やっぱり負担増になる
マイナカード保険証

●マイナカード保険証の自己負担見直し

 8月3日に当ブログの「マイナポイントはマイナスポイント?」で、マイナポイントに釣られてマイナンバーカードの保険証登録をすると、受診時の患者負担が増えることを書いた。
 2022年8月10日の中医協(中央社会保険医療協議会)は、問題になっていたこの患者自己負担額の見直しを答申した。見直しによりマイナ保険証を利用した方が患者負担が少なくなると説明しているが、そもそもオンライン資格確認等システムを利用しない医療機関で受診すれば患者負担はゼロだ。
 政府はマイナンバー制度が「国民の利便性の向上」とか「(行政の)効率化」に役立つと説明してきたが、国民の負担を増やし現場の仕事を非効率にすることがここでも示されている。にもかかわらず政府はマイナ保険証(オンライン資格確認システム)の実施を見直すこともなく、来年3月までにすべての医療機関に「導入原則義務付け」し押しつけようとしている。
 医療機関と患者の負担を増やすだけのオンライン資格確認の義務化撤回!
 マイナ保険証の押しつけ反対!
 目先のポイントに釣られて、マイナポイントで健康保険証登録するのは止めよう。

●マイナ保険証を利用すると増える負担

 2022年4月から医療機関を受診した際に、新たに「電子的保健医療情報活用加算」を払わなければならなくなった。マイナ保険証(健康保険証登録したマイナンバーカード)で受診すると、初診で7点(3割負担では21円)、再診4点(同12円)、調剤は月1回3点(同9円)などが余分にかかる。
 さらにマイナ保険証を使わずに健康保険証で受診しても、オンライン資格確認等システムを導入している医療機関を利用するだけで初診で3点(同9円)払わなければならない。一方、オンライン資格確認等システムを導入していない医療機関(診療所の8割以上が未導入)で受診すれば、支払いは必要ない。

 なぜこのような加算が導入されたかといえば、国のオンライン資格確認等システム導入の補助金では、システムの導入経費や回線費用など毎月の維持費に足りなかったからだ。8月10日の中医協の資料によれば「過半数以上の病院が事業額の上限を超過している」状態で、下図のように導入費用の補助を増額するとされた。

    2022年8月10日中医協資料 総-8-3

 オンライン資格確認等システムの導入には、想定を超える費用がかかっている。この費用を患者と保険者(健康保健組合、協会けんぽ、国保等)に負担させようと、厚生省が導入を進めたこの加算に対し、政府・デジタル庁はマイナンバーカードの普及やマイナポイント申請の支障になると危惧した。
 案の定、世論はこの加算新設に反発した。負担金額が増えることだけでなく、政府がこの加算をまったく市民に説明せずに「マイナ保険証はお得、便利」と宣伝している姿勢にも怒りがぶつけられた。医療機関側には加算を算定できると宣伝しているにもかかわらず、だ(【厚生労働省】診療報酬の加算を算定できます!(4/27更新))。中医協の資料でも「マイナ保険証を持参していても点数が高くなることを知って同意を得られない場合がある」ことが紹介されている。

 あわてた政府は、2022年6月7日閣議決定の「骨太の方針2022」(32頁)で、
・オンライン資格確認について、保険医療機関・薬局に、2023年4月から導入を原則として義務付ける
・導入が進み、患者によるマイナンバーカードの保険証利用が進むよう、関連する支援等の措置を見直す(診療報酬上の加算の取扱いについては、中央社会保険医療協議会において検討)
・2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指す
・オンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す(加入者から申請があれば保険証は交付される)
と決定した。

●見直してもマイナ保険証で負担が増える

 2022年8月10日に中央社会保険医療協議会が答申した見直しが下図だ。
 中医協答申では「電子的保健医療情報活用加算」は廃止し、10月から「医療情報・システム基盤整備体制充実加算」を新設するとした。新たな加算は
1.オンライン資格確認等システムを導入した医療機関で初診を行うと、マイナ保険証を利用しなくても4点(3割負担で12円)、調剤は6月に1回3点(同9円)を加算
2.マイナ保険証を利用した初診では2点(同6円)、調剤は6月に1回1点(同3円)を加算
となっている。
 マイナ保険証を利用した方が負担が少なくなるという形を作ったが、しかしそもそもオンライン資格確認等システムを導入していない医療機関で受診すれば、自己負担は無しだ。

2022年8月10日中医協資料 総-12-2

●無理な導入義務化の押しつけ

 「導入しない医療機関で受診すれば自己負担は無し」では導入が広がらないと見越して、政府は導入の義務付けしようとしている。中医協は8月10日の総会で、加算の見直しは「令和5年4月より、保険医療機関・保険薬局に、オンライン資格確認等システムの導入が原則として義務付けられること等を踏まえ」たもの、と説明している(資料総-12-1)。そして「医療DXの基盤となるオンライン資格確認の導入の原則義務付け」を答申した(答申附帯意見、診療報酬点数表-医療歯科調剤、令和5年4月1日施行の療養担当規則-保険医薬局高齢者医療)。
 「療養担当規則」は保険診療はこれに基づいて行わなければならないとされるもので、国会審議などを経ずに厚労大臣の省令・告示で変更ができる。厚労省は、療養担当規則に違反をすることは保健医療機関・薬局の指定の取り消し事由となりうると説明している。オンライン資格確認に患者も医療機関もメリットを感じていないことを厚労省は分かっており、「メリットがあるから」では導入が進まないから脅して導入を進めようというわけだ。
 答申はこの規則を次のように改正することを求めている。

(1)1.保険医療機関及び保険薬局は、患者の受給資格を確認する際、患者がマイナンバーカードを健康保険証として利用するオンライン資格確認による確認を求めた場合は、オンライン資格確認によって受給資格の確認を行わなければならない
(1)2.現在紙レセプトでの請求が認められている保険医療機関・保険薬局については、オンライン資格確認導入の原則義務付けの例外とする
(1)3.2以外の保険医療機関及び保険薬局は、患者がマイナンバーカードを健康保険証として利用するオンライン資格確認による確認を求めた場合に対応できるよう、あらかじめ必要な体制を整備しなければならない
(2)保険医療機関及び保険薬局はオンライン資格確認に係る体制に関する事項を院内に掲示しなければならない

 しかし8月10日の中医協に示された資料でも、7月31日時点のオンライン資格確認等システムの運用開始施設は26.1%しかない。とくに医科診療所は17.5%、歯科診療所は18.1%だ。導入から利用開始まで数カ月かかることを考えれば、来年4月から利用を義務化することは無理だ。答申の附帯意見でも「令和4年末頃の導入の状況について点検を行い、地域医療に支障を生じる等、やむを得ない場合の必要な対応について、その期限も含め、検討を行うこと」と、期限の変更を示唆している。

●医療現場は導入義務化撤回を求めている

 医療現場、とくに開業医からは下記のように、窓口や機器のトラブル対応やセキュリティ対策、マイナンバーカードの取扱いの不安など負担が増える一方で、メリットが見えないことから導入を望まない意見が多く、導入が義務化されると閉院など地域医療に悪影響が出ることも指摘されている。
全国保険医団体連合会 オンライン資格確認2023年4月からの原則義務化は撤回を
神奈川県保険医協会政策部長談話「受診を阻害し、医療現場を混乱させる健康保険証の廃止に反対する」(2022/7/22)
東京保険医協会「オンライン資格確認システム導入義務化撤回を求める医師署名にご協力ください」(公開2022年08月23日)
東京歯科保険医協会経営管理部長談話 「オンライン資格確認システムの導入は自由意思に任せるべき―義務化は撤回を―」(2022年8月23日)

     全国保険医新聞 2022年9月5日2面

知られたくない健康情報が伝わる不安

 政府はオンライン資格確認等システムの利用で加算をつけ患者負担を増やす理由として、医療DXの推進により国民が医療情報の利活用による恩恵を享受するから、と説明している。薬剤情報や特定健診情報などを医療機関が閲覧して、より良い医療を受けられるとの理由だ。
 しかし逆に患者にとっては、知られたくない健康情報が医師に伝わる不安もある。厚労省のオンライン資格確認等システムの検討の中では、機微な診療情報(精神科・婦人科等)の取扱いについて、受診履歴が第三者へ知られることが心理的負荷やストレスにつながることから、現行の保険者(健保組合等)の運用では「医療費のお知らせ」に記載しない扱いになっていることが課題とされ(オンライン資格確認等システムに関する運用等の整理案(概要)(令和元年6月版)104頁)、対応方針案として
• 加入者本人が情報閲覧を制御するインターフェイスが現時点で存在しないため、加入者自身の申請により(※)、医療保険者等がフラグの設定をする。
• フラグ設定した加入者の情報は機微な診療情報項目だけではなく、情報全体を閲覧不可とする
ことが検討されていた。
 ところが検討結果(オンライン資格確認等システムに関する運用等に係る検討結果について(令和3年4月版)156頁)では、医療機関が「薬剤情報や特定健診情報といった個人情報を取得する際には、その都度、顔認証付きカードリーダー等で本人からの同意を取得するため、特段の規程の改正は不要」となっている。

 しかし「同意を取得」するからいい、と言えるだろうか。医師と患者の関係の中では、かかりつけ医から同意を求められて拒むことは躊躇する。今であれば診察の中で相互の信頼関係に基づいて必要に応じて患者が説明しているが、オンライン資格確認等システムの閲覧ではどんな情報が医師に伝わっているかもわからない。
 閲覧可能な健康情報は投薬内容や特定健診情報から拡大し、2022年9月11日からは受診歴や診療行為名などの診療情報も閲覧可能になる。後述のように将来は「全国医療情報プラットフォーム」が作られ、電子カルテや自治体の健診情報など介護情報をふくむ医療全般の情報を閲覧可能にしようとしている。
 中医協の資料(9-10頁)では、本格運用の始まった昨年10月から今年6月までで、マイナカード保険証により約120万件の資格確認が行われているが、その中で特定健診情報の閲覧に同意したのは125,113件と1割、薬剤情報の閲覧に同意したのは3割しかない。閲覧を望まない患者は少なくない

 さらに加算によって、同意しないことが難しくなる可能性がある。中医協資料 総-12-2では、患者に対して薬剤情報や特定健診情報その他をオンライン資格確認等システムで取得・活用して診療等を行うことが、加算をつけられる施設の要件とされているからだ。理屈上は患者が閲覧に同意しなければ加算の根拠がなくなる。医療機関から同意を求める圧力が強くなるだろう。閲覧による情報取得を強めるために、初診時の問診票の標準的項目に、オンライン資格確認等システムで確認可能な処方されている薬や特定健診の受診歴を新たに追加する予定となっている。

●DV被害者の情報が伝わる危険

 「オンライン資格確認等システムに関する運用等に係る検討結果について(令和3年4月版)」では「DV被害者については、マイナンバーカードが不正に加害者である家族に使用されて情報が閲覧されることがないよう、本人からの申請により保険者が自己情報提供不可フラグ、不開示該当フラグ等を設定し、中間サーバーへ連携することにより閲覧を制限する。」(20頁)とされ、課題と対策が検討されている(136-139頁)。
 いくつかの自治体では、オンライン資格確認システムの開始によりDVや虐待等の被害者の情報が加害者に閲覧される危険性があることに注意喚起をしている(たとえば船橋市京都市瀬戸市浜松市松前町羽村市和光市港区等)。

    和光市参考資料

●患者にとってメリットはあるか

 マイナカード保険証による患者のメリットとして、医療・健康情報の閲覧の他に、転職などで保険者が変わっても健康保険証として継続して使えるということが言われる。
 しかし医療保険等への加入・変更の届出は引き続き必要で、新しい保険証が手元にとどく数日間が短縮されるだけだ。マイナカード保険証だから届出が不要と誤解して使用していると、かえって誤った保険請求が発生し医療機関や保険者では過誤請求の事務が必要になる。保険者の入力・情報登録が遅れれば、その間マイナカード保険証は使えない。

 また限度額適用認定証がなくても窓口で高額療養費の限度額以上の一時的な支払いが不要、とメリットを強調している。
 高額療養費とは一カ月の医療費の自己負担額が高額になった場合、自己負担限度額を超えた分があとで保険者から払い戻される制度だ。所得により限度額が変わり、例えば住民税非課税世帯では35,400円、標準的な世帯では57,600円、所得が高額の世帯では所得に応じて限度額が設定されている。限度額適用認定証を保険者から受け取り医療機関に提出すれば、窓口で限度額までの支払いで済むが、それがマイナカード保険証であればオンライン資格確認システムをから限度額情報を入手できるので、限度額適用認定証を事前に用意しなくてもいいという話だ。
 つまりオンライン資格確認等システムを使うと、大まかな所得水準が(本人同意により)医療機関に伝わる。入院等で多額の医療費がかかるときに病院等に限度額を伝えることはしても、近所のかかりつけ医等に所得水準が伝わるのは抵抗があるのではないか。しかもこの限度額情報の提供のために、社会保険診療報酬基金と国保中央会で運営するオンライン資格等確認システムに限度額情報=所得区分情報を記録することになっている。

 様々な医療費の減額制度のための医療証が、オンライン資格確認等システムを使えば不要になるということも言われるが、自立支援医療、指定難病、養育医療、子ども医療費、ひとり親家庭等の医療費助成では、引き続き各受給者証の医療機関窓口への提出が必要だ。
 訪問看護や柔道整復・はり灸按摩の施術で健康保険を使用する場合は、マイナカード保険証は使えない。
 生活保護の医療扶助については2023年中の利用開始の準備が進められているが、そのためにはマイナカード保険証の利用が原則とされ、弱い立場にある生活保護受給者に対して、申請は任意とする番号法に反したマイナンバーカード所持の実質義務化が押しつけられようとしている。

 医療機関窓口の混雑が緩和するとも説明しているが、医療機関からは窓口対応やトラブルで大変との意見が出されている。
 しかもマイナカード保険証を使うと、受診のたびに毎回提示が必要だ。現在も原則は受診のたびに健康保険証を見せることになっているが、月初めに見せるだけというのが一般的だ。それがマイナカード保険証になると、特定健診等情報や薬剤情報の閲覧のために受診の際に毎回同意をする必要があるため、必ず受診のたびに提示が必要になる(マイナポータルよくある質問No3652)。
 不便だからとマイナカード保険証の利用を取り消そうとしても、一度登録すると取り消すことはできない(マイナポータルよくある質問No3570No5085)。

 結局患者にとっても、マイナカード保険証のメリットは乏しく、むしろデメリットがある。にもかかわらず加算で高い医療費を取られるのは納得できない。
 8月10日の中医協資料でも、7月31日現在のマイナカード保険証の利用登録はマイナンバーカード交付者の26.2%に止まる。マイナンバーカードの交付率が人口比45%程度なので、人口の1割強しか登録していない。昨年10月から6月までのオンライン資格確認の利用状況では、マイナカード保険証を利用したのはわずか0.5%で、ほとんどは健康保険証を利用している。
 中医協の答申では、加算について算定状況や導入状況を踏まえて患者・国民の声をよく聴き検討することが附帯意見とされているが、マイナカード保険証の利用そのものを患者・国民の声をよく聴いて見直すべきだ。

●マイナカード保険証は医療DXのため

 医療機関にとっても患者にとってもメリットが不明でデメリットがあるマイナカード保険証を、なぜ政府は1兆8千億円もの税金をつかってマイナポイントで推進するのか。なぜ医療機関に無理な導入義務づけをしたり、マイナンバーカードの取得強要をするのか。
 導入義務化等を方針とした2022年6月7日閣議決定の「骨太の方針2022」(32頁)では、同時に「全国医療情報プラットフォームの創設」や「電子カルテ情報の標準化等を行政と関係業界が一丸となって進めるとともに、医療情報の利活用について法制上の措置等を講ずる。そのため、政府に総理を本部長とし関係閣僚により構成される「医療DX推進本部(仮称)」を設置するとしている。
 中医協答申が「医療DXの基盤となるオンライン資格確認の導入の原則義務付け」とはっきり述べているように、政府にとって患者や医療機関のメリットは表向きの理由で、医療DX(デジタル・トランスフォーメーション)の基盤としてマイナカード保険証を押しつけようとしている。
 「全国医療情報プラットフォーム」とは「オンライン資格確認等システムのネットワークを拡充し、レセプト・特定健診等情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテ等の医療(介護を含む)全般にわたる情報について共有・交換できる全国的なプラットフォーム」だ(「骨太の方針2022」注143)。あらゆる医療・健康・介護情報を共有・交換して利活用することが目指されている。

●置き去りにされた個人情報保護

 マイナンバー制度の構築のためにまとめられた「社会保障・税番号大綱」(2010年6月30日)では、医療分野の情報の機微性に応じた特段の法制度の整備がうたわれていた(55頁)。

第4 情報の機微性に応じた特段の措置
 社会保障分野、特に医療分野等において取り扱われる情報には、個人の生命・身体・健康等に関わる情報をはじめ、特に機微性の高い情報が含まれていることから、個人情報保護法成立の際、特に個人情報の漏洩が深刻なプライバシー侵害につながる危険性があるとして医療分野等の個別法を検討することが衆参両院で付帯決議されている。
 今般、番号制度の導入に当たり、番号法において「番号」に係る個人情報の取扱いについて、個人情報保護法より厳格な取扱いを求めることから、医療分野等において番号制度の利便性を高め国民に安心して活用してもらうため、医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する

 しかしそれから10年以上たった「骨太の方針2022」でも「医療情報の利活用について法制上の措置等を講ずる」と述べているように、個人情報の保護は置き去りにして利活用ばかり進められてきた。このような政府の姿勢が、マイナンバー制度とマイナンバーカードへの不信を生んでいる。
 河野デジタル大臣でさえ「若干、邪道」と言うマイナポイントでの利益誘導と、マイナカード保険証の導入義務化という「アメとムチ」で押しつける政策は止めるべきだ。