国側 第二準備書面 平成七年(行ケ)第三号 職務執行命令裁判請求事件 原告 内閣総理大臣 被告 沖縄県知事 原告第二準備書面 平成八年一月一〇日 右原告指定代理人 川 勝 隆 之 松 谷 佳 樹 植 田 和 男 田 村 厚 夫 富 田 善 範 田 川 直 之 小 澤 正 義 崎 山 英 二 浦 田 重 男 原 田 勝 治 安 里 國 基 久 場 景 一 屋 長 朝 郎 小 澤 毅 林 督 地 引 良 幸 千 田 彰 内 山 孝 西 村 和 敏 里 吉 勝 芦 田 栄 司 小 竹 秀 雄 世 利 隆 司 高 岡 辰 榮 大 石 毅 佐 伯 惠 通 新 城 弘 康 古 波 一 男 宮 国 恵 守 野 島 皓 斉 藤 勝 野 村 庄 一 運 天 常 隆 田 名 弘 明 福岡高等裁判所那覇支部 御中 略 語 例 日米安保条約 日本国とアメリカ合・衆国との間の相互協力及び安全保障条約 地位協定 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六 条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に 関する協定 駐留軍用地特措法 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六 条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に 関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法 公用地暫定使用法 沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律 位置境界明確化法 沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置 境界の明確化等に関する特別措置法 本件使用認定 原告が、平成七年五月九日付けで駐留軍用地椿措法五条の規定に 基づいてした訴状記載の使用の認定 本件土地 訴状添付の別紙目録記載の各土地 目 次 第一 本件訴訟における裁判所の審査の範囲・方法------------------------1 一 はじめに--------------------------------------------------------1 二 「法令違反ないし職務懈怠の要件」に関する裁判所の審査------------4 1 被告の署名押印等の義務の存否に関する審査----------------------4 2 使用の認定の効力及び適否に関する審査--------------------------7 三 「補充性の要件」に関する裁判所の審査---------------------------12 四 「公益侵害の要件」に関する裁判所の審査---------------------------13 第二 被告第一準備書面第七「米軍基地に起因する憲法問題」について------21 一 はじめに--------------------------------------------------------21 二 「平和的生存権」について----------------------------------------21 三 「平等原則違反」について----------------------------------------25 四 「財産権の侵害」について----------------------------------------28 第三 被告第一準備書面第八「地方自治と国の機関委任事務」について------30 一 被告の主張------------------------------------------------------30 二 反論------------------------------------------------------------31 第四 被告第一準備書面第九「駐留軍用地特措法に基づく本件立会・署名 の違憲・違法性」について------------------------------------------34 一 「駐留軍用地特措法の違憲性」について----------------------------34 1「憲法前文、一三条違反」について--------------------------------34 2 「憲法二九条違反」について------------------------------------34 3 「憲法三一条違反」について------------------------------------35 二 「駐留軍用地特措法を本件土地に適用することの違憲性」について-----40 三 「本件強制使用認定の違法性」について-----------------------------44 1 使用の認定の要件該当性の判断方法 ----------------------------45 2 駐留軍用地を提供するに際しての考慮要素-----------------------47 3 本件駐留軍用地提供の高度の公益性------------------------------48 (1) 日米安保条約上の義務の履行の公益性 (2) 沖縄における駐留軍用地提供に至る経緯及びその後の提供の経過 ----------------------49 (3) 沖縄の地理的条件----------------------------------------53 (4) 賃貸借契約締結者の存在----------------------------------53 (5) 財政的な負担--------------------------------------------55 4 駐留軍用地の提供によって失われる利益--------------------------55 5 反論----------------------------------------------------------56 6 まとめ--------------------------------------------------------57 四 「本件土地・物件調書の作成手続・内容の瑕疵」について------------57 1 立会拒否について----------------------------------------------57 2 地籍不明地について--------------------------------------------58 3 現地での立会について------------------------------------------59 第五 被告第一準備書面第一〇「地方自治法一五一条の二の要件の欠缺」 について----------------------------------------------------------65 一 「法令違反等の不存在」について----------------------------------66 二 「他の是正措置の存在」について----------------------------------66 三 「公益侵害の不存在」について------------------------------------68 第六 被告一九九五年一二月二二日付け求釈明書について------------------73 一 求釈明書一について----------------------------------------------73 二 求釈明書二について----------------------------------------------75 三 求釈明書三について----------------------------------------------75 四 求釈明書四について----------------------------------------------78 五 求釈明書五について----------------------------------------------79 六 求釈明書六について----------------------------------------------80 七 求釈明書七について----------------------------------------------81 八 求釈明書八について----------------------------------------------82 原告は、本準備書面において、被告の第一準備書面における主張について反論 し、かつ、原告の主張を準備する。 第一 本件訴訟における裁判所の審査の範囲・方法(被告第一準備書面第二関連) 一 はじめに 1 本件訴訟は、地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令訴訟 であり、行政事件訴訟法六条にいう機関訴訟に属する。すなわち、本件訴訟は、 内閣総理大臣と国の機関である沖縄県知事との間における機関委任事務上の権限 の行使に関する紛争についての訴訟であって、権利主体間の具体的な権利義務な いし法律関係の存否に関する訴訟ではない。 このように、本件訴訟の特質は、「法律上の争訟」(裁判所法三条一項)に当た らない行政権の内部的な行為(職務執行命令)の適否について、裁判所が審理・ 判断をするところにある。 このような訴訟における裁判所の審査について、最高裁昭和三五年六月一七日 第二小法廷判決(民集一四巻八号一四二〇ページ)は、地方公共団体の長の地位 の自主独立性の尊重と国の指揮監督権の実効性の確保との調和を図る観点から、 「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的 に審査することは当然」であるとする一方、「裁判所が実質的に審査するについ ては、司法審査固有の審判権の限界を守ることはいうまでもない」と判示する。 そこで、右の審査の範囲・方法が問題となる。 2 本件訴訟において、裁判所は、原告がした本件職務執行命令の適否について審 査する。 しかして、本件職務執行命令が適法であるというには、その前提として、原告が した本件勧告が地方自治法一五一条の二第一項に規定する要件を具備していなけれ ばならない。したがって、裁判所は、この点について審理・判断をすることになる。 そして、地方自治法一五一条の二第一頃は、勧告の要件として、訴状に述べた とおり、(1)都道府県知事が国の事務の管理若しくは執行について法令の規定に違 反するか、又はこれを怠ること(以下「法令違反ないし職務懈怠の要件」とい う。)、(2)同条一頃から八頃までに規定する措置以外の方法によって右の法令違 反ないし職務懈怠の是正を図ることが困難であること(以下「補充性の要件」と いう。)、(3)右の法令違反ないし職務懈怠を放置することにより著しく公益を害 することか明らかであること(以下「公益侵害の要件」という。)、を挙げている。 そこで、右の各点について、項を改めて検討する。 二 「法令違反ないし職務懈怠の要件」に関する裁判所の審査 1 被告の署名押印等の義務の存否に関する審査 (一)「法令違反ないし職務懈怠の要件」の存否は、那覇防衛施設局長が駐留軍 用地椿措法一四条一頃により適用される土地収用法三六条(以下駐留軍用 地侍措 法一四条一頃により適用される土地収用法の条項のみを掲げ る。)の規定に基づき本件土地に係る土地調書及ひ物件調書を作成するに つき、被告が、同条五頃に基づいて立会人を指名し、署名押印させる義 務(以下「本件署名押印等の義務」という。)を負うか否かによって決せ られる。 (二) そして、裁判所は、本件訴訟において、被告が右の署名押印 等の義務を負うか否かについて審査をするが、その審査は、被告がその義 務を履行するに際して審査権限を有する限度においてこれをすれば足り る。なぜならば、本件訴訟は、行政権の内部的な行為である職務執行命令 の適否を判断する訴訟であるから、当該職務執行命令を受けた被告は、本 件訴訟において、署名押印等の義務を履行するに際して有する審査権限の 範囲内においてのみ、署名押印等の義務の存否を争うことができるにとど まり、被告が審査権限を有しない事項を主張して職務執行命令の適否を争 うことは許されないからである(前掲最高裁判決による差戻後の東京地裁 昭和三八年三月二八日判決・行裁例集一 四巻三号五六二ページ参照)。 (三) しかして、被告が署名押印等の為務を履行するに際して審査することが できる範囲は、後記2で述べるところから明らかなように、おおむね土地 収用法三六条一項、二項、四項及び五項の規定する要件を充足しているか 否かにとどまる。すなわち、被告が署名押印等の義務を負うか否かは、お おむね(1)原告が駐留軍用地特措法七条一項の規定により本件土地につい て使用の認定をした旨の告示をしたこと、(2)那覇防衛施設局長が、土地 調書・物件調書を作成するについて、土地所有者及び関係人(那覇防衛施 設局長が過失がなくて知ることができない者を除く。)に対し、立会及び 署名押印を求めたが、それらの者が右署名押印等を拒んだこと又は署名押 印等をすることができないこと、(3)そこで、那覇防衛施設局長が、関係 市町村長に対し、立会及び署名押印を求めたが、当該市町村長が右署名押 印等を拒んだこと、(4)さらに、那覇防衛施設局長が被告に対し、立会人 を指名し、署名押印させることを申請したこと、等の手続的要件が充足さ れているか否かにかかっており、被告の審査権限もこの範囲に限定される。 したがって、裁判所の審査の範囲も右の範囲に限定される。 2 使用の認定の効力及び適否に関する審査 (一)右一(三)で述べた反面として、内閣総理大臣が駐留軍用地特措第五条の規 定に基づいて行う土地の使用の認定の存否は裁判所の審査の対象となるとして も、右使用の認定の効力の有無ないし適否は裁判所の者査の対象とならない。 (二) 被告は、被告が先行行為である本件使用認定の適否について審査すること ができるし、裁判所もこの点を審査すべきであると主張するようである。 (1) しかし、一般に、行政機関は、他の行政機関の先行行為を前提として後 行行為をする場合において、当該先行行為の適否を判断し、その判断に基 づいて当該後行行為を拒否することはできないと解される。けだし、「お よそ法律が特定の行政機関に一定の職務権限を付与した場合には、原則と してその聴務権限は当該機関に専属し、その上級行政機関がその指揮監督 権をもってこれに介入する以外には、他の行政機関はその職務権限の行使 に介入することができないのである。そして右行政機関がその職務権限を 行使するに当つて法律上一定の事項について判断することを要求されてい る場合には、その行政機関のみが当該事項についての判断権を有し、他の 行政機関は、右の行政機関が法律によつて与えられた権限の行使として一 定の判断のもとに特定の行為をした場合において、右判断を誤りであると し、当該行為を法律に違反するものとすることはできない・‥そうでない と、法律がそれぞれの行政機関に対して各別の職務権限を付与し、各行政 機関をその与えられた事項に関する限り唯一の責任ある決定機関とした趣 旨は没却されるのであって、このような権限の相互的尊重は、権限の分属 に伴う不可欠の要請である」(前掲東京地裁昭和三八年三月二八日判 決)からである。そして、このように解して初めて、行政は、組織全 体 として統一的に、しかも迅速、的確かつ能率的に、その目的を達成するこ とができることとなる。 (2) 確かに、行政機関が、先行行為に重大かつ明白な瑕疵がある場合には、 当該行政機関と先行行為をした行政機関との関係、後行行為の性質、重要 度等に頗らして、例外的に、自己の判断に基づいて、その後行行為を拒否 することが許される場合もある。 しかし、本件の場合、被告(沖縄県知事)が、先行行為たる原告(内閣 総理大臣)の土地の使用の認定に重大かつ明白な瑕疵があるか否かについ て審査し、これが認められる場合には署名押印等を拒否することができる、 と解する余地はない。 なぜならば、そもそも原告(内閣総理大臣)が行う土地の使用の認定は、 駐留軍用地特措法に基づき、当家土地について使用権原を取得するた め の一連の手続の基本となる行為であり、その中心となる「駐留軍の用に供 するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供 することが適正且つ合理的である」(同法五条、三条)かどうかの判断は、 沖縄県を含む日本国の安全並びに極東における国際の平和及び安全、日米 の外交関係の在り方等をも考慮した高度に政治的な裁量判断を包含する。 これに対し、被告(沖縄県知事)の署名押印等は、防衛施設局長が作成す る土地調書・物件調書が本件土地への立入り、測量、調査等に基づいて作 成されたことを確認する行為であって、その実質は、使用の裁決の申請の 添付書類(土地調書)及び提出書類(物件調書)を調えさせる付随的、補 充的な行為にすぎないからである。 (三) 仮に、被告(沖縄県知事)が自ら署名押印等の義務を負うか否かを判断 するに当たり、原告(内閣総理大臣)の土地の使用の認定に重大かつ明白 な瑕疵があるか杏かについて審査をすることができるとしても、駐留軍用 地特措法五条、三条にいう「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする」 かどうか、「土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である」 かどうかの判断は、日米安保条約及び地位協定に基づく義務の履行と密接 に関連する事柄であって、高度の政治的判断を要する事項であるから、原 告(内閣総理大臣)の広範な裁量にゆだねられている。したがって、本件 使用認定については、原告(内閣総理大臣)の裁量権の範囲を超え又はそ の濫用がない限り、無効の問題はもちろん遵法の間題も生ずる余地はない (行政事件訴訟法三〇条参照)。 そして、裁量処分については、その無効を主張する者において、行政庁 が右処分をするに当たってした裁量権の行使がその範囲を超え又は濫用に わたり、かつ、その瑕疵が重大かつ明白であることを主張立証することを 要する(最高裁昭和四二年四月七日第二小法廷判決・民集二一巻三号五七 二ページ参照)から、本件においては、被告(沖縄県知事)において、原 告(内閣総理大臣)の本件使用認定に重大かつ明白な瑕疵があることを主 張立証しなければならない。 (四)右に述べたところによれば、裁判所の審査の範囲に関する被告第一準備 書面第二、三2の主張が失当であることは明らかである。 三 「補充性の要件」に関する裁判所の審査 「補充性の要件」については、特段、裁判所の審査の範囲・方法が問題となる点 はない。 四 「公益侵害の要件」に関する裁判所の審査 1(一) 一般に、「公益」とは、広く社会一般の利益をいうが、それ自体極め て抽象的で多様な内容を包摂する不確定概念であるから、何が地方自治 法一五一条の二第一項にいう「公益」に該当するかは、当該機関委任事 務を指揮監督する主務大臣の広範な裁量にゆだねられていると解すべき である。けだし、当該機関委任事務によって達成する「公益」が具体的 にどのようなものか、当該機関委任事務が執行されないことによってど のような「公益」が害されるかは、当該行政の責任者(主務大臣)の合 目的的な裁量にゆだね、その第一次的判断を尊重するのでなければ、行 政の適正迅速な執行を期しがたいからである。 しかも、本件の場合、法令違反ないし職務懈怠を放置することによっ て害される「公益」は機関委任事務に係る「公益」であるから、その事 務の性質上、日本全国において統一的、一元的な処理がされることが望 ましい。そのためには、主務大臣の判断を尊重するほかない。そうする と、この点からも、主務大臣の判断に広範な裁量を認めざるを得ない。 (二) したがって、裁判所が行う審査は、「公益侵害の要件」が存在すると いう原告の認定判断か政治的な裁量権の行使としてされたことを前提と して、右認定判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があった場合に 限り、違法であるとすることができるにすぎない。逆にいえば、裁判所 が、「公益侵害の要件」の存否につき、原告と同一の立場から審理を行 い、原告に代わって独自に「公益侵害の要件」についての判断を行うこ とは、前記最高裁昭和三五年六月一七日判決がいう「司法審査固有の審 判権の限界」を遵守していないことになる(なお、最高裁昭和五三年一 〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三ページ、最高裁昭和五二 年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一ページ参照。)。 (三) なるほど、地方自治法一五一条の二第一項は、「公益侵害の要件」と して法令違反ないし職務懈怠を放置することにより「著しく」公益を害 することが「明らか」であることをも要求しており、その文言からみ る限り、主務大臣が、都道府県知事のすへての法令違反ないし職務懈怠 について、勧告をすることを予定していないようにみえる。 しかし、右要件の中心である「公益」の判断について主務大臣の広範 な裁量を許容する以上、「著しく」あるいは「明らか」という制限が存 在しても、なお、右(二)の結論は左右されない。 2 ところで、一般の機関委任事務については、「公益侵害の要件」の存否に関 する主務大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱、濫用があるとしてその職務執行命 令が違法とされる場合があるかもしれない。 しかし、本件における原告の「公益侵害の要件」の存否に関する判断は、日 米安保条約及び地位協定上の義務の履行という我が国の外交政策及び防衛政策 の基本にかかわるものであって、高度の政治性を有するから、原告(内閣総理 大臣)の広範な政治的な裁量にゆだねざるを得ない。したがって、原告の判断 について裁量権の範囲の逸脱、濫用があったとして違法とすべき場合はほとん どあり得ない。換言すれば、原告の判断は、主権国としての我が国の存立の基 確に重大な関係をもつ高度の政治的な事項に関するものであり、政治的な当不 当が問題となることがあっても、その裁量権の範囲の逸脱、濫用となることは ほとんどあり得ないから、司法裁判所としてその裁量権の範囲の逸脱、濫用の 判断をすることには慎重となるペきである(なお、最高裁昭和三四年一二月一 六日大法廷判決・刑集一三巻一三号三二二五ページ、最高裁昭和三五年六月八 日大法廷判決・民集一四巻 七号一二〇六ページ、最高裁昭和四四年四月二日 大法廷判決・刑集二三巻五号六八五ページ参照)。 3 そこで、以下原告がした「公益侵書の要件」についての判断が、我が国の存 立の基礎に重大な関係をもつ高度の政治的判断であることを敷衍する。 (一) 原告は、本件における「公益侵書の要件」の存在について、おおむね、 被告による立会人の指名及び署名押印がされないと、那覇防衛施設局長は、 土地収用法三六条の規定による土地調書及び物件調書を作成することがで きず、同法三九条一項に基づく使用の裁決の申請を適式にすることができ なくなり、その結果、国は本件土地の使用権原を取得することができなく なるところ、右土地は、いずれも我が国が日米安保条約及び地位協定上の 義務を履行するために、合衆国軍隊に対し、その必要とする施設及び区域 として日米間の合意に基づき、沖縄の本土復帰後二〇年以上も継続的に提 供してきた土地であり、かつ、今後も引き続き提供する必要があるなどと して、被告の右法令違反ないし職務懈怠を放置することより著しく公益を 害することが明らかであると判断した。 (二) 右のような原告の判断は、次に述べる国際情勢を含む政治的、外交的諸 情勢についての高度な総合的判断に基づく。 (1) ところで、日本国憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約・・・ は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定している。した がって、右の義務の履行自体、条約上の義務の履行として極めて公益性 が高い。 (2) 我が国は、日米安保条約六条に基づく義務の履行として、米国に施設 及び区域を提供しており、その提供を受けた米国の軍隊は、我が国の安 全に不可欠であり、また、極東における国際の平和と安全の維持に大き く貢献をしている。このように日米安保条約六条の目的を養成するため には、施設及び区域を継続的、安定的に提供することが必要不可欠である。 (3) 今日の国際情勢は、冷戦が終結する一方で、現に世界のいくつかの地 域において軍事的紛争が発生しており、また、将来地域紛争に発展する 可能性をもつ多くの不安定要因が存在している。アジア・太平洋地域に おいても、緊張緩和に向けた動きもあるが、この地域の情勢は複雑で錯 そうしており、種々の未解決の問題が残されている。しかも、極東の平 和と安全を抜きにした世界の平和と安全は考えられない。このような中 にあって、我が国としては、日米安保体制を基盤とする米国との友好協 力関係及び信頼関係を維持して、近隣諸国との対話を促進し、この地域 の平和と安定を図り、ひいては世界の平和と安全を確保することができる。 (4) 日米安保条約は、安全保障を中心とするが、政治、経済等幅広い分 野における両国間の友好協力関係の基礎であり(二条)、米国との緊 密な友好協力関係の保持は、我が国の繁栄と発展のために不可欠であ る。 そればかりでなく、日米両国の国際社会に占める地位と役割を 考えると、両国の友好協力関係の保持は、国際社会の平和と安定にとっ ても極めて重要なものとなっている。 (5) その他、本件に関する施設及び区域の提供については、後に第四、 三で述べるように、(1)沖縄における駐留軍用地の提供に至る経緯及び その後の提供の経過、 (2)沖縄の地理的条件、(3)賃貸借契約締結者の 存在、(4) 財政的な負担等、考量すべき諸事情がある。 第二 被告第一準備書面第七「米軍基地に起因する憲法問題」について 一 はじめに 被告は、「沖縄における米軍基地は、憲法の保障する沖縄県民の各種の重要な基本 約人権を侵害する」旨主張する。この主張の趣旨は明確ではないが、被告第一準備書 面第九の一及び二に照らすと、駐留軍用地特措法自体ないし適用の違憲性に係る事情 と思われるので、その前提で反論する。 二 「平和的生存権」について 被告は、平和的生存権について、憲法前文第二段が明示し、憲法九条が制度的に保 障し、憲法一三条が具体的に保障している旨主張する。 1 しかし、憲法前文は、憲法典の一部をなし、憲法の各条項の解釈上の指針と なるが、その内容は憲法の理念ないし目的を抽象的に表明するにすぎず、直接 に裁判規範となるものではない。裁判規範となり得るのは本文の各条項である。 すなわち、憲法前文第二段は、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と 欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とし ているが、右にいう「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であって (最高裁平成元年六月二〇日第三小法廷判決・民集四三巻六号三八五ページ参 照)、被告の主張する平和的生存権の具体的権利性ないし裁判規範牲を基基礎 づける根拠とはならない。 2 憲法九条は、戦争の放棄・戦力の不保持等を定めた国の統治機構に関する規 定であって、国民の人権保障の規定ではない。したがって、この規定を根拠と して、平和的生存権を導きだすことはできない。 3 憲法一三条後段は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要 とする。」と規定しているところから明らかなように、基本的人権に関する一 般的・包括的規定である。 確かに、憲法は、一四条以下の各条項が個別的、具体的に保障している基本 的人権以外の基本的人権の保障を否定する趣旨ではないから、憲法一三条の 「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」という文言に、一四条以下の 各条項に規定されていない人権の保障の根拠を求める余地があるかもしれない。 しかし、仮にそのように解したとしても、権利の性質、内容、効果等が具体的 に特定されない限り、これを憲法一三条によって保障された基本的人権という ことはできない。 被告が主張する平和的生存権は、「人間としての尊厳を維持し、自由と幸福 を求めて平穏な生活を営むことを戦争行為によって、阻書されない権利」(八 九ページ六行目ないし八行目)というものであるが、極めて抽象的な「権利」 であり、その権利としての性質、内容及び効果等の点においてあいまいである。 したがって、被告が主張する平和的生存権は、憲法一三条によって保障された 基本的人権と解することはできない。 なお、裁判例の上でも、平和的生存権の具体的権利性ないし裁判規範性は、 繰り返し否定されている(札幌高裁昭和五一年八月五日判決・行裁例集二七巻 八号一一七五ページ、東京高裁昭和五六年七月七日判決・判例時報一〇〇四号 三ページ、前掲最高裁平成元年六月二〇日第三小法廷判決、大阪高裁平成四年 七月三〇日判決・判例時報一四三四号三八ページ、福岡高裁平成四年二月二八 日判決・判例時報一四二六号八五ページ等)。 4 以上のとおり、いわゆる平和的生存権が具体的権利であって、裁判規範性を 有する旨の被告の主張は失当である。 三 「平等原則違反」について 被告は、憲法一四条が地方公共団体にも適用されるとした上、沖縄県に米軍基地を 集中させ、これを長年継続していることは、合理的な理由がなく、平等原則違反であ る旨主張する。 1 しかし、憲法一四条は、国民を名宛人とした規定であり、地方公共団体(都 道府県)を平等に取り扱うことまで要求したものではない。 なるほど、憲法 第三章に定める国民の権利及び義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法 人にも適用される (最高裁昭和四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六 号六二五ページ)から、憲法一四条も法人に適用されることがある。しかし、 人権の保障規定は、第一次的には個人の自由を公権力の侵害から擁護すること を目的とするから、公法人に人権享有の主体性を肯定することは背理である。 国が地方公共団体について定める法律あるいはその法律の適用が憲法違反とな るか否かは、憲法九二条にいう「地方自治の本旨」に反するか否かという観点 から判断されるにすぎない(なお、地方公共団体の本質にかかわるような不平 等・不利益な特別法を設けることを防止する規定として、憲法九五条がある。)。 したがって、沖縄県が平等原則の対象となることを前提とする被告の前記主 張は失当である。 2 被告の主張が、駐留軍用地特措法に基づく土地の使用等の手続において沖縄 県民が差別的に取り扱われているという趣旨であるとしても、そもそも駐留軍 用地特措法には沖縄県民を他の県民と差別して取り扱う旨の規定は存在しない し、実際の使用手続も、訴状に記載したとおり法令に基づいて適正に行われて おり、そこに何ら差別的な取扱いはない。 3 被告は、国が、沖縄県に米軍用地を集中させ沖縄県民の土地を長年強制使用 することにより、沖縄県民を他の県民と差別して取り扱っている旨主張する。 被告がいうように米軍基地が沖縄に集中しているとしても、そもそも憲法一四条 の平等原則は、絶対的平等を保障したものではなく、不合理な差別を禁じる趣旨 である(最高裁昭和四八年四月四日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五ページ 等)ところ、右のような事態は、原告が「駐留軍の用に供するため土地等を必要 とする」、「土地等を駐留軍の用に供することは適正且つ合理的である」と判断 して当該土地の使用の認定をした結果にすぎない。そして、このような判断の適 否は、本件訴訟の審理の対象とならない(前記第一、二2参照)し、仮にこの点 が本件訴訟の審理の対象となるとしても、原告が駐留軍用地特措法三条の要件を 満たすと判断したことに何ら問題はない (後記第四、三参照)。 四 「財産権の侵害」について 被告は、沖縄県における駐留軍用地の使用は、戦後五〇年余の長期間にわたってい ること、米軍基地の存置が沖縄県民の平和的生存権を侵書し、平等原則や適正手続の 保障原則に違反していること等の理由から、憲法二九条三項にいう「公共のために用 ひる」場合に当たらない旨主張する。 1 しかし、駐留軍用地としての土地の使用が、戦後五〇年余の長期間にわたっ ているからといって、そのことが直ちに憲法二九条に違反することとなるいわ れはない。 また、駐留軍用地特措法に基づく土地の使用は、従前のアメリカ合衆国の統 治下における基地の使用や公用地暫定使用法に基づく使用を縦承するものでは ないから、被告が主張するような歴史的事情は本件使用手続の適法性に何らの 影響を及ぼすものではない。 2 我が国が日米安保条約六条に基づき、米国に施設及び区域を提供し米軍の駐 留を許すことは、我が国が国家として遵守すべき国際法上の義務である。また、 その目的は、専ら我が国の安全及び極東における国際の平和と安全を維持する ことにある。さらに、極東における米軍の行動についても、我が国の憲法の基 調とする平和主義と国際協調主義に沿いながら、我が国の安全等の維持を図る ものである。このように、日米安保条約に基づく米軍の駐留は、我が国の安全 の維持という国益等を確保する上で重要であり、高度の公共性を有するもので あって、そのための駐留軍用地特措法に基づく本件土地の使用は、憲法二九条 三項にいう「公共のために」私有財産を用いる場合にほかならない。なお、沖 縄県における駐留軍用地の使用が高度の公益性を有することについての詳細は、 後記第四、三のとおりである。 3 以上に加え、被告主張の平和的生存権が裁判規範性を有するような具体的権 利といえないこと、沖縄県における米軍基地の存置が平等原則違反といえない ことは前記二及び三のとおりであり、駐留軍用地特措法か適正手続の保障原則 に違反しているといえないことは後記第四、一3のとおりであるから、被告の 前記主張は失当である。 第三 被告第一準備書面第八「地方自治と国の機関委任事務」について 一 被告の主張 被告は、(1)機関委任事務の制度は、地方自治制度との関係で内在的な限界があ り、「機関委任事務の委任を受けた地方公共団体の長は、憲法から付託された本 来の職責である地方自治行政事務の執行と、国から機関委任された事務の執行と を主体的に比較衛量し、機関委任事務を行うことが本来の職責の執行を害すると きは、機関委任事務を行わないことが制度上許されて」いる (2)被告が「本件立 会・署名を行わなかったことは、機関委任事務を委任された知事の自主的判断権 ・・・に属するものであり、且つその判断に誤りはなく、正当なものである。」 などと主張する。 二 反論 1 しかし、そもそも地方公共団体の長は、当該地方公共団体の執行機関として 独立した地位を有するが、他面、法律に基づいて委任された国の事務を執行す る機関としての地位を有する。そして、法令は、地方公共団体の長の右の二つ の地位が相容れないものとはしていない(地方自治法も、職務執行命令訴訟制 度を採用する(一五一条の二)ことによって、地方公共団体の長の地位の自主 独立性と国の指揮監督権の実効性との間の調和を図っているにすぎない。)。 ただ、後者の地位における事務処理については国の指揮監督権に服する(国家 行政組織法一五条一項、地方自治法一五〇条。)という特色があるにすぎない。 したがって、地方自治の行政事務を行う義務と国から機関委任された事務を行 う義務とが抵触を生じ、地方公共団体の長が右各事務の優劣を決する必要が生 じることはない。すなわち地方公共団体の長は、法令に基づいてその所掌する 事務を管理執行する(地方自治法一四八条一項)にすぎないのであって、右の ような義務と義務との抵触を生じる余地はない。 2 これを本件についてみると、土地収用法三六条五項が都道府県知事に吏員の うちから立会人を指名して署名押印をさせなければならないとした趣旨は、起 業者が作成する土地調書及び物件調書が、使用の認定に係る土地への立入り、 測量、調査等に基づいて適正にされたことを確認させることにある。しかも、 それは、土地所有者等が署名押印を拒否し又は署名押印することができない場 合に、使用の裁決の申請の添付書類(土地調書)及び提出書類(物件調書)を 完成させる補充的行為にすぎない。そうすると、右のような事務の執行が地方 公共団体の長としての義務と衝突することはない。 3 被告は、本件立会・署名押印という機関委任事務の執行が、「米軍基地の整 理縮小、最終的には米軍基地をなくす」という沖縄県民の世論に沿った事務の 執行を害すると主張する。 しかし、前者の事務の執行は法令に基づくものであるが、後者の事務の執行 は被告の政策あるいは政治的方針に基づくものにすぎない。したがって、右の ような被告の政策ないし政治的方針に反するからといって、法令により命ぜら れた機関委任事務である本件署名押印等の事務を拒否する理由にはならない。 第四 被告第一準備書面第九「駐留軍用地特措法に基づく本件立会・署名の違憲・違 法性」について 「駐留軍用地特措法の違憲性」について 1 「憲法前文、一三条違反」について 被告は、駐留軍用地特措法は、違憲・無効な法律であるとし、その根拠として、 平和的生存権を侵害すると主張する。 しかし、平和的生存権が、憲法前文、一三条で保障された具体的な権利といえ ず、裁判規範性を有しないことは前記第二、二のとおりであり、被告の右主張は 失当である。 2 「憲法二九条違反」について 被告は、駐留軍用地特措法は、違憲・無効な法律であるとし、その根拠として、 「軍事目的のための強制収用・使用は『公共性』を持ちえない」と主張する。 しかし、本件土地の使用は、日米安保条約上の義務を履行するために、駐留軍 用地特措法に基づいて行われるから、憲法二九条三項にいう「公共のために」私 有財産を用いる場合に該当することは前記第二、四のとおりである。被告の右主 張は、失当である。 3 憲法三一条違反について 被告は、駐留軍用地特措法では、土地所有者等の権利を保孝する手続が著しく 簡略化、形がい化されており、適正手続を保障した憲法三一条に違反する旨主張 する。 (一) そもそも、本件訴訟は、内閣総理大臣(原告)と沖縄県知事(被告) との間の「機関訴訟」であり、原告の被告に対する職務執行命令の適否 が審理の対象となるにもかかわらず、本件訴訟によって本件土地の所有 者らの権利利益に影響を及ぼすことがあるか、被告が本件土地の所有者 の権利利益の保護の問題をとりあげることができるかどうか、という問 題があるが、この点はしばらくおくこととして、以下に被告の右主張が 失当であるゆえんを述べる。 (二) 思うに、憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に 関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続でないとの 理由のみで、そのすべてが当然に同条の保障の枠外にあると判断するこ とは相当ではない。しかし、同条による保障が及ぷと解すべき場合であっ ても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差 異があり、また行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手 方に事前の防御の機会等を与えるかどうかは、行政処分により制限を受 ける権利利益の内容、性質、制限の程度、緊急性等を総合衡量して決定 されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要 とするものではない(最高裁平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巷 五号四三七ページ参照)。 (三) 被告は、駐留軍用地特措法では、土地収用法一八条で提出を義務付け られている事業計画書に相当する書類が要求されておらず、認定申請に 係る収用・使用の内容が具体的に明らかにされていない旨主張する。 確かに、土地収用法においては、建設大臣又は都道府県知事が申請に 係る事業ごとに同法二〇条所定の要件を充足するか否かを認定判断する ので、申請書の添付書類として同法一八条により提出を義務付けられる 事業計画書はその判断の重要な資料となる。これに対し、駐留軍用地特 措法における使用の認定の場合、使用者は国であり、使用の目的は魅留 軍の用に供することにあるから、いわば土地収用法二〇条一号及び二号 の各要件は当然に充足される。そして、駐留軍用地特措法四条一項、同 法施行令一条一項一号は、土地の使用の認定の申請をしようとするとき は、「使用・・・しようとする土地・・・の調書及び図面」等を添付す ることとしている。そこで、駐留軍用地特措法は、その五条、三条にお いて土地収用法二〇条三号及び四号に相当する要件のみを挙げているの で、結局使用認定がされるときは、土地収用法二〇条の要件をすべて満 たすことになる。したがって、駐留軍用地特措法に基づく土地の収用・ 使用であっても、収用・使用される土地の内容は明らかであり、土地所 有者等の権利利益の保護に欠けるところはないから、被告の右主張は失 当である。 (四) 被告は、駐留軍用地特措法には、土地収用法二四条(事業の認定の申 請書等の縦覧)、同法二五条(利害関係人の意見書の提出)に相当する 手続の定めがない旨主張する。 しかし、駐留軍用地特措法は、防衛施設局長があらかじめ土地の所有 者又は関係人の意見書を徴し、これを使用認定申請書等に添付する(四 条一項)こととしている。確かに、事業認定の申請書等の縦覧の手続を 欠いているが、右のように土地所有者等の意見書を徴していること、土 地収用法に比して使用の主体及び目的が限定されていること等にかんが みれば、これをもって直ちに土地所有者等の権利利益の保護に欠けると いうことはできない。 (五) 被告は、駐留軍用地特措法には、土地収用法二三条に定める公聴会の 制度がない旨主張する。 しかし、土地収用法も、「建設大臣又は都道府県知事は、事業の認定に 関する処分を行おうとする場合において必要があると認めるときは、公聴 会を開いて一般の意見を求めなければならない。」(同法二三条一項)と し、常に公聴会の開催を義務付けているものではないから、駐留軍用地特 措法が公聴会に関する規定を欠いているからといって、土地収用法に比較 して、土地所有者等の権利利益の保護に欠けるということはできない。 (六) したがって、被告が主張するように、駐留軍用地特措法に土地収用法 に定める手続規定を一部欠いているとしても、駐留軍用地特措法が憲法三一条 に違反するということはできない。 二 「駐留軍用地特措法を本件各土地に適用することの違憲性」について 1 被告は、沖縄県に米軍基地が集中している現状や米軍基地による様々な弊害 を掲げて、駐留軍用地特措法が合憲であるとしても、同法を適用して、沖縄県 内の本件土地を強制使用することは、違憲であると主張する。 しかし、駐留軍用地特措法か憲法に違反しないことは右一に述べたとおりで ある。そして、被告の主張するような事情は、原告が使用の認定をする場合に 考慮すべき事項であり、使用の認定の適否の問題となっても(もっとも、この 点が本件訴訟の審理の対象とならないことは前記第一、二2のとおりであ る。)、これを超えて駐留軍用地特措法の適用が達意となる余地はない。 2 被告は、平和的生存権を保障した憲法前文等に違反するから、駐留軍用 地 特措法の適用が違憲である、と主張する。 しかし、前記第二、二のとおり、平和的生存権は憲法前文等で保障された具 体的な権利とはいえず、裁判規範性を有しないから、被告の右主張は失当である。 3 被告は、駐留軍用地特措法を適用すると、憲法一三条が保障する人格権を侵 害するから達意であると主張する。 しかし、前記第二、二3のとおり、憲法一三条が、個別具体的に保障されて いる人権似外の人権を基碇づける機能を果たし得るとしても、その権利の性質、 内容、効果等が具体的に特定されない限り、これを憲法一三条によって保障さ れた基本的人権ということはできない。 被告が主張する右の権利も、「個人の生命、身体、健康、自由などの利益の 総体としての人格権」であり、その内容は広範に失し、抽象的であり、憲法一 三条によって保障された基本的人権ということはできない。仮に、被告が主張 する人格権が、憲法上保障されているとしても、被告は、駐留軍用地特措法に 基づく本件土地の使用がどのようにして右の権利を侵害するのかすら明らかに していないから、主張自体失当である。また、仮に、米軍基地の設置が何らか の形で周辺住民に被害をもたらし、その人格権に影響を及ぽすとしても、それ は原告が使用の認定をする場合に考慮すべき事項であって、使用の認定の適否 の問題を超えて、駐留軍用地特措法の適用が違憲となる余地はない。 4 被告は、本件土地の強制使用が憲法二九条三項の「公共のために用ひる」 場合に該当せず、同条項に違反すると主張する。 しかし、駐留軍用地特措法に基づく本件土地の使用が憲法二九条三項にいう 「公共のために」私有財産を用いる場合に該当することは前記第二、四のとお りであるから、被告の主張は失当である。 5 被告は、本件土地の強制使用が憲法一四条及び九五条に違反すると主張する。 しかし、駐留軍用地特措法が沖縄県民を差別的に取り扱ったものでないこと及 び本件使用手続も法に基づいて適正に行われていることは、前記第二、三のと おりである。 また、駐留軍用地特措法は沖縄県のみに適用される法律ではないから、憲法 九五条違反の主張はその前提を欠く。 「本件強制使用認定の違法性」について 本件使用認定の適否ないし効力の 有無は本件訴訟における裁判所の審査の対象とならないこと、仮に本件使用認 定に重大かつ明白な瑕疵があるか否かについて裁判所の審査が及ぶとしても、 駐留軍用地特措法三条にいう「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする」 という要件及び「土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である」 という要件に該当するか否かは、原告の広様な裁量にゆだねられていること、 裁量権の行使がその範囲を超え又は濫用にわたり、しかも、その瑕疵が重大か つ明白であることについては、その無効を主張する者が主張・立証責任を負う ことは、いずれも既に第一、二2で述べたとおりである。 ここでは、念のために、原告が、本件使用認定の申請が駐留軍用地特措法三 条の使用の認定の要件を満たすと判断したことに裁量権の範囲の逸脱ないし濫 用がないことを明らかにする。 1 使用の認定の要件該当性の判断方法 (一) まず、駐留軍用地特措法三条にいう「駐留軍の用に供するため土地等を 必要とする場合」の必要性は、個別の土地ごとに判断すべきではなく、当 該土地を含む施設及び区域を一体として判断すべきである。すなわち、駐 留軍用地は、多数の土地によって穂成され、その性質上不可分一体となっ て駐留軍の施設及び区域として機能している(そのうちの大部分の土地 (約九九・八パーセント)については国が所有者との間で賃貸借契約を締 結しており、残余の極く一部の土地(約○・二パーセント)について本件 使用認定がされているにすぎない。)。したがって、駐留軍用地とする必 要性については当該施設及び区域を全体として駐留軍の用に供することが 必要かどうかという観点から判断すべきであり、本件使用認定の必要性に ついても本件土地を含む当該施設及び区域を一体として、駐留軍の用に供 することが必要かどうかという観点から判断すべきである。 (二) 次に、駐留軍用地特措法三条にいう「土地等を駐留軍の用に供すること が適正且つ合理的である」とは、被告が主張するように「適正」と「合理 的」とに分断して解釈すべきではなく、両者を合わせて対象となる土地等 を駐留軍の用に供することによって得られる公共の利益が駐留軍の用に供 することによって失われる利益に優っていることの意と解すべきである。 そして、この「適正且つ合理的」という要件についても、右の「必要性」 の要件と同様に、本件土地を含む当該施設及び区域を一体として、駐留軍 の用に供することが「適正且つ合理的」かどうかという観点か、判断すべ きである。 2 駐留軍用地を提供するに際しての考慮要素 (一) 日米両国は、我が国が米国に駐留軍用地を提供することにより、「日本 国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与 する」という共通の目的を達成しようとしているが、具体的な駐留軍用地 の選定に当たっては、平和及び安全に対する両国の認識ないし考え方の相 違等により、我が国のいかなる地域に、どのような規模、内容の施設及び 区域を供与するか等について意見を調整して、具体的な駐留軍用地の提供 が決定される。 (二) 次に、我が国が駐留軍用地の提供に際して考慮すべき要素として、実現 可能性の問題がある。すなわち、駐留軍用地の候補として幾つかの土地が ある場合、どの土地に、どのような規模、内容の施設及び区域を供与する かは、土地所有者ないし住民の協力が得ることができるか(土地所有者と 賃貸借契約を締結することができる土地がどの程度あるか)、施設及び区 域の設置、管理に要する費用がどの程度か、等の実現可能性を考慮して決 定しなければならない。 3 本件駐留軍用地提供の高度の公益性 (一) 日米安保条約上の義務の履行の公益性 第一、四3(二)で述べたとおり、我が国は、米国に対し、日米安保条 約六条に基づき、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平 和及び安全の維持に寄与する」ことを目的として、我が国の施設及び区域 を提供する義務を負っている。しかるところ、日本国憲法九八条二項は、 「日本国が締結した条約・・・は、これを誠実に遵守することを必要とす る。」と規定している。このような憲法の精神の下において、右の義務の 履行は、条約上の義務の履行として、それ自体極めて公益性が高い。しか も、右条約上の義務の履行として施設及び区域の提供を受けた米国の軍隊 の存在は、我が国の安全のみならず、極東における国際の平和と安全の維 持に大きく貢献しているが、このためには、施設及び区域を継続的、安定 的に提供することが必要である。 このように、駐留軍用地の提供によっ て実現される利益は、極めて高度の公益性を有する。 (二) 沖縄における駐留軍用地提供に至る経緯及びその後の提供の経過 戦後、 米国は、極東における沖縄の軍事的、戦略的価値に着眼し、ほぼ一貫して、 沖縄に軍事基地を建設してこれを長期的に使用する意向を強く有していた (米下院軍事委員会特別分科委員会の沖縄に関する調査鞍告書(いわゆる プライス勧告。昭和三一年六月八日)、後記共同声明等)。 我が国政府は、昭和四〇年ごろから沖縄返還の実現に向けて米国政府と の折衝を開始した。日米両国政府は、これに前向きで取り組む姿勢を示す 一方、沖縄の米軍基地の継続使用が日本を含む極東における平和と安全の ための不可欠の前提となると認識していた(佐藤内閣総理大臣とジョンソ ン大統領との間の共同声明(昭和四〇年一月一三日)一一項、右両者間の 共同声明 (昭和四二年一一月一五日)七項、佐藤内閣総理大臣とこニク ソン大統領との間の共同声明(昭和四四年一一月二一日)六項、第六七回 衆議院本会議における佐藤内閣総理大臣の所信表明演説等)。 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定 (いわゆる沖縄返還協定)三条一項が、日本国が日米安保条約及びこれに 関連する取極に従い、この協定の効力発生の日に米国に対し沖縄における 施設及び区域の使用を許す旨を定めているのも、以上のような背景に由来 する。 また、沖縄の復帰に際し、佐藤内閣総理大臣は、沖縄の米軍施設及び区 域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由を説明し、 米国ニクソン大統領は、双方が施設及び区域の調整を行うに当たってこれ らの要素は十分に考慮に入れられる旨答えた(佐藤内閣総理大臣とニクソ ン大統領との間の共同発表(昭和四七年一月七日)四項、第六八回衆議院 本会議における佐藤内閣総理大臣の施政方針演説)。 なお、沖縄の復帰に際し、従前から存在した米軍施設及び区域の復帰後 の在り方について、日米両国で覚書(昭和四六年六月一七日の「了解覚 書」)が作成され、従前の各個の施設及び区域は、駐留軍用地として提供 するもの(A表)、自衛隊や運輸省に引き継ぐもの(B表)及び沖縄の復 帰の際又はその前に全部又は一部の使用が解除されるもの(C表)の三種 に区分された。そして、右A表記載の施設及び区域については、日米両国 が、別段の合意をしない限り、復帰の日から駐留軍の施設及び区域とする ことを了解した(本件土地を含む当該駐留軍用地は、いずれも右A表に組 み入れられた。)。右B表、C表記載の施設及び区域はすべて駐留軍用地 とならなかった。なお、右A表記載の施設及び区域についても、我が国は、 日米合同委員会及び日米安全保障協議委員会の場を通じて、その整理縮小 のために努力してきており、現在までに返還された施設及び区域の面積は 別表のとおりである。 右のように、沖縄に一定の範囲の駐留軍用地を確保することは、沖縄の 復帰の際の日米両国の基本的な政策であり、両国とも、本件使用認定に係 る平成七年五月九日の時点においても、右基本政策を維持している。 (三) 沖縄の地理的条件 沖縄は複数の島々から成り、アジア大陸に近く、日本列島の南西端に位 置しているから、日本国の安全に寄与し、極東における国際の平和及び安 全の維持に寄与するという日米安保条約六条の目的を達成するための地理 的条件を満たしている。 (四) 賃貸借契約締結者の存在 駐留軍用地特措法に基づく土地の使用はその所有者等の財産権の制限を もたらすから、できるだけ任意の協力が得られることが望ましいので、国 は、従前から、駐留軍の用に供すべき土地の所有者との合意(賃貸借契約 等)によりその使用権原を取得することに努めてきている。その結果、本 件使用認定時である平成七年五月九日でみると、沖縄の全駐留軍用地(総 面積約一億五八二三万平方メートル)の約九九・八パーセントの土地の所 有者との間に、既に賃貸借契約を締結しているか、賃貸借の予約が成立し ている(もとより新たに駐留軍用地として同様の面積の土地を確保しよう とすれば、このように多くの賃貸借契約等を締結することはできない。)。 そして、残るわずか約○・二パーセントの土地(約三七万平方メートル) の所有者が、国との賃貸借契約を締結することを拒否しているだけである (本件土地の所有者はこれに含まれる。)。 したがって、これらの賃貸借契約の締結に応じない所有者に係る土地に ついて駐留軍用地特措法に基づく使用権原が取得されれば、従前の駐留軍 用地をそのまま一体として提供することができる。 (五) 財政的な負担 従前から駐留軍用地として提供してきた土地を縦続して提供すれば、絶 持費が必要になるだけであるが、新たな土地を駐留軍用地として提供する とすれば、右維持費のほかに新しい土地の確保にかかる経費並びに施設及 び区域の建設費、設置費が必要になるので、両者の間には財政的な負担に おいて大きな差がある。 したがって、従前から駐留軍用地として提供してきた土地を継続して提 供する方が、施設及び区域として新たな土地を提供する場合に比べ、財政 的な負担が少ない。 4 駐留軍用地の提供によって失われる利益 (一) 国が賃借した土地が駐留軍用地として提供されたとしても、ここでは、 これによって失われる利益を問題にする必要はほとんどない。 ある土地が駐留軍用地として駐留軍用地特措法に基づく使用の対象とな り、使用の裁決がされた場合、その土地の所有者に対しては、法令に基づ いて正当な補償金が支払われるから、当該土地の所有者が経済的な面で損 失を受けることはない。 (二) もっとも、駐留軍用地の提供に際しては、このような駐留軍用地特措法 に基づく使用の対象となる土地ができる限り少ないことが望ましい。その ためには、第一に駐留軍用地として提供する土地をできるだけ少なくする ことが必要であり、第二に国と駐留軍用地のために賃貸借契約を締結する 所有者の土地をできるだけ多くすることが必要であるが、国は、これらの 点についてできる限りの努力を続けている。 5 反論 被告は、本件土地を含めた駐留軍用地の過去の使用の違法性及び公用地暫定使 用法、位置境界明確化法による土地の使用の違憲性・違法性を主張するが、沖縄 の復帰前の米軍用地又は復帰後の駐留軍用地としての土地の利用の違法性は、本 件使用認定の適法性の問題に何ら影響を与えるものではない。 6 まとめ 右に述べたところを総合考慮すれば、本件使用認定が駐留軍用地特措法五条、 三条に規定する要件を優に充足していることは明らかである。 四 「本件土地・物件調書の作成手続・内容の瑕疵」について 1 立会拒否について 那覇防衛施設局長は、訴状記載のとおり、本件土地の所有者及び関係人に対し、 立会及び署名押印を求めたが、訴状添付の別紙目録に※印を付した所有者及び関 係人以外の者らは、いずれも右指定した立会の期日及び場所に出頭しなかった。 これは、駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条四項の「署名押印を 拒んだ者又は署名押印することができない者があるとき」に該当する。 2 地籍不明地について 被告は、本件土地のうちには地籍不明地が含まれており、地籍不明地について は土地調書を作成することができないと主張する。 しかし、本件土地の位置ないし境界は特定しており、土地調書を作成すること ができない土地はない。仮に、被告のいう地籍不明地があったとしても、現地復 元性のある図面によって特定される限り、土地調書を作成し、使用裁決をする (所有者が不明であるときは、所有者不明として土地調書を作成し、使用裁決を する。)ことができる(土地収用法四八条四項ただし書、同条五項、四九条二項。 なお、同法三六条二項かっこ書、同条四項四〇条二項、四七条の三第二項参照)。 本件の場合、現地復元性のない図面はないから、被告の右主張は失当である。 3 現地での立会について (一) 駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条二項は、「土地調書及 び物件調書を作成する場合において、防衛施設局長は、土地所有者及び関 係人・・・を立ち会わせた上、土地調書及び物件調書に署名押印させなけ ればならない。」と規定しているが、その文理から明らかなように、法は、 防衛施設局長に対し、現地において土地所有者等を立ち会わせることを求 めているのではなく、土地調書・物件調書の作成の場において土地所有者 等を立ち会わせることを求めているにすぎない。 ちなみに、旧土地収用 法(明治三三年法律第二九号)は、起業者及び土地所有者等が共同して土 地調書・物件調書を作成することとしていた(二一条)が、現行の土地収 用法は、起業者が土地調書・物件調書を作成することとした上、その作成 の際に土地所有者等を立ち会わせることとした(高田賢造「新訂土地収用 法」(日本評論社)一七八ページ)。この立法の経過からも、駐留軍用地 特措法一四条一項、土地収用法三六条二項にいう立会が土地調書・物件調 書作成の場における立会を意味することは明らかである。 もともと、土地所有者等の立会は、土地調書・物件調書の作成の過程が 適式であるかどうかを確認させる手続にすぎず、土地調書・物件調書の記 載事項が現地と符合することを直接確認させる手続ではない。 そして、土地調書・物件調書は、(1)現地における測量、調査、(2)その 結果の整理、 (3)土地調書・物件調書の記載及び(4)実測平面図の添付とい う手順で作成されるが、駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条 二項にいう「立会」は、すべての作成過程における立会ではなく、最終的 に土地調書・物件調書が作成された段階において、その基礎となった資料 を示す等して、土地調書・物件調書の記載事項」を説明することで足りる と解される。なぜならば、土地所有者等は右の段階における右のような方 法による立会によって土地調書・物件調書が適式に作成されたことを十分 判断できるし、併せて土地の使用の事務の能率化を図ることができるから である(同旨・小高剛「〈特別法コンメンタール〉土地収用法」(第一法 規)二二〇ページ、中川善之助・兼子一監修「不動産法体系第七巻 土地 収用・税金[改訂版」」(青林書院葡社)一三三ページ、土地収用法実務 研究会編著「土地収用法一問一答」(ぎょうせい)一四〇ページ)。ちな みに、駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三五条は、起業者が土地 調書・物件調書を作成するために土地等に立ち入り、測量、調査する権利 を認めながら、事前に土地の占有者に対する通知を義務付けている(同条 二項)のみで、土地所有者等に対する通知を義務付けていない。このこと は、法が立入り、測量、調査の段階から土地所有者を立ち会わせることを 予定していないことを示している。 被告は、現地で立会をしなければ、 調書の記載事項が真実かどうか分からないというが、そうであれば、土地 所有者等は、「現地の状況を確認することができないので、調書の記載事 項が真実かどうか判断することができない。」旨の異議を附記して土地調 書・物件調書に署名押印すれば、将来土地調書・物件調書の記載事項の真 否について異議を述べることができる。また、土地所有者等は、土地調書 ・物件調書の記載事項が真実に反するのであれば、異議を附記したか否か にかかわらず、その旨を立証することもできる (土地収用法三八条ただ し書)。したがって、これらの点からみても、現地での立会を認めないか らといって、土地所有者等に格別の不利益が生じるわけでもない。 (二) 市町村長及び市町村の吏員並びに都道府県の吏員等の立会人について現 地での立会が求められていないことは、土地所有者等について現地での立 会が求められていない以上に明白である。 すなわち、市町村長等は、土地所有者等の代理人として、立会をするの ではないし、土地調書・物件調書の記載事項が真実かどうかを確認して署 名押印するのでもない。市町村長等は、土地調書・物件調書が測量、調査 等に基づいて適式に作成されたことを確認すれば、署名押印すべきである (前掲小高剛「〈特別法コンメンタール〉土地収用法」二二五ページ、前 掲中川善之助・兼子一監修「土地収用・税金[改訂版]」二二六ページ、 行政回答としては、昭和三〇年一〇月二八日付け山形県知事宛計画局長回 答、昭和三六年四月八日付け熊本県知事宛計画局長回答)。換言すると、 法は、市町村長等が常に土地調書・物件調書に記載されている境界、権利 の存否、内容、権利者の氏名等が真実であるかどうか確認する手段を有し ている訳ではないため、いわば手段的に土地調書・物件調書の作成過程を 確認させることによって、起業者にできる限り正確な土地調書・物件調書 を作成させることを期待しているにすぎない。 (三) 被告は、立会手続において土地調書・物件調書の記載事項につき相当厳 密なチェックがされなければならないと主張するようである。 しかし、そもそも土地調書・物件調書は、起業者が土地収用法に基づく使 用の申請をする際に提出を義務付けられた書類の一部にすぎない。しかも、 土地所有者等が収用委員会の審理においてこれに反する事実を、立証する ことは何ら妨げられない(土地収用法三八条ただし書)し、収用委員会が 職権で調査をして(六五条)、土地調書・物件調書の記載事項と異なる事 実を認定することも妨げない。 なお、土地収用法が立会・署名押印に被告が主張するほどの厳密性を要 求していないことは、起業者が過失がなくて知ることができない土地所有 者等との関係では、市町村長等の立会を不要としていることからも明らか である(三六条二項かっこ書)。 (五) 以上のとおり、現地での立会が必要であるという被告の主張は失当であ り、本件土地の所有者等に関する立会・署名押印の手段に何ら違法な点は ない。 第五 被告第一準備書面第一〇「地方自治法一五一条の二の要件切欠缺」について 一 「法令違反等の不存在」について 1 駐留軍用地特措法の違憲性、本件使用認定の遵法性、本件土地調書・物件調 書の作成手続及び内容の違法性に関する被告の主張がいずれも失当であること は、既に述べたとおりである。 2 なお、「法令違反ないし職務懈怠の要件」に関する裁判所の審査の範囲につ いては第一、二に述べたとおりであり、被告の立会人の指名及び署名押印の拒 否が、地方自治法一五一条の二第一項にいう「国の事務の管理若しくは執行が 法令の規定・・・に違反する」場合又は「国の事務の管理若しくは執行を怠る」 場合に該当することは、訴状に述べたとおりである。 二 「他の是正措置の存在」について 1 被告は、国が基地を返還し、整理縮小するなどして、知事による立会・署名 押印の必要性をなくすことが可能であったと主張する。 しかし、もともと基地の返還、整理縮小は我が国と米国との外交交渉によっ て解決されるべき問題であって、我が国として本件土地の使用権原を喪失する 時期までにこの問題を解決できる見通しはなかった。しかも、本件において、 被告は、本件署名押印等の拒否は条件闘争ではないと公言し、どの程度基地の 返還、整理縮小が達成されれば本件署名押印等に応じるかは明らかでなかった。 したがって、原告が、平成七年一一月四日における被告との会談を経て、同 月下旬に被告に対する説得を断念し、地方自治法一五一条の二に基づく法的な 手続を執ったことは、やむを得ないところであった。 2 被告は、職務執行命令訴訟ではなく、国が、起業者としての立場で知事に対 し給付訴訟を提起するか、当事者訴訟を提起することができた旨主張する。 しかし、本件署名押印等の事務は国の機関委任事務であるところ、この事務 の管理、執行について、国ないし国の機関が国の機関としての被告を訴えると いうことは、国という同一の権利主体の内部において訴訟を提起することとな るが、このような訴訟は裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないの で、給付訴訟ないし当事者訴訟の方法をとることはおよそ法的に不可能である。 本件を解決するには、機関訴訟以外の方法は存在しない。 三 「公益侵害の不存在」について 1 被告は、日米安保条約及び地位協定自体の合憲性を問わないとしても、憲法 前文、九条ないし軍事的公益を排している土地収用法、森林法などに照らすと、 本件職務執行の勧告、命令をすることは許されないと主張する。 しかし、日米安保条約及び地位協定の合憲性そのものを問題としないで、こ れらの条約の義務の履行を公益に適合しないとする被告の主張は、およそ理解 し難い。かえって、日米安保条約及び地位協定に基づく義務の履行が公益に適 合することは、既に述べたとおりである。 なお、駐留軍用地特措法に基づく土地の使用は、土地収用法三条の「土地を ・・・使用することができる公共の利益となる事業」に掲げられていないが、 駐留軍用地特持法は土地収用法の特別法であり、駐留軍用地特措法に基づく土 地の使用が公益に適合することを否定する根拠とはならない(ちなみに、自衛 隊が使用する土地は、土地収用法三条三一号にいう「国・・・が設置する庁舎 ・・・その他直接その事務又は事業の用に供する施設」に関する事業の用に供 されるものと解されている。)。また、被告は、国防が公益に当たらない根拠 として森林法を掲げるが、同法二六条二項に定める保安林の指定の解除の要件 となる「公益上の理由」には、国防上の必要性が含まれると解される。 2 被告は、日米安保条約六条は我が国の米国に対する施設及び区域の提供義務 を定めているが、米国が要求する施設及び区域を必ず提供しなければならない 義務はないと主張する。 しかし、既に、日米両国間では、本件土地を含む施設及び区域を提供するこ とが合意されており、この義務を履行するために、本件土地の使用権原を取得 することが要求されている。我が国が、本件土地の使用権原を取得することが できなかったからといって、一方的に米国の意思に反して、いったん合意した 施設及び区域の提供を中止することが許容されるわけではない。 なお、いったん米国に提供された施設及び区域の土地を具体的にどのように 使用するかは、米国の排他的な運営・管理にゆだねられている(地位協定三条) から、そもそも個々の土地の具体的な利用状況を問題とすることはできない。 本件土地のうちにいわゆる黙認耕作地があろとしても、これらの土地について 電波障害の除去のため建物の建築を防止したり、弾薬庫の保安用地とする目的 で使用することがあるし、有事の際に使用することもある。 3 被告は、本件立会人の指名及び署名押印を拒否することが米軍基地のもたら す悪影響を解消することにつながると主張するようである。 確かに、被告の主張するような米軍基地のもたらす様々な影響を解消するた めに種々の施策を行っていく必要性があることは、原告も否定するものではな い。国としても、基地に関する様々な施策を継続拡充するとともに、更なる対 策を講ずるために日米間で十分な協議をしていきたいと考えている。その一方、 被告が、本件土地の立会人の指名及び署名押印を拒否してみたところで、基地 問題の根本的な解決につながるわけではない。また、国の機関として委任され た法的義務の履行を拒否するという違法な手段に訴えて基地問題の解決を求め ることは、法治国家である我が国においては到底許されるものではない。 4 本件において、原告がした「公益侵害の要件」に関する判断の内容は、訴状 並びに本準備書面第一、四3及び第四、三に述べたとおりであり、また、「公 益侵害の要件」に関する裁判所の審査の範囲・方法については、第一、四で述 べたとおりである。なお、既に述べたとおり本件使用認定の適否は本件訴訟に おける裁判所の審査の対象とならないから、「公益侵害の要件」の存否に関す る裁判所の審査は、本件使用認定が駐留軍用地特措法三条、五条の要件を充足 していることを前提としてされなければならない。 右によれば、原告が、被告の本件立会人の指名及び署名押印の不履行を放置 することが地方自治法一五一条の二第一項にいう「著しく公益を害することが 明か」な場合に該当すると判断したことは当然である。 第六 被告一九九五年一二月二二日付け求釈明書(以下「求釈明書」という。)につ いて 一 求釈明書一について 1 求釈明書一3(1)について 駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条五項に基づく立会とは、現地 での立会を意味しないこと、知事の指名した立会人は土地調書・物件調書が、測 量、調査に基づいて作成されたことを確認すれば署名押印すべきことは、既に述 べた そこで、那覇防衛施設局長は、那覇防衛施設局において、関係資料に基づき、 本件土地に関わる土地調書・物件調書について十分説明することができること、 那覇防衛施設局が沖縄県庁から至近距離にあるため、沖縄県の吏員も那覇防衛施 設局に容易に出頭することができること、沖縄における過去三回の駐留軍用地特 措法に基づく使用権原取得の手続においても、立会場所が那覇防衛施設局とされ、 沖縄県の吏員が立ち会い・署名押印をするのに何ら支障がなかったこと等を考慮 し、立会場所を那覇防衛施設局とした。 2 求釈明一3(2)について 沖縄における過去三回の駐留軍用地特措法に基づく使用権原取得の手続におい ても、沖縄県の吏員が一日で立会・押印をしている。 本件職務執行命令においては、この実績をふまえた上、更に沖縄県の吏員が立 会・署名・押印をするのに十分な期間を確保するように配慮して、訴状記載のと おり職務執行を求めた。 3 なお、立会の場所や期限については、被告から過去に一度も問題とされたこ とはなく、本件職務執行の勧告、命令に対する被告の拒否回答等においても、こ の点は全く問題とされなかった(甲第一九号証、第二三号証)。 二 求釈明書二について 訴状添付の別紙目録3記載の土地の所有者知花昌一が賃貸借契約の締結を拒否し ていることは、訴状請求の原因一2で述べたとおりである(甲第一号証)。被告が 釈明を求める交渉の状況等の詳細は、本件訴訟とは関係がない。 三 求釈明書三について 1 本件使用認定の適否ないし効力の有無が本件訴訟における審理の対象となら ないことは、本準備書面第一、二2で述べたとおりである。また、仮に本件使 用認定の適否等が審理の対象になるとしても、それが適法であることは本準備 書面第四、三で述べたとおりである。 2 なお、我が国が米国と駐留軍の施設及び区域の返還整理縮小について協議を 重ね、日米の合意が形成された土地について順次返還を受けていることは本準 備書面第四、三3で述べたとおりであるが、その詳細は次のとおりである。 沖縄県における米軍施設及び区域の返還、整理縮小は、日米安全保障協議委 員会(第一四回(昭和四八年一月)、第一五回(昭和四九年一月)及び第一六 回(昭和五一年七月))において了承された計画に沿って進められてきた。そ の結果、昭和四七年の沖縄復帰時に八三施設、面積約二万七八〇〇ヘクタール であった施設及び区域は、平成八年一月現在では三八施設、面積約二万三五二 〇ヘクタールにまで減少をみている。 右の計画後においても被告あるいは沖 縄県軍用地転用促進・基地問題協議会から施設及び区域の早期返還及び返還後 の有効利用について要請があったので、日米両国政府は、昭和六三年夏から日 米合同委員会においてそれまでの未解決事実や追加要請事案について検討した 結果、平成二年六月一九日、二三事案(一七施設、面積約一〇〇〇ヘクタール) について返還に向けて日米双方で所要の調整、手続を進めることが確認された。 そして、これまでに一六事案(一四施設、面積約六二三ヘクタール)につい て返還又は返還合意を了した。また、残りの事案についても、平成七年一二月 二一日の日米合同委員会において移設工事等の条件付で返還を合意した。 さらに、平成七年一一月一七日、政府と沖縄県との間における協議機関とし て「沖縄米軍基地問題協議会」を設置し、同月一九日、日米間における協議機 関として「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会」を設置して、 沖縄の基地問題の解決に向け政府全体として引き続き努力していくこととして いる。 3 本求釈明事項については、右に述べた以上に釈明する必要はない。 四 求釈明書四について 1 求釈明書四3(1)について 那覇防衛施設局長は、訴状添件の別紙目録記載の土地に関する土地調書・物件 調書の作成に当たって、土地所有者及び関係人並びに市町村長に対しては、読谷 村では喜名公民館において、沖縄市では沖縄市軍用土地等地主会館において、那 覇市では那覇防衛施設局においてそれぞれ立会及び署名押印を求めた。このよう な措置をとったのは、右立会場所が一般に周知の場所であるし、通常、その近隣 に居住している土地所有者等が多いと思われるためである。 なお、本件使用認定に係る土地のうち訴状添付の別紙目録記載の土地以外の土 地の立会場所等については、本件訴訟とは関係がないから釈明の必要がない。 2 求釈明書四3(2)について 駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条二項に基づく土地所有者及び 関係人の立会について、法は現地での立会を求めていないこと等は、本準備書面 第四、四3で述べたとおりである。那覇防衛施設局長が立会を求めた各場所を選 択した理由は右に述べたとおりであって、同場所において必要な説明をする準備 をした上、立会を求めた。 五 求釈明書五について 地籍不明地であることが、土地所有者が立会、署名押印を拒否する理由とならな いこと等については、本準備書面第四、四3で述へたとおりである。 なお、土地 調書に記載された土地の形状等について異議があれば、土地所有者は、その旨の異 議を附記して署名押印すれば足りる。 ちなみに、本件土地のうち位置境界明確化法による認証手続を了していない土地は、 訴状添付の別紙目録6記載の土地のみであるが、この土地所有者は、過去二回の駐 留軍用地特措法に基づく使用権原取得の手続において、土地の地番、地目、位置、 境界、地積等が真実と合致しない旨の異議を附記して署名押印をしたところ、収用 委員会はいずれも土地調書は適法に作成されたものと判断した上、使用裁決をした。 本求釈明事項については、右に述べた以上に釈明をする必要はない。 六 求釈明書六について 原告は、要するに、被告が駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条五項 によって義務付けられているにもかかわらず、立会人の指名及び署名押印をしない ことが違法であると主張している。すなわち、被告が、積極的に署名押印等を「拒 否」しているととらえれば、「国の事務の管理若しくは執行が法令の規定・・・に 違反する」場合に該当し、署名押印を「懈怠」しているととらえれば、「国の事務 の管理若しくは執行を怠る」場合に該当する。原告は、このいずれかの要件に該当 することを選択的に主張しているのである。 七 求釈明書七について 地方自治法一五一条の二第一項の規定する「公益侵害の要件」の存否についての 審査の範囲・方法及びその要件適合性については、本準備書面第一、四、第四、三 及び第五、三で述べたとおりであり、この要件適合性を個別の土地の具体的な事情 に分解して論ずべきでないことは、本準備書面第五、三2で述へたとおりである。 本求釈明事項については、右に述べた以上に釈明の必要がない。 八 求釈明書八について 本件使用認定の適否ないし効力の有無が本件訴訟における審理の対象とならない ことは、本準備書面第一、二で述べたとおりである。また、仮に、本件使用認定の 適否等が審理の対象となるとしても、それが適法であることは、本準備書面第四、 三で述べたとおりである。 本求釈明事項については、右に述べた以上に釈明の必要がない。 別表 沖縄における駐留軍施設及び区域の年度別返還状況 平成7年9月30日現在 (単位:千F) ┌────┬───────────┬──────┐ │ │ 区 分 │ │ │ ├─────┬─────┼──────┤ │ 年度 │ 民 有 │ 公 有 │ 計 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │昭・47 │ 228 │ 107 │ 334 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 48 │ 3,498 │ 2.616 │ 6.114 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 49 │ 5.557 │ 293 │ 5.850 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 50 │ 2.163 │ 94 │ 2.257 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 51 │ 3.268 │ 223 │ 3.491 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 52 │ 2.236 │ 470 │ 2.706 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 53 │ 174 │ 1 │ 176 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 54 │ 991 │ 50 │ 1.042 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 55 │ 142 │ 8 │ 151 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 56 │ 2.659 │ 74 │ 2.733 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 57 │ 447 │ 438 │ 885 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 58 │ 296 │ 7 │ 304 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 59 │ 87 │ 8 │ 95 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 60 │ 98 │ 52 │ 150 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 61 │ 277 │ 23 │ 300 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 62 │ 1.998 │ 32 │ 2.031 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 63 │ 9 │ 0 │ 9 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │平・元 │ 13 │ 4 │ 17 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 2 │ 59 │ 1 │ 60 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 3 │ 4 │ 22 │ 26 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 4 │ 59 │ 2 │ 61 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 5 │ 32 │ 0 │ 32 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 6 │ 201 │ 561 │ 763 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 7 │ 0 │ 1 │ 1 │ ├────┼─────┼─────┼──────┤ │ 計 │ 24.498 │ 5.087 │ 29.585 │ └────┴─────┴─────┴──────┘ 注:計数は、4捨5入によっているので符合しないことがある。