岸本建男名護市長弾劾決護


 一坪反戦地主運動は、沖縄における反戦反基地運動の象徴ともいうベき反戦地主を支え、「銃剣とブルドーザー」で奪われた軍用地を「生活と生産の場にとり戻す」ことを目的として始められた運動である。現在もなお、この運動の趣旨に賛同し、一坪反戦地主になることを希望する人びとが少くない。同時に、二十年近い一坪反戦地主運動の展開過程では、自らの社会的立場の変化によって当初の志を捨て、一坪反戦地主の立場を離脱した者も皆無ではない。それは、一坪反戦地主が、一人一人の主体的選択による立場である以上やむを得ないことである。

 岸本名護市長は、一坪反戦地主である。そしてそのことをもって、自らの政治的立場の幅広さを印象づけようとしているかに見える。市長は、名護市民投票の結果を受けた大田前沖縄県知事の普天間代替施設辺野古沿岸域移設反対の決断に従うことを公約して市長になった。にもかかわらず、名護市民投票の結果を無視して基地受入れ容認の意思表明を行った。これは市長としての公約に反するのみならず、一坪反戦地主運動の趣旨を踏みにじる行為といわざるを得ない。わたくしたちは、こうした行為を見過ごすことはできない。

 岸本市長は、一坪反戦地主運動に参加したときの初心を振り返り、現在の政治的行動との著しい隔たりを自覚し、自らの責任において、その出処進退を明らかにすベきである。

 右、決議する。

                          2000年2月6日

             一坪反戦地主会第18回定期総会参加者一同


一坪反戦地主排除の陳情採択問題