nonumber-tom のすべての投稿

デジタル改革関連法案で
個人情報保護法制改悪!

●個人情報保護法制改悪のパブコメに意見を提出

  2020年12月26日から2021年1月15日まで 、「個人情報保護制度の見直しに関する最終報告」に関する意見募集(パブリック・コメント)が行われた。本ブログ「自治体の住民情報を守ってきた個人情報保護条例が潰される!」で、意見提出を呼びかけたが、共通番号いらないネットでは1月15日、以下の意見を提出した。

自治体の個人情報保護の取組を軽視し、住民の自治体への信頼と地方自治を損なう個人情報保護条例の「国基準化」は行わないでください

1)検討は十分な時間を取り、地方自治体の意見を取り入れながら行うべきだ
 保護法制の大改正であるにもかかわらず、意見募集期間が年末年始を挟んで3週間というのはあまりに短すぎる。自治体は閉庁しコロナ対策で忙殺されており、意見を聞くつもりがあるのか疑う。このような状態での法案を提出すべきではない。
2)ルールは自治体の保護水準を維持するものにせよ
 自治体の創意工夫でつくられてきた条例に多様性があるのは当然で、それを利活用を阻害する「2000個問題」などというのは自治体の40年間の積み重ねを否定するものだ。規定のほぼすべてを国と同じにするのではなく、自治体の保護規定を取り入れたものに見直すべきだ。
3)地方自治を損なう是正措置は削除せよ
 「最終報告」は独自の保護措置を自治体独自の施策に伴うものなどごく例外的なもののみ認め、それに反する場合は「国地方係争処理委員会」や裁判により従わせようとしている。これは憲法に保障された自治立法権を損ない、個人情報保護法第5条が地方公共団体の区域の特性に応じた保護施策を求めていることにも反する。
4)「外部オンライン結合制限規定」を認めよ
 「最終報告」は、オンライン結合制限規定は共通ルールでは認めないと明記している。私たちは、マイナンバー制度はプライバシーを侵害し市民監視を強めるとして反対してきた。自治体の外部オンライン結合制限規定は、このような市民の不安をうけて、自治体が住民情報の管理に責任を持つ姿勢を示すものであり、廃止は市民との信頼関係を損なう。
5)個人情報保護審議会による利活用の第三者点検は維持せよ
 多くの自治体は個人情報を収集・記録・利用・提供する際に、住民代表や有識者による審議会の意見を聞いているが、「最終報告」は法律とガイドラインにより判断し個別の個人情報の取扱いの判断をしないように求めている。審議会による第三者点検は住民参加と行政の透明性のために必要であり維持すべきだ。

●デジタル関連法の一括審議で個人情報保護改悪

 政府は1月15日、自民党デジタル社会推進本部にデジタル改革関連法案の概要を説明した。それによれば、関連法案は
1.デジタル社会形成基本法案(仮称) 【新法】
2.デジタル庁設置法案(仮称) 【新法】
3.デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案(仮称)【整備法】
4.公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案(仮称)【[新法】
5.預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案(仮称) 【新法】
6.地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案(仮称)【新法】
の6法案からなっている。
 報道では2月9日に閣議決定の予定だ。

 そのうち3.の整備法では、
・住民基本台帳法(個人番号カード所持者の転入手続の負担軽減及び利便性向上等)
・地方公共団体の特定の事務の郵便局における取扱いに関する法律(地方公共団体が指定した郵便局における電子証明書の発行・更新等の可能化)
・健康増進法(住民が居住していた他の市町村に対する健康増進事業の実施に関する情報提供の求め)
・電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律(電子証明書のスマー卜フォンへの搭載、本人同意に基づくJ-LISによる署名検証者への基本4情報(氏名、生年月日、性別及び住所)等の提供)
・個人情報の保護に関する法律(個人情報保護に関する法律と所管の一元化、医学・学術分野における現行法制の不均衡の是正)
・行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(転職時等の使用者間での特定個人情報の提供、国家資格に関する事務等における個人番号の利用及び情報連携の実施、J-LISの個人番号カードの発行・運営体制の抜本的強化)
・地方公共団体情報システム機構法(J-LISに対する国のガバナンスの強化)
・民法、戸籍法、宅地建物取引業法、建築士法、社会保険労務士法等(国民の負担の軽減及び利便性の向上に資する押印を求める手続及び書面の交付等を求める手続の見直し) 等
という、さまざまな法律が一括して審議されようとしている。

 どれ一つをとっても大きな制度改正であり、個々の法案ごとに十分な審議時間が保障されなければならない。
 とくに個人情報保護法改正は既存の3法を統合し、さらに40年間にわたって自治体が作ってきた個人情報保護条例を事実上御破算にして国基準に一本化するという、制度始まって以来の大きな変更になっている。
 一括審議では十分な検討が保障されず、議会制民主主義をないがしろにするものであり、このような法案提出に反対する。

     宮下一郎衆議院議員ブログより

自治体の住民情報を守ってきた個人情報保護条例が潰される!

●個人情報保護法制の大改革を3週間の意見募集で

 政府(内閣官房)は2020年12月26日から2021年1月15日(必着)まで 、「個人情報保護制度の見直しに関する最終報告」に関する意見募集(パブリック・コメント)を行っている。その後、通常国会に改正法案を提出予定だ。
 今回の見直しは、個人情報保護関係の3法(個人情報保護法、⾏政機関個⼈情報保護法、独⽴⾏政法⼈等個⼈情報保護法)を一つの法律に統合するとともに、自治体ごとに定めている個人情報保護条例の内容を国の法律に合わせて共通ルール化し、自治体独自の保護措置を原則として認めないという大改革だ。にもかかわらず年末年始を挟んで3週間という短い意見募集で立法化しようとしている。
 改正案にはさまざまな問題があるが、とくに住民情報を企業や研究者が利活用しやすくするために個人情報保護条例を国基準化することは、プライバシー保護よりも利活用を優先し、 行政と住民の信頼関係を損ない、地方自治を破壊する大問題だ。
◆パブコメ対象の保護法制改正の「最終報告」はこちら
◆最終報告の「概要」はこちら
◆国の検討経過資料はこちら。(条例の国基準化関係は主に個人情報保護制度の見直しに関する検討会の第7回~第10回)
◆ 個人情報保護委員会の行った 「地方公共団体の個人情報保護制度に関する懇談会」の資料はこちら

  個人情報保護制度の見直しに関する最終報告(概要) より

●国に先行して作られてきた自治体の保護条例

 日本の個人情報保護制度は、住民のプライバシーを守り住民に信頼される行政を運営しようとする地方自治体の創意工夫で作られてきた。1970年代から各地で条例が作られたが、国は10年遅れて1988年に行政機関のコンピュータ処理のみを対象とした法律をつくり、個人情報保護法ができたのは2003年だった。
 今回の「最終報告」でも「国の法制化に先立ち、多くの団体において条例が制定され、実務が積み重ねられてきた。独創的な規定を設けている条例も見られるなど、地方公共団体の創意工夫が促されてきたところであり、我が国の個人情報保護法制は、地方公共団体の先導的な取組によりその基盤が築かれてきた面がある。」(32頁)と評価している。地方自治が発揮された条例だ。
 にもかかわらず「最終報告」は、自治体で積み重ねられた成果を尊重せず、独創的な規定を認めない国基準化を強権的に押しつけようとしている。

●条例の「国基準化」とはどういうことか

 自治体が 創意工夫で条例をつくり、審議会など住民参加で運用してきたことから、自治体ごとに規定の違いがある。
 「最終報告(概要)」の図示(下図)では、国と同様の規定をしている団体(A)もあれば一部事務組合など保護条例のない団体(B)もあり、法律に比べて保護規定が不足している団体(C)もある。その一方で国にはない独自の保護規定をしている団体(D)や規定は国と同様でも収集・提供・利用などで審議会の意見を聞く手続きを付け加えている団体(E)など、上乗せ横出しもある。
 それを国の法律と同じ規定(下図の青色)に揃えて、共通化ルール化し、独自の規定を極力なくそうとしている。「最終報告」では、個人情報の定義、要配慮個人情報の定義、個人情報の取扱い(保有の制限、安全確保措置、利用及び提供の制限等)、個人情報ファイル簿の作成及び公表等、ほぼすべての規定を国と同じにするとしている。

  個人情報保護制度の見直しに関する最終報告(概要) より

●条例の独自の保護規定はどうなるのか

 自治体の中には、共通ルール化しても現在の保護規定は残せると思って(期待して)いる団体もあるようだ。しかし「最終報告」はそうではない。
 (5)条例で定める独自の保護措置(「最終報告」39頁~)では、以下のように述べている。(イタリック体は私の意見
1.共通ルールより保護水準を下げるのは認められない(これはいい)
2.共通ルールより保護水準を高める規定は「必ずしも否定されるものではない」。ただし「共通ルールを設ける趣旨が個人情報保護とデータ流通の両立を図る点にあ」り、条例で独自の保護措置を規定できるのは、特に必要な場合に限る(保護のみを考えた規定は認めないということ)
3.国が保有することがない個人情報(LGBT、生活保護の受給、一定の地域の出身である事実等)については、不当な差別・偏見のおそれが生じる得る情報として条例で保護規定を追加できる(これら以外の追加は認めない)
4.法律で共通ルールを定め、解釈は国がガイドラインで示すので、個別の収集・利用・提供などの取扱いについて「審議会等に意見を聞く必要性は大きく減少する」(審議会等で取扱いを判断するな、ということ)
 つまり国が許容する独自の保護規定は、3.だけということだ。

●個人情報保護委員会が監視し、国が従わせる

 では自治体が独自の保護規定を残したり、追加しようとするとどうなるのか。「最終報告」では、独自の保護措置を「必要最小限」に抑制するための手続きを書いている(下図参照)。
 独自の保護規定を条例で規定しようとする自治体は、個人情報保護委員会に事前確認し、定めた条例を個人情報保護委員会に届け出、委員会は必要に応じて助言等監視し、違法または著しく適正を欠く場合は国は地方自治法等に基づき助言・勧告をし、是正の要求をして「国地方係争処理委員会」や裁判に訴えて従わせる、としている(41頁)。
 地方自治は憲法で保障され、自治体は法律の上乗せ横出しなどの自治立法権を持っている。また個人情報保護法第5条は「地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その地方公共団体の区域の特性に応じて、個人情報の適正な取扱いを確保するために必要な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する。」と規定している。
 「最終報告」は地方自治を軽視し、地域の特性に応じた個人情報保護の要請にも反している。

個人情報保護制度の見直しに関する検討会 第10回資料1より

●どんな規定が国と自治体で違うのか

 総務省の調べでは、下図のように自治体間でも規定している項目が異なる。さらに国にない独自の規定(※印)として、死者に関する情報、情報の種類(要配慮個人情報)による収集・記録の規制、外部機関とのオンライン結合制限をあげている。

地方公共団体の個人情報保護制度に関する懇談会第1回資料4

●争点としての「外部オンライン結合制限」規定

 この自治体の独自規定で、国と地方の争点になってきたのは「外部機関とのオンライン結合制限」規定だ。自治体により規定の仕方は異なるが、「個人情報を処理するために、その自治体以外の機関との通信回線による電子計算組織の結合を行ってはならない」とか、「必要な保護措置が講じられている場合に限り、 通信回線による電子計算組織の結合ができる」という規定がされている。
 ただ結合できる例外的な場合として「法令の定めがある場合」「審議会が特に必要と認める場合」などを定めており、この規定によって住基ネットやマイナンバー制度などに不参加の自治体はない(「住基ネット不参加自治体」は、国が約束に反して個人情報保護措置を講じていないこと等を理由にしていた)。
 それでも国はことあるごとに、IT社会実現に支障として見直し(廃止)を求めてきた。今回の「最終報告」では行政機関個人情報保護法第6条、第8条等により個人情報の安全性の確保等が図られているため、オンライン結合制限規定を置くことは不要で「共通ルールには当該規定は設けない」と明記している(37頁)。
 しかし自治体は国の法律があっても、93% 1669団体がこの規定を維持してきた。それはこの規定が、住民情報の管理は自治体が責任を持つ、という住民との約束として作られてきたからだ。

   個人情報保護制度の見直しに関する検討会 第8回資料1

●なぜ自治体で先行して個人情報保護制度が?

 自治体は大量の個人情報を扱い、プライバシー性の高い「センシティブ(機微)情報」「要配慮個人情報」も多く、個人情報の扱いはもともと重要な課題だった。ただ1970年代に次々と個人情報保護条例(当初は「電算条例」)が誕生したのには理由がある。
 きっかけは1967年の住民基本台帳の制定で、市区町村ではそれまで税務、国保、年金など業務別に管理してきた住民情報を、住民基本台帳を中心にコンピュータを使って市町村の中で統合化していくことになった。
 一方1970年に当時の行政管理庁が準備を始めた「各省庁統一個人コード」に対して、「国民総背番号制」として反対運動が大きく盛り上がり検討は中止になった。住民基本台帳のコンピュータ化に対しても、国民総背番号制につながるのではないかとして、各地で反対運動が起きた。

 そのような中で自治体事務のコンピュータによる統合化を進めるために「国の国民総背番号制にはつなげない」という住民との約束をしたのが「外部オンライン結合制限規定」だった。
 1978年に条例を定めた杉並区の個人情報保護対策研究協議会の答申では、
「区において事務処理の効率化と区民サービスの向上に寄与するため、電子計算組織を利用することを否定するものではありません。住民記録の電算化が、直ちに国民総背番号制に結びつくとは考えませんが、反面、絶対につながらないという保障もありません。
 このため、杉並区においては、電子計算組織を利用するにあたって、国あるいは他の地方自治体のシステムとの結合を行うようなことは、絶対に避けなければならないと考えます。」
と述べている。これは当時次々と条例を作った市区町村に共通する思いだった。

●国民総背番号制と個人情報保護の歴史

 日本における個人情報保護法制は、下図のように「国民総背番号制」に反対する世論との関係で作られてきた。
 「最終報告」は改正理由として官民や地域の枠を超えたデータ利活用が活発化しており、現行法制の縦割りに起因する規制の不均衡や不整合がデータ利活用の支障になっているとしている。とくに自治体条例の違いは、産業界やメディアから「2000個問題」などと中傷されてきた。
 個人データの流通が進む時代だからこそ、信頼される行政を作るためには条例の規定を「支障」とみて強権的に国基準に揃えるのではなく、むしろ自治体が住民参加で先導的に作り上げてきた個人情報保護条例の運用に学ぶ必要がある。

●自治体が40年先行した「要配慮個人情報」保護

個人情報保護委員会資料(2016年11月)

 国は2015年の個人情報保護法改正で、「要配慮個人情報」の規定を新設した。要配慮個人情報は不当な差別や偏見その他の不利益が生じないように取扱いに特に配慮を要する個人情報で、その他の個人情報と違い取得や第三者提供には原則として本人の同意が必要で、 オプトアウトによる第三者提供は認められていない。

 しかし自治体では国に先行してすでに1970年代から「センシティブ個人情報」として思想、信条、宗教、人種や差別の原因となる社会的身分の収集制限やコンピュータへの記録禁止などを条例に定め、審議会の意見を聞きながら運用してきた。
 そのため地域のプライバシー意識や施策に応じてさまざまな規定がされている。それを画一的に国基準に統一すれば、住民の信頼を損なうことになる。不十分な規定があれば、個人情報保護委員会が条例改正を支援すれば済むことだ。

●審議会で住民参加とシステムの透明性を確保

 条例の「国基準化」で運用上大きな問題になるのが、自治体の個人情報保護審議会だ。構成や運用や名称は自治体でさまざまだが、住民代表や学者有識者が参加しているところが多い。
 自治体が新たに個人情報を収集・記録・利用・提供したり外部オンライン結合をする際に、審議会の意見を聞くために行政機関はシステムや個人情報の内容を説明し、審議結果は住民に公開するという「第三者点検」を行っている。間接的だが、住民の自己情報コントロール権を保障する意味もある。不十分な内容だと審議会の了承が得られないため、行政機関は個人情報保護に常に注意している。

 これに対し国は、マイナンバーを利用する事務についてだけは「特定個人情報保護評価」制度によって同様の第三者点検をしているが、その他は行政機関の判断で記録・利用・提供がされておりシステムの透明性も確保されていない。自己情報コントロール権も、マイナンバー違憲差止訴訟で未だに国は憲法で保障された権利ではないと主張している。
 また自治体の個人情報保護審議会は、行政の進める利活用を個人情報保護の視点からチェックしているのに対して、国の個人情報保護委員会は「個人情報の有用性」と個人情報保護のバランスを重視し、2015年の法改正でさらに有用性・利活用を重視する規定が目的に加わっている。

 国と自治体では個人情報保護の取り組みも違っている。個人情報保護委員会が主催し自治体との意見交換を行った「地方公共団体の個人情報保護制度に関する懇談会」では、第4回の議事録のように、条例の国基準化の必要性を疑問視する自治体側に対して委員会は民間事業者からの利活用推進の声を力説し「どういったニーズがあるかということについては必ずしも現場の実務をやっている皆様方の心に刺さる形では日々届いていないのだなということが改めて分かりました」などと、自治体の利活用への無理解を嘆いていた。
 自治体がまず住民の「個人情報を守ってほしい」というニーズから考えるのは当然だ。住民は法律の定めや行政サービスを受ける必要から、その目的に限って使われると思って個人情報を自治体に提供している。利活用されるために提供しているのではない。
 「最終報告」では国の法律とガイドラインに従い、審議会は個別の個人情報の取扱いの判断をせず、個人情報保護制度の運用についての調査審議や意見具申に役割を限るよう求めており(40頁)、住民参加やシステムの透明性は確保されなくなる。むしろ国が自治体の審議会の運用に学び、参加と透明性確保を図る制度にすべきだ。

●国基準化で個人情報保護は向上するか

 「最終報告」は保護法制改正の必要として「デジタル庁を創設し、国及び地方公共団体の情報システムの標準化・共通化や教育、医療、防災等の各分野における官民データ連携等の各種施策をこれまで以上に強力に実施していくことが予定されている。こうした改革の方向性について国民の理解を得るためには、増大が予想される官民のデータ流通を個人情報保護の観点から適正に規律し、個人の権利利益を引き続き十全に保護することが不可欠」と、保護の水準を向上させる必要を述べている(5頁)。
 自治体の条例については、条例がないなど求められる保護水準を満たさない団体があることや、小規模団体では条例の運用が負担になっていること、個人情報保護委員会の監督が及ばずEUのGDPR(⼀般データ保護規則、 2016年4月制定)など国際的な制度調和がとれないことなどを指摘していた。

 しかし保護水準を満たさない団体に国基準を押しつけても実効性は確保されず、個人情報保護委員会や都道府県などの丁寧な支援で向上を図る必要がある。
 町村など小規模団体は、 限られた人員で多くの業務を抱え個人情報保護を含め専任の職員がいないことが一般的であり、むしろ国基準化によって条例改正の負担や「匿名加工情報」の扱いなどで負担が大きく「本来業務に支障が生じたり、圧迫しかねない制度設計には反対」とヒアリングで述べている。
  GDPRなど国際的な制度調和が自治体でどこまで課題になるか不明だが、GDPRが「特殊な種類の個人データ」の取扱い原則禁止を規定していることについて、国は2015年に要配慮個人情報を規定して合わせたが自治体はすでに1970年代から整備してきたように、自治体の方が国際的な制度調和に合致している面もある。
 第三者委員会としての個人情報保護委員会が保護制度を監視する必要については、「特定個人情報保護評価」の第三者点検を自治体では審議会が行い委員会に評価書を提出しているように、 条例を委員会に報告して一覧性を確保するなど、地方自治に配慮した監視に止めるべきだ。

●自治体から異議申立てを

 条例の国基準化の動きに対して、意見書を国に提出している自治体も出てきたが、まだあまり知られてはいない。
◆国立市議会  「日本で最初に個人情報保護に関する条例を制定した自治体として、法律による自治体の個人情報保護制度の標準化について慎重な検討を求める意見書」意見書はこちら
◆あきる野市議会「個人情報保護法の改正について慎重に検討するよう求める意見書」意見書はこちら
◆小金井市議会「法律による自治体の個人情報保護制度の標準化に反対する意見書」意見書はこちらの議員案68号

 全国知事会、全国市長会、全国町村会は、これまで確保してきた保護水準が維持されるならば、として共通ルール化に理解を示しているが、これまでの条例の運用を否定し統一することが国基準化の目的であり維持されない。維持するためには、自治体からの強力な働きかけが必要だ。
 自治体の個人情報保護の取り組みと地方自治を軽視した国基準化に対して、地方議会や個人情報保護審議会、自治体の首長が関心を向け、問題を発信してほしい。

●参考資料 2021年1月11日学習会資料

20210111

「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善に向けて」学習会開催

 2020年12月11日、デジタル・ガバメント閣僚会議のマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループが、第6回会合で報告「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善に向けて」をまとめました。
 その内容は「骨太の方針2020」がマイナンバー制度を「国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されてこなかった」と認めたことを受けて、「普及」や「利用拡大」でなくデジタル庁のもとで「抜本的な改善」と称する再構築をしようとするものです。

●J-LISを国の管理機関にして「国民総背番号制」に

 たとえば、地方公共団体が共同で運営してきた「地方公共団体情報システム機構(J-LIS)」を、新たに国と地方の共同団体の管理に変え、デジタル庁と総務省で共管し、デジタル大臣と総務大臣が目標設定・計画認可し、改善措置命令に違反するとJ-LIS理事長を解任するなど、事実上、国管理化しようとしています。
 J-LISは住基ネットの全国センターやマイナンバーの生成、マイナンバーカードの交付システム、(10万円の定額給付金のトラブルで有名になった)公的個人認証(電子証明書)、そして全住民の最新の住民データを保管する「中間サーバープラットフォーム」を設置するなど、マイナンバー関連の個人情報を一手に管理しています。
 かつて国会で住基ネットを新設する住基法改正が審議された際に、当時の小渕首相は、住基ネットは地方公共団体共同のシステムで国が管理するシステムではなく、したがって国民に付した番号のもとに国があらゆる個人情報を一元的に収集管理するという国民総背番号制とは異なる、と答弁していました(1999年6月10日衆議院地方行政委員会)
 国管理化されれば、まさに国民総背番号制度です。

●官民で個人情報の共有を一気に拡大

 マイナンバー制度の目的である情報連携についても、 低調な情報提供ネットワークシステムの利用の徹底を迫るだけでなく、社会保障・税・災害という3分野以外での利用に広げ、「情報連携に係るアーキテクチャーの抜本的見直し」など制度の作り替えをしようとしています。
 さらにもともとはマイナンバーで管理・提供されている自分の情報を確認するという個人情報保護のために作られたマイナポータルを、逆にマイナンバーで管理する個人情報を民間などに提供する仕組みとして利用し、デジタル政府・デジタル社会における個人、官、民をつなぐ「情報ハブ」にしようとしています。

●電子証明書を使った「脱法マイナンバー

 昨年12月16日の日経新聞がマイナンバー制度を使った小中学生の成績・履歴データ化の管理を報じて、学校の成績がマイナンバー制度で管理されて一生ついてまわるのかと話題になりました。今回の「報告」に「学習者のID とマイナンバーカードとの紐付け等、転校時等の教育データの持ち運び等の方策」も入っています。
 この管理に利用されるのがマイナンバーカードに内蔵の電子証明書です。電子申請などに使われる電子証明書を、その本来の目的と異なり、電子証明書の発行番号(シリアル番号)を個人を識別特定するIDとして利用し学習者のIDとひも付けて管理しようとするものです。今回の「報告」では、さまざまなデータとのひも付けを計画しています。
 マイナンバー制度をつくるためにまとめられた「社会保障・税番号大綱」 (47頁) では、 電子証明書のシリアル番号について住民票コードと同様の告知要求制限を設けるなど保護措置を検討することになっていましたが、保護措置も講じられないまま、政府は規制の多いマイナンバーのかわりに 「民間も含めて幅広く利用が可能」などと「脱法マイナンバー」として利用を広げようとしています。

● 1月18日からの国会で一挙に法改正目論む

 このようなマイナンバー制度の再構築が、デジタル庁やデータ戦略などと一体となって、1月18日からの国会に法案提出されようとしています。

 共通番号いらないネットでは、この急な「抜本改善」の動きについて、1月9日に緊急に学習会を行いました。以下は、学習会の資料です。
 学習会の様子はYouTubeで見ることができます(ここをクリック)。

88eb8f3f8ba81864940dc457769f3cad-2

付番義務付けは見送られたが、
問題だらけの預貯金口座付番案

●預貯金口座へのマイナンバー付番の案が提示

 11月27日、デジタル・ガバメント閣僚会議のマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ第5回に、預貯金口座付番についての内閣官房の案が示された。メディアが口座へのマイナンバーひも付けの義務化は見送りと報じているように、国民が番号を金融機関に告知する義務は規定しないとしている。
 口座への付番義務付けなどできないことは、私たちもこのブログや10月24日の学習会などで指摘してきたし、メディアも指摘し、政府の事務方トップの向井治紀番号制度推進室長も11月4日にマイナンバー・口座ひもづけ「義務化へ罰則は無理筋」と講演していた。
 義務付けについては、自民党PT提言は政府に全口座への付番義務づけの検討を求め、高市前総務大臣は振り込み用の一人一口座の付番義務づけを主張するなど、自民党内でも意見が分かれていたが、自民党の義務化への執念をとりあえず断念させたのは世論の勝利だ。

●問題だらけの内閣官房の口座付番案

この会議の配布資料は
 資料1: 内閣官房説明資料(PDF/1,033KB)
 資料2: 事務局説明資料(非公表)
となっており、なぜか「事務局説明資料」が非公開だ。 公開されている内閣官房の資料が「イメージ」であることを考えると、具体的な制度設計が煮詰まっていないと思われるが、内閣官房説明資料をみるかぎりでも問題だらけで、義務化されなかったからよかったでは済まない。

 今回政府がやろうとしているのは、国民が自らの判断で、公金受取のための口座登録と、保有する口座へのマイナンバー付番の同意を行うことにより、
(1)様々な給付金を、簡単 な手続で受け取れるようにする
(2)災害時・相続時に、通帳を紛失したり、口座がわからなくても、口座の所在を確認できるようにする
ことだ。

そのための制度として
(1)マイナンバー付きの公金受取口座を国に登録する制度を創設する。
(2)相続の発生や災害に備え 、あらかじめ口座へのマイナンバーの付番の同意を得たうえで、預金保険機構が、本人の既にマイナンバー付番された口座以外の口座に付番する サービスを創設する 。
(3)相続発生時、災害時に、本人がマイナンバーを提示すれば 、マイナンバーで付番しておいた口座の所在を確認できる制度を創設する。
としている。

          図はすべて内閣官房説明資料より

●給付遅れは振込口座情報の申告のためか?

 制度をつくる理由として内閣官房説明資料では
「今般の新型コロナウィルス対策の給付金においては、個人が振込口座情報を申告する必要があったため、申請者や、確認作業を行う職員の負担となり、迅速な給付のボトルネックとなった。また、マイナンバーを利用することができず、照合作業が非効率なものとなった。」
と、振込口座申告が迅速な給付のボトルネックになったと説明している。

 しかし一人10万円の特別定額給付金の給付の混乱の主要な原因
1)マイナンバーカードが普及せず、電子証明書やマイナポータルが知られていない中での、安易なオンライン申請の推奨
2)2016年のマイナンバーカード交付などたびたびトラブルを起こしている地方公共団体情報システム機構のシステムの準備不足
3)現場の事務を知らない内閣府が急ごしらえで作ったオンライン申請システムによる市町村の過重な事務負担
だった。

 政府も2020年7月17日閣議決定の「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、特別定額給付金の課題として
「申請だけでなく給付に至るまでの手続全体のデジタル化、マイナンバーの活用に係る制度的制約、マイナンバーカードの普及等の課題がある。
 また、デジタル対応が可能となっているにもかかわらず、実運用するための準備不足や、対面・書面を前提とした行政運営により、デジタルが活用されず、迅速な給付等に支障が出たケースもある。」(5頁)
と述べていて、振込口座の申告のことは特に書いていない。

●マイナンバーを利用できず非効率になったのか?

 また今回の内閣官房説明資料では、
「マイナンバーを利用することができず、照合作業が非効率なものとなった。」
と書いているが、上記「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、デジタル対応が可能となっているにもかかわらず、準備不足等でデジタルが活用されず迅速な給付等に支障が出たと、自治体の「デジタル対応」の遅れに責任転嫁するようなことを書いている。

 これは具体的には、オンライン申請に使う電子証明書のシリアル番号によって照合作業を可能にしたのに対応できなかった自治体がある、ということだ(「住民行政の窓」(日本加除出版)2020年7月号 内閣官房番号制度担当室笹野参事官の「マイナポータルを通じた特別定額給付金のオンライン申請について」参照)。
  このような個人識別特定に電子証明書のシリアル番号を使うことには疑義があるが、マイナンバーを利用できなかったから照合作業が非効率になったという内閣官房説明資料は、この説明とも矛盾する。

 問題の原因を正しく認識(反省)しなければ、間違った対策になる。

●どこで口座ひも付け情報を管理するのか

 マイナンバー付きの公金受取口座を国に登録する制度を創設するということだが、どこがどのようにマイナンバーと口座情報のひも付けデータを管理するのか。
 公金受取口座の登録の仕組みについて、内閣官房説明資料では下図だけを示しているが、マイナポータルのところに公金受取口座情報となっている。 向井番号制度推進室長は11月4日の講演で「マイナポータルに登録をしてもらう」と言っている。マイナポータルを使って登録するだけなのか、マイナポータルで口座情報を管理するのか、まったく意味が異なる。制度設計が不明だ。

 マイナポータルはセキュリティ上の理由もあり、表示した情報は利用者参照後に自動的に消去するなどあくまで一時的な個人情報の置き場とされている( 「情報提供等記録開示システムの運営に関する事務全項目評価書 」p.7-9(2015年5月個人情報保護委員会Webサイトで公開、現在は更新されこの図は載っていない)参照 )。
 もしマイナポータルで公金受取口座情報を継続的に記録することになると、マイナンバーの制度設計の大きな変更になり、マイナンバー制度の危険性が増大する。

●どうやって登録口座情報を更新し利用するか?

 さらにいらないネットの10月24日学習会でも論議されたように、
・最新の口座登録情報へメンテナンスをどの機関がどのように行うか
・登録口座情報と本人が申請書に記載した口座情報が異なる場合、かえって余計な照合事務が増える
などの課題がある。

 現在、休眠口座も含むが一人平均10口座くらい持っている。そのどれを公金振込先口座とするかは、さまざまな事情による。年金等の振込口座と普段使いの口座を分けている人も多いだろうし、この夏のドコモ口座による預貯金の流出事件を受けて、リスク分散のために口座を分けた人もいるだろう。 給与振込手数料軽減のために、転職するたびに勤務先から口座を指定されて開設している人もいる。
 振込先口座は常に変わると思わなければならず、 「一生ものの口座を登録する」(高市前総務大臣発言)などということはできない。最新の振込先口座を確認し更新していないと、誤った給付につながる。メンテナンスの仕組みが重要だ。

 また今回の内閣官房案のように多目的に使おうとすると、各給付で指定している口座のどれを「公金受取口座」として登録するかが問題だ。 公金受取口座を一本化すると、リスク分散ができなくなるなど日常生活に支障がでる場合もある。
 また緊急時給付金の申請に記載した口座と、公金受取口座が相違した場合、かえってその照合・確認に時間がかかることになる。事務の円滑化にも誤入力の 減少にもならない。

●口座情報だけでなく、さまざまな個人情報を照合

 内閣官房説明資料の2頁の図では、 緊急時給付金はじめ幅広い公金を番号(マイナンバー)利用事務として、給付金等の申請の際に情報提供ネットワークシステムを介して所得、世帯、各種資格、各種給付実績などの個人情報を国や自治体から提供することになっている。
 マイナンバーにしろ電子証明書のシリアル番号にしろ、個人を特定するもので世帯情報はわからない。今回の特別定額給付金のような世帯単位の給付では使えない代物だ。そのため世帯関係などの確認のために、給付金等を申請するたびに情報提供ネットワークシステムを使って個人情報が提供され、個人情報を丸裸にすることが計画されている。

  いまでも情報連携の対象事務として法定されている手当や生活保護等の給付要件確認のために情報提供ネットワークシステムの利用は可能だが、情報提供ネットワークシステムでは、一件一件照会先機関と照会事務を入力して提供を受けることになる。
 特別定額給付金のような短期集中で大量の事務を処理する真っ最中に、いちいち情報提供ネットワークシステムに照会する作業をしていては、さらに事務が遅れる(パンクする)ことになる。

●金融機関に「国民に番号の提供を求める義務」

 内閣官房説明資料の3頁の図にあるように、「国民が番号を金融機関に告知する義務」は規定しないことになっている。

 ただ現在は
「金融機関はガイドライン(全銀協作成)により、番号の取得に向けて、預貯金口座付番の案内を行うことが期待されているものの、対応は各金融機関の判断に委ねられている。」
のが、新たに
「金融機関が口座開設時等に国民に番号の提供を求める義務を規定する」
に変わる。
 現在でも金融機関窓口でのマイナンバー提供についてのトラブルが絶えないが、金融機関側に提供を求める義務を規定することで確実にマイナンバー提供の圧力は強まり、トラブルは増加する。

●業務拡大する預金保険機構の悪用をどう防ぐか?

 内閣官房説明資料では預金保険機構の機能を拡大し
・金融機関やマイナポータルにマイナンバーを登録すると、預金保険機構を介してその他の金融機関の口座にも付番 (3頁図)
・相続時に金融機関で法定相続人の確認とマイナンバーカードによる本人確認をすると、預金保険機構が各金融機関に口座があるかを調べてマイナポータルで回答(下図)
となっている。

 11月28日の朝日新聞では、
「預金保険機構が各金融機関に同一人物の口座がないかを探し、マイナンバーとひもづける。同機構は金融機関の破綻(はたん)時に、口座情報を集めて名寄せする仕事などを担っているが、法律で業務範囲を広げる方向だ。」
と報じているが、同一人物かどうかをどうやって調べ確認するのか不明だ。
 誤って別人を認識したり、同一人物を別人に認識したり、ということをどうやって防ぐのか。そもそも氏名、住所、生年月日等の照合では正確に同一人物か確認できないから、というのがマイナンバー付番の理由であり、これでは矛盾している。

 このように金融機関口座データを集約する機関になる預金保険機構は、サイトを見ると、金融機関破綻時の預金者保護(ペイオフ)だけでなく、不良債権回収・責任追及や特定回収困難債権の買取り、休眠預金等活用法などの仕事もしている。
 金融機関破綻時の預金者保護については、2015年番号利用拡大法で預金保険機構がマイナンバーを利用可能になっているが、それはペイオフ時にマイナンバーを付番してある口座の名寄せのためだ。
 預金保険機構の業務が拡大すると、不良債権回収など目的外に口座情報の照会などを不正利用することをどうやって防止するのか、あらたな口座付番の危険性が生まれる。

●給付のための口座はどうあるべきか

 振込口座の確認は、特別定額給付金の迅速な給付に手間取った主要な原因ではないが、中にはオンライン申請でも郵送申請でも口座記載内容と資料の不整合が原因になったケースもあった。
 共通番号いらないネットは、マイナンバー制度に反対するさまざまな個人・団体のゆるやかな連絡会で、給付方法の代案を示すような集まりではないが、 10月24日学習会での議論を紹介する。

 迅速に給付したというアメリカ等と同様に給付するためには、企業が源泉徴収-年末調整を行う 日本の仕組みをやめて、アメリカ等と同様に皆が確定申告するようにして、国税当局が還付金口座を把握していればできる(10月24日学習会の山崎資料)。
 しかしそうすると企業にやらせている税の事務を国税庁・税務署がやらなければいけなくなるため、政府はやろうとしない。

  急ぎ問われているのはコロナ禍での今後の緊急の給付(あるかわからないが)の仕方であり、であれば市区町村が特別定額給付金と同様の給付を行うのが現実的だ。そうすると特別定額給付金の給付のときに使用した口座情報を、一定期間(コロナ禍が落ち着くまで)限定で市区町村に登録し、再度の給付の際の確認資料にする、という方法が考えられる。マイナンバーとのひも付けは必要ない。
 特別定額給付金の際も、受取口座が住民税等の引落しや児童手当等の受給に現に使用している口座であれば、市町村がすでに口座情報を把握しているので挙証資料として口座の写しを添付しなくていいことになっていた

 重要なのは、誰に何を給付するかという制度設計だ。ひとり親世帯臨時特別給付金などでは、すでに対象者も口座もわかっているので本人申請不要で給付されている(コロナ禍で収入が減少したなどの人は申請)。
 何にでも使える給付口座の登録をと考えると、結局、中途半端で使えない口座になってしまう。

●石川県の給付金詐欺事件の全貌を明らかに

 給付の仕組みの検討にあたって、重要なことが何点かある。
 まず7月に明らかになった、 石川県能登町で発生した特別定額給付金のオンライン申請の詐欺事件の詳細を公表し、再発防止策を明らかにすることだ。
 このブログの
 (1)マイナンバーカードを使った オンライン申請でなりすまし
 (2)オンライン申請システムの不備が、なりすましの原因?
で、当時明らかになった情報で事件の概要を紹介してきた。
 続報として11月25日に金沢地裁で懲役2年6月、執行猶予4年の判決が言い渡されたことを、NHKニュース毎日新聞が報じている

 すでに裁判になり捜査中ではないのに、国も町もこの事件について公表していない。なぜ成り済まし申請で給付が可能だったのか、申請システム(マイナポータル)にどのような欠陥があったのか、その詳細を明らかにし再発防止策が公表されないかぎり、ふたたび同様にオンライン申請をすることなど許されない。

●困窮している人に給付できる仕組みに

 特別定額給付金のもっとも重大な問題は、給付が「遅かった」ことではなく、もっとも困窮している人たちに給付できなかったことだ。住民登録が給付要件とされたために、自治体の努力で柔軟な扱いがされたとはいえ、最終的に住民登録がない「ホームレス」の人等が給付を受けられなかった。
 また世帯単位の給付にこだわったため、DV被害者等を危険に晒した。個人単位の給付でなければならない。
 これらの問題の解決策こそ、国は真っ先に検討すべきだ。

 マイナンバー制度は、住民登録-住基ネットを基礎に作られている。政府のデジタル化方針で、マイナンバーの申請やマイナンバーカードの所持が給付の要件になれば、ますます給付から排除されていく人が出てくる。マイナンバー制度は「真に手を差しのべるべき者」を見つけ出して給付を充実するという名目ではじまったが、むしろ選別・排除の道具になりかねない。

●システムづくりには現場の知恵を

 特別定額給付金のオンライン申請を中止する市町村が相次いだ中で、マイナンバーカードを使わずに電子申請ができる「郵送ハイブリッド」と呼ぶ方式を工夫した兵庫県加古川市の事例が話題になったように、給付事務の実際のわからない国の役人が考えるより、実務のわかる自治体の創意工夫に学んだ方が効果的だ。
 加古川市のシステムはサイボウズの『kintone』により作られたとのことだが、サイボウズの青野慶久代表取締役は
「加古川市が上手くいったのは、担当職員の方が、申請する人がどこで間違える可能性が高いのかを、あらかじめ把握していたことだと思います。・・・現場の担当者の方が、ユーザーの目線に立ってシステムを作る、これが最も大事なんだと思います」
指摘している
 特別定額給付金は、マイナンバーカードを普及させる思惑により、4月20日に給付が決定し5月1日からオンライン申請を受け付けるという無理な日程を強いられた。システム作りをした内閣府を責めるのは酷な面があるが、この轍をくりかえさないよう、現場が作業しやすい仕組みを考えるべきだ。

●内閣官房案での法案提出はやめよ!

 今後のスケジュールは、2020年度(2021年度?)に法案を提出して、2021~2022年度に施行準備をして、2021年度から緊急時の給付事務へのマイナンバー利用開始を想定し、2022年度途中から口座登録を開始するとしている。この工程では、当面しているコロナ禍での給付には間に合わない。
 このような案で仕組みを作れば、ますます現場は混乱させられる。預貯金口座にマイナンバーを付番するという思惑に振り回されずに、現実的な給付の仕組みを考えるべきだ。

お金で釣らなければ普及しない「マイナンバーカード」って何?

●マイナンバーカードの普及に躍起の政府

 誕生した菅政権が最重要課題として、デジタル庁を新設しマイナンバーカードの普及促進を一気呵成に進めることを表明したことで、マイナンバーカードの普及と利活用が焦点になっている。

 武田総務大臣は10月27日の閣議後記者会見で、都道府県知事と市区町村長宛てに、マイナンバーカードの普及拡大に向けた一層の取組を要請する大臣書簡を送ったことを発表した。12月にはカードの未取得者8000万人程度にQRコード付きの交付申請書を改めて送ることが報じられている
 書簡では「申請促進」と「交付体制の強化」の両面から取組を強化するため、政府の広報や未取得者へのQRコード付き交付申請書の個別送付に呼応して、商業施設等での出張申請受付や申請サポートを積極的に実施すること、申請数の倍増を前提に交付窓口や人員の増強や土日交付の更なる実施を行うための市町村の交付円滑化計画の改訂などを要請したとのことだ。

 さらに10月30日の総務大臣閣議後記者会見では、各種団体や民間企業などに更なる普及を働きかけるべく、副大臣、政務官、事務方による「マイナンバーカード普及促進チーム」が発足し、各種団体や企業などに直接訪問するなどの取組を推進するとしている。
 この取組を報じた共同通信には1日で200件以上のコメントが寄せられているが、ほとんどが政府の取組を批判するものだった。いわく「運転免許証や保険証と一体化したらこわくて持ち歩けない」「セキュリティが万全と言う金融機関の個人情報でさえじゃじゃ漏れの今、秘密漏洩があった時に誰が責任をとるか」「支配欲と悪意による管理社会に活用されるだけ、国民はわかっている」「政府が行うデジタルは不具合続きで信用が置けない」「カード普及にいくら税金使ったのか、費用対効果を公表して」「作成するメリットが無いので作らないだけ」「携帯電話を買う際に身分証明にマイナンバーカード出したけど断られた」「裏面のマイナンバー表示をやめてほしい。そうしないと持って歩けない」「カード1枚の発行に4ヶ月もかかってはどうしようもありません」「住基カード持ってた、二の舞になりそう」「無理矢理作らせようとする姿勢に引いてしまい余計に作りたくなくなる」「なぜ企業に依頼するのか? 国民は企業の奴隷ではない」等々。

●低迷が続いたマイナンバーカードの交付

 2016年1月に交付が始まったマイナンバーカードは、 番号通知カードと一緒に申請書が送られて申請しなければいけないと誤解されたためもあり、当初は2016年3月までに約1千万枚の申請があった。
 そのため申請しても受け取りにこない住民も多く、2017年9月2018年2月に横浜市で保管していた交付前のマイナンバーカードの紛失事件が発覚し、総務省は督促しても90日受け取りにこないカードは廃棄する通知を2017年10月18日に出す状態だった(新型コロナ流行で扱いは修正)。
 その後は毎月20~30万枚程度の交付と低迷していた。低迷の理由は内閣府の世論調査によれば、取得する必要が感じられなかったことと個人情報の漏えいや紛失・盗難の心配が大きい。

●行き詰まっていたマイナンバーカードの普及策

 政府はマイナンバーカードを使った証明書類のコンビニ交付や子育て事務の電子申請を利便性の目玉として、マイナンバーカードを普及させようとしてきた。しかしどちらも普及は頭打ちになっている。

  コンビニのマルチコピー機で証明書(住民票の写し、印鑑登録証明、税、戸籍等)を交付できる市町村は、政府が財政支援を続けても2020年11月1日現在で761市区町村と半分にも満たない。費用対効果が疑問視されているためだ。
 比較的普及した都市部の市区町村では、コンビニ交付の代わりに従来あった証明書自動交付機が撤去された結果、逆に役所の窓口に来所する住民が増えて「進む証明書交付機の撤去 進まぬ個人番号カード交付 窓口混み「本末転倒」」(東京新聞2018年12月28日朝刊)という状態になった。

 自動交付機を廃止して不便にすることで、コンビニ交付に移行させてマイナンバーカードを取得せざるをえないようにしようという、「利便性向上」とは逆行する政策だ。
 子育て事務の電子申請も普及が広がらない(「新型コロナ危機に便乗してデジタル変革推進の骨太方針」の「 ●対面業務は、住民と行政の貴重な接点 」参照)。

●2023年3月までにほとんどの住民がカード所持!?

   デジタル・ガバメント閣僚会議
   (2019年9月3日第5回資料1

 普及に焦る政府は、2019年6月4日のデジタル・ガバメント閣僚会議で「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」を決定した。
 2023年3月までにほとんどの住民のカード保有を目指して、マイナポイントとマイナンバーカードの健康保険証利用を中心にマイナンバーカードの普及を図ろうとしている。
 そのために公務員に2020年3月までにマイナンバーカードを申請するよう強く迫ったり、自治体に「交付円滑化計画」の策定を求めたりしてきた。しかし2020年3月末でも交付枚数2033万枚、交付率16%に低迷し、公務員の申請・取得率も国家公務員が58.2%、地方公務員一般職が34.8%にとどまっていた。

●お金がらみで増えるマイナンバーカードの交付

 そんなマイナンバーカードの交付が、最近増加している。
 総務省は2020年3月から、毎月1日時点の交付状況を公表している(右図参照)。申請から交付まで1ヶ月以上かかることを考慮すると、5月1日開始の特別定額給付金のオンライン申請と7月1日開始のマイナポイント申込みが、申請増加の理由であることがわかる。

 27億円の税金を使って連日テレビでマイナポイントやマイナンバーカードのCMが流されている。10月下旬には新聞折り込み広告で、マイナンバーカード交付申請書付きのマイナポイントチラシまで配布している。なりふり構わずに5000円を餌に普及させようとしている。
 しかし10月1日現在のマイナンバーカードの交付率は20.5%、交付枚数は26,105,646枚にとどまる。来年3月末に利用終了のマイナポイントは、4000万人分の予算にもかかわらず10月25日までに約800万人しか申し込んでいない。いずれも政府の目標には、遠く及ばない。

●マイナンバーカードは何のために作られたか?

(マイナンバー概要資料2015年11月版

 そもそもマイナンバーカード(個人番号カード)は、「番号の付番」と「情報連携」とともにマイナンバー制度に不可欠な「本人確認」の仕組みとして作られた。
 政府はアメリカの社会保障番号などのように番号の記入だけで手続きを可能にすると、他人が成りすまして口座を作ったり還付金を詐取したりする事件が多発すると説明し、マイナンバーの記入の際には成りすましを防ぐため、本人確認(身元確認と番号確認)の書類の提示が番号法第16条で義務化された。
 マイナンバーカードはその本人確認用に作られた(番号法逐条解説34~37頁参照)が、本人確認は通知カード+免許証など他の書類でもできるので、マイナンバーカードがなくても支障はなく、すべての住民に保有させる必要はない。

 ところが政府は、デジタル化推進のためにマイナンバーカードを普及させようと、通知カードの発行を2020年5月25日に廃止し「個人番号通知書」の送付に変えた。「個人番号通知書」は番号確認の書類としては使えない。これも利便性を低下させることで、マイナンバーカードの取得を強いる政策だ。
 なおすでに所持している通知カードは、氏名や住所等の変更がなければそのまま番号確認書類として使い続けることができる

●本来の目的と違うマイナンバーカードの利用拡大

 今、菅政権がデジタル化の要としてマイナンバーカードの普及促進を一気に進めようとしているのは、この本来の目的であるマイナンバー記入の際の「本人確認」とは違う利用のためだ。

 マイナンバー概要資料(内閣府・内閣官房)2020年5月版より

  この説明図のうち顔写真付き身分証以外の利用拡大は、すべてマイナンバーカードのICチップ(半導体集積回路)に内蔵されている公的個人認証制度の電子証明書(の発行番号=シリアル番号)を、マイナンバーの代わりに個人の識別特定に利用するものだ。
 マイナンバー制度を作ったときの説明とはまったく違う利用拡大が進められているが、その仕組みはあまり周知されていない。

 5月に一人10万円の特別定額給付金のオンライン申請が話題になるまでは、マイナンバーカードの電子証明書といわれても、税申告でe-Taxを利用している人以外は何のことかわからなかったのではないか。
 マイナンバーカードの取得理由の大部分は、上記内閣府の世論調査を見ても「顔写真付き身分証明書が必要」「会社や役所からマイナンバーの提示を求められたから」で、電子証明書の利用とは関係なかった。

●公的個人認証サービスの「電子証明書」って何?

 公的個人認証とは簡単に言うと電子的な印鑑登録・印鑑証明の仕組みで、一人一つの電子証明書を発行することで電子署名を行い 、本人であることの認証と改ざんの防止をする仕組みだ。
 2002年12月に住基ネットの利用拡大とともに「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」が成立し、2004年1月29日から公的個人認証サービス (JPKI)が始まった。
  電子証明書の失効情報を住基ネットから提供し、電子証明書の格納を住基カード・マイナンバーカードに限定することで、住基ネットと密接に関係づけられているが、住基ネットと公的個人認証制度は別の制度だ。当初は別の組織が管理していたが、マイナンバー制度の開始とともに今は両方とも地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が管理している(地方公共団体情報システム機構パンフレット参照)。

  電子証明書の有効期間は5年間(発行日から5回目の誕生日まで)で、原則10年間のマイナンバーカードの有効期間と異なる。2016年1月からマイナンバーカードの交付が始まっているため、今年2020年から電子証明書の更新が始まっている。そのタイミングで特別定額給付金のオンライン申請を実施したために、さらに混乱を招いた。
 なお電子証明書をマイナンバーカードに入れるかどうかは選択できる。電子証明書の悪用が心配なら、申請の際に電子証明書不要の欄にチェックを入れると電子証明書は内蔵されず、「顔写真付き身分証明書」としてだけ使うことができる。電子証明書は、必要になれば後から追加で内蔵できる。

●マイナンバー制度開始で利用者証明用が新設

 もともとは電子申請の際の本人証明と改ざん防止に使う「署名用電子証明書」だったが、マイナンバー法の成立とともに公的個人認証法が改正され、民間利用が可能になるとともに、新たにネットでログインする際などに本人であることの証明のみに使う「利用者証明用電子証明書」が新設された。

「公的個人認証サービスの民間拡大について」(2014年3月27日総務省資料)より

●電子証明書のシリアル番号の脱法的利用

 問題は、電子証明書の管理のための発行番号(シリアル番号)を、個人を識別特定するコードとして転用しようとしていることだ。政府の説明資料(下図)を読むと、マイナンバーは法令で利用が規制されているので、その代わりに利用が限定されず幅広く使える電子証明書の発行番号を使おう、という「脱法的意図」が感じられる。
 マイナンバー制度の元となった「社会保障・税番号大綱」では、「公的個人認証サービスの電子証明書のシリアル番号について、住民票コードと同様の告知要求制限を設けることとし、当該シリアル番号の告知要求制限の具体的な方法その他の保護措置についても引き続き検討していく」(47頁)となっていたが、保護措置も明らかでないまま利用が拡大している。
 このような利用拡大をされると、不安が募るばかりだ。

   マイナンバー概要資料2020年5月版より

 電子証明書の発行番号は、5年毎に電子証明書を更新すると変わるため、そのままでは個人の生涯にわたる追跡管理には使えない。そのため発行番号を世代管理して追跡可能にする仕組みを、地方公共団体情報システム機構が「利用者証明用電子証明書の新旧シリアル番号の紐づけサービス」 として提供している(「オンライン資格確認等システムに関する運用等の整理案(概要)(令和元年6月版)」109~110頁参照)。
 詳しくは若干説明が古くなっているが、 2016年7月13日に行われた共通番号いらないネットの学習会 「マイナンバー(共通番号) 不安だらけの情報連携」の
 6 公的個人認証・個人番号カードを使った情報連携
 7 公的個人認証を使った情報連携の問題点
を参照してほしい。

●「マイナンバーとカードの混同」キャンペーンの危険性

マイナンバー概要資料2020年5月版26頁

 政府は盛んに「マイナンバーとマイナンバーカードの混同」を問題にしている。
 その意図は、説明(右図)に滲み出ているように、「マイナンバーのことは怖くても、マイナンバーカードは怖がらずに取得してほしい」ということだ。
 しかしそう宣伝する政府が、マイナンバーカードの電子証明書の発行番号をマイナンバーの代わりに個人識別に使うという「混同」をしている。この混同をカモフラージュしたいというのが、キャンペーンの意図だろう。

●マイナンバーカードは安全ではない

 マイナンバーカードの「危険性」については、共通番号いらないネットのリーフレットNo8の2頁で、
 ・落としても大丈夫?
   マイナンバーの漏えいは防げない!
 ・個人情報は盗まれない?
   紛失・盗難で個人情報が丸見えに!
 ・なりすまし詐欺はできない?
   すでに他人の不正取得や偽造が発生!
 ・住民サービスのためのカード?
   常時携帯させて住民管理に利用!  
などを指摘している。

 政府は「マイナンバーカードの安全性は万全」と宣伝しているが、「マイナンバーを見られても悪用は困難」と、困難だというだけで「悪用できない」とは言っていない。
 政府の担当者は、マイナンバーそのものが他人に知られても「直ちに」被害は受けないが、マイナンバーを多くの人が知ってしまう状態になるとプロファイリングの危険性があるから提供を制限している、と説明してきた。(たとえばマイナンバーカードの保険証利用を審議した2019年5月9日第198回国会参議院厚生労働委員会での 向井治紀内閣官房内閣審議官の説明)

 マイナンバーカードの不正取得や偽造の発生例やマイナポータルから個人情報が漏えいする危険性については、7月9日のスタッフブログ「マイナンバーカードを使った オンライン申請でなりすまし」で紹介した。
 政府は「なりすましはできません」と言うが、すでにマイナンバーカードを使って他人になりすまして、銀行口座を作ったりオンライン申請で特別定額給付金を詐取する事件が発生しているのだ。
 お金で利益誘導しなければ普及しないようでは、マイナンバーカードの制度設計は失敗している。

※2020年11月8日追記

新型コロナ危機に便乗して
デジタル変革推進の骨太方針

●異例の内容となった骨太の方針2020

 7月17日、骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)2020が閣議決定された。2001年に小泉政権下で作成されて以降、新自由主義的改革の司令塔として民主党政権下で一時中断しながら毎年閣議決定されてきた「骨太の方針」だが、今年の方針は今までとは異質の内容になっている。
 冒頭、「現下の情勢下では政府として新型コロナウイルス感染症への対応が喫緊の課題であることから、・・・記載内容を絞り込み、今後の政策対応の大きな方向性に重点を置いたものとしている」と注記されているように、 一言で言えば「コロナ危機をチャンスとして社会全体のデジタル変革( DX =デジタルトランスフォーメーション)へ」ということに特化した方針だ 。骨太の方針の目的ともいえる基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標の記載が消えてしまったことにも、その特異さが現れている。

 そのDXの基盤(インフラ)としてマイナンバー制度(マイナンバーや法人番号、公的個人認証JPKI ・電子証明書)が位置づけられ、マイナンバー制度の抜本的改善を図る工程表を年内に策定する予定になっている(17頁)。
 次期通常国会に行政デジタル化の包括法案「デジタルガバメント改正法案(仮称)」を提出するとの報道もされている。包括一括法では個々の問題点の検討が不十分なまま強行される危険が高いため、早急な検討が必要だ。

●コロナ危機を好機としてデジタル社会変革を加速

 共通番号いらないネットは、 4月7日に緊急事態宣言とあわせて閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」 に対して、「新型コロナ対策に便乗したマイナンバー制度の利用に反対する」声明を発表した。
 この緊急経済対策は、「Society 5.0の実現を加速していくためにも、まさに、今回の危機をチャンスに転換し、政府としてワイズ・スペンディングの考え方の下、デジタル・ニューディールを重点的に進め、社会変革を一気に加速する契機としなければならない」(33頁)と書かれているように、皆がコロナ禍で苦しんでいる時に、それを好機とみてデジタル社会変革に利用しようとするものだった。
 私たちはこのコロナ・ショックドクトリンというべき政府の対策に対し「さまざまなデジタル情報と、個人の正確な追跡とデータマッチングを可能とするマイナンバー制度とが結合すると、まさに民主主義の危機が現実化する。私たちは、このような危機を招きかねない新型コロナ対策に便乗したマイナンバー制度の利用やマイナンバーカードの普及に反対する。」と声明で訴えた。
 骨太の方針2020や同日に閣議決定された「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」は、このような惨事に便乗して政府と企業の求める社会変革を反対や懸念を押し切って一気に推進しようとするショックドクトリンを、国家方針として宣言するものだ。

デジタル変革を一気に進め「新たな日常」を実現

  3章構成の骨太の方針2020は、第1章「新型コロナウイルス感染症の下での危機克服と新しい未来に向けて」で、「今回の感染症拡大で顕在化した課題を克服した後の新しい未来における経済社会の姿の基本的方向性として、「新たな日常」を通じた「質」の高い経済社会の実現を目指す。」(3頁)としている。
 しかし新型コロナ流行で顕在化した、病床削減や保健所統廃合により感染症対策が脆弱になっている状況や、 新自由主義的改革によって格差が拡大するなど生活基盤が脆弱化したことなどは、「顕在化した課題」として指摘されていない。

 このような現状認識に基づいて 「社会全体のDXの推進に一刻の猶予もない」 「今般の感染症拡大の局面で現れた国民意識・行動の変化などの新たな動きを後戻りさせず社会変革の契機と捉え、・・・・・・通常であれば10年掛かる変革を、将来を先取りする形で一気に進め、「新たな日常」を実現する。」 (5頁)と、切迫した危機意識を強調する。 

●デジタル・ガバメント構築が最優先政策課題

 骨太の方針2020では、社会全体のデジタル化を強力に推進する最優先政策課題としてデジタル・ガバメントの構築を位置付け、行政のデジタル変革の早急な対応を求めている(5頁)。
 デジタル・ガバメント構築については、昨年5月デジタル手続き法が成立し、12月にデジタル・ガバメント実行計画が策定されていた。しかし骨太の方針2020では「行政分野を中心に社会実装が大きく遅れ活用が進んでおらず、先行諸国の後塵を拝していることが明白となった」(5頁)と計画が進まないことを嘆いている。

IT総合戦略本部デジタル・ガバメント分科会2019年7月5日第7回会合 資料3 (内閣官房IT総合戦略室)より

 共通番号いらないネットでは、デジタル手続き法案に対して「マイナンバーカード普及策としてのデジタルファースト法案に反対する声明」を発表し、利便性が少なく市民が望んでいるわけではない「すべての行政手続きの原則オンライン化」がマイナンバーカードの普及策として押しつけられ、その結果個人情報の漏えいや悪用の危険が高まることを指摘していた。
 2018年の内閣府のマイナンバー制度についての世論調査でも、62.2%がオンライン申請のためのマイナポータルを特に利用してみたいとは思わないと回答したように、利用者のニーズに合わないオンライン化が進まなかったのは当然だ。
 国際競争ばかりに目を向けず、利用者目線で考えるべきだ。

●1年間で集中的に行政デジタル変革を断行

 「骨太の方針2020」は、この1年間を集中改革期間としてデジタル変革を推進し、実現状況を進捗管理するとしている。

第3章「新たな日常」の実現
1.「新たな日常」構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備(デジタルニューディール)
  デジタル化の推進は、日本が抱えてきた多くの課題解決、そして今後の経済成長にも資する。単なる新技術の導入ではなく、制度や政策、組織の在り方等をそれに合わせて変革していく、言わば社会全体のDXが「新たな日常」の原動力となる。デジタル化の遅れや課題を徹底して検証・分析し、この1年を集中改革期間として、改革を強化・加速するとともに、関係府省庁の政策の実施状況、社会への実装状況を進捗管理する。(15頁)

 ここでいうデジタル化は、過去の延長線上で行政をデジタルにより改善していく「Digitization(デジタイゼーション)」ではなく、デジタルを前提とした新たな社会基盤を構築するという「Digitalization(デジタライゼーション)」(「デジタル・ガバメント実行計画」5頁 2019.12.20)だ。
 DX(Digital Transformation)は、デジタル技術により既存のシステムを破壊的に変革することを含意している。

 そのために「次世代型行政サービスの強力な推進 ― デジタル・ガバメントの断行」として、
・政府全体で様々な行政手続のデジタル化を一気に実現するためデジタル・ガバメント実行計画を年内に見直して各施策の実現の加速化を図る、その際業務プロセスそのものの見直しを含め、できることのみならず、必要なことを全て同計画に盛り込む
・内閣官房に民間専門家と関係府省庁を含む新たな司令塔機能を構築し、マイナンバー制度と国・地方を通じたデジタル基盤の在り方、来年度予算・政策等への反映を含め、抜本的な改善を図るため、工程を具体化する
・関係法令の改正を含めたIT基本法の全面的な見直しを行う
ことにより、社会全体のデジタル化の取組の抜本的強化を図ろうとしている。
 だれもが反対しにくいコロナ感染対策を口実に、住民・利用者を置き去りに短期間で推進されることが危惧される。

●安心して簡単に利用できないマイナンバー制度

 マイナンバー制度については、「今回の感染症対応において、マイナンバーシステムをはじめ行政の情報システムが国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかったことや、国・地方自治体を通じて情報システムや業務プロセスがバラバラで、地域・組織間で横断的にデータも十分に活用できないなど、様々な課題が明らかになった」(15頁)と述べている。

 私たちはマイナンバー制度に対して、多額の税金を費やしながら目的とされる「国民の利便性の向上」も「行政の効率化」も「公平公正な社会」も実現していないばかりか、数百万件の税情報の違法再委託をはじめとする漏えいが発生している現実や、「見える番号」として官民で流通するマイナンバーの悪用の危険、行政が勝手に個人情報を利用する自己情報コントロール権の侵害、さらに警察等へのマイナンバー付個人情報の提供により監視社会が強化されることなど、さまざまな問題を指摘してきた。
 コロナ対策の10万円給付のオンライン申請の混乱は、このようなマイナンバー制度の利用にこだわったために発生したことも指摘してきた。

 これに対し国はマイナンバー制度の違憲差止訴訟で、番号制度により行政運営の効率化や公正な給付と負担の確保や国民の利便性の向上に資することは明らかだと主張してきたが、骨太の方針2020では「国民が安心して簡単に利用」する視点で構築されていない制度であることを認めてしまった。
 この矛盾をどう説明するのだろうか。

●マイナンバー制度の「抜本的改善」の項目

 骨太の方針2020は、「デジタル・ガバメントの基盤となるマイナンバー制度について、行政手続をオンラインで完結させることを大原則として、国民にとって使い勝手の良いものに作り変えるため、抜本的な対策を講ずる。」(16頁) と述べ、 「マイナンバー制度の抜本的改善」 として以下の項目を列挙している。
 しかし以前から利用拡大策としてあげられていたものが多く、マイナンバー制度の「抜本的改善」といえる内容ではない。「国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかった」理由を検証する姿勢はない。市民が不安を感じ利便性を感じない制度を、コロナ禍に便乗して行政の都合と国民管理のために強行しようとしている。

▼(マイナンバーカードの保険証利用を基礎にした)健康情報を生涯管理するPHRを、2021年に法制上の対応をし2022年を目途に拡充するとともに、データの医療・介護研究等への活用の在り方を検討
▼ マイナンバーカードの公的個人認証(電子証明書)の活用により障害者割引適用の際に障害者手帳の提示を不要に
▼ e-Tax等について、自動入力できる情報(医療費、公金振込口座等)を順次拡大し、マイナンバーカードの利便性を向上
▼ 在留カードとマイナンバーカードとの一体化について検討を進め、2021年中に結論を得る
▼ 運転免許証について、海外の事例を踏まえつつ、発行手続やシステム連携の在り方等を含めた検討を開始する
▼ 自動車検査証及び自動車検査登録手続についても、マイナンバーカードを活用した手続の一層のデジタル化の推進に向けて、検討を開始する
▼ 各種免許・国家資格、教育等におけるマイナンバー制度の利活用について検討する
▼ 必要に応じて共通機能をクラウド上に構築する
▼ 民間技術を更に積極的に活用してマイナポータルの利便性の向上を図る

▼ マイナンバーカードの手続ができる環境を、マイナポイントを活用した消費活性化策の実施、QRコード付きのカード申請書の再送付などで抜本的に拡充することにより、マイナンバーカードの実効性ある取得促進のスケジュールをできる限り加速する

▼ 国税還付、年金給付、各種給付金(国民向け現金給付等)、緊急小口資金、被災者生活再建支援金、各種奨学金等の公金の受取手続の簡素化・迅速化に向け、マイナポータル等を活用し、公金振込口座設定のための環境整備を進める
▼ 様々な災害等の緊急時や相続時にデジタル化のメリットを享受できる仕組みを構築するとともに、公平な全世代型社会保障を実現していくため、公金振込口座の設定を含め預貯金口座へのマイナンバー付番の在り方について検討を進め、本年中に結論を得る

▼ 関係府省庁は、マイナンバー制度及び国・地方を通じたデジタル基盤の構築に向け、地方自治体の業務システムの早急な統一・標準化を含め、抜本的な改善を図るため、年内に工程を具体化するとともに、できるものから実行に移していく

●対面サービスを否定し100%オンラインへ

 骨太の方針2020は行政手続のオンライン化、ワンストップ・ワンスオンリー化を抜本的に進めるため、関係府省庁が原則として対面申請を不要にし、マイナンバーカードでログインするマイナポータル・ぴったりサービスを原則として全ての市町村が活用してオンライン化を進めることができるよう、導入を早急に促進することを求めている(17頁)。

 オンライン手続きが広がれば、便利になると思われている。しかしそれは現在の対面の手続きにオンライン手続きが付け加わるならば、だ。骨太の方針やデジタル手続き法が求めているのは、オンライン申請を原則化し、 窓口での対面の手続きを原則廃止することだ。
 国会審議では、政府は100%デジタル化を目指し対面の手続きはわずかな例外を除いてなくし、対面の必要な手続き自体の廃止を検討したりSNSで代替することなどを説明してきた。デジタル化に対応困難な人には、デジタル・デバイド対策としてデジタル活用支援員などでサポートして格差が生じないようにすると答弁したが、支援を装った詐欺の危険も指摘されていた。

 ただデジタル手続き法の成立にあたっては、「地方公共団体の業務において窓口における対面業務が市民と接する上で重要な機能を有していることに鑑み、このような機能が損なわれることがないよう配慮すること」は付帯決議(衆議院参議院)されている。

●対面業務は、住民と行政の貴重な接点

 対面業務は単なる機械的業務ではなく、住民の抱える問題と行政の貴重な接点でもある。2019年6月25日に東京地裁で行われたマイナンバー違憲差止訴訟の本人尋問では、マイナポータルによる「子育てワンストップサービス」(ぴったりサービス)の電子申請がなぜ広がらないかを例に、対面の重要さを指摘した(2017年10月から開始したオンライン申請の実施自治体は、下図のように 2年経過して保育39.8%、ひとり親支援21.0%、母子保健38.0%にとどまり、これは本人尋問の書証で提出した2018年12月時点の数値とほとんど変わらない)。

マイナンバー概要資料(令和2年5月版)」49頁

 たとえば母子保健の妊娠届では、子育て不安や児童虐待が深刻化する中で、市区町村は妊娠届の機会をとらえて保健師が面接し子育てサポートの説明や相談に応じることに力を入れており、そのために子育て利用券(商品券)を面接時に配布したりして来所を促している。
 また保育園入園申請も、待機児童問題が深刻な都市部の市区町村では、単に申請書類を受け付けるだけでなく、保育ニードにきめ細かく対応するため時間をかけて対面で説明・相談をしている。
 住民票や国民健康保険や税金など画一的と思われる窓口事務でも、その応対の中で生活の困窮などがわかり福祉事務所など関係機関につながることもある。オンライン申請ではこれらの貴重な機会が失われることを、市区町村は危惧している。

●デジタル社会変革で生命・生活は守れるか

 骨太の方針2020は、「第2章 国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く」でも、デジタル化による対応を強調している。

 医療提供体制については、感染拡大防止と経済活動の両立のために、検査体制の増強と合わせて、感染者を管理するHER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)で情報収集・管理の仕組みを一元化し監視のための保健所の体制を強化するともに、接触アプリなどデジタル監視の普及やG-MIS(新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム)で医療提供状況を一元的に管理するなどデジタル活用をあげている。
 他方、公的・公立病院の統廃合など厚労省の進める病床削減計画や医師数の抑制政策の見直し、諸外国に比べて脆弱であることが露呈した集中治療のスタッフの増強など、対人サービスの強化は書かれていない。

 なお医療で「自衛隊の感染症対処能力の更なる向上や感染拡大防止を図る」(10頁)、雇用対策で「自衛隊員の新規採用を積極的に行う」(11頁)、災害対策で「任期制自衛官の退職時の進学支援を含め、様々な事態に対する自衛隊の即応性・強靱化と対処能力の向上を図る」(14頁)など、各所で自衛隊の強化に言及している。

 消費など国内需要の喚起としては、GoToキャンペーンとともに「マイナンバーカード普及やそのためのシステム・体制の充実を図りつつ、マイナポイントを活用した消費活性化策を着実に実施すること等により消費を下支えする」(12頁)としている。
 しかし2019年10月から今年6月まで行われた「キャッシュレス還元」では予算の倍以上の利用があったのに対して、9月1日から利用開始(来年3月まで)のマイナポイントは予定の4000万人の1割しか利用登録していない。マイナンバー制度の利用にこだわる施策は失敗するジンクスにはまりそうだ。
 マイナポイントについて共通番号いらないネットでは、「手続き面倒・効果不明・将来危険」と問題を指摘しマイナポイントなんかいらないと訴えてきた。キャッシュレス還元についても、地域・所得・年齢などによる利用の格差が指摘され、税の使い方としての不公平さが言われてきた。普及すれば生活が守れるわけではない。

●デジタル社会変革で「新たな日常」を実現

 骨太の方針2020の「第3章 「新たな日常」の実現」では、デジタル・ガバメント以外にさまざまな社会全体のDXを挙げている。
 企業のDXとしては、IoT、AI、ロボット、5Gの活用などのほか、新しい生活様式を新たなビジネスチャンスとすべく非対面型ビジネスモデルへの転換を支援するなどとしている。
 働き方改革では、テレワーク等の流れを後戻りさせず導入を支援するとともに就業ルールを整備し、成果型の弾力的な労働時間管理ができるよう裁量時間制について検討を行うとしている。
 初等中等教育では1人1台端末などのGIGAスクール構想を加速し、デジタル化・リモート化を推進しオンライン教育などを早期実現するとともに、ICTを活用した支援、個別最適化された学習計画の作成、教育データの標準化・利活用などをあげている。
 「新たな日常」に向けた社会保障の構築では、医療・介護分野におけるデータ利活用等の推進として、データヘルス改革を推進し患者の保健医療情報を患者本人や全国の医療機関等で確認できる仕組みの稼働や、オンライン診療や電子処方箋システムの普及促進、介護障害福祉分野の人手不足と対面以外の手段を活用する観点からケアプランのAI活用の推進や介護ロボットの導入検討をうたっている。
 「新たな日常」が実現される地方創生として、データ・サービス連携の基盤となる都市OSの開発・実装を加速し「スーパーシティ構想の早期実現」などを書いている。

 いずれもいままでも政府は推進しようとしてきたが課題・問題が指摘され、是非について議論が続いているものだ。それを新型コロナに便乗して「新たな日常」の実現のためにということで一気に推し進めようというのが、骨太の方針2020だ。 

●必要なのは感染症対策で「新たな日常」ではない

 骨太の方針2020では、社会全体のデジタル変革により「新たな日常」を実現することを繰り返し述べながら、「新たな日常」とは何かは説明していない。

 新型コロナウイルス感染症専門家会議は 2020年5月1日の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」 で、 「徹底した行動変容」で新規感染者数が限定的となっても再度感染が拡大する可能性があり、長丁場に備え感染拡大を予防する「新しい生活様式」に移行していく必要があると述べ、2020年5月4日の「状況分析・提言」(9頁) で「新しい生活様式」の実践例を示していた。
 「新しい生活様式」として例示されたのは、 専門家としての医学的な感染予防策の発信を超えて、ソーシャル・ディスタンスやマスクの着用、手洗い、換気、「三密」の回避などにとどまらず、買い物、娯楽、食事、働き方などまさに「箸の上げ下ろしの仕方」にまで介入し、オンラインやテレワーク、電子決済の利用など政府の進めるデジタル社会変革に沿った提言をしていた。

 骨太の方針2020ではさらにそれを「新たな日常」として、社会の仕組みに実装して常態化しようとしている。骨太の方針2020は冒頭、「我々は、時代の大きな転換点に直面しており、この数年で思い切った変革が実行できるかどうかが、日本の未来を左右する」(1頁) と「デジタル・ニューディール」の必要を強調する。

 しかし必要なのは感染症対策であって、「新たな日常」ではない。感染症はいずれは沈静化する。オンラインやテレワーク等は一時的に必要であっても、それをどこまで社会が実装するかは、改めて判断すべきものだ。
 危機によって必要な対策は違う。もし感染症による危機ではなく、自然災害やサイバー攻撃などによる電力や通信システムの途絶として危機が起こっていたら、逆にデジタル依存社会の脆弱性 vulnerability が問題にされていただろう。

 政府が国民の日常生活の有り様を示し、それに向けて「行動変容」を迫っていくような国のあり方を、私たちは第二次世界大戦の反省から否定し、個を尊重する民主主義を守ってきたはずだった。
 それを新型コロナへの不安にかられて「新しい日常」への行動変容=動員と、逸脱へのデジタル監視・相互監視を可能にする社会にしてしまうのか否か、まさに未来を左右する転換点だ。

マイナンバーカードの保険証利用 このままはじめていいのか

 8月7日、厚生労働省は医療機関に対し、マイナンバーカードの保険証利用に使われる顔認証付きカードリーダーの申込み受付を始めた。またマイナポータルを使った健康保険証利用の事前登録のPRも開始した。
 利用登録は7月1日のマイナポイントの申込みの受け付け開始に併せて、一緒に行うことができるようにしている。マイナポイントと保険証利用を目玉に、マイナンバーカードの普及を進めるのが政府の思惑だ。
 しかしマイナンバーカードは10万円の特別定額給付金のオンライン申請で交付申請に押し寄せても、8月1日時点で交付は約2324万枚、普及率は18.2%だ。昨年9月3日のデジタルガバメント閣僚会議で示した交付想定(7月末に3000~4000万枚)には、はるかに及ばない。

●マイナンバーカードを使わなくても受診可能

 マイナンバーカードの保険証利用とは、医療機関等を受診するときに、窓口に健康保険証(被保険者証)の代わりにマイナンバーカードを示せば保険資格確認ができる、という「オンライン資格確認」制度だ。来年3月から運用開始予定だが、マイナンバーカードがなくても従来どおり健康保険証でも受診できるので、心配ない。
 2019年5月の健康保険法等改正により導入が決まった。共通番号いらないネットは、健康保険法等改正の提案に対し「マイナンバーカードの保険証利用に反対する声明」を出している。

 マイナンバーカードを利用する場合は、下図のように事前にマイナポータルを使って「初期設定」をしておく必要がある。そうすると受診の際に医療機関が、保険資格情報等を社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会が共同で管理する「オンライン資格確認等システム」に問い合わせる仕組みだ。

マイナンバー 社会保障・税番号制度概要資料令和2年5月版43頁)

●10万円給付金申請を混乱させた電子証明書を利用

  オンライン資格確認等システムへの問合せにはマイナンバーは使わず、マイナンバーカードに内蔵の「公的個人認証サービス」の電子証明書を使う。
 この電子証明書の有効期間は5年間(5回目の誕生日まで)だ。マイナンバーカード交付開始は2016年1月からで、ちょうど今年が5年目だ。そのため一律10万円の特別定額給付金では、オンライン申請しようとして期限切れに気づいたり、 住所・氏名・性別の変更で無効になっていたため、更新手続きで市町村の窓口に押し寄せる騒ぎになった。

  医療機関の窓口でも、初期設定を知らずにマイナンバーカードを持参して、トラブルが起きそうだ。そのため医療機関窓口でも初期設定を可能にする想定だが、 無効になっている電子証明書は市区町村窓口に行かなければ手続きできない。サイトで説明されているような面倒な手続きを、医療機関窓口でどこまで説明できるだろうか。

●マイナンバーカードで必ず受診はできない

 オンライン資格確認は来年(2021年)3月から利用開始予定で、政府は2023年度中に「概ね全ての医療機関等での導入」を目指しているが、医療機関等では導入しなくてもよい。利用するかどうかは医療機関の判断次第だ。導入していない医療機関に受診するときは、従来の健康保険証が必要だ。

 オンライン資格確認を利用するために医療機関は、
  (1)オンライン資格確認に使う端末等の導入
  (2)ネットワーク環境の整備
  (3)レセプトコンピュータ等の既存システムの改修
  (4)セキュリティ対策
を講じる必要がある。収束の見えない新型コロナで疲弊している医療機関等に、余計な負担をかけることになる。開業医からは不安の声があがっている。
 大阪府保険医協会が昨年医療現場を調査した結果でも、窓口でのマイナンバー漏洩やカード紛失のリスク、個人情報が一元把握されていくことへの不安、 保険証にQRコードをつけて読み取れるようにすればいい、などの意見が寄せられている。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)15頁

●顔認証など2種類のカードリーダー

 医療機関や薬局がオンライン資格確認につかう端末のマイナンバーカードの読み取りリーダーは、2種類ある。

(1)顔認証付きカードリーダー
 マイナンバーカードのICチップに記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔を資格確認端末で照合・認証するか、職員が券面の顔写真を目視で確認する。4桁の暗証番号を入力して利用することも可能。
(2)汎用カードリーダー
 マイナンバーカードをかざして本人が4桁の暗証番号を入力。職員の目視確認も可能。

 なおマイナンバーカードではなく健康保険証を提示して、医療機関が健康保険証の記号番号を入力してオンライン資格確認等システムから資格情報を確認することもできる。
 もちろん医療機関は、オンライン資格確認等システムを使わず、従来どおり健康保険証を見て確認してもいい。

●顔認証で本人確認できるように法改正

 オンライン資格確認の実施に向けて、2019年5月のデジタル手続き一括法の中で、利用者証明用電子証明書の4桁の暗証番号入力の代わりに顔認証の利用を可能にする公的個人認証法の改正(「電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律」38条2)が行われた。

 顔認証はマイナンバーカードの券面やICチップに表示・記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔とを照合する方法が予定されているが、方法は総務省令で定めることになっており、将来は顔写真データベースとの照合なども行われる可能性もある。
 またマイナンバーカードの民間も含めた利用拡大を政府は推進しており、顔認証の利用も医療機関等でのオンライン資格確認だけでなく、総務大臣の認可で拡大していくことが予想される。

デジタル手続法案について」(2019年3月内閣官房IT総合戦略室)6頁

●消費税を使って顔認証付き端末を無償配布

 政府は1台約10万円する顔認証付きカードリーダーを医療機関や薬局に無償提供し、その他の端末費用も上限を決めて補助することにしている。
 そのためオンライン資格確認の導入を決めた2019年5月の健康保険法等改正に合わせて、「医療情報化支援基金」の創設を決めた。オンライン資格確認と電子カルテの普及のための基金に2019年度300億円、2020年度768億円の予算を組んでいるが、その財源は消費税だ。
 さらに 社会保険支払基金で顔認証付きカードリーダーを一括購入して医療機関等に配布するため、今年の通常国会で地域共生社会の実現のための社会福祉法等の改正をするなど手厚い普及策を行っている。

オンライン資格確認導入の手引き」令和2年8月厚労省保険局11頁

●なぜ熱心に顔認証を利用させようとするのか

 なぜこんなに顔認証の普及に力をいれるのか。医療機関等の窓口で暗証番号を忘れるトラブルを避け、円滑にオンライン資格確認を実施したいということはあるだろう。しかしオンライン資格確認を突破口に、マイナンバーカードや顔認証の利用を拡大する意図もあるのではないか。

 顔認証技術の急速な進歩で、世界中で監視カメラ等の映像と顔写真データベースを照合する監視システムが拡大している。顔認証大国である中国の圧力に抗する香港の若者が、コロナ禍の前から皆マスクをして抗議行動をしていたことは印象的だった。
 顔認証など生体認証は、パスワードやカードなど他の個人識別手段と異なり変更ができないという特徴があり、プライバシー侵害へのいっそうの配慮が必要だ。。
 先日監視カメラ大国イギリスで、警察が捜査のために防犯カメラに「顔認証」の仕組みを導入したのはプライバシー侵害で違法とする判決が出たことが報じられたアメリカでも顔認証データの利用を法律で規制する動きが強まっているが、日本では規制の動きは鈍いまま利用が拡大している。

●レセプト・オンラインシステムの整備も必要

 医療機関等で必要な準備は、カードリーダーなど端末だけではない。オンライン資格確認等システムに照会する際は、診療報酬の請求につかうレセプト(明細書)のオンライン請求ネットワークを活用することになっている。
 しかしレセプトのオンライン請求システムの普及率は昨年1月時点でも約60%で、診療所や歯科医院(普及率17%)では利用していないところも多く、オンライン資格確認のためには新たにネットワーク環境を整備しなくてはならない。
 すでにレセプトのオンライン請求をしている医療機関等も、オンライン資格確認のためには既存システムの改修も必要で、診察時間中は常時インターネットに接続が必要でセキュリティー対策などの負担もかかる。開業医にとって整備の負担は小さくない。

●提供されるのは保険資格だけではない

  「オンライン資格確認【等】システム」となっているように、提供される情報は保険資格だけでなく、薬剤情報や特定健診情報も提供される。
 特定健診とはいわゆる「メタボ健診」で、40~75歳を対象に腹回りのサイズや脂質や血糖などの検査をして、生活習慣病の発症リスクが高いと判断されると特定保健指導を受けることを求められる健診だ。
 保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村等)が身体測定や血液検査の結果や喫煙・飲酒・運動などの生活習慣といった健診情報を管理するが、2015年の番号利用拡大法によりマイナンバーで情報管理し保険者が代わった場合はそのデータを引き継ぐことになった。

 さらにオンライン資格確認導入に合わせて、保険者がオンライン資格等確認システムを管理する社会保険支払基金・国保中央会に健診データを委託し、本人の同意があれば医療機関等にそのデータを提供するとともに、マイナポータルで本人が閲覧できるようにして生活習慣を「行動変容」させようとしている(下図参照)。
 オンライン資格等確認システムは単なる保険資格だけでなく、健診や服薬内容など健康情報も管理するデータベースになっていく 。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)28頁

●どんないいことがあるのか

 マイナンバーカードの保険証利用について、厚生労働省のチラシでは「どんないいことがあるの?」として5点のメリットをあげている。しかしどれも私たちが受診するときに大して便利にならないばかりか、プライバシーが医療機関等に伝わる不安につながる。

「就職・転職・引越をしても健康保険証としてずっと使える!」というが、「医療保険者への加入の届出は引き続き必要」の注釈付きで、新しい保険証が届くまでの時間が若干短縮する程度だ。マイナンバーカードは10年、電子証明書は5年の有効期間がくると市区町村の窓口に行って更新手続きが必要だ。保険証代わりにマイナンバーカードを使うだけなら、かえって手間だ。

 その他のメリットとして、「限度額適用認定証がなくても高額療養費制度における限度額以上の支払が免除される」がメリットとされている。
 「限度額適用認定証」とは、収入に応じて窓口で支払う自己負担額の上限をランク付けているものだ。自己負担が高額になる入院などの際に手続きをして医療機関に提示することが多いが、マイナンバーカードで通院すると近所のかかりつけ医にも収入レベルが伝わることになる。将来的には自己負担額に関わる障害や難病、精神科通院等の公費負担情報や生活保護(医療扶助)の情報の提供も予定されている。

 また「あなたが同意をすれば、初めての医療機関等でも、今までに使った正確な薬の情報が医師等と共有できる」とあるが、伝えたくないと思う病歴や健診の情報なども伝わることになる。
 同意が前提とされているが、患者の立場では医療機関に同意を求められれば断りにくい。

 医療機関にとっても、負担に見合うメリットがあるか疑問視されている。厚労省が強調しているメリットは、退職などで失効した保険証を提示されたためにレセプト請求しても返戻されて未収金が発生するリスクが減少するということだが、 無資格による返戻件数は厚労省の研究報告書でもわずか0.27%と言われている( 大阪府保険医協会サイトより)。
 患者の薬剤情報や健診情報を見ることができるというメリットも、総務省の実証事業調査では救急時に処置と並行して見ることの困難さや、初診の患者に不信感が生じる心配も医療機関の意見としてあがっていた(第2回健康・医療・介護情報利活用検討会 参考資料7より「ネットワークを活用した医療機関・保険者間連携に関する調査 概要(未定稿)」)。

●目的は医療健康情報の共有と利活用

 メリットの疑わしいマイナンバーカードを使ったオンライン資格確認システムを、政府が 何回も法改正しながら多額の費用を投じて整備しようとしているのは、それが医療情報を健康産業の育成など成長戦略に利活用する基盤になるからだ。
 国民皆保険制度の日本では個人の医療情報を管理しやすく、膨大に蓄積されるレセプト(診療報酬)等の情報を活用して健康産業を育成しようというのが政府の目論見だ。
 2013年6月閣議決定の「日本再興戦略」では、「医療情報の利活用推進と番号制度導入」として「個人一人ひとりが自分の医療・健康データを利活用できる環境を整備・促進し、適正な情報の活用により適切な健康産業の振興につなげるべく検討を進め、国民的理解を得た上で、医療情報の番号制度の導入を図る」(62頁)ことが成長戦略とされ、以後、医療分野で個人を識別管理する番号(識別子)の必要や利活用についての検討が続けられてきた。
 マイナンバー制度がスタートした2015年に厚生労働省の研究会がまとめた報告では、3ステップで医療情報を利活用していくことになっており、そのステップ2のオンライン資格確認がステップ3の医療情報連携や利活用の基盤整備とされている(下図参照)。

医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会 報告書概要/参考資料(2015年12月10日)4頁

●個人情報保護を置き去りに利活用推進

 マイナンバー制度をつくるにあたり、医療・健康情報の扱いは課題になっていた。
 マイナンバー制度構築の基になった2011年6月決定の「社会保障・税番号大綱」では、特に医療分野の情報については マイナンバー制度開始時には利用対象とせず、 そのプライバシー侵害性を考慮して特別の立法措置を整備していくことが、下記のように特記されていた。
 しかしその立法措置は講じられないまま、利活用だけが進行している。これでは「国民的理解」は得られない。

第4 情報の機微性に応じた特段の措置
 社会保障分野、特に医療分野等において取り扱われる情報には、個人の生命・身体・健康等に関わる情報をはじめ、特に機微性の高い情報が含まれていることから、個人情報保護法成立の際、特に個人情報の漏洩が深刻なプライバシー侵害につながる危険性があるとして医療分野等の個別法を検討することが衆参両院で付帯決議されている。
 今般、番号制度の導入に当たり、番号法において「番号」に係る個人情報の取扱いについて、個人情報保護法より厳格な取扱いを求めることから、医療分野等において番号制度の利便性を高め国民に安心して活用してもらうため、医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する。
 なお、法案の作成は、社会保障分野サブワーキンググループでの議論を踏まえ、内閣官房と連携しつつ、厚生労働省において行う。(「社会保障・税番号大綱」55頁)

●レセプト・健診情報の不正利用が発覚

 レセプトの情報は診療報酬の請求のための情報だ。特定健診の情報も、本人が生活習慣病予防のために使う情報だ。それを研究や産業育成のために活用していくことは目的外利用だ。
 しかしすでに政府はレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB) から、ガイドラインによって医療費適正化計画に関連する調査や分析のほか、有識者会議の審査を経て研究目的に第三者提供をしている

 今年5月1日、厚労省はこのレセプト・特定健診データの不正利用の発生を公表した。
 国立精神・神経医療研究センターの山之内芳雄氏主導で、あらかじめ申し出た利用目的以外でデータを利用する利用規約違反があり、レセプト情報等の速やかな返却、複写データの消去、中間生成物の消去及び成果物の公表の禁止、レセプト情報等の提供の無期限禁止や氏名・所属機関の公表の措置がとられた。

 毎年、多数の第三者提供が行われている。ガイドラインでは、レセプト情報等の各情報に該当する患者又は受診者個人の特定(又は推定)を試みないことや、有識者会議が特に認めた場合を除き提供されたその他の個体識別が可能となる可能性があるデータとのリンケージ(照合)を行わないことが定められているが(4~5頁)、私たちにそれを確認する術はない。
 提供先は公益的な機関とされているが、医療情報の利用はそもそも「健康産業の振興」のために推進されてきた。利用が広がれば、不正な利用も増加する。
 利活用の検討は行政・医療関係者・研究者で進められてきた。個人情報保護のための特段の立法措置の整備はもちろんだが、そもそも利活用そのものについて市民・患者の立場からの検証も必要だ。

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (4)

●拡大していく金融資産の情報把握

  いままで3回、預貯金口座へのマイナンバー付番に関わる問題を見てきた。

 (1)では、マイナンバーカードを使った一律10万円のオンライン申請の失敗から急浮上してきた「給付のための口座へのマイナンバーひも付け」の、自民党の提言と政府の方針の違いや、年内に検討をまとめる予定の政府の案の問題点を見てきた。

 (2)では、預貯金口座へのマイナンバー付番について、2015年の番号利用拡大法での付番の理由が「税務調査・資力調査のための金融資産情報の把握」であるにもかかわらず、政府や自民党が「口座内容は把握しない」というごまかしの説明をしていることや、進まない口座への付番の状況や「付番の義務化」は可能か見てきた。

 (3)では、 2015年の番号利用拡大法の附則で規定された施行3年後の見直しの内容と、 税務調査・資力調査の現状やそのデジタル化・一括化が検討されている状況を見てきた。

 政府も自民党も、口座にマイナンバーを付番しても行政が自由に口座内容を把握できるわけではない、という言い方をしている。もちろん法的根拠や本人同意が必要で、自由に口座内容を見ることはできない。
 しかし、照会される金融資産情報は、今後拡大していこうとしている。どのような目的で金融資産情報を把握しようとしているかを見ていき、口座への付番の狙いを考えたい。

●金融資産等に応じた社会保障の自己負担の強化

 口座への付番などマイナンバーの利用拡大法が審議された2015年の第189国会の最中の6月30日に、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2015」で社会保障における負担能力に応じた公平な負担・給付の適正化として、「医療保険、介護保険ともに、マイナンバーを活用すること等により、金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担を求める仕組みについて、実施上の課題を整理しつつ、検討する」ことが閣議決定された。
 その後、 社会保障審議会医療保険部会で、 金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担の在り方について検討が続けられている。

金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担の在り方について」(2017年11月8日第108回社会保障審議会医療保険部会 資料1-2より)

 介護保険については、2015年8月から金融資産を勘案した補足給付の見直しが行われた。補足給付とは、施設入所等の費用のうち自己負担となっている食費及び居住費を、住民税非課税世帯の入居者については補足給付を支給し負担を軽減する制度だ。それを2015年8月から預貯金等が単身では1000万円超、夫婦世帯では2000万円超ある場合は支給の対象外とした。そのため申請の際に、通帳の写しなどの添付を求めているのが現状だ。

 医療保険については、被保険者の所得等を勘案して自己負担額を決めている。介護保険のように金融資産を勘案して自己負担を強化することが検討されているが、実務的・制度的・財政効果の課題が指摘されてきた(2017年11月8日社会保障審議会医療保険部会資料1-2参照)。
 マイナンバーの預貯金口座への付番など正確な金融資産の把握に向けた取組を踏まえつつ検討することになっており、口座への付番「義務化」や資力調査のデジタル化・一括化と社会保障における自己負担強化は連動していく。

マイナンバーを付番すると税収が増える?!

 税についての調査はどうか。
 2014年6月3日の第64回IT戦略本部に、当時マイナンバーを担当していた甘利大臣より資料9 「マイナンバー制度の効果」が提出された。これは巨額の費用を投じているのにマイナンバー制度の費用対効果が不明という指摘を、私たちからだけでなく財界からも受けていたため、やっと提出されたものだ。

マイナンバー制度の効果」(2014年6月3日第64回IT戦略本部資料9甘利大臣提出資料)

 この甘利大臣(当時)の資料で、マイナンバー制度の効果として圧倒的に金額が大きいのは、「税・社会保険料の徴収及び給付の適正化」の中の、「仮に国・地方の税務職員等が業務効率化分を調査・徴収事務に充てることによる増収効果」税増収2400億円だ。
 さらに金額は試算されていないが「税収増から反射的に見込まれる国民健康保険料等の収入増」という社会保険料の実質値上げや、「正確な所得情報による給付の適正化 」という社会保障給付のカットも見込まれている。
 これを見ると、政府がマイナンバー制度に期待しているのは、税収増(徴税強化)や社会保険料の値上げ、社会保障給付のカットのようだ。

●いい加減な費用対効果の試算

 ただこの試算は、正しく評価していないと批判されてきた。国会では、税務職員を増員すればどんどん税収が増えるのか、と指摘された。経済財政諮問会議からも、改めてマイナンバー制度の経済・財政効果の検討結果の取りまとめを求められていた。
 そこで内閣官房が各府省の協力を得て取りまとめた試算が、 経済財政諮問会議の第13回国と地方のシステムワーキング・グループ(2018年5月10日)に提出されたマイナンバー制度活用における効果(資料7-1~7-3) だ。
 ちなみに公開されている費用対効果の試算は、マイナンバー制度検討の初めにパブリック・コメントが行われた「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会中間取りまとめ」(2010年6月29日)6頁の「一定の前提を置いた粗い試算」と、甘利大臣の資料9と、 この資料7-1~7-3 の3つだけだ。

マイナンバー制度活用における効果」( 2018年5月10日 経済財政諮問会議 第13回国と地方のシステムワーキング・グループ資料7-3の1頁)

 しかし甘利大臣資料では2400億円となっていた税増収について、この試算では「業務効率化に係る国・地方の税務職員等を充てることとする場合、税務調査・徴収業務が促進される【税増収813億円】 」と、なぜか1/3になっている。

 「定量化が困難なものも多く・・・一定の前提の下での粗い試算にならざるをえない。」事情はあるにしても、算定根拠はどうなっているのか。批判を受けた税増収を減額することで、添付書類が不要となるなど効率化による効果を強調する意図も感じられる。
 その効率化の効果も、「情報連携・マイナンバーカード・マイナポータルの徹底活用を前提」にしている。現状のマイナンバーカードの普及やマイナポータルの利用状況を考えれば、絵に描いた餅のような試算だ。

●犯罪捜査・治安対策に利用?!

 5月19日の自民党政務調査会マイナンバーPTの提言「マイナンバー制度等の活用方策についての提言」で見逃すことができないのは、 マイナンバーの口座紐づけを義務化する目的の一つとして、「マネーロンダリング対策やテロ資金対策 」という犯罪捜査・治安対策が入っていることだ。

「緊急時・災害時の給付における預貯金口座管理をより効率化するとともに、マネーロンダリング対策やテロ資金対策の観点から、より適正な口座管理への国際的な要請がある。
 さらに、金融機関の破たんに備えた口座の名寄せの実効性を高めることや、災害時や感染症事態など様々な緊急時やこれから多くの人が当事者となる相続時等において、国民と金融機関の双方がデジタル化のメリットを享受できる仕組みを早期に構築することが重要である。
 こうした観点から、マイナンバーの口座紐づけを義務化する法案について令和3年度の国会提出を目指すべき。」
( 自民党政務調査会マイナンバーPT「マイナンバー制度等の活用方策についての提言」2019年5月19日より )

 マネーロンダリング(資金洗浄)とは、犯罪で得たお金の出所をわからなくするため口座を転々とさせたり、他の金融資産とやりとりすることだ。
 2015年9月に成立した口座へのマイナンバーの付番等の番号利用拡大法の検討過程では、マネーロンダリング対策も口座への付番目的として検討されていた。2014年4月にまとめられた政府税制調査会マイナンバー・税務執行ディスカッショングループの「論点整理」は、マネーロンダリング対策での利用を指摘している。

 「その際、預金口座へのマイナンバー付番は、マネーロンダリング対策や、預金保険などでの名寄せ、災害時の迅速な対応といった場面でも、その効果が期待できるとともに、将来的に民間利用が可能となった場合には、金融機関の顧客管理等にも利用できるものとなることも踏まえた検討が必要である。」
(マイナンバー・税務執行ディスカッショングループの「論点整理」7頁 )

 しかし2015年の番号利用拡大法では、口座への付番の利用目的はペイオフ対策と税務調査・資力調査であり、マネーロンダリング対策は入っていない。
 理由は定かでないが、マイナンバー制度の目的は 「行政運営の効率化」「公正な給付と負担の確保」「国民の利便性の向上」 と説明されており、その目的とは異質の犯罪捜査での利用を利用目的に入れなかったのは当然だ。

 マイナンバー制度の刑事事件捜査への利用についての政府の説明は曖昧で、利用を規制する仕組みもなく、警察や治安機関による恣意的な利用を防げない。
 マイナンバー違憲差止め訴訟の中でも、刑事事件捜査への利用を認めるかのようなマイナンバー法の規定は憲法違反であるとして争点になってきたが、政府側の主張は変遷している(東京訴訟原告準備書面(8) 19頁~参照)。

 政権与党である自民党が、党の政策としてマイナンバー制度の犯罪捜査利用やさらにテロ対策利用を公言したことは、重大だ。犯罪捜査や治安対策利用は口座情報だけでなく、マイナンバー制度で管理する個人情報すべてに広がり、 マイナンバー制度は変質する。
 マイナンバー制度については、政府も「国家管理への懸念」があることを認めてきた(下図参照)。警察や治安機関がマイナンバーを使って個人情報を集め、マイナンバーをキーにして個人情報を名寄せ・突合・情報共有していけば、この「懸念」が現実化する。

マイナンバー 社会保障・税番号制度 概要資料」(2020年5月版)15頁  内閣官房番号制度推進室・内閣府大臣官房番号制度担当室

 預貯金口座へのマイナンバーの付番の問題は、単に「財布の中身を見られるのはイヤ」という問題ではない。徴税強化、社会保障の自己負担増加、警察や治安機関での利用など、マイナンバー制度そのものを問い返していかなくてはならない。

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (3)

●3年後の見直し規定は義務化を意味しない

 2015年9月3日に成立し9月9日に施行された番号利用拡大法では 、預貯金口座へのマイナンバーの付番について、付番開始(=2018年1月1日)後3年を目途に、預貯金口座に対する付番状況等を踏まえて、必要があると認めるときは、 その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずると、附則で規定していた。
 番号利用拡大法を審議した第189国会では、この「所要の措置」は付番の義務化を意味しておらず、利用状況を見て検討していくものだと答弁されていた。

○山口国務大臣
 今回御審議をいただいております改正法案における預貯金付番に関する規定の見直しがございますが、これは、改正法附則十二条第四項におきましては、預貯金付番の規定の施行後三年をめどとして、預貯金者等から適切にマイナンバーの提供を受ける方策及び改正後のマイナンバー法の施行状況について検討を加えて、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずることというふうなことになっております。
 三年後、どういうふうな見直しをするかでありますが、少なくとも、現時点では全く予断は持っておりません。この法案が成立をすれば、この規定に基づいて、その後、検討されていくものであろうと思います。
2015年5月15日 第189回国会衆議院内閣委員会 宮本(徹)委員に対する答弁

●「国民の理解」を得られない施行の状況

 ではマイナンバー法の施行状況はどうなっているのか。マイナンバーカードの交付率が交付開始4年半がすぎても17.5% (2020年7月1日現在)にとどまっていることに示されるように、まったく「国民の理解」は得られていない。
 「預貯金口座への付番状況」も、1%に満たない ( 2020年6月1日毎日新聞朝刊)。これでは税務調査や資力調査にマイナンバーは使えない。

 マイナンバー制度を推進してきた榎並利博富士通総研経済研究所主席研究員と須藤修東京大学教授は、昨年5月2日の日経新聞で下記のように 、もっとも行政事務の効率化が期待された地方税事務でも、自治体の現場に確認するとまったくマイナンバーが活用されていない実態を紹介している。だからマイナンバー記載の徹底をという趣旨だが、「国民の理解」が得られない付番を強要しても、利便性向上にも効率化にもつながらない。

 「ここで確認したいのは(3)の「行政の効率化」に役立っているかである。特に地方自治体の地方税業務ではマイナンバーを使った課税資料と住民の自動マッチングで大きな効果が見込める。ただし、不動産や自動車・軽自動車における登記・登録ではマイナンバーが使えないため、地方税で効果が期待できるのは住民税である。
 しかし自治体の現場に確認すると、マイナンバーによる自動マッチングは実施されておらず、従来の業務プロセスのままだ。マイナンバーが記載された電子データは全体の3割程度のため、自動マッチングしてもかえって手間がかかってしまうからだ。
 税務署から送付される確定申告書の写しは電子化されているが、マイナンバーが記録されているのは3~4割しかない。また情報漏えい問題の影響で、日本年金機構からの年金支払報告書にはマイナンバーがない。民間企業からの給与支払報告書の電子化は6~7割程度、かつマイナンバーが入っているのはその3~4割だ。紙の場合には何と1~2割しかマイナンバーが記載されていない。」
「マイナンバー現状と課題(上) 記載徹底、国民理解カギ」( 2019年5月2日日本経済新聞朝刊より引用)

●税務・資力調査はどのように行われているか

 2015年法改正での預貯金口座へのマイナンバー付番の目的は、税務調査と社会保障の資力調査のための金融資産情報の把握だった。
 この調査をデジタル化して省力化・迅速化する検討が行われている。2019年11月18日のIT総合戦略本部デジタル・ガバメント分科会などの合同会議で、「 金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」がされている。

 その「取りまとめ」によれば、現状は年間約6000万件の照会・回答がされている。照会元としては地方税関係が6割弱、国税関係が約1割、ついで生活保護、国民健康保険の順番で、照会先としては銀行等が約7割強、生命保険会社が約3割弱、ついで損害保険会社、証券会社となっている。
 照会は書面で行われ、照会元は調査対象者の情報を記入した書面を、返信封筒を同封して金融機関に郵送している。照会内容は口座の有無、残高や契約内容、過去の取引履歴、契約時の申込書や本人確認などの書類が主な内容となっている(下図参照)。 

(「金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」2頁)

●税務調査・資力調査のデジタル化・一括化の動き

 この照会・回答を、民間事業者を使ってデジタル化しようとしている。
 現状は金融機関にとって照会文書の形式や内容がバラバラで、手書きで補記されているものもあり確認が煩雑化している。本人特定のための情報もバラバラで、回答の郵送も人手がかかる。照会されても該当者がいなくて無駄になる作業が多い。照会する行政機関も、複数の金融機関に郵送したり回答をデータ化する負担があり、回答が長期化すると業務に支障がでるなどの課題が上げられている。
 そのため照会・回答業務を原則デジタル化し、民間のサービスを間にはさむことで、調査を効率化しようという計画だ。しかし行政も金融機関も民間事業者も、デジタルで照会・回答する業務フローの検討や、個人情報保護・セキュリティ、費用対効果など検討課題が多く、工程表では2022年度までかけて検討することになっている。

取りまとめ」概要版より

●マイナンバーで金融資産情報把握を効率化

 この照会・回答のデジタル化は、「デジタル・ガバメント実行計画」や「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」などの閣議決定に基づき検討されている。
 昨年6月4日の「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」でも、マイナンバーの利活用の推進の一つとして「行政機関と金融機関の間のオンライン・ワンストップ化を検討」が入っていた。
 預貯金口座など金融資産にマイナンバーを付番することで、 課題となっている本人特定を効率化して、金融資産情報を正確・迅速に把握することが期待されているのだろう。


取りまとめ」概要版より

●調査の一括化はプライバシーを侵害しないか

 しかし調査といっても税務調査と、本人の同意書を添付して照会する生活保護など社会保障の資力調査と、捜査関係事項照会書によって照会する警察など、調査の性質も法的根拠も調査に必要な要件も異なる。それを省力化・迅速化のためだと一括して照会可能にすることは、人権侵害のおそれがある。
 口座へのマイナンバー付番の目的は税務調査と資力調査のため、と説明されていたにもかかわらず、犯罪捜査での照会も同じシステムで一括して行おうとしていることも、立法趣旨に反する。
 またきわめてプライバシー性の高い金融資産情報の把握を、民間事業者を使って行っていいのか。税務調査にしても資力調査にしても、私たちは納税義務の履行や社会保障サービスを受けるために調査を受けざるをえない立場にある。選択して利用可能な民間手続きと同じには扱えない。

●総務大臣が付番義務化についての検討を依頼

 2020年1月17日の記者会見で高市総務大臣(マイナンバー制度担当)は、預貯金口座に対するマイナンバーの付番の義務化について、財務省、金融庁において実現に向けた検討をするよう依頼したことを明らかにし、メディアでも報じられた。

 これに対して銀行協会の高島会長は2月13日の記者会見で、マイナンバーの付番が義務化された場合、銀行界にどのようなメリット・デメリットがあるのかの問いに、特段のメリットもデメリットもないが、義務化の具体的内容に応じた事務的負担が問題と答えている。休眠口座などを含めて全口座への付番義務化は、事務的に負担が大きいだけでメリットはない、という含みではないか。

 マイナンバーに関して、2018年1月に施行された改正番号法等により、預貯金口座への付番は、お客さまのお考え次第、任意というかたちで頂戴するオペレーションはすでに始まっており、銀行は口座開設あるいは住所変更などのお手続きを受け付ける際に、お客さまにマイナンバーの届け出についてもご協力をお願いしている。・・・・
 預貯金口座の付番が義務化されたとしても、現状、マイナンバーの利用範囲は、社会保障・税・災害対策の分野における行政手続等に限定されている。したがって、銀行内部の手続等には利用できないわけで、特段、銀行にとって、あるいは金融機関にとってのメリットはないということになる。
 半面、申しあげたとおり、各銀行は現在も、あくまで任意だが、マイナンバーの届け出を受け付けて、それを登録するというプロセスはすでにやっているので、そのためのシステムの対応もすでに終わっている。義務化の内容に応じて、既存の口座の名寄せの負担をどうしていくのかという問題が出てくるが、それ以外は特段デメリットもない。したがって、義務化の具体的な内容に応じた、事務的な負担をどう考えるかという論点が残ってくるだろうとは思う。・・・
( 銀行協会高島会長の2月13日の記者会見より )

 その後、口座への付番義務化について、めだった関係省庁の検討の動きは報じられていなかったところに、新型コロナ対策の特別定額給付金10万円の給付でマイナンバーカードを使ったオンライン申請で大混乱が起き、「給付のための口座の付番」という形で議論が沸き起こってきた。(2020年7月31日追記)

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (2)

●マイナンバー制度開始前に口座付番など利用拡大

 2015年10月5日のマイナンバー制度の開始前にもかかわらず、2015年3月に預貯金口座への付番など番号利用の拡大法案が国会に提出された。
 番号利用拡大法に対して共通番号いらないネットは、院内集会を4月23日5月8日に開催、「共通番号(マイナンバー)法改正への6つの疑問」を公表、8月29日に院内集会決議を、9月3日に成立に抗議する声明を発表するなど反対をしてきた。
 しかし利用拡大法は、2015年6月に発生した日本年金機構から不正アクセスにより個人情報125万件が漏えいする事件によって国会審議が止まったが、年金機構の利用を延期する修正をして 9月3日に 成立した。

●法改正の付番理由は金融資産情報の把握

 この2015年番号法改正で預貯金口座にマイナンバーを付番する理由は、
1)銀行が破綻した際に預金保険機構が一定額の払い戻しをするペイオフの際の、預貯金額の合算のための名寄せに利用する
2)社会保障制度における資力調査や税務調査で、預金情報を効率的に利用する
の2点が説明されていた。

マイナンバー制度の開始について」 22頁
(内閣官房社会保障改革担当室 2015年12月17日講演資料)

●法改正理由と政府・自民党の説明の食い違い

  今、政府と自民党は「口座の中身は把握されない」 「政府に全ての金融資産情報を把握されることはない」 という説明を繰り返している。
 しかし、2015年のマイナンバー法改正での預貯金口座へのマイナンバー付番理由は、ペイオフや税務調査や資力調査のために金融資産情報を把握するためだった。
 自民党PT「提言」は、 マイナンバーの口座紐づけの義務化を目指す理由として、 緊急時・災害時の給付の効率化、マネーロンダリング対策やテロ資金対策、金融機関の破たんに備えた口座の名寄せ、相続時等をあげているが、税務調査や資力調査のための金融資産情報の把握には触れていない。
 政府や自民党は、口座への付番の義務化をしやすくするために、ごまかしの説明をしているというしかない。

●口座付番へのマイナンバーの提供は任意

  今後の預貯金口座へのマイナンバー付番の義務化について、 自民党と政府は
・自民党=給付用1人1口座→任意、全口座への付番→義務化
・政府=給付用1人1口座→義務化、全口座への付番→希望者
と、相反する考えを示している。

 2015年の法改正で義務化されているのは、
・金融機関が預金情報をマイナンバーで検索できるよう管理することの義務づけ
・預金保険機構をマイナンバーの「利用事務実施者」として利用可能にする
・社会保障の資力調査でマイナンバーを付番した預金情報の提供を可能に
など、金融機関側がマイナンバーで口座を管理できるようにすることだ。
 預金者については、金融機関からマイナンバーの提供を求められても、提供する義務は規定されていない。口座開設時なども、あくまで提供は任意となっている(「法律上、告知義務は課されない」下図参照)。

マイナンバー制度の開始について」 23頁
(内閣官房社会保障改革担当室 2015年12月17日講演資料)

●なぜマイナンバーの提供を義務づけなかったのか

 番号利用拡大法案を審議した第189回国会では、新規口座開設の際の付番の義務化は比較的容易だが、既存の口座に義務化するのは無理があり、利用状況をみながら検討していきたい、と答弁されていた。
 2014年2月の銀行協会の資料では、個人預金口座数は銀行が7億8610万、信用金庫が1億3675万、郵貯が3億7775万、計13億口座もある。使われていない口座や連絡がとれない口座も多く、既存口座への付番は困難と見られていた。

個人預金口座へのマイナンバーの付番に対する銀行界の考え方」(2014年2月28日政府税調マイナンバー・税務執行DG第3回 全国銀行協会 太田純企画委員長資料より)

 しかし付番を義務づけられないとした理由は、それだけではない。法案作成にあたっての内閣法制局への説明資料では、「すべての預金者に金融機関への個人番号の提供を義務づけることは、プライバシー保護の観点から国民の理解がえられているとは言い難いため」と記されている。

●マイナンバー法は番号の提供を義務づけていない

 そもそもマイナンバー法では、 番号の利用機関とその関係機関はマイナンバーの提供を求めることができるが、 私たちにマイナンバーの提供は義務づけられていない。個別法のなかで届出等の書類にマイナンバーを記載事項にしているが、扱いは個々の法律により異なる。
 共通番号いらないネットでは、各省庁とマイナンバーの提供について確認してきたが、金融関係で告知義務が課せられている一部の手続きを除き、マイナンバーが未記載でも受理し、記載がなくても不利益は生じないと、どの省庁も回答している。
金融機関4団体への質問と回答( 2016年9月 )
確定申告等のマイナンバー記載を国税庁に確認(2017年3月)
国税庁にマイナンバー未記入の扱いを再確認(2017年5月)
マイナンバー記載なくても手続き進める 厚生労働省が説明 (2017年5月)
金融庁が金融機関でのマイナンバー記入に柔軟な対応を通知(2017年6月)
国家公務員にマイナンバーカード取得は強制できない 内閣官房回答 (2017年3月)

●進まない口座へのマイナンバー付番

 2018年1月から預貯金口座へのマイナンバーの付番が始まった。しかし預金者の拒否反応は強く、付番は進んでいない。「全国銀行協会によると、ひも付いているのは、個人預金を取り扱う163行で972万件(2019年末現在)。日本にある口座数は、銀行、信用金庫、ゆうちょで計約10億口座とされ、1%に満たない水準だ。」( 2020年6月1日毎日新聞朝刊)
 証券口座については、2016年1月以前に開設した口座についてのマイナンバーの告知は、2018年12月までの経過措置が取られていたが、2018年6月末時点で41.4%しか集まらず、経過措置が3年間延長された (下図参照) 。
 マイナンバーの告知が義務付けられているNISA(少額投資非課税制度)でも、約2割が未提出と報じられている(2019年2月19日日経電子版)。

平成31年度税制改正について」(平成30年12月金融庁)より

 政府や自民党が、新型コロナ対策を利用して「給付のためのマイナンバーとひも付けた口座登録」を言い出したのは、このような強い拒否反応を意識して、耳障りのいい理由を付けてとにかく義務化をしようという意図ではないか。
 本当の意図を隠してマイナンバー制度を推進しようとする姿勢が、不信感を増幅している。