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「健康保険証の存続を」の声を地方自治体から

 厚労省サイトより利用率

 政府が健康保険証の交付を終了しようとしている12月2日まで、あと3ヶ月に迫ってきました。
 マイナ保険証の利用は低迷し、政府が5月から7月まで「マイナ保険証利用促進集中取組月間」を設定してさまざまな利用率向上策を実施しても、利用率は毎月1~2%しか増えず、7月の利用率は11.13%にとどまっています。
 その一方で政府が医療機関等にマイナ保険証の利用をゴリ押しした結果、健康保険証を示しても薬を処方しないなどのトラブルが相次ぎ、厚労省も「健康保険証を受け付けずマイナ保険証の提示を求めることは適切でない」と注意喚起する事態になっています(こちら参照)。

 改めて述べるまでもなくマイナンバーカードの申請は任意であり、マイナンバーカードの所持を前提とするような施策は番号法違反です。
 国民皆保険制度のもとでマイナ保険証に一元化しようとする政府は世論の批判を受けて「資格確認書」が新設され、さらに申請によらず交付するなど修正を加えていますが、「資格確認書」はあくまで当面の措置で健康保険証の代わりにはなりません。

社会保障審議会医療保険部会第166回(2023年8月24日)資料2

 医療機関では、マイナ保険証導入の負担も一因となって閉院が発生し、地域医療に悪影響が出ています。政府はひも付け誤りは解消したとしますが、保険資格が正しく表示されない状態は続いています。その一因として会計検査院は今年5月15日に、医療保険関係情報の登録の遅延が解決していないことを報告しています(「マイナンバー制度における地方公共団体による情報照会の実施状況について」59頁~ 下図参照)。
 保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村国保等)にとっては、新たに資格確認書を交付する事務や費用の負担がのしかかっています。施設等は、利用者のマイナンバーカードの取得・更新・管理に困っています。利用者にとっても、マイナ保険証は健康保険証では不要な申請・更新が必要で、資格確認書の交付の遅れや漏れが心配されています。
 健康保険証を存続した方が合理的であることは、誰の目にも明らかです。

 社会保障審議会医療保険部会第179回(2024年6月21日)資料1より

 マイナ保険証が利用されないのは、「情報漏洩が不安」「健康保険証の方が使いやすい」などの理由です。政府がメリットとしてあげる「医療情報の閲覧でより良い医療がうけられる」に対しても、逆に使いたくない理由として「病歴や薬歴を明かしたくないため」と答える人が少なくありません。
 日弁連が2023年11月14日の意見書で指摘するように、マイナ保険証はプライバシー保護に問題があるためです。

 自治体は、住民福祉の増進を図るために地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を担っています。政府の姿勢に追従することなく、マイナンバーカードの所持を任意とする番号法を踏まえて、健康保険証の存続と住民の不安の解消のため、以下[1]~[3]の取り組みを行ってください。

[1]政府に対して、健康保険証利用の存続・延長を求めてください。

 共通番号いらないネットの調べでは、2024年8月6日現在、全国自治体の1割を超える少なくとも184の地方議会が健康保険証の存続等を求める意見書を国に提出しています。(意見書の概要は こちら に掲載)。
 健康保険証廃止に懸念を示す首長も出ています。2022年10月の河野デジタル大臣記者会見以降に意見書が採択されなかった自治体も改めて現状を直視し、健康保険証の存続や、住民理解が得られない現状で健康保険証の交付終了をしないよう、政府に求めてください。

[2]マイナ保険証を利用せずに保険診療が受けられることを、住民に周知してください。

 政府は「マイナ保険証の利用を基本とする」として利便性ばかり宣伝し、利用しない場合の保険診療について積極的に周知していません。その結果、マイナ保険証を希望しない住民や利用困難な住民は、12月以降の保険診療がどうなるのか不安を募らせています。
 マイナ保険証を利用しない場合の保険診療方法や、10月に開始予定のマイナ保険証の利用登録解除手続きについて、住民が不安を感じないよう積極的に広報してください。
 またマイナ保険証を登録していても、マイナ保険証での受診等が困難な高齢者、障害者等「その他保険者が必要と認めた方」には、保険者に申請すれば資格確認書が交付され受診できることを周知してください。

保団連サイト「12月以降に資格確認書(=現行の健康保険証)がもらえる人」より

[3]資格確認書の交付やマイナ保険証の登録解除を確実に行ってください。

 地方自治体は国民健康保険や後期高齢者医療の保険者です。政府が健康保険証の廃止を強行した場合、住民(被保険者)の保険診療を確実に保障しなければなりません。
 厚労省は資格確認書の切れ目のない交付のために、必要なシステム改修等を実施して対象者に以下の対応をするよう保険者に求めています。

A.マイナンバーカードを取得していない方、健康保険証の利用登録をしていない方
 オンライン資格確認等システムから対象者情報を月次で受け、申請不要で資格確認書を交付
B.マイナンバーカードの健康保険証利用登録を解除した方
 解除申請を受けて申請者に資格確認書を交付するとともに、対象者情報をオンライン資格確認等システムへ連携
C.電子証明書の更新を失念した方、マイナンバーカードを返納した方
 オンライン資格確認等システムから対象者情報を月次(返納者情報は日次)で受け、対象者に資格確認書を申請不要で交付
※カード返納者に対しては、返納手続の際に保険者への資格確認書の申請を併せて案内

 社会保障審議会医療保険部会第176回(2024/3/14)資料4より

 しかし岩手県や長野県の保険医協会が県下の自治体にアンケート調査を行ったところ、
・国保加入でマイナ保険証登録者の、有効期間や電子証明書の失効時期を把握していない
・マイナ保険証の利用登録解除のシステム構築について、「まだ検討していない」「国の財政支援が分からず検討できない」「他システムとの連携で改修が難しい」「内容が複雑すぎて見通しがたたない」
などの回答がありました。
 またマイナ保険証登録者以外には申請なく交付することになっている資格確認書について、「申請があった方のみに送付する」とした自治体や、送付対象者の把握が困難なためか「全加入者に送付」とした自治体も少なからずありました。
※岩手県の調査(5月20日~5月31日 33自治体) 集計結果
※長野県の調査(5月13日~7月19日 77市町村)調査結果
 現行の健康保険証は、12月2日以降も最大1年間利用可能ですが、転居・転職等により失効します。「資格確認書」の切れ目のない速やかな交付のために、必要なシステム改修や事務執行の体制を整備するとともに、整備が困難な場合は健康保険証廃止の延期を求めてください。

保団連サイト「マイナ保険証の登録解除が可能に―2024年10月申請受付開始」より
  詳しくは、いらないネットサイト

携帯電話取得も銀行口座開設もマイナンバーカードが必要に?!

●マイナンバーカードなしでは生活できなくなる?
●「国民を詐欺から守るための総合対策」の内容
●マイナカードの普及・利用の推進を狙う
●携帯電話取得ではすでにマイナカードを強要
●総務省有識者会議では「非電子的方法」の存置も
●マイナンバーカードがない人はどうするのか?
●カード情報読取アプリの問題点
●マイナカードは誤交付や不正取得が発生

 2024年6月18日、犯罪対策閣僚会議が「国民を詐欺から守るための総合対策」を公表した。
 特殊詐欺やロマンス詐欺などの増加を理由に、
・携帯電話取得等や預貯金口座開設の際の本人確認を、非対面(オンライン)ではマイナカードの公的個人認証に原則一本化し、対面(窓口)でもマイナカード等のICチップの情報の読み取りを義務付ける
・マッチングアプリ事業者に対しアカウントの開設時に公的個人認証サービス等による厳密な本人確認を求める
など、マイナンバーカードの所持を前提とするような対策が打ち出されている。
 メディアやSNSではもっばら携帯電話の取得が話題になっているが、預貯金口座の開設でもマイナンバーカードの利用を求めている。生活に欠かせない携帯電話や銀行口座でマイナンバーカードの利用が必須になれば、マイナンバーカードの所持を任意とする番号法に反することになる。
 詐欺対策は誰もが望むが、だからといって携帯電話が取得できなくなったり口座が開設できなくなれば、社会生活が営めなくなり本末転倒だ。マイナンバーカードによらない確認方法を残す必要がある

 「国民を詐欺から守るための総合対策」では、3「犯罪者のツールを奪う」ための対策として、(1) 犯罪者グループ等が用いる電話に関する対策(19頁)と、(2) 預貯金口座等に関する対策(21頁)で、以下の同じ対策が書かれている。なお4「犯罪者を逃さない」ための対策(2) マネー・ローンダリング対策でも、3(2) と同じ対策が再掲されている(25頁)。

犯罪収益移転防止法、携帯電話不正利用防止法に基づく非対面の本人確認手法は、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証等を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類等は廃止する。
対面でもマイナンバーカードのICチップ情報の読み取りを犯罪収益移転防止法及び携帯電話不正利用防止法の本人確認において義務付ける。
また、そのために必要なICチップ読み取りアプリ等の開発を検討する。さらに、公的個人認証による本人確認を進める。

 このような対策は昨年から打ち出されていた。2023年6月9日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、(3)マイナンバーカードの普及及び利用の推進 ⑤ 様々な民間ビジネスにおける利用の推進の中で、以下が書かれていた。

「犯罪による収益の移転防止に関する法律、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(携帯電話不正利用防止法)に基づく非対面の本人確認手法は、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証等を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類等は廃止する。対面でも公的個人認証による本人確認を進めるなどし、本人確認書類のコピーは取らないこととする。」(54頁)

 非対面は今回の対策と同じで、対面が「公的個人認証による本人確認を進める」から、マイナンバーカード等のICチップ情報の読み取りの義務付けに変わっている。ちなみに6月21日閣議決定の本年度の「重点計画」では、犯罪対策閣僚会議の対策と同じ内容が「重点政策一覧」の[No.1-36]として記載されている。
 犯罪対策として今回の対策は必要だという評論が多いが、そもそもマイナンバーカードの普及・利用推進のための民間ビジネスでの利用推進として書かれているように、犯罪対策を利用したマイナカードの普及を意図していた。
 政府は健康保険証を廃止してマイナ保険証に一本化すると脅せば、みなマイナカードを所持すると期待していた。しかしマイナポイントが終了するとマイナカードの新規申請は激減し(下図参照)、カード保有率は74%(6/30現在)と低迷し1/4は所持していない。マイナ保険証の利用率は医療機関・薬局に強要や利益誘導をしても、5月末で7.73%にとどまる。そこでマイナカードの普及のさらなる策として、本人確認での利用の強要を考えているのではないか。

デジタル庁「自治体向けマイナンバーカードご参考資料」(2024年3月6日更新)より

 携帯電話では、すでに昨年からマイナンバーカードがないと取得が困難になっている。
 2023年春、携帯電話3社は相次いで本人確認書類として健康保険証などの取り扱いを終了した(NTTドコモ2023年5月24日以降終了=3月22日発表、KDDI2023年5月31日終了=5月9日発表、ソフトバンク2023年6月13日終了=5月31日発表)。
 終了後の本人確認書類について各社若干の違いはあるが、マイナンバーカード(個人番号カード)や運転免許証等(運転免許証、障がい者の手帳、パスポート、在留カードなど)がサイトに記載され、運転免許証等を取得できない市民にとっては、マイナンバーカードの提示が求められている。
 共通番号いらないネットは、2023年8月17日に携帯電話3社に対して質問・要望を送付
1) マイナンバーカード等を利用しない場合の契約等の手続きを保障すること
2) マイナンバーカード等を所持・利用しない場合の契約方法について、サイトやパンフレット等に掲載するとともに、販売店に周知すること
を求めた。
 各社より回答があった。NTTドコモは、マイナンバーカードの取得を強制するものではなくサイト記載の書類以外での申込は問い合わせを、と回答したが、KDDI(au)は、サイト記載の本人確認書類の提出がない場合は契約手続きを受けられないと回答した。KDDIに対しては10月27日にマイナンバーカード等を所持・利用しない場合の契約方法を検討するよう求める要望を送付したが、回答はなかった。
 ただこれらは各事業者の判断によるもので、携帯電話不正利用防止法の施行規則では健康保険証等も本人確認書類として現在も認められている。2023年9月28日の省庁ヒアリングで総務省は、以下の説明(要旨)をしている。

 制度上、携帯電話不正利用防止法という特殊詐欺対策の法律があり、契約時の本人確認義務があり、確認書類として使用可能なものは施行規則に記載されている。この中に健康保険証は現在も定められており、省令上は現在も本人確認書類して認められているが、省令では「使用することが可能な本人確認書類」を定めており、この全部を使わなくてはいけないということにはなっていない。各事業者でリスクを判断して、どの本人確認書類を使うか判断すると理解している。質問の気持ちはよくわかるので、今の意見は意見として承って検討したい。

 総務省は今年2月に「ICTサービスの利用環境の整備に関する研究会」を設置し、「不適正利用対策に関するWG」で携帯電話不正利用防止法の本人確認方法の見直しを検討しているが、なぜか検討結果が出る前(6/18)に犯罪対策閣僚会議が対策を示した。
 6月20日の「不適正利用対策に関するWG中間とりまとめ(案)」では、非対面・対面ともに電子的な確認の義務化を見直しの方向としているが、犯罪対策閣僚会議の対策にはない「例外的な確認方法としての非電子的な確認方法の存置」も書かれている。また見直しスケジュールとしては、本年度中に省令改正のパブコメを行い、来年度から再来年度にかけて十分な準備期間を確保したうえで施行となっている。

「不適正利用対策に関するWG中間とりまとめ(案)」より

 犯罪対策閣僚会議の総合対策では、非対面の本人確認手法はマイナンバーカードの公的個人認証に「原則として」一本化、対面ではマイナンバーカード「等」のICチップ情報の読み取りを義務付けとなっていることで、例外や他の方法も認められるのではないかという「期待」も言われている。しかし「例外」を極小化してマイナカードを押し付ける手法は、マイナ保険証のゴリ押しで経験済だ。
 河野デジタル大臣は6月25日の記者会見で、取得が義務ではないマイナンバーカードの実質義務化ではないか、マイナンバーカードを持っていない人に対してどのように対処する予定かとの質問に対して、次のように答えている。

「対面の場合、今までも、マイナンバーカードあるいは免許証、在留カード、そうしたものを提示いただいておりました。今までは券面で確認していただいておりましたが、ICチップの読み込みを義務化しようということです。券面を提示するか、提示されたもののICチップを読み込むかということで、本人確認を厳格にしようということですので、特に今までと変わることは利用者側からはございません。本人確認の書類を提示していただいて、お店の方に券面の確認だけでなく、ICチップの読み込みを義務化するだけですので、利用者側からは本人確認書類を提示していただくということで変わったことはありません。
(問)マイナンバーカードでなくてもいいということですか。
(答)マイナンバーカードあるいは免許証、在留管理カードというものを対面の場合には提示していただくということになります。 

 また松本総務大臣も6月25日の記者会見で、次のように答えている。

「非対面契約においては、原則としてマイナンバーカードの公的個人認証に一本化してまいります。(中略)対面契約におきましても、本人確認書類のICチップ情報の読み取りを義務付けること、的確な本人確認を行っていくことで、先ほど申しましたように不正な契約を防止し、犯罪につながる不正な契約を防止してまいりたいと思っております。
 マイナンバーカードをお持ちいただいてない場合でも、ICチップ付きの本人確認書類として、例えば運転免許証、在留カードもご利用いただける方針で検討させていただいております。
 具体的な本人確認方法、移行時期については、有識者会議において引き続き検討を進めておりまして、今年度中に、省令改正案をお示しすることができるように議論を進めてまいりたいと思っております。

 対面の場合はマイナンバーカード以外にICチップを内蔵している運転免許証や在留カードも認める方針と答えているが、これでは運転免許証や在留カードを持てない人はマイナンバーカードしか選択肢がない。
 しかも運転免許証は本年度からマイナカードとの「一体化」がはじまり、在留カードは6月14日に成立した入管法改正でマイナカードと一体化することになっている。いずれもマイナ保険証と違い、一体化するか否かは任意となっているが、今後の運転免許証の取扱いは改正法の施行状況を見ながら検討すると河野デジタル大臣は答弁(衆議院本会議令和5年4月14日)しており、在留カードについても河野大臣は「在留外国人が住所の届け出をする際に、確実に一体化した在留カードを申請していただくための仕組みについても措置」するよう2024年3月19日の関係省庁連絡会議で求めるなど、いつまで任意性が保障されるかわからない。
 マイナカードによらない「非電子的な確認方法」を、明確に存置すべきだ
 なお現行の携帯電話新規契約時の本人確認方法は、以下のようになっている。

「不適正利用対策に関するWG中間とりまとめ(案)」より

 政府や「識者」は目視確認という不完全な方法でなく、確実なマイナカードのICチップに記録されている電子的情報の利用を推奨している。そのため現在J-LIS(地方公共団体情報システム機構)で配布しているパソコン用の「個人番号カード対応版券面事項表示ソフトウェア」(ICカード化した運転免許証も読取可能)に加えて、スマホ利用のアプリを開発するとしている。
 今年6月の番号法改正で、マイナカードの券面記載から性別がやっと削除されたが、ICチップには記録され読み出し可能になっている。現在の「個人番号カード対応版券面事項表示ソフトウェア」では、券面の性別も表示されるようになっており、この表示のままアプリを配布すれば券面から性別を削除した意味がなくなる。
 今年から欧州デジタルID規則(eIDASⅡ)によりEU各国に導入された欧州デジタルIDウォレットのように、本人の意思で必要な個人情報だけを必要なところに提供できるという、個人のデータ主権を保障すべきだ
 また在留カードや特別永住者証明書のICチップ記録情報について、出入国在留管理庁が2020年から誰でもダウンロード可能で配布している「在留カード等読取アプリケーション」は、外国人監視に市民を動員するものだと批判をうけている。法令等で確認が認められている行政機関や事業者だけが、確認を認められている項目だけを読取可能にする必要がある

 たしかに偽造はICチップ情報の読取で防げるだろう(現時点では)。しかしマイナカードの成りすまし取得は、ICチップ読取では防げない。マイナカードなら安心と思うのは危険で、複数の確認方法の併用をリスクに応じて利用すべきだ。
 マイナカードの別人への交付や成りすまし取得は、少数だが(氷山の一角?)発生している。
 今年3月29日、総務省はマイナカードを別人に交付したことによりマイナポイントを別人に付与した事案が3件あることを公表した昨年9月の私たちのヒアリングでは、総務省は令和5年度に4団体4件で別人に交付していると答えている。
 2022年から23年にかけて、マイナポイントのためにマイナカード申請が殺到した時期には、連日のように別人の写真に取り違えてマイナカードを交付したことが報じられ、23年6月には総務省が誤交付防止のチェックリストを自治体に通知している。
 マイナカードの誤交付は2016年1月の交付開始以降続いており、事故事例を精力的に立証したマイナンバー違憲差止の神奈川訴訟では、2016年2月29日に栃木県塩谷町、2016年4月26日岡山県倉敷市、2019年11月29日川崎市高津区、2020年2月7日福岡県筑後市、2020年5月22日神奈川県南足柄市などの事例が書証で提出されている。

 誤交付だけでなく、意図的な成りすまし不正取得も発生している。
 2016年8月に報じられた埼玉県熊谷市の例では、親族名義のカード申請書を不正入手し自分の顔写真を貼ってマイナカードを申請してだまし取った。市役所は親族と住所が同じで年齢も似ていたために同一人と信じて交付したとされている。
 2017年11月に報じられた東京都江戸川区の例では、フィリピンに出国した男性が死亡後、男性になりすまして住民票の住所を自分の家に変更し自宅に届いた書類を使って自分の写真で申請している。
 2021年6月には埼玉県ふじみ野市で、知人男性に成りすまして自身の顔写真でマイナンバーカードを不正取得し、新型コロナウイルス対策の特別定額給付金をだましとった男が逮捕。
 2023年2月には新潟市で、長野県在住の男性が「個人番号カード交付通知書・電子証明書発行通知書兼照会書」の回答書を偽造し、新潟市在住者(故人)の身体障害者手帳の顔写真部分を偽造した物も用意し容疑者の顔写真が添付された偽のマイナンバーカードの交付を新潟西区役所で受けて逮捕。
 2023年9月には新潟県上越市で、インターネット上のマイナンバーカード交付申請サイトで何らかの方法で入手した他人の『マイナンバーカード交付申請書』に記された申請書IDと自身の顔写真を登録し、他人名義の個人番号カードを不正に取得し逮捕などが報じられている。
 さらに2023年10月には、架空の人物の戸籍を取得し正規の手続きでマイナカードを作成した女性が警視庁に逮捕されている。
 これらはたまたま別件によって発覚しており、他にも事例は起きていると思われるが、政府は不正取得事例の全体状況を公表していない(把握していない?)。マイナンバーカードの前身の住基カードでは、不正取得と防止対策のイタチゴッコを完全には防止できなかった(「マイナンバーは監視の番号」緑風出版102頁~参照)。マイナカードのICチップ読取を絶対視することはできない。

保険証廃止は決まっていない!薬局はマイナ保険証強要するな

 健康保険証の交付義務を削除しようとする省令改正に対して、6月5日に「健康保険証なくすな」の声をパブコメで届けようとこのブログで呼びかけて以降、関心が大きく広がっている。締め切り間際は混雑して意見が届かないことがある。早めの投稿を呼びかける。
 パブコメはこちらから。提出方法は、共通番号いらないネットのサイト(こちら)や保団連(全国保険医団体連合会)のサイト(こちら)の参照を 。

 昨年の健康保険法改正で、「資格確認書」の規定が新設された。しかし保険者(健保組合、全国健康保険協会)が健康保険証(「被保険者証」)を交付する義務は省令(施行規則)で規定されているため、省令が改正されるまでは保険証の交付は廃止されていない(詳しくはこちら)。
 今回の意見募集(パブリックコメント)は、健康保険法の施行規則からの保険証交付義務の削除などを内容としている。省令改正の公布日は7月上中旬が予定されており、それまでは法的には健康保険証廃止は決まっていない
 他方、国民健康保険法などは法律に保険証交付が規定されており(国保法第9条等)、昨年の法改正で保険証交付の規定は削除され、2024年12月2日以降廃止(=新規交付しない)予定となっている。
 とかくパブコメは形式的な手続きと見られがちだが、「政令や省令等を定めようとする際に、事前に、広く一般から意見を募り、その意見を考慮することにより、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に役立てることを目的」としており(e-govサイト)、行政手続法では提出意見を十分に考慮することが定められている(第42条)。
 パブコメ実施中で省令改正されていないにもかかわらず、「12月2日に現行の健康保険証は発行されなくなります」と決定しているかのように断定する厚労省のチラシは、法令を逸脱している。ただちに医療機関から回収・撤去すべきだ。

 マイナ保険証のためのオンライン資格確認等システムの実施義務についても、裁判で争われている最中だ。
 厚労省は厚生労働省令(療養担当規則)により、医療機関に対し2023年4月からの原則義務化を「決定」した。しかし健康保険法70条1項が省令に委任しているのは「療養の給付」であり、被保険者の「資格確認」方法については委任の内容に含まれていない。健康保険法の委任がないにもかかわらず、省令で保険医療機関に対してオンライン資格確認を義務づけているのは、憲法41条に違反し違法かつ無効だ。
 現在、保険医1,415人が原告となって、東京地裁で「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」が争われている(こちらを参照)。原告が勝訴すれば、マイナ保険証の利用を医療機関に押し付けることもできなくなる。注目を。

 マイナ保険証の利用率が6%程度で低迷しているため、厚労省は5~7月をマイナ保険証利用促進集中取組月間として、医療機関に圧力をかけてマイナ保険証利用率向上に力を入れている。医療機関の利用状況を調査して、表彰したり、利用率の低い医療機関にメールを送ったりしている。
 利用促進すると10~20万円の支援金(報奨金)を医療機関に給付したり、6月からは診療報酬を改訂し初診で80円(歯科60円、調剤40円)の「医療DX推進体制整備加算」を新設した。患者は利用の有無にかかわらず、マイナ保険証のおかげで24円、18円、12円の値上げだ(3割負担の場合)。
 利用促進のための問答集(マイナ保険証利用促進トークスクリプト)やチェックリストを配布して、受診者への「説得」に医療機関を駆り立てている。

社会保障審議会医療保険部会第177回(2024年4月10日)資料1

 私たち市民にマイナ保険証の利用を義務付ける法律は、どこにもない。それどころかマイナンバーカードの取得は番号法で任意であり、それは今年12月以降も変わらないことを、政府は何回も言明している。マイナ保険証の利用を強要することは許されない。
 しかし政府の圧力によって、一部の薬局で健康保険証では薬がもらえなかったり、マイナ保険証を使わないと診療が後回しにされるなどの異常な事態が報じられている(6月6日報道ステーション等)。
 当事者に取材した6月9日の東京新聞のサイトによれば、東京都の40代男性が5月30日、薬をもらおうと都内薬局に処方箋と一緒に現行の保険証を差し出したところ、「マイナ保険証のみの受け付けになります」と言われ保険証を突き返され、Xに怒りの投稿をした。この大手薬局は「マイナ保険証がなくても受付が可能」「誤解を招く説明」と謝罪したが、昨年12月から、全国に約900ある全系列店で薬を処方する際、現行の保険証での資格確認を取りやめていたそうだ。
 法令(保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則第3条)では、薬局が薬を処方する場合、処方箋かマイナ保険証(電子資格確認)か現行の健康保険証かのいずれかで資格確認すれば良いことになっている。たいていは処方箋を示せば薬はもらえる。厚労省も薬剤師会も、問われれば健康保険証で良いと説明している。

 またマイナ保険証の利用で優先して受付するのは差別的扱いだ。厚労省が医療機関や薬局にマイナ保険証用の専用レーンの設置を求めている(右図)ために、そのようなことが起きている。
 マイナ保険証の方が受付が速くできるから、とか説明されているが、実際はマイナ保険証の方が時間がかかっている。マイナ保険証を推進している日本保険薬局協会でも、カードリーダーの読み取りや本人確認、暗証番号の入力などを行う必要があるため、マイナ保険証の受付率が高い薬局では患者の待ち時間が発生していると指摘しているそうだ(CBnews5月13日)。

 マイナ保険証の利用率は低迷しつづけている。強圧的な普及策をやっても月1%程度しか増えず、5月の利用率も7.73%だ(厚労省サイト)。これで半年後に健康保険証を廃止できるのか。
 マイナ保険証のメリットと政府が説明してきたことは、ことごとく事実に反していることが露呈し、厚労省は「医療DXのため」「より良い医療のため」と、繰り返すしかできなくなっている。
 マイナ保険証を忌避する患者と厚労省の板挟みになって、医療機関・薬局は望んでもいないマイナ保険証のセールスを強いられ、患者との関係を悪化させている。患者に迫るのではなく、厚労省に対して保険証廃止の撤回を迫るべきだ。
 保険者(健保組合、協会けんぽ、国保等)は、健康保険証交付費用の削減を期待していた。しかし協会けんぽの前理事長は、保険証発行費用の年15億円削減や職員の業務量の大幅削減を皮算用していたが、いままで有効期間のなかった保険証の代わりに5年毎に資格確認書の発行が必要になったために余分なコストが発生してしまうと述べている(日経私見卓見6月12日)。
 もはや誰にもメリットのない健康保険証廃止は止めるべきだ。厚労省も「医療DX」のイメージを悪くするマイナ保険証の押し付けは止めて、健康保険証とマイナ保険証の選択を市民に委ねればいい。厚労省の言うように、マイナ保険証がより良い医療に資するなら、市民はそちらを選ぶはずだから。
 パブコメで「健康保険証廃止するな」の声を集中し、保険証廃止のための健康保険法施行規則改正を止めさせよう。そして国民健康保険法等を改正し健康保険証交付の規定を復活させて、健康保険証を存続させよう。

「健康保険証なくすな」の声をパブコメで届けよう

 厚生労働省は5月24日、健康保険法などの省令(施行規則)から、健康保険証を交付しなければならないとする規定を削除する意見募集(パブリックコメント)をはじめた。
 昨年(2023年)6月2日に健康保険法等の改正が成立し、資格確認書の新設は規定されたが、健康保険証の交付義務は省令事項のため法律上は規定されていない。つまり今年12月2日から健康保険証の発行を終了することは、法律的にはまだ決まっていない

例:健康保険法施行規則第47条(被保険者証の交付)
 協会(=全国健康保険協会)は、厚生労働大臣から次に掲げる情報の提供を受けたときは、様式第九号による被保険者証を被保険者に交付しなければならない

 今回、この省令を改正し、被保険者証(健康保険証)の交付義務の規定を削除しようとしている。
 意見の募集期間は令和6年5月24日(金)~6月22日(土)(必着)となっている。「健康保険証をなくすな」の声を、パブコメで政府に集中しよう。
※パブコメ(「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令案(仮称)に関する御意見の募集について」)のサイトはこちら。 

 省令改正案の概要によれば、改正内容
 (1)健康保険法施行規則
 (2)船員保険法施行規則
 (3)国民健康保険法施行規則
 (4)高齢者の医療の確保に関する法律施行規則
の、被保険者証に係る規定を削除するとともに、資格確認書の申請方法及び記載事項を定め、被保険者の資格に係る情報の通知に係る規定を新設する等となっている。

 その他、(3)国民健康保険法施行規則の一部改正では、法改正で保険料を滞納している世帯主が住所を有する市町村又は組合は、保険料納付の勧奨及び当該保険料の納付に係る相談の機会の確保その他厚生労働省令で定める保険料の納付に資する取組を行ってもなお納付しない場合に特別療養費を支給することとされたことに伴い、当該保険料の納付に資する取組を定める等、所要の規定の整備する。

 経過措置として(1)(2)の施行の際、現に交付されている被保険者証については、この省令の施行日から起算して1年間はなお従前の例によることとするとともに、(1)(2)の施行のために必要な行為は、施行日前においても行うことができるとなっている。
 省令改正の公布日は令和6年7月上中旬(予定)、施行期日は令和6年12 月2日だ。

 意見の提出方法は、
(1) 電子政府の総合窓口(e-Gov)の意見提出フォームを使用する場合(こちら
 「パブリック・コメント:意見募集案件」における各案件詳細画面の「意見募集要領(提出先を含む)」を確認の上、意見入力へのボタンをクリックし、「パブリック・コメント:意見入力」より提出
(2) 電子メールを使用する場合
(3) 郵送する場合
 〒100-8916 東京都千代田区霞が関1-2-2
 厚生労働省保険局国民健康保険課企画法令係宛て
となっている。詳しくは意見募集要領を参照。

 昨年9月28日、共通番号いらないネットは福島みずほ参議院議員事務所を通じて、厚労省などにヒアリングを行った(ヒアリング内容の報告はこちら)。
 その際、厚生労働省からは健康保険証の廃止について以下の説明を受けている。省令改正できなければ、保険証の交付は続けざるを得ない。

(質問)
 番号法関連法で6月2日成立した健康保険法改正では、資格確認書の新設は規定されているが、健康保険証の交付義務は省令事項のため法律上は規定されていない。
(1) 法改正で健康保険証の廃止が決定したとの説明がされているが、その法的根拠を明らかにされたい。

(回答要旨)
 国民健康保険法や高齢者の医療の確保に関する法律には、被保険者証の交付自体が定められており、2023年6月2日成立の番号法関連の法改正の中て、その規定を法律から削除している。
 健康保険法では、被保険者証の交付を法律ではなく省令(施行規則)で規定しているので、健康保険法に基づく健康保険証に限れば、まだ法律上の措置はなされていない
 仮に省令改正をしなかった場合には、国保や高齢者は施行日を定めて廃止されるが、健康保険法だけ交付が残りつづけることになる。 

 マイナポイントで利益誘導した結果、マイナンバーカードの保有数は9200万枚余、人口比の保有率は約73.7%になった(2024年4月30日時点総務省サイト)。しかし2023年3月までにほぼ全ての住民に保有させるという政府方針は、達成できなかった。
 そのうちマイナ保険証の利用登録をしているのは7254.8万人、マイナカード保有者の78.5%となっている(2024年4月30日時点デジタル庁ダッシュボード)。
 ところが医療機関窓口でマイナ保険証を利用したのは、わずか6.56%しかいない。93%以上は健康保険証を提示している(2024年4月、下記厚労省資料参照)。マイナ保険証登録をしている大部分の人は、利用せずに健康保険証を提示しているのが現実だ。

2024年5月15日社会保障審議会(医療保険部会)厚労省資料1

 政府は健康保険証が使われないのは医療機関が利用を勧めないためだと曲解し、今年に入ってから医療機関に対してマイナ保険証の利用率による支援金や診療報酬加算、窓口でのマイナ保険証利用の勧誘マニュアルや勧誘状況の調査など利用促進策を次々と示している(下図)。河野デジタル大臣は保険証の提示を求める医療機関を「密告」するよう、自民党国会議員に文書を送って物議をかもした。
 このような強圧的な「利用促進」により利用率は今年になり増えたが、しかし毎月1%程度の微増にとどまっている。
 マイナ保険証が利用されないのは、健康保険証より不便で、依然として保険資格の誤表示など誤りが続き、健康情報の自己情報コントロールが保障されず個人情報の扱いに不安を抱いているからだ(いらないネットのリーフ13参照=こちらからダウンロード)。この現実を直視し、制度設計を見直さないかぎり、患者はマイナ保険証を利用したいとは思わない。

2024年1月19日社会保障審議会(医療保険部会)厚労省資料1

 政府は利用促進策の一つとして、医療機関で右記のチラシを配布・掲示するよう求めている。しかし保険者(健保組合、協会けんぽ)に健康保険証の交付を義務付けている省令は、まだ改正されていない(現在パブコメ中)。
 まだ決まっていないにもかかわらず「本年12月2日から現行の健康保険証は発行されなくなります」という記載は誤りだ。厚労省はこのチラシの掲示・配布を中止し、謝罪・回収すべきだ。

今国会の番号法改正の問題点

   法案概要より抜粋

 2024年4月19日の衆議院本会議で、マイナンバー法の改正を含むデジタル社会形成基本法等の一部改正法案の、河野デジタル大臣による趣旨説明が行われ、地・こ・デジ特別委(地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会)で審議が予定されている。
 3月5日に閣議決定され第213回国会に提出されたこの法案の中で、マイナンバー法の改正は3点ある(デジタル庁サイト)。
 共通番号いらないネットは、地・こ・デジ特別委の委員に下記の要請をおこなった。

 改正案の1点目は、マイナンバー情報総点検を踏まえ、マイナンバーと個人情報の紐付け誤りの再発防止のために、デジタル庁(内閣総理大臣)が特定個人情報の正確性の確保のための必要な支援をおこなうというものだ。
 しかし昨年(2023年)次々と明らかになった一連の紐付け誤りを引き起こした原因は、政府(デジタル庁)の性急なマイナンバー制度の推進にある。たとえば昨年10月10日に情報システム学会マイナンバー制度研究会が発表した『「マイナンバー制度の問題点と解決策」に関する提言』では、紐付けのためには作業開始前に住所表記のゆらぎはどこまでを同一とみなすかなどの名寄せ基準を作成し、その後に名寄せ作業を実施することが必須であったにもかかわらず、「マイナンバー制度では、マイナンバーカードの普及を急がせ過ぎたため、前述したような名寄せ基準が曖昧なままの状態で 、名寄せ作業を開始してしまった。」(3頁)ことが原因と指摘している。
 デジタル庁は、このような性急なマイナンバー制度推進を、さらに性急に推進しようとしている。マイナ保険証を利用すると、保険資格が誤って表示されるなどのトラブルが続いているにもかかわらず(全国保険医団体連合会のサイト参照)、今年12月にあくまで健康保険証を廃止しようとしていることはその一例だ。

 さらに昨年9月20日には、個人情報保護委員会が公金受取口座の誤登録による漏えいの発生に対して、デジタル庁に番号法や個人情報保護法にもとづく指導を行っている。その中ではデジタル庁が公金受取口座の誤登録の責任は市区町村がマイナポイント申請支援窓口を正しい手順で行わなかったことが原因と責任転嫁してきたことに対して、責任は市町村ではなくデジタル庁にあると指摘している。
 「デジタル庁に対する特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律及び個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」では、「誤登録の直接原因となった端末操作の実施場所が市区町村であったとしても、公金受取口座情報が漏えいした場合は、デジタル庁の保有個人情報の漏えい(個人情報保護法第68 条第1項)に該当する。」(7頁)と指摘し、「職員及び担当管理職に、デジタル庁の保有する特定個人情報及び保有個人情報の漏えいであるとの意識が欠如していた」(11頁)などデジタル庁の組織的安全管理措置の改善をも求めている。
 デジタル庁はこの指導に対して2023年12月6日に「改善状況報告書」を提出しているが、漏えい発生の責任はとっていない。河野デジタル大臣は公金受取口座の誤登録に対して、2023年8月15日記者会見で閣僚給与を3カ月分自主返納すると発表したが、それは庁内の情報共有体制が不十分で報告されるまで時間がかかって初動が遅れたということに対してにすぎない。
 マイナ保険証のトラブルが続いているのに健康保険証を予定通り廃止すると言っているデジタル庁が、「マイナンバーと個人情報の紐付け誤りの再発防止のために、特定個人情報の正確性の確保のための必要な支援」など行うことなどできるのだろうか。法改正の前にトラブルが解消するまでマイナ保険証の利用を医療機関に押し付けず、健康保険証廃止の延期を表明することが必要だ。

 改正案の2点目は、マイナンバーカード(個人番号カード)の記載事項から性別を削除し(第二条第七項)、代わりに個人番号利用事務等実施者は、性別に係る情報を利用している事務等のために個人番号の提供を受ける場合は、個人番号カードのICチップに記録された性別に係る情報を電磁的方法により確認する措置をとらなければならない(第十六条本人確認の措置)というものだ。
 そのために、「次期個人番号カードタスクフォース最終とりまとめ」(2024/3/18)では、「ICチップに記録した性別の情報を必要な者が負担なく読み出すことができるよう、スマホ等により個人情報保護に配慮しつつ、使いやすい UI で読み取ることができるアプリを国が開発し、無償で配布する」としている。
 マイナンバーカードの券面に性別を記載することに対して、私たちは番号法制定時から反対し、マイナンバー違憲差止訴訟でも性同一性障害者らの人格権侵害を指摘してきた。券面からの削除は遅きに失したとはいえ改善だ。しかしその代わりにICチップに記録する券面情報をスマホなどで容易に読み取れるアプリが、誰にでも配布されれば券面から削除した意味はなくなる。
 アプリを性別情報の利用が必要な個人番号利用事務等実施者に限定して配布し、利用事務を限定して確認できる仕組みにすることが必要で、どのような個人情報保護措置をとるのか国会審議の中で明らかにされなければならない。

 3点目は、マイナンバーカードの機能をスマートフォンに搭載可能にし、スマートフォンだけでマイナンバーカードと同様にマイナンバー法上の本人確認ができる仕組みを設けるというものだ。
 すでに2021年のデジタル社会形成整備法案で、ICチップに搭載しているマイナカードの機能のうち電子証明書については、スマートフォンに搭載する電子証明書として「移動端末設備用電子証明書」が創設されていた。マイナカードの所持が前提で、マイナカードの署名用電子証明書を用いてオンラインで発行申請し、署名用・利用者証明用を一人一つずつ発行可能で、個人番号カード用電子証明書と紐付けて管理する。ただ利用できるのはアンドロイドのスマホのみで、日本で利用者の多いiPhoneでいつから利用できるか目途はたっていない。

デジタル改革関連法案について」(2021年3月26日デジタル・ガバメント分科会資料1より)

 今回の法案は、マイナンバーカードのICチップに記録している券面情報(住所・氏名・生年月日・性別・マイナンバー・顔写真)と電子証明書が一体化した「カード代替電磁的記録」を新設し、個人番号利用事務等実施者が行う本人確認の措置で「カード代替電磁的記録」の提供を受けて確認を行えるようにするものだ。個人番号カード保有者は申請によりスマホに搭載するカード代替電磁的記録の発行を受けることができる。それにより、現在は顔写真等を添付して行わなければならない電子申請が、カード代替電磁的記録の送信だけで可能になる。

「マイナンバーカードの普及・利活用拡大」(デジタル庁)より

 便利になるようだが、スマホを紛失したり盗難にあった場合に、本人に成りすまして手続きをされる危険性が増大する。またスマホを機種変更などで廃棄する際に初期化だけでは電子証明書が残ってしまうため、スマホ用電子証明書を登録しているスマートフォンの利用をやめるときは、利用者が電子証明書を失効させることが義務づけられている(デジタル庁サイト参照)。
 このようなリスクだけでなく、電子証明書の利用が広がる中で、電子証明書の発行番号(シリアル番号)を使って個人情報が紐付けされていくリスクに関心が高まっている(朝日新聞2023年5月2日等)。政府は官民のID(個人識別番号)と電子証明書の発行番号との紐付け利用の拡大に力を入れている。マイナ保険証のためのオンライン資格確認等システムや、マイナポイントのためのマイキー・プラットフォームはその一例だ。
 電子証明書の発行番号は本来電子証明書の管理のための番号で、電子証明書が5年毎に更新されると番号が変更されるが、公的個人認証の電子証明書を管理するJ-LIS(地方公共団体情報システム機構)が新旧の発行番号の紐付けサービスをはじめたために、あたかも個人を識別する番号のように利用することが可能になっている。ただこの紐付けについては、2022年に500件以上の重複が発生しマイナポイントが複数回申し込まれるトラブルが発生していた(2023年9月28日のいらないネットの総務省ヒアリング参照
 今年4月から政府がはじめたマイナンバーカードを使った「デジタル認証アプリ」に対しては、誰がどのサービス利用において認証したかの情報がデジタル庁に記録蓄積されることで、プライバシー侵害になるのではないかとの指摘がされている(日経コンピュータ2024年3月7日号)。
 電子証明書の利用拡大のまえに、まず個人情報保護のための法的規制を検討すべきだ。

マイナンバー制度を問う
日弁連の取り組みを紹介

●日弁連、マイナ保険証に意見書を提出
●プライバシー保障に問題があるマイナ保険証
●2月3日埼玉弁護士会学習会

 「マイナンバー制度を再考する」
●2月10日愛知弁護士会シンポジウム
 「問題だらけのマイナ保険証を斬る!」
●「日本のデジタル社会と法規制」出版

●日弁連、マイナ保険証に意見書を提出

 日弁連(日本弁護士連合会)は昨年(2023年)11月14日、「マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行保険証の発行存続を求める意見書」を取りまとめ、関係機関や自治体に提出した(意見書はこちら参照)。
 意見書では、
*マイナ保険証への一本化は、マイナンバーカードの「任意取得の原則」に反する
*マイナ保険証の取得・管理が困難である人を置き去りにしている(申請手続をしないと取得できない、介護施設入居者等にとって対応困難、紛失時の再発行に時間と手間がかかる、保険資格証明手段や本人確認手段を喪失させる、資格確認書のプッシュ型配布など政府の対応策の不合理性)
*マイナ保険証未取得者に医療費負担格差をつける不合理性
*政府のあげるマイナ保険証の利便性の不合理(重複投薬防止等の利点は現実と齟齬、システム化に対応できない医師の廃業等)
*マイナ保険証はプライバシー保障との関係で問題がある
*現場に過度の負担を押し付けているマイナンバーカード
などの問題点を指摘し、

1 政府は、マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行の健康保険証の発行を存続するべきである。

2 政府は、マイナンバーカードの利活用については、カードを取得しない自由を保障するとともに、カードの取得を希望する者に対してプライバシーを最大限保障し、さらに、地方自治体等の意向を踏まえて現場に過度の負担をかけないようにするべきである。

と求めている。

●プライバシー保障に問題があるマイナ保険証

 指摘されている医療や介護現場での問題等は、保団連(全国保険医団体連合会)や各地の保険医協会などの実証的な調査により指摘されている(こちら参照)。
 ここでは市民・患者にとって看過できないプライバシー保障の不備についての日弁連の指摘を紹介したい。

(1) 診療・薬剤情報、特定健診情報等との結合が当然の前提とされている
 マイナ保険証を使ったオンライン資格確認等システムでは、医療機関等は医療保険資格情報だけでなく、他院での薬剤情報や受診歴と手術情報も含む診療情報、特定健診等情報を見ることができる(こちら参照)。なお閲覧可能な情報は、今後の「医療DX」によってさらに拡大が予想される。
 医療機関が閲覧する際には、患者本人の同意が必要とされている。しかしそもそもマイナ保険証と診療・投薬情報、特定健診情報等との結合が当然の前提とされ、本人がこれに同意しない手続がなく、患者の自己情報コントロール権が保障されていない。医療機関も、センシティブ情報である診療情報等の結合自体を拒むことができない。
 診療・薬剤情報、特定健診情報等との包括的連携を拒む手続が保障されていない現在のマイナ保険証のシステムは、プライバシー保障に欠ける。

  厚労省資料(令和4年1月)より

(2) オンライン資格確認時に説明なしの同意を求めるシステム
 医療機関等がマイナ保険証で診療情報等を閲覧する際には、本人の同意が必要とされている。しかしその同意は、医師からその情報を閲覧する必要性等について何も説明を受けないうちに、受付窓口でカードリーダーを操作する際に求められる。患者は自らの治療のために医師との信頼関係の中で自らの状態を情報提供しているが、このような形式的同意ではこの信頼関係も損なう。
 さらに同意は、薬剤情報、特定健診等情報、診療情報の3区分で行われ、それぞれについて一括して過去数年分の情報が提供される。例えば腕の怪我の治療に際して、その治療とは関係のない1年前に性病にかかって服用した薬についての情報まで一括して提供するよう求められるのであり、患者は提供範囲の選択ができないシステムとなっている。
 このことについては法改正の国会審議でも、障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会の家平参考人からは「特に難病や内部疾患、精神障害者などからは、見られたくない個人情報が医療を受けるときにいつも見られてしまうことへの懸念や不安の声が多く寄せられています」と指摘されている(2023年5月17日参議院地デジ委)。
 医療DXによる医療情報の共有についての質問にも、家平参考人は「よく懸念されているのが、やっぱり障害とか疾患による差別というか、今まで長年そういう状況が続いてきているというのは、障害者にはたくさんあると思うんですね。そういう中では、例えば精神疾患だとかいう場合に、例えば歯医者に行くというときに、そういう関係のない情報まで、医療情報まで見られるということについての懸念だとか、そういうことが、知られたくない情報まで知られるんじゃないかと。しかも、そこの受付の人も含めてそういう情報が閲覧するというようなことになりかねないんじゃないかというのはいろいろありますし、それは障害者側にもストレスと、精神的苦痛にもなりかねないし、やる側、医療の側にもそういうことはあるんじゃないかなというふうに思う」と答えられている
 自己の医療情報にかかる「コントロール権」をないがしろにするシステムであるといわなければならない。

(3) マイナンバーカードの多目的利用とプライバシー保障
 国は利便性を重視して、マイナポータルで閲覧できる情報をどんどん増加させている。しかし、閲覧できる情報が多くなるということは、マイナンバーカードとパスワードが第三者の手に渡れば、なりすましによりマイナポータルにアクセスされ、極めて広範なプライバシーに関する情報を不正閲覧されてしまうなど様々な危険に直面させられる可能性が生じる。

●2/3市民学習会「マイナンバー制度を再考する」

 マイナンバー制度そのものが持つ問題点、さらにはマイナンバーカードの利用場面の拡大によって生じる私たち一人ひとりの権利侵害の可能性について、多彩な講師をお招きして、様々な角度からみなさまと学んでいきたい。

日時 2024年2月3日(土)午後6時00分~(開場17時45分)
場所 さいたま共済会館 601・602号室
   (埼玉県さいたま市浦和区岸町7丁目5-14)
費用 無料
定員 200名(先着順)
講師 稲葉一将 名古屋大学教授 
   實原隆志 南山大学教授  
   長久保宏美 東京新聞デジタル編集部編集委員
共催 埼玉県保険医協会・埼玉弁護士会・日本弁護士連合会
チラシ こちら 
※当日はYou Tubeによる配信を予定 URL: https://saitama-hokeni.com/
埼玉弁護士会   https://www.saiben.or.jp/event/001311.html
埼玉県保険医協会 https://hodanren.doc-net.or.jp/info/news/2024-01-21/

●2/10シンポ「問題だらけのマイナ保険証を斬る!」

第1部 基調講演「マイナ保険証の先に何があるか?」
講師:斎藤貴男氏(ジャーナリスト)
第2部 パネルディスカッション
 パネリスト 斎藤貴男氏
       杉藤庄平氏(愛知県保険医協会理事・歯科医師)
       加藤光宏(愛知県弁護士会情報問題対策委員会委員長)
 コーディネータ 新海 聡(愛知県弁護士会情報問題対策委員会委員)
日時 2024年2月10日(土) 13:30~16:00
開催方法 Zoomウェビナーによるオンライン開催
申込方法 以下のURLまたはチラシのQRコードから申込フォームにアクセスし、必要事項をご記入の上、お申し込みください。
 ■ウェビナー事前登録URL
 https://us06web.zoom.us/webinar/register/WN_MecyhbLOTqyN-PYY9Momig
参加費 無料
  どなたでもご参加いただけます。
主 催:愛知県弁護士会
協 力:愛知県保険医協会
お問合せ 愛知県弁護士会
  名古屋市中区三の丸1-4-2
  ☎052-203-4410(平日9:00~17:00)
 https://www.aiben.jp/about/katsudou/jyouhou/news/2024/01/210.html

●「日本のデジタル社会と法規制」出版

 日弁連は2022年9月29日、第64回人権擁護大会シンポジウムの第2分科会「デジタル社会の光と陰~便利さに隠されたプライバシー・民主主義の危機~」を開催した
 このシンポジウムの内容を紹介した「日本のデジタル社会と法規制-プライバシーと民主主義を守るために」が2023年10月出版された(花伝社、2750円税込)。
 日弁連は2010年、「デジタル社会における便利さとプライバシー~税・社会保障共通番号制、ライフログ、電子マネー~」をテーマに、第53回人権擁護大会第2分科会を開催している。2010年は「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」が設置され、マイナンバー制度構築が開始された年だ。「日本のデジタル社会と法規制」の第3章では、その後のマイナンバー制度の利用拡大や日本のデジタル化の経過を概観しながら、デジタル庁の「包括的データ戦略」がめざす「行政自身が国全体の最大のプラットフォームとなる」デジタル化政策の問題点やプライバシー保護の欠如がコンパクトにまとめられている。

 昨年2023年、マイナンバー制度は大きな転換期を迎えた。マイナンバーの利用範囲を社会保障・税・災害対策の3分野以外に拡大するとともに法改正によらずに利用や提供を拡大可能にする番号法の改正、2019年から推進してきた全国民に2023年3月までにマイナンバーカードを所持させる政策の失敗、マイナ保険証等のひも付け誤りなど制度の欠陥の露呈、健康保険証廃止に対する反対とマイナ保険証に対する市民の忌避の広がり、その一方でマイナンバーカードの次期個人番号カードへの転換の検討開始、など(こちら参照)。
 デジタル化政策の中で、マイナンバー制度は発足当初とは異なる展開をはじめている。本書はこの変貌しつつあるマイナンバー制度に、市民がどのように対していくかを検討する素材として最適だ。第2分科会の基調報告書(423頁、PDF10.5MB、こちらからダウンロード)の第3編では、本書第3章についての詳しい説明がされており、さらに理解を深めることができる。

第1章 二〇一〇年以後のデジタル社会の進展
第2章 顔認証システム、AIによる情報処理、フェイクニュース
パネルディスカッション①デジタルプラットフォーマーに対し、世界はどのように取り組んでいるか
第3章 政府が目指しているデジタル社会とは?
コラム①地方自治体における個人情報保護をめぐる問題点
パネルディスカッション②我が国のデジタル化はどうあるべきか
第4章 プライバシー権保障のための仕組み
コラム②主権者の幸福に資するデジタル社会とは?

 なお2010年の第53回人権擁護大会第2分科会の基調報告書も、こちらからダウンロードできる。またその報告も「『デジタル社会のプライバシー-共通番号制・ライフログ・電子マネ-』」(航思社2012年2月、本体3,400 円+税)が出版されている。

マイナンバー制度の監視を
個人情報保護委はできるのか

 個人情報保護委員会は9月20日の第254回委員会で、コンビニ交付サービスの誤交付と公金受取口座の誤登録について審議し、指導文書を公開した。

「コンビニ交付サービスにおける住民票等誤交付事案に対する個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」

「公金受取口座誤登録事案に対する特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律及び個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」

 今回は指導文書だけでなく、調査内容も公表していることは評価したい。指導を受けて、デジタル庁の対応に改めて批判が高まっている。しかしそれとともに、個人情報保護委員会の対応も検証が必要だ。
 公表された文書の内容は、そもそもマイナンバー制度による基本的人権の侵害の危険性に対する個人情報保護措置として設置された個人情報保護委員会が、その役割を果たしているのか疑問を感じざるをえない。

●トラブルはマイナンバー制度の失敗を示す

 マイナンバー制度は、個人を識別特定し(個人番号の付番)、分野を超えて生涯にわたり個人情報を正確・効率的にひも付ける社会基盤として作られた。そのために情報提供ネットワークシステムなど情報連携の仕組みをつくり、その際に成りすましを防止する本人確認手段としてマイナンバーカード(個人番号カード)を新設した(下図参照)。
 一連のトラブルはさまざまな原因があるが、総体としてマイナンバー制度の目的である個人を特定して個人情報を分野を超えて正確にひも付けることの失敗を示している。「制度の開始当初はトラブルが付きもの」という話もされているが、スタートして7年以上たっているのだ。制度の仕組みそのものの検証が必要だ。

マイナンバー概要資料平成28年8月版(内閣官房・内閣府)より
マイナンバー概要資料平成28年8月版(内閣官房・内閣府)より

●マイナンバー制度の監視機関としての委員会

 個人情報保護委員会は、2015年10月の番号法施行を前に2014年1月に「特定個人情報保護委員会」としてスタートした。その名のように、特定個人情報(=個人番号を含む個人情報)の漏えい、悪用、成りすまし、国家による一元管理、プライバシー侵害などの危険性のあるマイナンバー制度に対して、個人情報保護のための制度上の保護措置として設置された(下図参照)。
 特定個人情報を取り扱う行政機関・事業者に対する監視・監督(報告の求め・立入検査、指導・助言、勧告・命令)を行うとともに、利用される情報システムの安全性・信頼性を確保するために総理大臣その他の関係行政機関の長に対し必要な措置の実施を求める権限を持ち、総理大臣に対し特定個人情報の保護に関する施策の改善について意見具申ができる。
 それとともに、もう一つの個人情報保護措置の柱である「特定個人情報保護評価」の指針を作成し、「評価書」を審査し承認する役割も持っている。
 その後2015年の法改正により、2016年1月に個人情報保護法をも所管する機関として個人情報保護委員会に改組されたが、マイナンバー制度に対する監視・監督は引き続き個人情報保護委員会の役割とされている(現番号法第27~38条)。この役割を果たせているのか、問われている。

マイナンバー社会保障・税番号制度概要資料(平成26年2月内閣官房社会保障改革担当室・内閣府大臣官房 番号制度担当室)14頁

●委員会はトラブルをどう捉えているか

 一連のマイナンバーをめぐるトラブルについて、個人情報保護委員会は5月31日の第244回委員会で、対応方針として「マイナンバー及びマイナンバーカードを活用したサービスを利用する国民が不安を抱くきっかけになり得るといった影響範囲の大きさに鑑み、・・・詳細な事実関係を把握するとともに、今後、確認された問題点に応じて、指導等の権限行使の要否を検討する」と決定した。
 7月19日の第249回委員会で、コンビニでの住民票等誤交付、マイナンバーの紐付け誤り、公金受取口座等の誤登録についての対応状況を公表するとともに、公金受取口座登録における別人の口座情報等の紐付け事案についてデジタル庁への立入検査を決め実施した。
 言葉尻をとらえるようだが、「国民が不安を抱くきっかけになり得る」から対応するという姿勢で、マイナンバー制度にとって深刻な問題であるという認識が薄い印象を受ける。マイナンバー制度を推進するために不安の広がりを鎮静化しようというのでは、監視機関の役割は果たせない

 7月19日に公表した対応状況の整理では、問題の所在を個人情報の漏えいとしてのみ取り上げ、誤った情報のひも付けにより治療・投薬・処遇が行われる危険や財産的被害の発生という、情報連携を目的としたマイナンバー制度の問題として捉える視点が希薄だ。
 今回の指導もコンビニ誤交付と公金受取口座誤登録に対するもので、もっとも市民の関心が高いマイナ保険証などの紐付け誤りについては「権限行使の要否等の対応方針を検討」として行っていない。
 また「最高位の身分証明書」「デジタル社会のパスポート」と政府が重視するマイナンバーカードについて、総務省が6月20日にマイナンバーカードの交付誤りが2件あることを報告し、6月には連日のようにマイナンバーカードの顔写真を別人と取り違え交付した報道が各地であるなど、マイナンバーカードによる本人確認の危うさが露呈しているにもかかわらず、なぜか対応方針で取り上げられていない。

マイナンバーカードの顔写真の取り違え交付の報道例
▽6/2夕刊三重 三重県松阪市
▽6/6岐阜新聞 岐阜県各務原市
▽6/9京都新聞 京都市    
▽6/10静岡第一テレビ 浜松市
▽6/14HTB北海道ニュース 旭川市
▽6/15YBS山梨放送 富士吉田市
▽6/16神戸新聞 神戸市   
▽6/21khb東日本放送 宮城県大崎市
▽6/21北陸放送 福井市   
▽6/21神戸新聞 兵庫県加西市
 ▽6/21朝日 大分県佐伯市   
▽6/22NHK 埼玉県加須市
▽6/22TBS 奈良県桜井市  
▽6/22読売 大分県臼杵市

公金口座誤登録の責任はデジタルと認定

 今回の委員会の対応で注目されるのは、公金受取口座の誤登録の責任はデジタル庁にあることを明確にした点だ。政府は市区町村がマイナポイント申請支援窓口を正しい手順で行わなかったことが原因と責任転嫁してきたが、個人情報保護委員会はデジタル庁の責任と判断した。

⑵ デジタル庁は、公金受取口座情報の取扱いに関し、番号法上の個人番号利用事務実施者の義務を負うとともに、マイナンバーを含まない保有個人情報の取扱いについては個人情報保護法上の行政機関等の義務を負う。
 具体的には、デジタル庁において、口座情報登録・連携システムを開発し運用する上で誤登録を防ぐためのマイナンバー取得時の本人確認の措置や、漏えい防止等の安全管理措置等を講ずる義務を負う。

⑶ なお、マイナポータル経由での公金受取口座登録の事務において、デジタル庁は、その提供する口座情報登録・連携システムを本人に直接利用させていた(市区町村に設置された支援窓口においても、支援員は本人の登録補助を行う旨定められていた。)。すなわち、誤登録の直接原因となった端末操作の実施場所が市区町村であったとしても、公金受取口座情報が漏えいした場合は、デジタル庁の保有個人情報の漏えい(個人情報保護法第68 条第1項)に該当する。
(「デジタル庁に対する特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律及び個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」7頁)

 河野デジタル大臣は公金受取口座の誤登録に対して、8月15日記者会見で閣僚給与を3カ月分自主返納すると発表したが、それは庁内の情報共有体制が不十分で報告されるまで時間がかかって初動が遅れたという理由だ。改めて情報漏えいの責任者として処分されるべきだ。

●「対策は十分」とした特定個人情報保護評価

 個人情報保護委員会は上記「対応について」の13~15頁で、支援窓口での共用端末の使用というリスク変動に伴う特定個人情報保護評価の見直しをデジタル庁が行っていなかったことを問題と指摘しているが、委員会の対応に関わる重要な経過が欠落している。
 デジタル庁は、マイナンバーで公金受取口座を管理するために必要な特定個人情報保護評価書を、2021(令和3)年10月に個人情報保護委員会に提出し、委員会は10月20日にそれを審査し承認していた。
 この「評価書」では、入力の際の本人確認措置として、マイナポータルにおいてマイナンバーカードおよびパスワード入力により本人確認を行う旨記載して、リスク対策は十分であるとしていた。それに対して委員会は、記載されたリスク対策の不断の見直し・検討が重要と指摘して承認した。

 2022(令和4)年6月30日からマイナポイント第二弾がはじまり、それに伴い公金受取口座登録がはじまった。市区町村では自分で申請が困難な住民に対して、役所の窓口に共用端末を置いて申請支援を行った。誤入力はこの申請支援窓口で、入力途中でログアウトせずに中断した状態で、次の人が口座情報を入力したために別人に口座がひも付き発生したとされている。
 委員会は、デジタル庁が当初想定していなかった市区町村の支援窓口で共用端末を用いて多数の者が手続を連続して行うことにより、「共用端末におけるログアウトが徹底されていないという実務上の実態から生じる誤登録のリスクと、これが頻発することにより大規模な漏えい事態を発生させるリスクを、正しく認識した上でその対策等の見直し・検討を行うべきであった」(15頁)が、これを実施せず委員会が求めた不断の「評価書」の見直し・検討を行わなかったことを指導事項としている

●「保護評価書」を審査できない委員会

 しかし委員会は書いていないが、デジタル庁は2022(令和4)年10月に「評価書」の変更を委員会に提出している。そこでは委員会が引用している2021(令和3)年「評価書」の「開示システムにおいて、マイナンバーカードおよびパスワード入力により、当該預貯金者の本人確認を行う」の記載を、「マイナポータル(利用者証明用電子証明書及び券面事項入力補助AP)でマイナンバーカード及びPIN入力により、当該預貯金者の本人確認を行う」などの変更をしている。これら変更に対して委員会は「リスク及びリスク対策が具体的に記載されており、特段の問題は認められない」として承認しているのだ(10月26日第221回委員会)。
 すでに2022年7月から誤登録の発生が続いていることを把握しているにも関わらず、2022年10月にリスク対策は十分であると記載して提出しているデジタル庁はひどいが、それをチェックできない個人情報保護委員会の審査も問題だ。
 「特定個人情報ファイルの適正な取扱いを確保することにより特定個人情報の漏えいその他の事態の発生を未然に防ぎ、個人のプライバシー等の権利利益を保護することを基本理念とする」(「特定個人情報保護評価指針」1頁)特定個人情報保護評価制度の機能不全が露呈している。

●個人情報の漏えいとの意識が欠如

 委員会は市区町村の支援窓口で公金受取口座の誤登録が発生した仕組みと経過について詳しく報告しているが、そもそもなぜ940件もの誤登録が1年近く発生し続けたのか、その原因に迫っていない。
 委員会は誤登録の経過として2022年7月に豊島区、8月に盛岡市、その後4市区町村で発生していたが、報告を受けたデジタル庁職員が管理職に報告せず、2023年4月に誤登録が発生した福島市から住民に注意喚起するため周知したいと依頼され、職員がはじめて管理職やデジタル庁統括官に連絡したが、デジタル大臣には5月に福島市が対外的に公表するとの情報を得てはじめて連絡したと整理している。

 委員会が指摘しているのは「(誤登録事案が)職員及び担当管理職に、デジタル庁の保有する特定個人情報及び保有個人情報の漏えいであるとの意識が欠如していた」(11頁)ために報告が遅れたということだ。
 デジタル庁は、マイナンバー制度の推進と日本のデジタルシステム再構築の司令塔として、他の行政機関に監督権を行使する別格の省庁だ。そこがマイナンバー情報や個人情報を保護する意識が欠如していたのなら、報告体制の改善の指導で済ませていいのか。日本のデジタル化全体に関わる問題であり、委員会はなぜ是正の勧告やこのような実態の改善を総理大臣に意見具申しないのか。

●マイナカード普及優先が原因ではないか

 委員会の報告には書かれていないが、国会審議でデジタル庁は発生原因として、当初は手続の最後にマイナンバーカードをかざして終了する仕組みにしていたが、マイナポイント第一弾でマイナンバーカードをかざす回数が多過ぎるという批判を受けて、最後にかざすことをやめる改修をしたことで別人の登録が発生してしまい、2023年4月に再び最後にかざす仕組みに改修した、と説明している。
 委員会の報告も触れているように、2022年6月30日のマイナポイント第二弾開始により、公金受取口座の登録数は2022年6月までの月間30~90万件から7月は670万件に急増した。市区町村窓口は押し寄せる住民への対応におわれ、共用端末のログアウト処理の漏れが発生した。
 奇しくも2023年2月末にマイナポイントのためのマイナンバーカードの申請が終了した後、仕組みを改修し、誤登録が発生していることを公表した。2023年3月末までに全住民にマイナンバーカードを所持させるという無理な普及策を実施するため、安全性よりも処理の効率化を優先したことが誤登録の発生につながったのではないか。2023年3月までは普及の支障になる公表や改修を避けようとする意識が現場にあったのではないか。

●普及のために家族口座登録を黙認?

 家族口座等への登録の問題について、委員会は不適切だが個人情報の漏えいには該当しないと軽く扱っているが、意図的な別人へのひも付けが可能ということは、まさに個人を識別して正確に個人情報をひも付けるというマイナンバー制度の前提が崩れている事態だ。
 7月14日には所沢市が別人口座へのひも付け誤りによって高額介護合算療養費57,516円が誤って別人の公金受取口座に振り込まれたことを公表しているように、この公金受取口座登録は財産的被害につながる重大な問題だが、なぜか所沢市の事例は委員会の報告には触れられていない。

 公金受取口座に家族口座等が約14万件も登録された問題も、法律で一人一口座と定められているにも関わらず、マイナポイントとマイナカードの普及のためにデジタル庁は黙認していたのではないかという疑いを持つ。メディアでは「マイナポイント、一家4人で8万円」のような報道がされていて、家族口座を登録する事態は当然予見できたはずだ。
 委員会の報告は「口座登録法において・・・本人が公金受取口座に家族口座等を登録する行為は想定されていなかった」(8頁)と書きながら、「デジタル庁は、家族口座等の問題を中長期的に解消すべき課題として認識していたところ、本件の発覚を受け、・・・具体的な再発防止策を実施していくことを予定している」(8頁)という矛盾した記載をしている。「中長期的」とはマイナポイントが終了した後に、というつもりだったということだろう。

 家族口座登録の発生も、2023年2月末締め切りのマイナポイントを利用したマイナンバーカードの申請を、最優先に普及をはかってきた結果ではないか。
 申請は任意のマイナンバーカードを令和4年度中に全住民に所持させるという、法を逸脱した政府方針こそトラブルの原因であり、それに触れない個人情報保護委員会ではマイナンバー制度の監視の役割は果たせない。

マイナ保険証やめろ!
マイナカード強制するな!
7.15新宿デモ

2023.7.15新宿デモ

●際限のない利用拡大に道を開く番号法改悪

 6月2日、改悪番号法が参議院本会議で成立した。マイナンバーの利用事務を社会保障・税・災害対策の3分野以外に拡大するとともに、法律に規定がなくても「準じている」と行政が判断すれば利用を可能にし、法律の規定なしに情報連携を可能にする改正だ。
 3月9日の最高裁判決は、番号法が利用範囲を3分野に限定し、利用・提供を法令で限定していることを合憲理由の一つとしていたが、これにも抵触する。利用や提供の手始めに、国家資格の管理システムや在留外国人の適正管理のためにマイナンバーを利用拡大する(法改正内容についてはこちら、反対の取組はこちら、審議経過はこちら)。

 国会審議では、健康保険証廃止に向けて資格確認書を新設する法改正に対して、申請主義のマイナ保険証や資格確認書では高齢者や障がい者が保険診療を受けられなくなることや、施設入所者ではマイナンバーカードの管理が困難であることが、5月17日の参議院参考人質疑で明らかにされた。また医療現場ではマイナ保険証では保険資格が正しく表示されなかったり顔認証を誤る事例が多発し、その結果マイナ保険証で受診すると窓口でいったん10割支払う事態が起きていることが、保団連の調査で明らかになった。

 共通番号いらないネットは、4月25日5月8日5月19日5月31日と国会前行動や議員への要請行動などを取り組み、5月25日に声明「マイナンバーカードのトラブルは政府の責任 健康保険証は廃止するな! 番号法「改正」案は撤回を!」を発表した。保団連(全国保険医団体連合会)やマイナンバー制度反対連絡会などによる国会行動も連日のように取り組まれた。
 その結果、当初5月19日に予定されていた参議院の委員会採決は延期され、5月31日の委員会でも委員長から一時採決延期の考えが示されるほど反対世論が高まったが、残念ながら採決を阻止することはできなかった。参議院では20項目の附帯決議が付いている。

トラブル続出はマイナンバー制度の破綻を示す

 この国会審議の最中、マイナンバー制度のトラブルが次々と明らかになった。証明書コンビニ交付での誤交付、マイナポイントの別人口座への誤ひも付けや家族口座へのひも付け、マイナンバーカードへの別人の顔写真記載や別人への発行、公金受取口座の誤登録、マイナ保険証の誤ひも付けと別人の医療情報の閲覧、地方職員共済年金や障害手帳のデータの誤ひも付け。それらが終息に向かうというより、さらに新たなトラブルが発覚するという状態だ。
 当初、マイナンバーシステムの問題ではないと軽視してきた政府も、デジタル大臣、総務大臣、厚労大臣がそろって謝罪会見するハメになったが、しかしそれでも政府の責任は認めず、業者のミス、自治体や保険者の事務処理の誤り、意図的に家族口座にひも付けた市民のせいと、責任転嫁を続けている。

 それらの原因はさまざまだが、一連のトラブルで指摘できるのは、
 一つは、2023年3月までにほぼ全ての住民にマイナンバーカードを所持させるという2019年6月に策定した方針を、市民のニードと無縁にごり押しした無理の顕在化。
 第二に、マイナポイントの誤ひも付けは昨年(2022年)8月に総務省が確認し、公金受取口座の誤ひもつけは今年2月に国税庁から連絡され、マイナ保険証では2021年3月の開始予定が誤ひも付けが約35000件把握されて10月に実施延期された後も、誤ひも付けが発生していることが2021年11月には把握されていながら、それら事実を市民に公表しないまま、マイナンバーカードの普及やマイナポイントの申請やオンライン資格確認の義務化を推進し、トラブルを拡大してきたこと。
 第三にデジタル庁が庁内の連絡体制の不備によりこれらの事実を把握できなかったと説明しているように、2021年9月に発足した官民一体のデジタル庁が予想されたとおり統制がとれず、このような組織がマイナンバー制度の推進をはじめ私たちの個人情報の共有政策を推進するという危険な暴走状態にあること。
 そしてこれらのトラブルが5月以降一斉に顕在化したのは、2023年3月までのマイナンバーカード普及や国会での番号法改正案成立を最優先して、その支障になる不都合な事実は隠蔽しようとしてきたのではないかという疑惑などだ。

 これらでも、政府の責任は明らかだ。しかしさらに重要なのは、この一連のトラブルが示しているのは「個人を一意に識別して、個人情報を分野を超えて生涯ひも付ける」ことを目的とした社会基盤として2015年につくられたマイナンバー制度が、数兆円の税金を投じて7年以上運用されてきたにもかかわらず、その目的達成に失敗しているということだ。

●マイナカード押しつけを強化する「対応策」

 しかし政府はそのようなマイナンバー制度を推進してきた自らの責任を認めるどころか、このトラブルを利用してマイナンバーによる市民の管理をさらに強化しようとしている。
 6月21日に発足したマイナンバー情報総点検本部は、再発防止策の方向性として「各種申請時のマイナンバー記載義務化」をあげている。点検し検証する前に、今後の方向性は決めており、「総点検」はそのための口実づくりだ。
 早くも厚労省は6月1日から、資格取得届等にマイナンバーの記載を求める省令改正を施行している。いちおうマイナンバーの記載がない場合は、5情報(漢字氏名、カナ氏名、生年月日、性別、住所)によって地方公共団体情報システム機構(J-LIS)にマイナンバーを照会する扱いを保険者に示しているが、5情報が一致しない場合は本人に確認することとしている。

 注意すべきは、本人からマイナンバーの提供を受ける際には、かならず本人確認(身元確認と番号確認)を行うことが、番号法16条で義務づけられていることだ。

 本人確認はマイナンバーカードの提示のほか、運転免許証やパスポートと番号通知カードの組み合わせなどが認められてきたが、番号通知カードの新規・更新発行は2020年5月で終了し、住所氏名等に変更があれば番号確認書類として使えなくなっている。したがってマイナンバーの提供が「義務化」されれば、事実上、マイナンバーカードを提示するか、マイナンバーが記載された住民票写し・住民票記載事項証明書を提出せざるをえなくなっている(提供先によって若干の例外あり)。

 私たちは基本的人権を侵害する個人情報の利活用制度であるマイナンバー制度に反対し、「書かない番号!持たない(マイナンバー)カード!」と訴えてきた。それに対し各行政機関は、マイナンバーの提供を求めるが本人が拒んだ場合はそのまま申請を受理し、不利益なく手続きを行うことを認めてきた(厚労省国税庁金融庁)。
 政府のなすべきことは、なぜマイナンバー制度が目的達成に失敗したかを検証することであり、マイナンバー制度の失敗を糊塗するためにマイナンバーの提供とマイナンバーカードの取得を強要することは許されない。

マイナンバー制度改悪法案
早くも衆院通過-参議院へ

●拙速にすすんだ衆議院の委員会審議
●法案賛成だけの偏った参考人質疑
●「デジタルファシズムを思わせる」と立憲反対
●早くも参議院で審議入り
●疑問に答えず「メリット」を繰り返す答弁
●「より良い医療」を押しつけられるか
●行政判断で歯止めなき利用拡大へ
●政府のごまかし答弁
●いずれマイナポータルから招集令状?!

 3月7日に国会提出された番号法「改正」法案は、マイナンバー制度を大きく変える利用範囲や利用・提供の拡大、私たちの生活に直結する健康保険証廃止や戸籍氏名のフリガナ記載、預貯金把握に懸念が多い公金受取口座登録に通知に返答なければ登録する「行政機関等経由登録」の新設など、重要な変更がされようとしている。
 共通番号いらないネットは国会に対し徹底した問題点の解明と拙速に採決しないことを求めてきたが、急ピッチで衆議院を通過した。参議院では議論不十分なまま安易な採決が行われないよう、共謀罪・秘密保護法に反対する市民団体とともに、国会前行動を行う。

− マイナンバーカード強制反対! −
共謀罪廃止! 秘密保護法廃止! 監視社会反対!「12.6 / 4.6 を忘れない6日行動」
日時:2023年5月8日(月)12時〜12時45分
会場:衆議院第二議員会館前
詳しくは共通番号いらないネットのサイト

●拙速にすすんだ衆議院の委員会審議

 衆議院では4月14日の本会議で審議入りし、地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会で18日19日20日と急ピッチで審議が進み、共通番号いらないネットや中央社会保障推進協議会・全国保険医団体連合会マイナンバー制度反対連絡会などが国会前で反対行動を繰り広げる中、25日の委員会で採決された。
 この法案は約20の法改正の「束ね法案」で、その中には法務委員会で審議すべき戸籍の記載事項に氏名のフリガナを追加する戸籍法改正や、健康保険証廃止の条件整備として「資格確認書」を新設する医療保険各法改正のように厚生労働委員会と連合して審査すべき事項なども含まれていたが、特別委員会での13時間程度の審議により採決された。

●法案賛成だけの偏った参考人質疑

 20日に行われた参考人質疑では、日本医師会の長島公之常任理事、日本労働組合総連合会の冨田珠代総合政策推進局長、東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹、株式会社New Storiesの太田直樹代表取締役の4名が意見を述べた。
 森信、太田の両名はデジタル庁で法改正を検討してきたマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループの構成員であり、日本医師会の長島参考人はマイナ保険証を基礎とした医療DXはぜひとも進めるべきという立場から、連合の富田参考人は納税者番号とマイナンバー制度を推進してきた立場からの意見だった。
 賛否のバランスをとることが多い参考人招致で、全員が法案推進の立場から意見を述べるという偏った質疑になり、マイナンバー制度や法案に対する市民の疑問や懸念は省みられなかった。

●「デジタルファシズムを思わせる」と立憲反対

 4月25日の委員会採決では、立憲民主党と共産党が反対討論を、維新の会が賛成討論を行った。自民・立憲・公明・国民の4会派提案の12項目の附帯決議が付いている。
 立憲の福田委員はデジタルファシズムを思わせるような改正案だとして、マイナ保険証の見切り発車は強引で国民皆保険を損なう、利用拡大は説明不足、公金受取口座登録の「行政機関等経由登録」はあまりに強引だなどを指摘し、健康保険証の存続と監視や統制の手段ではなく国民の利便性の向上に資するデジタル化を求めた。
 共産の塩川委員は、保険証を廃止して申請交付にするのは国・保険者の責任放棄でありマイナ保険証の押し付け・保険証の廃止は撤回すべき、利用範囲拡大と利用・提供の法定の緩和はプライバシー侵害の危険性をいっそう高める、「行政機関等経由登録」は国民不信を招く、戸籍氏名のフリガナを審査するのは命名権の侵害などを指摘し、マイナンバー制度は廃止すべきとした。
 これに対し維新の住吉委員はマイナンバーをより幅広くフル活用すべきとして、改正法案の方向をより一層のスピード感を持って取り組むように強く要望するとともに、附帯決議に対してマイナンバーの利用促進を妨げる条項もあるとして反対した。

●早くも参議院で審議入り

 改正法案は27日午後の衆議院本会議で、自民、維新、公明、国民、有志の会の賛成、立憲、共産、れいわの反対で可決され、早くも翌28日午前の参議院本会議で趣旨説明と質疑が行われた。参議院本会議では、岸真紀子(立憲)、猪瀬直樹(維新)、伊藤孝恵(国民)、伊藤岳(共産)の各議員が質問を行った。

 立憲からは、束ね法案の問題、マイナ保険証でなぜ健康保険証を存続できないのか、申請方式のマイナ保険証や資格確認書では国民皆保険に漏れが生じる、公金受取口座登録は明示的な同意にかぎるべきで便乗した特殊詐欺も懸念、戸籍へのフリガナ追加で市町村窓口でトラブルのおそれ、などの問題を指摘した。
 その一方で、国民のための行政と社会のデジタル化につながるマイナンバーの利用拡大は推進する立場で、民主党政権でマイナンバー制度がスタートした当初の給付付き税額控除のための正確な所得資産把握という目的が見失われていることを批判した。

 維新からは、マイナンバーとマイナンバーカードの利用拡大を求め、収入資産把握という制度の根幹を進展させずに枝葉の成果をアピールしていると政府を批判した。マイナ保険証も電子カルテとの連動など利用拡大を主張し、マイナカード取得・マイナ保険証・預貯金口座とマイナンバーのひも付けなどの義務化を求めた。

 国民民主は、デジタル化の前提としての人権保障の必要や、マイナカード・マイナポイントの費用対効果や随意契約の問題点、公金受取口座のみなし同意は疑問、利用拡大に対する国会等の関与などを指摘し、情報の自己決定権を憲法で保障することを提案した。

 共産は、利用拡大でプライバシー侵害の危険性が広がるとの日弁連会長声明や、マイナ保険証は地域医療を損ない国・保険者の責務を放棄、公金受取口座登録は明示的な同意によるべき、戸籍フリガナを本籍地市町村長が記載するのは命名権の侵害などを指摘し、個人情報保護の対策は後回しにしたまま保険証を人質にとってマイナンバーカードの取得を強制することはやめよ、と迫った。

●疑問に答えず「メリット」を繰り返す答弁

 国会審議における政府の答弁は、指摘された問題点に応えずに、政府の考えるメリットを何回も繰り返すというものだった。
 例えばマイナ保険証では、政府はマイナンバーカードの申請・管理が困難な高齢者等への対応として、マイナカードの申請・代理交付等について入所施設の職員や支援団体等が協力したり、入所者のマイナカードを施設長が管理することを求めているが、保団連の「健康保険証廃止に伴う高齢者施設等への影響調査」では94%の施設が対応できないと答えている。政府の「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会」の関係団体ヒアリングでも、異口同音にマイナンバーカードや暗証番号の管理の困難や申請の意思確認や顔写真撮影などの難しさが指摘されていた。
 健康保険証なら申請なしに送られてきて施設で預かり管理できても、「実印レベル」であるマイナンバーカードを申請し管理することは過大な負担になる。健康保険証なら問題ないので存続させるべきではないかと問われても、政府は「マイナ保険証で医療データが共有されて患者にとってより良い医療が受けられるので、保険証は廃止する」との答弁を繰り返すばかりだった。

 公金受取口座登録についても、行政が把握する口座を本人に通知して不同意の返信がなければ登録するという「行政機関等経由登録」を新設し、本人が希望していないにもかかわらず登録するのは強引すぎると批判されても、登録により国民が不利益をこうむるものではないので登録すると答弁した。
 不利益を被るのではないかと不安を抱いている市民が少なくないことは、マイナポイントで釣っても4割の人が公金受取口座の登録をしていない(デジタル庁ダッシュボード2023.4.23)ことでも示されているが、政府は無視している。

●「より良い医療」を押しつけられるか

 マイナ保険証やオンライン資格確認のデメリットが明らかになってくるにつれて、政府はもっぱら「医療データが共有されて患者にとってより良い医療が受けられる」ということを強調している。しかし何が「より良い医療」かを判断するのは患者であり、政府に押しつけられることではない。
 そもそも市民はメリットを感じていない。マイナポイントで釣っても、マイナカード所持者の1/3は保険証利用登録をしていない(デジタル庁ダッシュボード2023.4.23)。しかも保険証登録した理由の約9割は「マイナポイントがもらえるから」だ(業種別政府ネット調査)。

 マイナ保険証での医療データの閲覧状況を見ても、2023年3月の厚労省データでマイナ保険証による資格確認利用件数2,670,743件のうち、特定健診情報を閲覧したのは519,600件(19%)、他医療機関の診察情報を閲覧したのは590,600件(22%)だ。薬剤情報の閲覧でも1,240,319件(46%)に留まっている。
 そもそもオンライン資格確認の利用件数118,042,845件のうち、多くは医療データの閲覧ができない健康保険証利用による確認で、マイナ保険証利用は2,670,743件(2.3%)だ。ほとんどの受診者は閲覧していない医療データの閲覧を理由に、「より良い医療」を受けられるからと窓口で加算(下図:中医協資料より作成)を請求されている。ぼったくりだ。

 当ブログ「「より良い医療」を理由にマイナ保険証を強要できるか」で述べているように、オンライン資格確認によって患者には望まない医療情報(厚労省も精神科や婦人科を例示)が医療機関に伝わる不安や、DV等被害につながるおそれなどのデメリットもある。医療者の職業倫理(守秘義務)からも問題だ。
 登録される医療情報や医療機関が閲覧できる情報の選択権など、自己情報コントロール権を保障する法制度が前提でなければならない。

●行政判断で歯止めなき利用拡大へ

 今回の改正法案は、当ブロク「個人情報保護措置を崩すマイナンバー法改正案」のように、社会保障・税・災害対策の3分野以外の行政事務にマイナンバーの利用を広げる。いままで政府は3分野に利用が限定されているので治安対策自衛官募集等にマイナンバーを使うことはできない、と答弁してきたが、その歯止めがなくなり際限のない利用拡大がはじまる。
 さらにマイナンバー制度の個人情報保護措置の一つであるマイナンバーの利用情報連携を法律で制限していることを崩し、法定の利用事務に準じると行政が判断すれば利用を可能にし、情報連携事務を規定していた別表第二を廃止して利用事務であれば情報連携による提供を可能にする。

 この利用が3分野に限定されていることや、利用・提供を法律で規定していることは、最高裁が3月9日の判決でマイナンバー制度を合憲と判断した理由の一つだった。政府はこの法定を崩していくことに対して
a.個別の法律の規定に基づく利用拡大は法定事項であり、改正は国会で審議される
b.準ずる事務について、事務の性質が同一であるといった基準を改正案に規定している
c.準ずる事務は主務省令で公表され、主務省令の改正にあたっては行政手続法でパブリックコメントを行う必要があり、国民にはわかる
d.情報連携事務の法定をなくしても、情報連携できる主体と利用事務は法令で限定されているので、政府の裁量が大きくなることはない
e.個人情報保護委員会による監視監督の対象となることや分散管理など個人情報保護に変更はない
など、論点をぼかした答弁をしている。

●政府のごまかし答弁

 a.3分野以外への利用拡大がその都度法定されるのは当然であり、問題はどこまで利用が広がるのか、なんの歯止めもないことだ。今回提案されている利用拡大が、国家資格の登録管理システムや在留外国人の適正管理であることをみると、いよいよ国民監視というマイナンバー制度の真の意図が露になってきた。個人の行動把握を可能にするマイナンバーカードを、全住民に所持させるための普及促進策も法改正に含まれている。
 国会審議の中では、マイナンバー制度の立法段階から中心になって制度構築をしてきた向井治紀(元)内閣府大臣官房番号制度担当室長・(現)デジタル庁参与の発言が問題になった。「霞が関の「上から目線」ではだめだ、ミスター・マイナンバーが語る課題と今後(日経クロステック2023.04.13)」のインタビューで向井参与は、マイナンバー利用事務を最終的には法律ではなく政令で書けば利用できるようにすべきだ、と主張し、今回の法改正で「準ずる」事務でも利用できるようにしたのは非常に一歩進んだ良い改正だが、利用事務を法の別表第一に規定しているのは住基ネット訴訟の最高裁における合憲判決で利用範囲を法令に書かれていることとされたのを踏まえたためで、別表第一をなくすことが(今回の法改正後に)残された課題だと述べていた。
 これが政府の本音ではないかという立憲・岡本委員の問いに河野デジタル大臣は、参与は非常勤でデジタル庁の意思決定には係わらず日本は独裁国家ではないから有識者がいろいろ発言することは自由だという答弁をしていたが(2023年4月25日衆議院ちこデジ委員会)、向井参与は単なる有識者ではなくマイナンバー制度を作ってきた中心人物であり、発言の重みが違う。(2023.5.6追記)

 b.「準ずる事務」について「事務の性質が同一」等の基準があるというが、それに合致するかを判断するのは行政だ。問題は、いままで国会が判断していた利用拡大を、行政が判断するということだ。
 本来個人情報の利用・提供は本人同意に基づき行われるべきだが、マイナンバーを利用する特定個人情報については国会で法律に規定することで本人同意なく利用・提供可能とされている(私たちはそれでも自己情報コントロール権の侵害と考えているが)。その原則が崩れることが問題だ。

 c.マイナンバーの利用・提供の変更の際は、実施前に特定個人情報保護評価の実施が義務付けられている。国会答弁でそれに触れていないのは奇異だ。政府は改正理由として「情報連携を速やかに開始する観点」を強調しているが、法定を緩めても特定個人情報保護評価の実施(パブコメ、第三者評価)やシステム改修・運用テストなどが必要であることに変わりはない。「準ずる事務」は重要ではない変更として、特定個人情報保護評価の実施をスルーするつもりか?
 政府は速やかな開始が必要な例として、新型コロナ対策のワクチン接種システム(VRS)をあげている。このVRSはマイナンバーの利用拡大をしたいという平井元大臣の思惑によって、番号法に規定する個人情報保護措置をスルーして作られ、それを個人情報保護委員会が追認するという極めて重大な経過をたどった(コロナ予防接種で崩される!マイナンバーの個人情報保護(2)マイナンバー東京訴訟控訴審準備書面(3)20頁~参照)。特定個人情報保護評価の実施も、緊急時だから事後評価でよいとされて空洞化した(「新型コロナウイルス感染症対策に係る予防接種事務の特定個人情報保護評価の実施に係る解説」4頁)。このようなことを繰り返してはならない。

 d.個人情報保護において、利用と提供のプライバシーリスクは異なる。だからこそ番号法では利用(第9条、別表第一)と提供(第19条、別表第二)を分けて法定し、個人情報保護措置を規定していた。利用する主体と事務が法令で限定されているから、提供を限定しなくても政府の裁量は拡大しないというのは、利用と提供の違いを無視する暴論だ。
 しかも提供される事務の利用は法令で限定というが、この利用には「準ずる事務」(準法定事務)も含まれており(改正法第19条8で「準法定事務処理者を含む」と規定)、ますます政府の裁量は広がる。

 e.個人情報保護措置に変更がないのは当たり前だが、問題はこの個人情報保護措置が機能不全になっていることだ。
 とくに個人情報保護委員会に対しては、マイナンバー訴訟でも機能不全が問題になってきた。東京訴訟控訴審の準備書面(5)では、委員会の任務に個人情報の利活用推進も含まれている、委員会の監督権限が及んでいない重要な分野(刑事事件捜査など)がある、個人情報保護を専門とする常勤委員がいない、膨大な任務に比して委員会のマンパワーが不足などを指摘している。神奈川訴訟では個人情報保護委員会事務局長を証人申請した(個人情報保護委員会の現状と課題については、日弁連の第64回人権擁護大会第二分科会基調報告書219頁~参照)。

●いずれマイナポータルから招集令状?!

 国会審議の中で、改正後のマイナンバー制度の将来を暗示させるような発言があった。4月28日の参議院本会議で国民民主党伊藤参議院議員は質問の最後に、ロシア政府が給付金申請、ワクチン接種、住民登録など行政サービスを受けるために国民が登録していたシステムを使って、徴兵逃れ防止のために招集令状を個人アカウントに送りつけるニュースを紹介した。
 個人アカウントに通知すれば、対象者が招集令状を受け取ったことになり、出国が禁止され、出頭しなければ自動車運転やローン申込など社会活動が制限される。利用される政府のポータルサイトは「国のサービス」を意味する「ゴスウスルーギ」という名前で、「思ったより簡単」というキャッチフレーズで利用の呼びかけが行われてきたという(NHK解説委員室2023年04月27日「ウクライナに侵攻するロシアでデジタル招集令状導入 背景と影響」安間英夫解説委員など参照)。日本のマイナポータルとそっくりで、その将来を暗示させるようなニュースだ。
 4月25日の共通番号いらないネットの国会前行動で参議院沖縄の風の高良議員は、戦前の動員体制で役場に免許や技術など職業能力の申告をさせて徴兵の際の部隊配置などに活用してきたことを紹介し、マイナンバー制度の(改正法案で拡大される国家資格管理システムの)利用で同様のことができることを指摘され、利用拡大には軍事的な意味もあることを強調された。
 このような社会にしないためにも、マイナンバー制度の利用拡大に反対しなければならない。 

個人情報保護措置を崩す
マイナンバー法改正案

●番号法の改悪案を国会提出
●制度のあり方を変える改悪案の内容
●マイナンバーの利用「範囲」を拡大
●法律による利用・提供の制限をなし崩しに
●利用や提供の歯止めがなくなる
●有識者からも法改正に懸念の声が
●最高裁判決からも許されない改正案

●番号法の改悪案を国会提出 

 2023年3月7日、政府は番号法改正案を閣議決定し、国会に提出した。4月にも審議が始まろうとしている。共通番号いらないネットは、3月14日、マイナ保険証の強制と番号法改悪に反対する院内集会を開催した。

  集会決議

●制度のあり方を変える改悪案の内容

 この改正案は、いままでの改正が利用事務の拡大であったのに対して、利用範囲を社会保障・税・災害対策の3分野以外に拡大するとともに、個人情報保護措置とされていたマイナンバーの利用・提供の法律に定める原則を崩すなど、マイナンバー制度の仕組みそのものを変える今までにない改正になっている。
 デジタル庁による「法案概要」では、今回の法改正は
[1]マイナンバーの利用範囲の拡大
[2]マイナンバーの利用及び情報連携に係る規定の見直し
[3]マイナンバーカードと健康保険証の一体化
[4]マイナンバーカードの普及・利用促進
[5]戸籍等の記載事項への「氏名の振り仮名」の追加
[6]公金受取口座の登録促進(行政機関等経由登録の特例制度の創設)
がポイントとなっている。

    テジタル庁資料 法案「概要」

●マイナンバーの利用「範囲」を拡大

 「法案概要」の1では、改正案では法の理念として、社会保障制度、税制及び災害対策の3分野以外の行政事務もマイナンバーの利用の促進を図ることをうたっている。
 現行法では第3条(基本理念)2で、社会保障・税・災害の分野は利用の促進他の行政分野や行政以外の国民の利便性向上になる分野は利用の可能性を考慮して進めることになっていた。
 それが改正案では「その他の行政分野」が、「利用の可能性を考慮」から「利用の促進」に変わる。

【現行法】第三条2 個人番号及び法人番号の利用に関する施策の推進は、個人情報の保護に十分配慮しつつ、行政運営の効率化を通じた国民の利便性の向上に資することを旨として、社会保障制度、税制及び災害対策に関する分野における利用の促進を図るとともに、他の行政分野及び行政分野以外の国民の利便性の向上に資する分野における利用の可能性を考慮して行われなければならない。
   ↓ ↓ ↓
【改正案】第三条2 個人番号及び法人番号の利用に関する施策の推進は、個人情報の保護に十分配慮しつつ、行政運営の効率化を通じた国民の利便性の向上に資することを旨として、社会保障制度、税制、災害対策その他の行政分野における利用の促進を図るとともに、行政分野以外の国民の利便性の向上に資する分野における利用の可能性を考慮して行われなければならない。

●法律による利用・提供の制限をなし崩しに

 「法案概要」の2では、マイナンバーの利用と提供(情報連携)の法定主義をなし崩しに緩和しようとしている。
 現行法では、マイナンバーを利用できるのは法9条により別表第一に列挙する事務と自治体が条例で規定する事務のみであり、情報提供ネットワークシステムを使って情報連携できるのは法19条8・9により別表第ニに列挙する事務と個人情報保護委員会規則で認めた自治体の事務に限定されている。
 それを改正案では、第9条の別表第一に列挙されている利用事務に「準じる事務」として省令で定める事務を「準法定事務」として、法律に規定がない事務も行政の判断で国会に図ることなくマイナンバーの利用を可能にする。
 それとともに法19条を改正し、情報連携事務を限定列挙した別表第二を廃止して、別表第一(改正後は単に「別表」)による主務省令で利用を認めている「特定個人番号利用事務」であれば、行政機関等の判断で情報提供ネットワークシステムを使って提供できるようにしようとしている。

●利用や提供の歯止めがなくなると

 番号法が成立した2013年の国会審議では、個人番号の利用範囲あるいは提供範囲は、番号法で社会保障・税・災害と限定的に書いているので、警察や公安でのマイナンバー制度の利用は想定していない、と説明されていた(参議院内閣委2013年5月21日向井政府参考人)。
 自衛官募集業務について、DMを送る対象者を絞り込む際の情報収集にマイナンバー制度を使うことはないかと質問された際には、「社会保障、税、災害対策の分野で利用されるものでありまして、自衛官の募集の分野では利用することはできないものだと承知をいたしておりまして、自衛官の募集につきまして、現在のところマイナンバー制度を利用する予定はございません。」と中谷防衛大臣は答弁していた(参議院安保特別委2015年9月2日)。
 利用を3分野に限定する番号法の規定が、これら利用拡大を防ぐ歯止めとなっていた。
 政府はマイナンバー制度が「安心・安全」である根拠の一つとして、マイナンバーの利用範囲・情報連携の範囲を法律に規定し目的外利用を禁止していることを、私たちにも国会でも説明し、裁判でも主張してきた(下図)。その前提が崩れていく。

法制審議会戸籍法部会2017年10月20日参考資料3マイナンバー制度について

●有識者からも法改正に懸念の声が

 この法改正は、デジタル庁が設置した「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」で検討されてきた。
 2022年11月29日の第7回WGでは、デジタル庁の示した法改正事項に対して、有識者から「何かよく分からない間に利用範囲を広げたように伝わらないように」「便利になるから、ということだけで拡大するのではなく、国民の理解を得ることが不可欠」「なぜ歯止めが必要なのかというのは、幾つか懸念があった名寄せリスクですとか、いわゆる国民の情報が全て一元管理されるのではないかというリスクに対する答えだったということは忘れないでいただきたい」などの懸念が示されていた(議事録)。
 デジタル庁が提出した法改正の資料(11頁 下図)でも、「新たに追加されるマイナンバー利用事務や情報連携の状況について事後監視のあり方についても検討が必要か。」との記載がされているが、「事後監視」についての説明はされていない。個人情報保護の役割を果たせていないことがマイナンバー違憲訴訟で指摘されている個人情報保護委員会に、監視を委ねることはできない。
 そもそも「どこまでマイナンバーによるひも付けが広がってしまうのか」との不安に対して法律で明確に制限するための規定であり、「事後監視」すれば済む話ではない。

「マイナンバー法の改正事項」(2022年11月29日第7回WG資料)

●最高裁判決からも許されない改正案 

 この改正案が閣議決定された2日後の3月9日、最高裁は全国8カ所で争われているマイナンバー制度を憲法違反として利用差止等を求めた訴訟のうち、九州・仙台・名古屋訴訟を先行して棄却する判決を下した。大阪訴訟は最高裁に上告中であり、東京・神奈川・金沢訴訟はまだ高裁判決も出ていない段階での異例の最高裁判決だった。
 最高裁判決は争点であった憲法13条のプライバシー権について、15年前(2008年3月6日)の住基ネット最高裁判決と同じく「みだりに第三者に開示又は公表されない自由」と解し、情報化の進展に対応した自己情報コントロール権を認めなかった。また指摘してきた現実に起きている問題事例(いらないネットリーフ12参照)を検証せずに、法の規定をなぞるだけで漏洩や目的外利用等の「危険性は極めて低い」と判断するなど不当な判決だった。
 しかしこの最高裁判決でも、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、芋づる式に外部に流出したり、不当なデータマッチングによって、個人情報がみだりに第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じ得ると認め、番号法が利用範囲を社会保障・税・災害対策に限定し、提供を制限列挙した例外事由に該当する場合にのみ認めていること等を、合憲理由の一つとしていることに注視しなければならない。
 政府が番号法改正で行おうとしているのは、これら個人情報保護措置をなし崩しにすることであり、この最高裁判決に照らしても認められるものではない。

2023年3月9日最高裁判決 第1(抜粋)
第1 2(2)個人番号及びその利用範囲イ(抜粋)
「番号利用法は・・・(利用することができる)上記一定の事務の範囲を、社会保障、税、災害対策及びこれらに類する分野の法令又は条例で定められた事務に限定することで、個人番号によって検索及び管理がされることになる個人情報を限定している。」(3頁)
第1 2(3)特定個人情報の提供に関する規制(抜粋)
「番号利用法は、特定個人情報の提供を原則として禁止し(同法19条)、その禁止が解除される例外事由を同条各号で規定している。」(9頁)

2023年3月9日最高裁判決 第2 1(2)(抜粋)
「・・・前記第1の2(2)イのとおり、番号利用法は、個人番号の利用範囲について、社会保障、税、災害対策及びこれらに類する分野の法令又は条例で定められた事務に限定することで、個人番号によって検索及び管理がされることになる個人情報を限定するとともに、特定個人情報について目的外利用が許容される例外事由を一般法よりも厳格に規定している。
 さらに、前記第1の2(3) 及び(5)イのとおり、番号利用法は、特定個人情報の提供を原則として禁止し、制限列挙した例外事由に該当する場合にのみ、その提供を認めるとともに、上記例外事由に該当する場合を除いて他人に対する個人番号の提供の求めや特定個人情報の収集又は保管を禁止するほか、必要な範囲を超えた特定個人情報ファイルの作成を禁止している。
 以上によれば、番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等は、上記の正当な行政目的の範囲内で行われているということができる。」(9頁)

2023年3月9日最高裁判決 第2 3(抜粋)
「もっとも、特定個人情報の中には、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになるところ、理論上は、対象者識別機能を有する個人番号を利用してこれらの情報の集約や突合を行い、個人の分析をすることが可能であるため、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、これらの情報が芋づる式に外部に流出することや、不当なデータマッチング、すなわち、行政機関等が番号利用法上許される範囲を超えて他の行政機関等から特定の個人に係る複数の特定個人情報の提供を受けるなどしてこれらを突合することにより、特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じ得るものである。
 しかし、番号利用法は、前記第1の2(2)イ及び(3)のとおり、個人番号の利用や特定個人情報の提供について厳格な規制を行うことに加えて、前記第1の2(5) 及び(6)のとおり、特定個人情報の管理について、特定個人情報の漏えい等を防止し、特定個人情報を安全かつ適正に管理するための種々の規制を行うこととしており、・・・・」(10頁)