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第115号(2000年8月28日発行)

陳 述 書

1 池子米軍住宅の用途、その設備内容、環境等について
 池子米軍住宅区域は、逗子市の全面積の約一五%を占める広大な区域です。米海軍横須賀基地に所属する米軍人・軍属及びその家族のための住宅が不足していることを理由に、一九九二年八月に住民には全くその経緯が示されず、また神奈川県及び逗子市の意向の打診もないまま、約一千戸の米軍住宅建設の候補地として正式に発表され、地元の強い反対にもかかわらず一方的に計画が進められて、一九九六年に完成し現在に至っています。
 この住宅は、冷戦末期の北西大平洋における米ソの原子力潜水艦の直接的対峙による核戦略の緊迫した状況を背景に、核戦力を支える戦略・技術・情報部門の高級将校を中心とする米軍人及びその家族の集中的管理と緊急時の即応体制の整備を主な目的としたものであると米軍関係者その他から聞いております。
 そのことから、生活環境については特別な配慮がなされており、既存の米軍住宅を廃止して環境の良い逗子市の池子弾薬庫地域を候補地としたのもその一環です。また米軍の当初の計画は米国におけるリゾートのような林間住宅でありましたが、日本の防衛当局の意向を踏まえて、森林を後背地とした一戸建ての高級住宅群と米軍の基準を適用した広壮なマンション群となっています。
 この生活環境がどれほど周囲の住民のそれと懸け離れたものであるかは、米軍住宅の空中写真で住宅密集度と住宅周辺の緑の配置の余りにも大きな格差を見れば、一目同然です。また、最低の条件であると米軍が表明したマンションの床面積が一一四平方メートルであることが当時逗子市の住民の間で強い反発を買ったことから、フェンス一つを隔てた日米間の住宅事情の格差を理解していただけると考えます。

2 池子米軍住宅等米軍施設の地域住民に与える影響について
 池子米軍住宅が地域住民に与える影響は、それが家族住宅であることと、どちらかといえば住民の年齢層が高く、また将校が比較的多いと言われていることから、私は訪問し視察した横須賀基地や沖縄の基地群などが地域に与える深刻な影響に比較すれば、これまでは深刻な悪影響は表明化していないと言えます。
 しかし、私は周辺住民や行政はすでに相当の影響を受けていると考えていますので、その例を以下にいくつか上げておきます。
 (1)住宅建設後、非常に静かな住宅地であった池子地域にとって大きな変化が起きています。まず、施設内のスポーツ施設の夜間照明によって、広い範囲の住宅が強い光を浴びて、落ち着きのない状態になってしまいました。また、夜間しばしば施設内で救急用と思われるサイレンが鳴り響き、逗子市の救急車がサイレンの音を消して業務をする程静けさが好まれた地域の静穏が破られています。これらは、都会の喧噪の中にいる住民にとっては何も問題に感じられないことでしようが、静穏な環境にいた住民にとっては非常な苦痛なのです。
 (2)逗子市は開発指導要綱で、建築物の高度制限を指導してそれを全ての事業者に遵守してもらってきていました。ところが米軍住宅の建設主体は日本の防衛庁であり、当然のことながら地域のルールである開発指導要綱を尊重しなければならないにも関わらず、一切地元の行政指導に配慮せず、指導要綱違反の高層住宅を建設してしまいました。このことは、今後の逗子市のまちづくりの方針、とりわけ良好な環境を守って自然との共生を実現しようとする逗子市民の意思を、国が破壊するものであり、今後事業者の協力を得る根拠を失ってしまった行政にとって非常に大きな悪影響を与える可能性があると私は考えています。

3 逗子市長としての米軍施設及び思いやり予算についての考え方と行動
 私は地方自治体の長でありましたので、自治体の長は国家の政策や事業一般について、何らかの意思表示や行動をするべきではないと信じております。ただ逆に、たとえ国の政策や事業であっても、それが一地方自治体やその住民に直接影響を与え、地域や地域住民の生命財産の安全と福祉を損なうものであれば、住民の生命財産に一義的な責任を負う自治体の長は、国の政策や事業の見直しや取り止めを求めなければならない。このことは、憲法第九五条の趣旨から当然導き出されるものであると考えております。従って私がこれから申し述べることは、逗子市長在任中の問題でありますので、池子米軍住宅間題に即した見解であることをあらかじめ確認しておきます。
 まず、米軍施設、・この場合は池子米軍住宅でありますが・、についての見解を申し上げます。日本国政府は、本件は日米間の条約によって日本政府が負っている責務を果たすための事業であるので、地元自治体との調整は基本的に不要であると言っておりましたが、条約は日米両国政府の間で締結されたものであり、自治体は条約に基づきそれに関連する国内法規が制定された行政事務に関して拘束されることはあっても、それ以外の事務については一般的な拘束はあり得ないことから、条約に基づく事業の計画及び実施にあたっては、国と自治体の協議と調整を経て事業の実施が計られるべきものであります。このことは日米安全保障条約以外の国際条約については当然のこととされながら、日米安全保障条約及び同地位協定についてのみ政府が恣意的に超法規的な取扱いをしていることになり、地方自治を無視する暴挙であると考えます。
 また「思いやり予算」については、当時私の接触した米国の政府及び議会関係者は、例外なくvoluntaly cost sharingすなわち任意的な(米軍駐留)費用分担と言っておりました。また、知る限りの日本政府関係者も同様でありました。私は市長在任当時、米軍が駐留する諸外国における米軍駐留費用分担率を調べたことがありましたが、日本だけが突出していることに奇異な感じを受けましたが、そのことにこの思いやり予算が大きく貢献していると理解しています。私が池子米軍住宅間題で米国議会に陳情をした際に、当時の下院軍事予算委員長であったデユラムス議員は、この問題で米国の予算が一セントでも使われていれば、私が動ける余地があるが、すべてが日本政府の思いやり予算によって実施される以上米国側から予算をストップさせることはできないと言っておりました。私はこれを聞いた時、米軍の駐留のための施設建設に米国の税金が全く使われず日本の国民が全額負担しているということは、日本が主権のない米国の植民地と全く同じではないかと怒りに似た驚きを感じました。
 こうした事情の中で、私は池子米軍住宅建設事業が地元住民に十分な説明がないままで推進され、地域の安定した住民生活や良好な環境が破壊される恐れが強いにも関わらず住民の反対を押し切って強行することは、民主主義や地方自治の本旨に背くばかりでなく、基本的に米国に対して友好的であった住民を敵に回すことによって日米間の良好な親善関係に悪影響を与えるものであることを、日本政府に訴えただけでなく、渡米して米国議会関係者及び米国の市民運動団体などに直接訴え、日米間の理解と調整によって同事業の中止を実現するために可能な限りの行動をしました。

4 基地当局者、米軍当局及び米国本土の政府関係者の対応について
 以上の行動を進める中で、米海軍横須賀基地当局者は終始直接的な接触を避けていました。唯一の例外と言えるのは、一九八七年に行われた国・神奈川県・逗子市によるいわゆる三者協議の中で、防衛施設庁における予備会談の席上で、米軍住宅の周辺にフェンスを設置しない開放型の事業への変更の可能性が議論された時です。施設庁長官がその場から直接電話で基地司令官を呼び出してその可能性を確認したところ、直ちに帰ってきた回答は、「中東で起きているようなゲリラによるテロの危険が予測されるので受け入れられない」というものでした。全く日本と地元の事情を理解していないことがその回答から受け取れるように思われました。
 次に米軍当局者ですが、米国訪問時を含めて、私が市長であった時には全く接触はありませんでした。ただ、市長就任以前に、市民運動として米国国防総省への直接陳情が実現して、市民団体の代表三名が国防総省の日本部長と直接会見したことがありました。その際に日本部長は、池子米軍住宅問題に関しては、候補地の選定から計画の策定と予算措置まですべては日本政府の責任で決定されているので日本政府に陳情して欲しい、その結果、日本政府が方針を変更するならば米国としてはその段階で検討する、という対応でした。この内容は日本政府が米側の要請に従って計画を進めていると言ってきたことと明らかに矛盾するものであり、日本政府の責任でことを処理させたいとする米軍当局及び米国政府の一貫した方針があったものと考えられます。
 また、米国本土の政府関係者は、国務省内部に一部直接接触して市長の意見を聞いても良いのではないかと言う動きもありましたが、私を共産主義者であり逗子市の市民運動を共産党が指導する反米運動であるとする根拠のない誹謗を交えた当時の松永大使をはじめとするワシントンの日本大使館の強力な対米国政府及び対議会関係者への工作もあり、直接的な接触は結局ありませんでした。このことは、複数の米国の議会関係者から米国訪問時に直接聞かされたことです。総じて米国政府関係者は、池子米軍住宅問題を日本国内の問題として日本政府に処理させる方向であったと考えられ、米国政府としての意向は日米合同委員会で強く押し出されて、直接その動きが日本の国民に見えない形を取っていたものと考えています。

5 日本政府関係者の対応
 池子間題に関して米国側が表に出ないことはありましたが、戦略的な側面では良好な米軍住宅は冷戦を闘う米軍にとって最重要な問題のひとつであり、強力にその実現を日本政府に迫っていたことは間違いありません。
 逗子市側に対して日本政府、とりわけ防衛施設庁は、事業の実施は日米安全保障条約によって日本政府が米国に対して負った義務であり、日本政府に主体的な判断の余地はほとんどないという説明をしてきました。米軍住宅の不足戸数は米軍が提示したものであり、防衛施設庁は米軍の要求を実現するためにある官庁であり、計画の内容は米軍の承認を得て決定しているという具合です。
 しかし、日本側に全く主体性がなかったのかと言うことに関しては、私は疑わしいと考えます。本件の時間的推移の中で少しずつ分かってきたことですが、池子米軍住宅は米軍の再配置(リロケーション)という首都圏における米軍基地の整理統合と言う大きな日米間の合意事項の中で起きた問題であり、とりわけその再配置によって米軍施設が集中することになった横須賀市の不満を緩和するために、横須賀及び横浜選出の国会議員や両市のトップの意向も絡んで、結果的に逗子市にしわ寄せされて日本の政治状況が反映した形で池子弾薬庫が候補地とされた経緯があります。また、実際の計画案についても、1で述べたように、米軍側は別の開発案を提示したにもかかわらず、日本側がそれを拒否して現行の案に決定した事実もあります。
 従って少なくとも池子米軍住宅問題に関しては、事業は戦略的な位置付けは米軍側にあったものの、それ以後の実施段階ではむしろ日本の防衛当局と米軍当局の合作に近いのではないかと私は考えております。日本政府・防衛当局が米国に対する条約上の義務と米国の要求を前面に出すのは、その意味で日本国民に安全保障条約を過大に評価させ、条約の運用を聖域化すると共に基地問題に対する運動を諦めさせるためのひとつの手段として使っているような感想を持っております。

     平成一二年五月二六日
       住所 (略)
       氏名 富野暉一郎