抗議文
防衛省御中
沖縄、名護市辺野古の基地建設に向けた事前調査に強く抗議します。
今回の事前調査は海底にソナーやカメラなどを設置し、データを収集することを目的としていると聞いていますが、それ自体、基地を建設することを前提としたデータ収集であることは明らかです。この調査は後に行われる環境アセスメントの時に既存資料として用いられるデータ収集だと思われ、アセス法を無視してデータだけを先に集めるという脱法調査であると考えられるということは言うまでもありませんが、それ以前に、沖縄に住む人びとの大多数が普天間基地の県内移設に反対しているのと同様、県外にいるわたしたちも、あらゆる戦争および戦争の準備に反対する立場として、基地建設に向けた事前調査を認めるわけにはいきません。
ご存知の通り、辺野古ではたくさんの人が体を張って、命をかけて新基地建設阻止の為に闘っています。しかしその理由をお考えになったことがあるでしょうか。
そこで闘っている人たちは自分たちの利益を求めて闘っているのでしょうか。そうではありません。時間も体力もそして稼いだ物も消耗しながら、命を守る為に闘っているのです。基地があると戦争が作られる、そのことに耐えられないから闘っているのです。
そこで闘っている人たちはあとで戦争が始まってしまった時に、「あのときに反対したんだけど」という言い訳、アリバイ作りの為に闘っているのでしょうか。そうではありません。いま基地建設を止めなければ、戦争が始まってしまう、そのような危機感があるから、命をかけて闘っているのです。
そこで闘っている人たちは戦争に巻き込まれるのが嫌だから闘っているのでしょうか。それもあるでしょう。戦争の被害者にはなりたくない、それはすべての人の願いです。しかしそれだけではありません。戦争が始まった時、基地のある側は戦争の加害者になります。第二次世界大戦で大きな苦しみを体験した沖縄は、二度と同じような苦しみを味わいたくないと思ったと同時に、もう二度と、世界のどこの人にも同じような苦しみを味わわせたくないと思ったと言います。ところが戦後の沖縄の歴史は、基地による被害の歴史であると同時に、基地があることによって、多くの戦争の加害者の側になってしまった加害の歴史でもあります。そして新しい基地を作るということは、その加害性を強め、固定化していくことなのです。辺野古で闘う人たちはこう言います。「被害者でいることに対しては、あきらめるという選択肢がある。しかし戦争の加担者、加害者となることに対しては、あきらめたり受け入れたりすることができない。」
辺野古の基地建設阻止はアリバイではありません。二度と戦争の加害者にならないために、戦争によって誰一人命を失うことがないために、戦争を始めさせない為に、命をはっている、平和を本気で考えている人びとの闘いなのです。
どうぞ新基地建設阻止の為に闘っている人たちの、その理由を考えてください。そして「わたしたちは実際、11年間、戦争を食い止めている」という辺野古で語られた言葉の意味を考えてください。
私たちは、あらゆる戦争を食い止めるために、辺野古の基地建設に向けた事前調査に強く抗議いたします。
2007年5月7日 日本キリスト教協議会平和・核問題委員会 平良愛香
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