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第139号(2002年9月28日発行)

特措法違憲訴訟 控訴審
第3準備書面(一審原告) 2002年7月11日

第1 「改正」米軍用地収用特措法15条の違憲性についての主張に対する反論

 1 憲法29条適合性について
(1)控訴人らは、第1準備書面において、原判決が1996年8月28日最高裁大法廷判決の解釈を誤り、合憲性の要件として「改正」米軍用地収用特措法第3条の定める「適正かつ合理的」要件判断が必要である点を欠落させていることを、誤った判断であるとして批判した。
 しかし、被控訴人国は、この点につき全く触れていない。

(2)被控訴人国は、控訴人らの上記指摘が正当であることを前提にした上で、「改正」米軍用地収用特措法15条は、内閣総理大臣が使用認定をなしたことを要件としているので、上記最高裁大法廷判決が指摘する「適正かつ合理的」要件充足性判断をなしており、15条は憲法29条に適合すると主張する。
 しかし、この主張は、2つの点で誤っている。

 1つは、上記最高裁大法廷判決は、「改正」前の米軍用地収用特措法の合憲性判断をなした事案であり、「改正」前の同法に基づく強制使用制度(総理大臣の使用認定と収用委員会の裁決を経ることによる財産権制限)の合憲性の要件として「適正かつ合理的」要件の充足性を指摘したものであった。

 ところが、本件で争われているのは、上記最高裁大法廷判決が判断した「改正」前の米軍用地収用特措法に定められた強制使用制度についての憲法適合性ではなく、「改正」米軍用地収用特措法によって新設された15
条の「暫定使用権制度」そのものの憲法適合性である。

 上記最高裁大法廷判決の趣旨は、私有財産権を制限する場合には、その財産権制限のときに「適正かつ合理的」要件判断を要すると趣旨であり、財産制限以前に、かつて「適正かつ合理的」要件充足性判断がなされた事実があれば足りるという趣旨のものでないことは、明らかである。

 控訴人知花所有土地および控訴人有銘ら所有地について、内閣総理大臣による「改正」前の米軍用地収用特措法5条に基づく使用認定がなされたのは、いずれも1995年5月9日であり、本件暫定使用権が発生する1997年4月25日より2年前のことである。土地収用法29条1項は、使用認定の告示のあった日から1年以内に使用等の裁決申請がないと使用認定の効力が失効する旨定めるが、これは、使用認定がなされた事実がその後持続して法的意味を有し続けることの不合理性を示すものである。

 また、使用認定は、使用権を取得させることについての判断であり、「暫定使用権」を取得させることについての判断ではない。両者は異なる判断を含むものである。

 被控訴人国主張のように、暫定使用権を発生(私有財産権の制限)させる前に、内閣総理大臣が使用認定をなしていることをもって、「適正かつ合理的」要件が充足されるとすると、4年も5年も前の使用認定の存在で充分(暫定使用権制度では、この点の期間制限はない)であるということになる。
 しかし、これが相当でないことは、詳述するまでもないことであろう。

 ところで、「改正」米軍用地収用特措法15条は、暫定使用権発生の要件として、「適正かつ合理的」判断が行なわれることを要件とせず、単に過去に使用期間が終了する土地について使用認定がなされた事実が存することを要件としていることは、条文上明らかである。この点において、「改正」米軍用地収用特措法15条は、上記最高裁大法廷が判示した憲法適合性の要件を欠くものであり、違憲となるものである。

(3)被控訴人国の主張の誤りのもう1つの点は、内閣総理大臣が使用認定をなしたことをもって、「適正かつ合理的」要件を充足したと主張している点である。

 この点については、原審においても、控訴人第1準備書面においてもすでに指摘したところであるが、「適正かつ合理的」要件は、土地収用法においてはまず内閣総理大臣において「使用認定」という形で判断され、次に、具体的な対象土地に即して収用委員会において判断される仕組みとなっており、両判断がそろって初めて「適正かつ合理的」判断が完結するものである。土地収用法の慎重な同判断の仕組みは、極めて適切、妥当なものである。

 被控訴人国の主張は、「適正かつ合理的」要件の判断はもっぱら内閣総理大臣の裁量的判断に専属するものであり、収用委員会は、損失補償額の判断のみをなし、「適正かつ合理的」要件判断を行う権限を有しないとするものであるが、同主張が誤っていることは、すでに原審の最終準備書面で指摘したとおりである(同書面)。

 2 憲法31条適合性について
 被控訴人国の主張は、従来の主張を繰り返すものであり、控訴人らが第1準備書面で原判決の問題点を指摘した点に関する噛み合った反論とはなっていない。

 被控訴人国の主張は、・安保条約上の義務の履行として提供するものであり、高度の公共性・必要性が存すること、・かつて内閣総理大臣が適正かつ合理的と判断したことがあること。・収用委員会における必要な手続が完了していないことにより生ずる条約上の実施上の重大な支障を回避するという高度かつ緊急の必要性が存することの3点である(被控訴人国準備書面(17))。
 しかし、この点については、すでに控訴人ら第1準備書面において詳しく反論したところである。


第2 「改定」米軍用地収用特措法附則2項の違憲性について

 1 附則2項の憲法31条及び39条適合性(法の不遡及原則違反)ついて
 被控訴人国は、附則2項の憲法31条及び39条適合性について、被控訴人国準備書面(17)において従前と同じ主張を繰り返している(同書面)が、全く本質を理解しない(あえて本質に触れない)議論であるといわざるを得ない。

 すでに、控訴人第1準備書面で述べたとおり(同準備書面)、控訴人らは、米軍用地収用特措法「改定」前には「使用認定」が暫定使用権を発生させる法的要件となるとは知らされておらず、同使用認定は、単に起業者に強制使用申請を行う法的地位を付与したにとどまるものであった。また、同様に那覇防衛施設局長の使用申請が暫定使用権を発生させる要件となることを知らされておらず、同申請は、収用委員会の裁決審理を開始させるための手続的効果のみを有するものにすぎなかった。さらに、控訴人らは、(従前の)裁決が定めた使用期間が満了すると、土地の返還を請求しうる確定期限付返還請求権を有していたのである(土地収用法105条1項)。本件では、控訴人らが改正法施行前に有していたこれら法的権利ないしは法的地位・利益が、「改定」特措法15条に附則2項が付け加わるというだけで、一方的に侵害されるという関係になるのである。これはまさに控訴人らに不意打ちを与えるものであり、法的生活の安定性を著しく侵害するものといわざるを得ない。この意味で、法施行前の過去の事由を法的効果発生の根拠とすることは、憲法31条の適正手続に違反し、かつ、法律の不遡及原則にも違反するものというべきである。

 2 附則2項の憲法41条違反について
 この点に関しても、被控訴人国は、従前の主張を漫然と繰り返すのみである。しかしながら、附則2項が15条の確認規定であるとする被控訴人主張自体基本的に誤ったものであることは、これまで指摘したとおりである。

 被控訴人の主張には、この点の誤りとともに、15条が抽象的・一般的であるとする主張を、同附則が確認規定だとする論理を介して、附則2項の規定も「抽象的・一般的」規定だとする結論に飛躍させている点で2重の誤りを犯している。附則2項前段は、施行日において「使用期間が満了していない場合」で、かつ、「手続が完了していない土地」を対象とし、附則2項後段は、施行日において「使用期間が満了している場合」で、かつ、「手続が完了していない土地」を対象としていることは、文言上明白であり、決して、同規定が将来に向かって一般的な場合を想定し、または対象としているものでないことは明瞭である。とりわけ、附則2項後段で、「使用期間が満了している」場合、すなわち、国が当該土地を占有する権限を有しておらず、不法占拠している場合という極めて特殊で限定された事案を対象としていることは重大である。同法施行時に、上記要件に該当した土地は、控訴人知花所有土地及び控訴人有銘ら当時収用委員会で公開審理を闘っていた反戦地主だけであり、それ以外にはなかった。このことは、被控訴人国も準備書面(17)で自認していることであり、附則2項前段、後段が当時公開審理で闘っていた反戦地主の所有土地(特定の土地、事件)を対象にしていることは明らかである。附則2項前段、後段のどこが抽象的・一般的だというのであろうか。被控訴人国の主張は、15条に関する主張を盲目的に繰り返すものであり、到底論理的批判に耐えないものである。繰り返し主張するとおり、控訴人知花所有土地に関しては、96年3月31日の経過でその使用権原がなくなり、控訴人知花は、「改正」当時すでに土地明渡訴訟を提起して裁判の場で争っていたのである。また、控訴人らは、新たな使用裁決申請について、公開審理で闘っていたものである。その訴訟、公開審理の最中に、国は米軍用地収用特措法を「改正」し、15条を新設するとともに、附則2項前段で、控訴人有銘ら所有土地につき、後段で、控訴人知花所有土地につき暫定使用権原を付与することとなったものである。この「特定の土地」と「特定の事件」のみを対象とした立法のあり方は、憲法41条が前提とする「法の一般性・抽象性」を備えず、同規定が禁止するものであり、立法の限界を超えていることは明らかである(詳細は、控訴人ら第1準備書面)。

 3 附則2項後段にかかる憲法適合判断の必要性について
 この点に関し、憲法判断を回避した原審の判断の不当性については、控訴人第1準備書面において詳細を述べている(同書面)。今回、被控訴人国が強調する附則3、4、5項に基づく供託は、全て附則2項後段の適用を大前提としている(3項の冒頭で「防衛施設局長は、前項後段に規定する土地等の暫定使用を開始した場合においては・・・」とある)。

 すなわち、控訴人知花所有土地に関しては、「改定」米軍用地収用特措法15条、附則2項後段によって、施行後においては暫定使用権原を取得させ、施行前においては不法占拠に対し3項以下の「損失補償」をさせるとしたものであり、不法占拠期間中の損害を一方的に「損失補償」と決めてしまったものである。したがって、被控訴人国の主張の適否を判断する上でも、控訴人知花所有土地につき「改定」特措法15条、附則2項後段が適用されたことについての憲法判断が必要・不可欠となるものである。

 4 最高裁判決について
 原判決は、1949年5月18日最高裁大法廷判決を引用して、「憲法39条は、民事法規の不遡及まで保障するものではない」と判示する(46頁)。また、被控訴人国は、「法の遡及を認めるか否かは、法の効力の時的限界の問題であって、適正手続の問題でないから、憲法31条が保障する適正手続とは何ら関係がない」と主張する(同準備書面)。

 しかし、同判決は、自作農創設特別措置法47条の7及び同法附則7条は、憲法39条に違反しないと判示したものであるが、同事件は、次のような事案であった。

 上告人は、市町村農業委員会が自作農創設特別措置法に基づき、1947年8月に訴外Aを所有者と認めて買収計画を立てたことに対して、真の所有者は上告人であるとして異議申立をなしたところ、市町村農業委員会は同異議申立を却下した。そこで、上告人はこれを不服として県農業委員会に訴願をしたところ同処分は取り消すべきでないとの裁決がなされ、裁決書が同年12月3日頃上告人に送達された。

 自作農創設特別措置法では、当初行政処分について裁判を提起することは認められていなかった。1947年5月施行された民訴応急措置法は、8条で一般的な行政処分に対する出訴期間を6ヶ月と定めていた。他方、1947年12月の自作農創設特別措置法改正により、同法に基づく出訴期間を1ヶ月と定め、附則で改正前に処分があったことを知っていた者は、改正後1ヶ月以内に出訴できる旨規定された。上告人は、1948年5月に出訴したため、上記出訴期間を経過しているとして請求が却下された事案であった。

 このような事案において、上記判決は、「民事事件においては、憲法がその効果を遡及せしめることを禁じていないのである。従って、民事訴訟法上の救済方法の如き公共の福祉が要請する限り、従前の例によらず遡及してこれを変更することができると解すべきである。出訴期間も民事訴訟法上の救済に関するものであるから、新法を以って遡及して短縮しうるものと解すべきであって、改正前の法律による出訴期間が既得権として当事者の権利となるものではない。そして、新法を以って遡及して出訴期間を短縮することができる以上は、その期間が不合理で実質上裁判の拒否と認められる場合でない限り憲法第31条に違反するということはできない」と判示すものである。

 上記事件の事案は、出訴期間の規定が権利を付与するものでないことを確認した上で、出訴期間は、「その期間が不合理で実質上の裁判の拒否と認められる場合」でないことを判示したものである。

 上記判決は「憲法が、民事事件において、法律によりその効果を遡及させることを禁じていない」という判示部分は、一般的なことを述べたものであり、本件で争点となっている「不利益又は権利の制限を伴う法的効果を遡及させうるか」という問題に関するものではないと解すべきものである。このことは、上記判決における具体的適用に関する上記判示箇所をみれば明らかである。

 むしろ、同判決は、法の遡及が「権利を侵害する場合、又は不合理で不利益を与える場合」には、憲法31条に違反する場合があることを判示するものである。従って、同判決を理由に、控訴人らの請求を退けるのは理由がないものである。

第3 立入り拒否についての主張に対する反論

 1 「有機的一体」について
(1)被控訴人国は、控訴人知花所有地について、「通信施設である楚辺通信所の機能面におけるきわめて重要な場所に位置し、これに接する周辺の土地には、アンテナ、リフレクタースクリーン等の主要な通信施設が設置され、また、電磁障害除去地も存在し、これらが一体となって有機的に機能している」と主張する。

 しかし、同主張は不正確である。控訴人知花所有土地上には、低周波用アンテナも高周波用アンテナも設置されていない。被控訴人国の原審における主張では、低周波用アンテナの支線ブロック一個と高周波レフレクタースクリーンの一部が存在し、地中にメッシュグランドマットとアンテナケーブルが存在するとのことである(原審、被告準備書面1)。

 被控訴人国の主張は、アンテナの「支線ブロック」を「低周波用アンテナ」とし、「高周波レフレクタースクリーンの一部」を「高周波用アンテナ」と誇張して虚偽の主張をするものであり、事実に反するものとなっている。

 被控訴人国は、その主張を裏付ける証拠を何ら提出していないものであり、単なる主張にとどまるものである。

(2)この点に関する問題の中心は、原審で被控訴人国が主張した事実が存在する場合に、被控訴人国に控訴人知花所有地をどうしても暫定的に強制使用する必要があるか否かである。この点について、軍事評論家・西沢優氏は、「その必要はない。仮に、知花さんの土地を返還したとしても、楚辺通信所の機能にさして影響がない」と述べている(甲第103号証)。

 まず仮に、アンテナの支線ブロック数本と高周波用のレフレクタースクリーン撤去されることになっても技術的には何らの支障はない。

 控訴人知花所有土地の支線ブロックが撤去されても直ちに低周波用アンテナの撤去に結びつくものではなく、また、控訴人知花所有土地の高周波用のレフレクタースクリーンを撤去しても基地機能に支障を生じさせ
るものではない。

 楚辺通信所の傍受システムは、円形に設置されたアンテナによって受信される電波の時間差によって、電波の来る方向を特定するものである。そのため、多くのアンテナが設置されているのであり、仮にアンテナの一部が撤去されたとしても撤去されたアンテナに隣接するアンテナによって、電波の来る方向は特定でき、電波受信能力についても全く影響を与えない。

 厳密な意味での精度、あるいは機能の低下を問題とするのであれば、楚辺通信所は、そもそも欠陥施設としての性格を有している施設である。「象のオリ」と呼ばれる施設は、楚辺だけでなく、本土の三沢基地にも存在する。三沢の「象のオリ」は、完全に平坦かつ水平な土地の上に作られ、進入路も楚辺のように地上ではなく地下を通す構造となっている。楚辺通信施設の周辺は、被軍用地、フェンス外土地となっており、民間住宅地、民間車両等が自由に通行できる環境となっており、元々、厳密な精度を期待される施設とはなっていなかったものである。同施設の使用部隊が解散され、米軍が同施設の返還を受け入れた真の理由は、同施設の機能・制度に基本的な欠陥が存したためである。被控訴人国の主張は、この点を踏まえない主張となっており、理由のないものである。

 次に、「象のオリ」に所在する控訴人知花所有土地を返還するとすると、メッシュグランドマットの一部が撤去されることになるが、本件土地に敷き詰めたとされるメッシュ状のアースマットは、アンテナの接地機能のばらつきをなくすために設置されているのであり、そもそも、アースマットそのものが、曲面の歪みを持った自然の地形の上に設置されており、現状でも、理想的なアース効果とは程遠いものしか得られていない。また、アースマットは楚辺通信所の全面には敷きつめられておらず、現に、その一部はアスファルトの進入路(そこから大型トラックが出入りしている)となっており、そもそもアースマットは敷設されてはいない。この進入路に比べれば本件土地はその2分の1程度の面積でしかなく、本件土地のアースマットは楚辺通信所全体の0.3%程度の面積しか占めていない。技術的観点から見て、本件土地上のアースマットを撤去しても受信機能その他の楚辺通信所の機能には何らの影響もないことは明らかである。

 さらに、軍事的観点からもレフレクタースクリーンとアースマットの撤去は支障を来たさないのである。本件土地は、楚辺通信所の東側にあるが、もともと国や米軍の軍事的関心は、朝鮮半島、中国など楚辺通信所の西側に関心が集中していたのであり、軍事的に関心の少ない方向から来る電波は価値が乏しい。楚辺通信所の進入路は、施設の東側、正確には東南に設けられており、軍事的関心の対象である、朝鮮半島、中国、そしてかつてのソ連に面する西側や北西側ではなく、東側に進入路を設けたものである。軍事的に東側を重視していないのである。

 以上のとおり、被控訴人国の控訴人知花所有土地は施設と「有機一体として機能している」との主張は、まったく根拠を有しないものである。

 2 立入り拒否の違法性について
(1)被控訴人国は、「自力救済禁止の原則から、駐留軍の意向に反して強制的に立ち入ることは許されない。・・・・所有権はあっても、駐留軍の意向に反して強制的に立ち入ることまで法的に保護されるわけではないから、・・・・・・職員の行為には違法性はない」と主張する。

 確かに、自力救済禁止の原則からは、実力で立ち入ることは許されず、その実力行使の態様によっては、違法との評価を受ける場合が存することはそのとおりであろう。

 しかし、本件の場合、控訴人知花の土地は、フェンスで囲まれておらず、事実上自由に立ち入れる土地であった。現に、控訴人知花も、被控訴人国および米軍が控訴人知花所有土地を占有使用する権限を喪失して時点で、同土地に立ち入ることを目的としていたものであり、その立ち入り行為自体は、何ら違法と評価されるものではなかった。したがって、同立入りが「駐留軍の意向に反する」としても立入り行為そのものには、施設を破壊等して立ち入るものでない限り格別違法とされるものではなかった。

 被控訴人国らは、上記状態を充分に承知した上で、使用期限後の控訴人知花の立入りを積極的に拒否するために、フェンスを張り、防衛施設局職員、機動隊を配置して控訴人知花の立入りを妨害・拒否したものであり、同行為は、控訴人知花の立入りを妨害・拒否する行為として、違法行為との評価を受けるものである。

 なお、自力救済禁止の趣旨は、社会秩序の維持にあり、自力救済禁止の反面として無権限者の行為を適法とするものでないことはいうまでもないことである。すなわち、盗人からの所有物の実力による取り戻しが禁止されるからといって、盗人の窃盗行為や返還請求を実力で拒み続ける行為が適法となる物ではない。

(2)さらに、被控訴人国は、アメリカ合衆国に対し、控訴人知花所有土地を駐留軍に使用させる条約上の義務を負っているから、同土地の使用(立入り)を控訴人知花に認めることは条約上の義務に「実質的に反することになる」ので、立入を認める職務上の注意義務はなく、違法ではないと主張する。

 しかし、この被控訴人国の主張には、2つの点で論理のすり替え、飛躍がある。1つは、アメリカ合衆国に対する条約上の義務と国の国民に対する義務とを混同・すり替えている点であり、2つは、立入りを受忍する義務の存否と立入りを妨害することの違法性の問題は別個の問題であるにもかかわらず、これを同一の問題と論理を飛躍させている点である。

 まず前者については、被控訴人国はアメリカ合衆国に対して条約上の義務を負うと同時に、被控訴人国に対しても返還義務を負っている。被控訴人国の主張は、アメリカ合衆国に対する義務を優先させて、同義務は履行するが、国民(控訴人知花)に対する義務を履行する義務は存しないというものであるが、一方に対する義務を履行したことが直ちに他方の義務不履行を適法とするものではないことはいうまでもないことである。すなわち、控訴人知花所有土地を返還することや、本件土地への立入を拒否する以外にもはや途はなかったこと、換言すれば、結果の回避可能性のなかったことを被控訴人国が主張立証して初めて適法性が付与されるのである。

 被控訴人国が、アメリカと返還に関するいかなる交渉を行ったのか、その交渉内容、プロセスから返還が実質的に困難であったこと、および、立入についても同様であることを、積極的に主張立証して初めて適法だといえるのであって、条約上の義務を負っていることから直ちに適法性が付与されるものではない。
 よって、被控訴人国の主張は、理由がない。

第4 慰謝料請求について
 1 被控訴人国は、控訴人知花所有土地に対する、1996年4月1日から1997年4月24日までの389日間の占有について、国賠法上の違法性が認められないと主張する。
 しかし、この主張は、占有権限がないという厳然たる事実を無視する立論であり、明らかに失当である。

 2 また、被控訴人国は、控訴人知花の慰謝料請求を失当とする理由の1つとして、1996年4月1日から1997年4月24日までの389日間の占有は、使用権原の欠缺が一時的であると主張する。

 しかし、389日間は、1年間を越える長期間であり、これを一時的として済ませることはできない。私人間であっても、他人の土地を1年間不法占拠するということは重大な問題である。

 さらに、被控訴人国は上記理由の1つとして、長年にわたって継続してきた占有が継続しただけであって、新たな使用が開始されたわけではないと弁明する。

 しかし、占有が継続したのは、被控訴人国が使用期間が満了したにもかかわらず返還を拒否したからである。この場合、確かに占有は継続しているが、使用権原は一旦喪失したものであるから、1996年4月1日からの使用は新たな使用の開始である。

 結局、被控訴人国の主張は、自分自身の返還拒否によって占有が継続したことを理由に、占有には違法性がなくなると主張するものであり、誠に奇妙な論理を展開するものである。また、被控訴人国のこの奇妙な主張は、不法占拠を続ければ、控訴人らの精神的苦痛をなくなり、損害がなくなるという奇妙な上記結果を導くことになるが、同結論が認めえないことは言うまでもないことである。

 3 被控訴人国は、控訴人知花が本件において侵害されたとする「期待権」なるものは、実定法上の根拠を全く欠くものであって、法律上保護すべきものではないと主張する。

 しかし、1996年3月31日の契約期間満了によって、控訴人知花は実定法上返還請求権を取得したのである。したがって、被控訴人国も実定法上返還義務を負うに至ったのである。そうである以上、この具体的な返還請求権に基づいて控訴人知花所有土地が返還されると期待することは、法律上当然であって、保護に値する。逆に言えば、これを妨害することは違法である。

 被控訴人国は、前述のように、1996年4月1日から1997年4月24日までの389日間の占有に国賠法上の違法性が認められないと言い、また期待権についても実定法上の根拠を欠くと言うが、これはどちらも使用期間が終了して返還請求権が発生したことを無視するものである。