理由に崩される個人情報保護措置
このFAQには、重大な問題がある。個人のプライバシー等の権利利益の侵害の未然防止の趣旨からは、システムのプログラミングの開始前(当初の規定では要件定義・仕様決定前)に評価を実施することが重要であり、事後では未然防止にならない。
規則第9条第2項(緊急時の事後評価)は「災害その他やむを得ない事由により緊急に特定個人情報ファイルを保有する又は特定個人情報ファイルに重要な変更を加える必要がある場合」の例外規定であり、今回のような当初予定していなかった政策を実施することにまで拡張したら、なんでもありだ。
さらにFAQでは「評価書のひな型をIT総合戦略室で用意することを検討しています」と注記されている。従来からこの保護評価制度は、評価書をコピペしているのではないかと形骸化が指摘されていたが、ひな型を書き写すのでは自己点検にならない。それを個人情報保護委員会が認めてしまえば、特定個人情報保護評価制度は崩壊してしまう。
緊急時だからとこのようなやり方を許してしまえば、マイナンバー制度の個人情報保護措置は崩壊していく。
●マイナンバー制度のルールを外れた接種システム
今回、特に事前評価が必要なのは「ワクチン接種記録システム」が、従来説明されてきたマイナンバー制度とはまったく異質の仕組みになるからだ。「ワクチン接種記録システム」は、どこが設置し管理するのかさえ明らかになっていない。
FAQでは「国はシステムを提供するのみで、国のシステム内の論理的に区分された各市町村の領域で各市町村のデータを管理していただくことを想定しています」(Q14)と説明されているので、国が設置し管理するようだ。しかし番号法では、予防接種事務でマイナンバーを扱えるのは都道府県と市区町村だけだ。国のシステムだが市町村がデータを管理するというような曖昧な位置づけで、脱法的にシステムを作るのは前例がない。
さらにマイナンバー制度では行政機関の間の情報のやりとりは、漏洩しても個人特定が難しいように住所・氏名・マイナンバーを使わず専用の符号を使う「情報提供ネットワークシステム」の利用が原則となっているが、FAQでは「情報提供ネットワークシステムは使用しない」(Q16)と明記されている。
マイナンバー利用事務で行政間での特定個人情報のやりとりに情報提供ネットワークシステムを使わない例外は国と地方の税情報の連携があるが、これは番号法の中で特別に提供事務として規定されている(第19条9)。「ワクチン接種記録システム」のような、マイナンバーを直接使った自治体間での情報の照会・提供は、番号法に規定はなく違法だ。
●マイナンバーを使わない運用の検討を
この「ワクチン接種記録システム」は、新型コロナワクチン接種対象者(16歳以上の全住民登録者と住民登録がなくてもやむを得ない事情があると市町村長が認める者)の、マイナンバー、宛名番号、氏名、生年月日、性別と接種の有無という要配慮個人情報が記録される、日本で最大規模のデータベースになる。情報の管理も情報連携の仕方も、マイナンバー法に規定のない異例のやり方だ。
コロナ対策を口実にすれば法を逸脱していもいいということにはならない。このシステムの合法性と安全性は、事前に慎重に検証されなければならない。
そもそも新型コロナ予防接種は任意接種であり、接種記録は接種済証によって本人等が自己管理するのが原則だ。すでに市町村に予防接種台帳がある中で、3億8500万円かけて接種記録の国家管理システムを急いで作る必要性がどこまであるのか。ましてやこのシステムにより自治体や医療機関の負担が増えたり、漏洩や不正利用のリスクが発生するのではマイナスではないか。
仮に合法で必要としても、よりリスクの少ない方法の検討も必要だ。
接種結果を接種記録データベースに記録(消し込み)する際には、自治体コードと接種券番号によって照合することになっており、マイナンバーは不要だ。また転入者の接種歴は「マイナンバーまたは氏名・住所・生年月日」によって転出自治体に照会するとなっている。平井デジタル担当大臣は1月19日の記者会見などで、あたかもマイナンバーを使わなければ正確な個人特定ができないかのように話しているが、市町村では宛名番号で正確に住民を把握している(マイナンバー制度は住民登録の正確性に依拠しており、それが不正確ではマイナンバー制度も不正確となる)。
となると「ワクチン接種記録システム」は、マイナンバーを使わずに運用することが可能ではないか。マイナンバーを使わなくてもセキュリティや個人情報保護の対策は必要だが、特定個人情報保護評価などのマイナンバーのリスクに対応した措置を行う必要はない。
●デジタル庁のマイナンバー再構築の前哨戦 ?
平井デジタル担当大臣は1月22日の記者会見で
「このシステム自体は、もしデジタル庁が作るのであれば私自身が陣頭指揮を取って、省庁横断的なシステムはスコープの中に入っているのでそれでやるべきだと思うし、この情報の話というのはこれからいろんな分野のガバメントクラウドの話の前哨戦みたいなことにもなると思っています。」
と述べている。
国会に提出されているデジタル改革関連法案では、マイナンバー制度を利用拡大するだけではなく、デジタル庁に個人情報システムを集約して情報提供ネットワークシステムを基本設計から抜本的に見直そうとしている。
マイナンバー制度のルールを逸脱したこの「ワクチン接種記録システム」にこだわるのは、コロナ禍への不安に乗じてこのシステムを突破口にマイナンバー制度の見直しに利用しようとしているからではないか。