From: "辺野古命を守る会" <henoko@f5.dion.ne.jp>
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Date: Tue, 10 Aug 2004 21:28:21 +0900

Subject: [keystone 9106] 阻止行動113日目。誕生日でした。
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8月9日(月)
・防衛施設局は来ませんでした。

台風が近づいていてとても天気が悪い一日でした。
風が強いためにテントのはりなどが破れたりして、こういう時は大変です。
漁港にある船みたいにテントを固定します。なんだか芸術的でした。

今日で私は20の歳を迎えました。長崎原爆の日でもあります。
20歳は節目の年、色々と考えさせられます。振り返ります。

ここに来るまでに何度も悩み、自分の人生を問いかけてきました。
一年前の4月8日、防衛施設局が来た時に現場に6名しか立っていなかった現実を思
い出します。その時にどうするべきか、自身の足元から問われました。

「僕は一人でもシャベルカーの前に、機動隊の前に、トラックの前に、戦車の前に立
ち、そして立ち向かえることが出来るだろうか。」その問いが大きく自分に向かって
きました。

こんな自分が出来ることは全てを賭けて多くの世界の差別、自分の差別の前に立ち、
向き合うことだと思いました。
おばぁ達が教えてくれた言葉、「ここに大木として立ち、そこに種1つでも木一本で
も残せたら、基地建設問題はわったー達の勝ちさ!!」その言葉を思い出すとフッと自
分に立ち返ります。「一人が引き受けることが状況を変える。」ということ。
そうであったら立てるじゃないか、それしか私には出来ないのだから。やろうじゃな
いか、と思うようになりました。

そしてイラクに出て行く米兵達を、自衛隊員達を止められなかった現実。目の前を
ギャラクシーが飛んでいく。抑えられない自分の中の炎が燃え上がった。しかし、止
められなかった。
大和人としてそれはあってはいけない現実でもありました。また、沖縄を加害者にし
てしまうという現実。おばぁ達が「わったー達と同じ青春を送らないで欲しい」と涙
を流しながら訴える、その現実。
「生きることの全てを賭ける」ことの現実をまだ直視できていなかった自分が許せな
くなり、ギャラクシーの前に立ちふさがるべきだったんじゃないのか、と今でも自分
に問いかけています。
イラクの殺されていく子ども達が私達に何を望むのか。そこで失望、絶望すること
じゃない。自分を引き受け、もう一度この国を変えるために立ち上がることなんだと
感じています。
占領や理不尽な侵略に立ち向かって、抗議の意味で爆弾を抱え、飛び込んでいくイラ
クの人の、武器を持ち抵抗するイラクの人の怒りを悲しみを受止め行動するというの
なら、私達には何が出来るでしょうか。それをただ「テロ」としてかたずけてしまう
のでしょうか。

そしてそういう中で4月19日「ボーリング調査の強行」をしようと防衛施設局、日
本政府が辺野古へと襲い掛かってきました。
「なぜなんだーー!!なぜこんなことが許される!!」おばぁ達を殺しにきた彼らを許す
わけには行かなかった。一年前の自分の問いかけに対する答えを、そしてイラクの人
達を殺させない現実を作り出す、その一歩を私は踏み出した。座り込みという形で。
そういうことが出来る自分なんだと初めて認識させられました。

時代の中で翻弄される。私は世に言う20歳を歩むことをしません。沖縄が翻弄され
てきたものと比べればささいなことのはずです。
全ての人達があのフェンスの向こうで泡盛片手に三線で歌って踊れる日が来て欲し
い。
そのために今をしっかりと生きること。自分に責任感を持って行動すること。自分の
持っているたくさんのだらしない部分と向き合い、変えていくこと。まずは「足元」
から始まる。自分にあった靴を履き、その足で自分の人生を歩むこと。
あせらず、がむしゃらにつっこんでとことんやること。
共に歩む道を多くの人達の間で見つけて生きたい。共に生きたいと思いをはせる人が
共にありたいと思っていてくれればどんなに幸せだろう。自分に欠けている思いやり
を身に付けていきたい。

この時代に命を賭けるということ。たとえ時代の焦土となろうとそれが未来への土に
なれば良いと思うこと。子ども達が生きる未来が戦争や基地建設のない世の中だと
願って。そう思います。
全ては未来につなげるために。そして抑えられない怒りのために。辺野古に基地建設
はさせない!!!!

座り込みが終わり、テントの片付けをしていると夏芽さんが周りに声をかけてくだ
さった。ハッピーバースデーを歌ってもらい、かんきちさんからプレゼントをいただ
いた。なんと「まくら」だった。しかも枕には「帰りません、勝つまでは!」と書い
てある。なんて幸せなんだろう、と強く思います。ありがとう皆さん。
その他にも東京から誕生日プレゼントに「ボーリング調査の中止を求める」署名が届
いたり、座り込みに来た女性から手紙が届いたり、姉からは「たくさんあんたにあっ
たという人に会うんだけど、みんなそろって"おじんくさい"って言うのよ!だからち
よっとはおしゃれしなさい」とたくさんおしゃれな服が送られてきたり、本当に本当
にたくさんの愛情が送られてきました。
本当にありがとうございます。涙が出るほど感謝しています。これからもがんばって
いきます!!