普及せず、行き詰まりつつある
マイナンバーカード保険証利用

●これで10月20日から本格運用開始できるのか

 厚生労働省は「マイナンバーカードの健康保険証利用」を、2021年10月20日から本格運用すると9月22日公表した。しかしこのシステムを利用できる医療施設は1割に満たない。
 そのため国民向けには「受診する際、マイナンバーカードで受付できる医療機関・薬局かどうか事前に確認して下さい」と説明するという。このような状態で「運用開始」をPRすれば、医療機関の窓口でトラブルが起きるだけだ。

第145回社会保障審議会医療保険部会( 2021.9.22)資料2より

●今後も健康保険証はそのまま使える

 本格運用が始まっても、現在の健康保険証はそのまま使うことができる。マイナンバーカードがなくても受診は可能だ。
 システムとしても、自治体の行っている公費負担、柔道整復等や訪問看護、生活保護の医療扶助などの扱いは未定や検討中で、「本格運用」とは名ばかりの見切り発車だ。保険医の団体も、これまでどおり健康保険証を持参することを呼びかけている(右図 全国保険医団体連合会のポスター参照)。
 政府の計画でも、概ね全ての医療機関等での導入は 2023年3月末を目指すとなっており、受診のためにあわててマイナンバーカードを申請する必要はまったくない。
 いずれ健康保険証はなくなると流布されているが、そのような決定を政府はしていない。マイナンバーカード利用の普及状態をみながら検討していくことになっており、普及しなければ健康保険証は廃止できない。 

●普及しないマイナンバーカードの健康保険証利用

  「マイナンバーカードの健康保険証利用」と言われているオンライン資格確認等システムのためには、医療機関はカードリーダーを設置するだけではなくシステム改修やネットワーク環境の整備などの準備が必要だ。
 その準備の2021年9月12日時点の進捗状況が、9月22日の第145回社会保障審議会医療保険部会に報告されている。それによれば利用準備が完了している施設は、5.6%にすぎない。3月から始まった試行(プレ)運用に参加している施設は、わずか1.5%だ。
 マイナンバーカードをかざす顔認証付きカードリーダーの申込施設数は128,794施設で56.3%になっているが、前回7月29日の第144回医療保険部会の130,429施設(57.0%)からなんと減少している。7月9日に「集中導入開始宣言」をして、9月末までの集中導入を目指したにもかかわらずの減少だ。
 厚労省はこのオンライン資格等の導入のために消費税から1000億円近い基金を用意し、カードリーダーの無償提供のほか、導入費用も1台あたり42.9万円を上限に3/4を補助することにしていた。しかし普及が進まないため「加速化プラン」として、2021年3月までに申し込めば4/4を補助することにしたため、申込だけはして様子見をしている状況だ。

第145回社会保障審議会医療保険部会( 2021.9.22)資料2より

●医療機関にメリットは乏しく負担がかかる

(東京保険医新聞2021年9月5日号より)

 厚労省のサイトに掲載された10月10日時点の状況でも、利用準備完了施設は7.9%にとどまり、カードリーダー申込施設は56.2%とさらに減っている。厚労省は 「直近の導入ペースは、約900施設/週の増加となっており、10月の本格運用開始に向け確実に加速している」などと強弁しているが、停滞は明らかだ。
 進まない原因として厚労省は、新型コロナ対応や半導体不足によるパソコン等の調達困難、システム事業者の改修対応能力などをあげているが、医療機関にメリットが乏しくセキュリティ対策等の負担もあり費用対効果に見合わないことが最大の原因だ。

●進まないマイナンバーカードの利用登録

  マイナンバーカードを使ってオンライン資格確認をするためには、事前にマイナポータルで利用登録(初期設定)をしておく必要がある。その利用登録をした人も、9月12日時点でカード交付枚数に対し10.9%しかいない。人口比では5%にも満たない。市民もメリットを感じていない。
 マイナンバーカード自体の申請も、一時的に増加したがまた低迷している。
 マイナンバーカードは政府が2023年3月までにほぼ全ての住民に保有させることを目標に、一人上限5000円のマイナポイント付与などの利益誘導で普及をはかってきた。2021年4月までにマイナンバーカードを申請した人をマイナポイントの付与対象としたことや、2020年12月から約8000万人のカード未申請者に申請の案内を郵送したことなどにより、2021年1月には24.2%だった交付率が増加し、3月には月700万枚近い申請数になった。しかしその後は減少し、以前のような一日1万枚程度の申請数に戻っている(下図参照)。
 申請が急増したことでカードの交付に数カ月を要する事態になったため、交付数はしばらく増えているが、このままでは4割程度の交付率で頭打ちになる。保険証として利用する人が増える見込みも立っていない。

財政制度等審議会財政制度分科会(2021年10月11日)資料3P.19

●マイナンバーカードの保険証利用とは何か

 昨年8月、このスタッフブログ「マイナンバーカードの保険証利用 このままはじめていいのか」で、制度の概要を紹介した。
 マイナンバーカードの保険証利用とは、医療機関等を受診するときに健康保険証(被保険者証)の代わりに、窓口のカードリーダーにマイナンバーカードをかざせば保険資格確認をできる、という「オンライン資格確認」制度だ。マイナンバーカードの中に保険資格が記録されているわけではない。この制度のために保険資格を一括管理する「オンライン資格確認等システム」が、社会保険支払基金と国保中央会によりつくられた。
 オンライン資格確認等システムへの問合せにはマイナンバーは使わず、マイナンバーカードに内蔵(任意)の「公的個人認証サービス」の電子証明書を使う。そのために利用開始前に初期設定として、利用者証明用電子証明書の発行番号(シリアル番号)と保険資格を管理する個人単位化した被保険者番号のひも付けを行う必要がある。これは一度やればいいが、漏洩等で住民票コードを変更した場合は、再設定が必要とされている。

マイナンバー 社会保障・税番号制度概要資料(令和2年5月版)43頁

 この初期設定にはマイナポータルを使うほか、医療機関窓口や薬局の顔認証付きカードリーダーでも手続きができるが、不慣れな窓口に負担をかけることになる。また電子証明書が5年間の有効期限切れだったり、転居等で失効していると手続はできない。
 なおマイナンバーカードを使わずに、医療機関等の窓口で被保険者証の記号番号を入力して保険資格確認をすることもできる。

●健診結果や投薬情報なども提供される

「オンライン資格確認【等】システム」となっているように、提供される情報は健康保険資格だけでなく、薬剤情報や特定健診情報なども提供される。
 特定健診とはいわゆる「メタボ健診」で、40~74歳を対象に保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村等)が腹回りのサイズや脂質や血糖などの検査をして、生活習慣病の発症リスクが高いと判断されると特定保健指導を受けることを求められる健診だ。
 保険者が検査結果や喫煙・飲酒・運動など生活習慣情報を管理するが、2015年の番号利用拡大法によりマイナンバーで情報管理し保険者が代わった場合はそのデータを引き継ぐことになった。さらにオンライン資格確認導入に合わせて、保険者の委託によりオンライン資格確認等システムがデータを一括管理する。
 また投薬情報は、診療報酬請求書(レセプト)に記載された情報が提供される。

第141回社会保障審議会医療保険部会(2021年3月4日)資料2 p.10

 これらの情報は、マイナポータルにより本人に開示されるだけでなく、本人の同意があれば医療機関や薬局に提供される。同意は提供の都度明示的に行いログ管理やアクセス制限をするなど、形式的にはプライバシー保護に配慮している。しかし医療機関に知られたくない健診結果や投薬内容や病歴も含まれているときに、はたして受診の際に医師から提供の同意を求められて患者の立場で断ることはできるだろうか。
 さらに提供する情報は厚労省のデータヘルス計画により、今後電子カルテによる診療内容全体やその他の健診にも拡大し、民間事業者のサービス活用のために連携することも計画されている(下図参照)。厚労省はメリットばかり宣伝するが、医師との信頼関係を損なったり、知られたくなくて受診を躊躇したり、民間企業からの「サービス」の押し売りを受ける事態も考えられる。

第129回社会保障審議会医療保険部会(2020年7月9日)資料3 P.11

●目的は医療・健康情報の共有化と利活用

 メリットの疑わしいマイナンバーカードを使ったオンライン資格確認システムを、政府が多額の費用を投じて整備しようとしているのは、それが医療情報を健康産業の育成など成長戦略に利活用する基盤になるからだ。
 2021年6月18日に閣議決定された「成長戦略実行計画」では、ライフサイエンスをデジタルやグリーンと並ぶ重要戦略分野として医薬品産業の成長戦略があげられ、「データヘルス改革を推進し、個人の健康医療情報の利活用に向けた環境整備等を進める。また、レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)の充実や研究利用の際の利便性の向上を図る。」となっている(28頁~)。
 同じ6月18日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」でも、医療や教育という「準公共分野」のデジタル化が重視され、個人の健康・医療情報の記録・管理と医療機関等への共有、個人・保険者・医療機関等・国・地方公共団体・民間事業者の情報連携やレセプト情報の活用を求めている。
 9月に発足したデジタル庁は、「医療、教育、防災、モビリティ、契約・決済等の分野において、デジタル化やデータ連携を推進する体制を構築し、実装を進める。」ことを、当面のデジタル改革における主な項目の一つとしている。
 もともと医療保険のオンライン資格確認の構築は、下図報告のように、市民や医療機関の利便性ではなく、医療・健康分野の情報連携の基盤整備が目的だった。

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医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会 報告書概要/参考資料(2015年12月10日)4頁

●個人情報保護を置き去りにした利活用

 医療や健康情報はプライバシー性が高く、個人情報保護法でも「要配慮個人情報」として、不当な差別や偏見その他の不利益が生じないように取扱いに特に配慮を要する情報とされている。本人の明示的な同意がなければ提供しないのが原則だ。
 しかし法令に定めがあれば提供が認められることを逆手にとって、法改正により本人同意なしに提供を広げていこうとしている。オンライン資格確認等システムからの特定健診の情報提供のために、事業主健診の結果を本人同意なく保険者に提供できるようにするための下図の法改正は、今年2月に国会提出され6月4日成立した。

第138回社会保障審議会医療保険部会( 2020年12月23日)資料3

 マイナンバー制度をつくるにあたり、特に医療分野の情報についてはマイナンバー制度開始時には利用対象とせず、 そのプライバシー侵害性を考慮して特別の立法措置を整備していくことが「社会保障・税番号大綱」 に特記されていた(55頁)。しかしその立法措置は講じられないまま、利活用だけが進行している。
 このような個人情報の利活用ばかりを優先する仕組みを、市民は利用する気にならないだろう。

●追記 (2021.10.28)  本格運用開始時の状況

 10月20日、オンライン資格確認等システムの「本格運用」が開始された。本格運用開始時点の状況について、10月22日に開催された第1回「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の資料1で報告されているので、追記する(厚労省のサイトにも掲載)。
 相変わらず顔認証付きカードリーダーの申込施設は増えず、システム改修など準備が完了した施設が8.9%、実際に運用開始した施設は5.1%で、1割にも満たない。

        抜本改善WG資料1 14頁

●いったい何が便利になるのか

  「本格運用」を受けてメディアでも利用されていない実態が報じられているが、同時に「利用が進めば便利になる」というコメントが多い。政府も8月下旬から「マイナンバーカードが保険証利用で便利になる」などのテレビCMを流している。しかし市民にとって何が便利になるのか。
 政府の説明は、たとえば転職等があっても保険証として使えるので新しい保険証が届くのを待たなくていい、というものだが、「医療保険者等が変わる場合は、加入の手続が引き続き必要です」と注記されているように手続が必要で、自動的に切り替わると誤解して手続しないと保険診療が受けられない(いったん10割全額が請求され、あとで保険で負担する7割分等を返す扱いになる)。
  また特定健診情報や薬剤情報のデータが自動で連携されるので、口頭で医師や薬局に伝える必要がないというが、伝えたくない病歴なども伝わることになる。
 「限度額適用認定証がなくても、限度額を超える支払いが免除されます」というが、限度額は地方税額により決まるので、収入状況を医療機関等に伝えることを意味する。病院への入院時ならともかく、かかりつけ医にまで家計状況を知られたいだろうか。
 これら健診情報や薬剤情報、限度額の医療機関等への提供には本人同意が必要となっているが、同意しないとかかりつけ医と気まずい関係になるのが不安だ。
 受診の際の手間も増える。健康保険証であれば毎月はじめに保険証を見せるだけで受診できる運用が多いが、マイナンバーカードを利用すると受診の都度資格確認が必要だ。また具合が悪くて代理が窓口に行くと顔認証での本人確認はできず、代理人にマイナンバーカードの暗証番号を教えなければならない。

 一言でいえば、患者目線の利便性で作られているのではなく、医療・健康の個人情報を利用したい側が作ったシステムだ。その結果、自分が知らないうちに病歴や健康状態等が、いろいろなところに伝わることを心配しなければならない。
 マイナンバーカードの利用は拡大し様々な個人情報をひも付けしようとしており、持ち歩いて紛失したり悪用されるリスクも高まる。マイナンバーカードと暗証番号があれば、マイナンバーを付けて行政等が管理しているあらゆる「特定個人情報」がマイナポータルで見れるようになるだけでなく、本人に成りすまして手続することも可能だ。
 「便利になる」代償はプライバシー侵害だ。マイナンバーカードの保険証利用手続はしないで、健康保険証を持参しよう。