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第112号(2000年5月28日発行)

 「名護市民投票条例裁判」判決批判

三宅 俊司

 那覇地方裁判所は二○○○年五月九日、名護市前市長比嘉鉄也が市民投票の結果に反して基地受け入れ発言をした事に対し名護市民がもとめた損害賠償請求を棄却する判決をおこなった。

 判決は、住民投票の結果についての拘束力を認めず、また原告らの権利侵害性を否定して原告らの請求を棄却すると言う不当な判決であり、その内容も緻密さに欠け説得性のないものであった。


1 判決の評価と不当性

 本判決は、住民投票条例の結果に反する行政行為が、司法判断の対象となりうるとの立場をとっている。その点においては一定の評価をすることができる。

 被告は、住民投票条例の結果に反する被告比嘉の行為は、政治的意見の表明にすぎず、政治的意見の当否について裁判所が判断することになれば裁判所を不当に政治的抗争に巻き込むことになり、具体的権利義務の存否を前提とする司法判断になじまず、実質審理に入ることなく、訴え却下すべきであると主張した。

  これに対して、判決は、司法審査の対象となるか否かの明確な判断をしないまま、実質審理に入り、その結果、請求棄却判決がなされている。

 この点からすると、判決の結果の不当性をおくとしても、本判決は、住民投票の結果に反する行政行為が行われた場合には、司法判断の対象となりうる事を示したものと評価できる。

 住民投票の結果に反する行政行為がなされた場合、司法の場でその責任を問いうるということになる。

 
2 住民投票の結果の拘束力

     判決は、本条例の結果に関しては「市民投票の結果における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする」と規定するに止まり、「市長がヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、右有効投票の賛否いずれかの過半数の意思に反する判断をした場合の措置等については何ら規定をしていない」としながら、さらに、「仮に住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、間接民主制によって市政を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかね」ないから「尊重義務規定に依拠して」、「過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解すことはできず」「市長に対して」「住民投票の結果を参考にするように要請しているにすぎない」と判断している。

 ここで判決は、拘束性の問題について、条例上の「尊重するものとする」との規定を「尊重義務規定」と定義している。

 本件判断の前提として、「義務性」を認めているものと考えられる。

 本条例では、「尊重する」と規定しているに止まり、「反する判断をした場合の措置についての規定がない」と判示している点をとらえると、仮に条例によって「措置」規定がなされていた場合には、拘束措置を認めうるのではないかとの解釈の余地が残る。

 しかし、これに続く、「仮に住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、間接民主制によって市政を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかね」ないから「尊重義務規定に依拠して」、「過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解すことはできず」と判断している点を捉えると、住民投票の結果に拘束力をみとめることは出来ないと判示している点からすると、一般的に住民投票条例の結 果に拘束力を持たせることはできないと判示しているようにも読める。

     ところが、結論部分である「尊重義務規定に依拠して」、「過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解すことはできず」「市長に対して」「住民投票の結果を参考にするように要請しているにすぎない」と判示している部分からすると、「単なる尊重義務」に止まらず、違反行為に対する、特別の措置が講じられていれば投票結果の拘束力を認めうる余地があるかのようにも解釈しうる。


 本件訴訟は、憲法下において、住民投票条例をどのように位置づけるか、住民投票条例の結果の拘束力をどのように位置づけるか、が問われているものであり、住民の直接意思決定を民主主義の実現過程においどのように保証していくのかを問う裁判であった。

  地方自治制度は、単なる制度的保障に止まらず、地域住民の自己統治をみとめるものであり、憲法九二条にいう地方自治は、人権の最大の尊厳を義務づけられており、住民の人権保障上不可欠である場合には、原則として、いかなる事項についても自主的に地方公共団体は活動しうるものである。

  住民投票の制度は、住民が地方自治運営に関して、直接自らの意思を反映させる、直接参政の為重要な意味をもつものであり、住民投票が法律に積極的な根拠を持たない場合であっても、住民投票の結果に法的拘束力を認める事が出来る。

   「条例上の住民投票は、地方議会が条例制定権を行使して制度化したものであること、また条例は、住民の過半数の同意を条件に自治体の長や議会自らを義務付けるものと解されること、さらに、住民投票は、特定の場所でのみ住民の参与をみとめる制度であること等からすれば、議会による条例を通じた長の統制及び自己拘束という通常の地方政治の枠組から外れるものではなく、なお間接民主制の原則を覆すものではないと解される。また、自治体の長の権限が「民意」と結びついて「住民自治」を徹底されることは「中央権力に対する権力分立の強化」となり、「団体自治」をも押し進める契機となることからすれば、住民投 票の法的拘束力をみとめることは、憲法の地方自治に反しない」 (高作正博ARTICLE一五〇号記念特集)というべきである。

  市長は、条例の結果について直接拘束をうけるものであり、仮に住民投票の結果について決定型投票を認めず、諮問型に限るとする立場をとったとしても、市長の裁量権はあるとしても投票の結果に拘束され、市長は、投票意思に反しない範囲でしか裁量権を行使しえないという制限を受けるものと考える。

   本判決は、結果の拘束力に関する論議に立ち入ることなく、形式的判断に終始している。


 本件判決は、違法性の要件について、平和的生存権、平穏に生活する権利、思想信条の自由が抽象的権利であって具体性がなく、権利侵害性に欠けるとしている。

   しかし、名護市民は抽象的に憲法上の権利を享受しているに止まらず、住民投票の結果、基地と共存しないという具体的な生活をすべき権利を獲得したものである。

   また、不法行為による被侵害権利は、権利として確定する必要はなく、法的保護に値する地位が違法に侵害されれば足りるのである。名護市民が住民投票の結果いかなる権利を取得したのかではなく、名護市民が住民投票の結果いいかなる保護すべき法的地位を得、これが侵害されたかを判断しなければならないが、判決ではその判断を逸脱し権利性の有無に終始している。


 判決は、原告らが比嘉の行った行為に憤りを感じ、これに不快感を感じたとしても、これは、ヘリポート基地建設に関して原告らと政治的意見を同じくする名護市民、さらに国民一般に共通するものだから、批判的感情をもって法的保護に値するとは言えないと判示するが、逆に言えば、比嘉の行為は全名護市民、さらに国民一般にまで憤りを起こさせる、極めて違法な行為であったということになるのではないか。
         (訴訟代理人・弁護士)