公告縦覧拒否訴訟(楚辺通信所)
被告(沖縄県) 第三準備書面
平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件
被 告 第 三 準 備 書 面
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平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件
原 告 内 閣 総 理 大 臣
橋 本 龍 太 郎
被 告 沖 縄 県 知 事
大 田 昌 秀
被 告 第 三 準 備 書 面
一九九六年八月二三日
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右被告訴訟代理人
弁護士 中 野 清 光
同 池宮城 紀 夫
同 新 垣 勉
同 大 城 純 市
同 加 藤 裕
同 金 城 睦
同 島 袋 秀 勝
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同 仲 山 忠 克
同 前 田 朝 福
同 松 永 和 宏
同 宮 國 英 男
同 榎 本 信 行
同 鎌 形 寛 之
同 佐 井 孝 和
同 中 野 新
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同 宮 里 邦 雄
右被告指定代理人
同 又 吉 辰 雄
同 粟 国 正 昭
同 宮 城 悦二郎
同 大 浜 高 伸
同 垣 花 忠 芳
同 山 田 義 人
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同 比 嘉 博
同 兼 島 規
同 比 嘉 靖
同 謝 花 喜一郎
福岡高等裁判所那覇支部 御中
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目 次
第一 訴権濫用論等について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
一 原告の主張 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
二 原告に対する反論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
三 日米安保条約と法の支配 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六
第二 事実関係に関する争点について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八
一 原告が争う事実 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八
二 原告が認否をしない事実 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一三
第三 本件における裁判所の審査の範囲について ・・・・・・・・・・・・・一九
第四 駐留軍用地特措法の法令違憲性について ・・・・・・・・・・・・・・三五
一 平和的生存権の侵害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三五
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二 憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四〇
第五 駐留軍用地特措法の適用違憲性について ・・・・・・・・・・・・・・四六
一 被告が主張する適用違憲における具体的法令等 ・・・・・・・・・・・四六
二 公告縦覧手続の代行の意義と適用違憲 ・・・・・・・・・・・・・・・四七
三 運用違憲について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四八
四 平和的生存権の侵害について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四九
五 憲法二九条違反について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五四
第六 本件使用認定の違法性について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・五九
一 使用認定要件の該当性についての原告の判断方法 ・・・・・・・・・・五九
二 誤った判断方法に基づく裁量権行使の逸脱又は濫用 ・・・・・・・・・六〇
三 本件使用認定における瑕疵の明白かつ重大性 ・・・・・・・・・・・・六三
第七 公告縦覧代行義務について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八二
一 管理・執行義務を負う「機関委任事務」と義務を負わない事務の
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二種の存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八二
二 公告縦覧代行義務の存否 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八三
三 主務大臣の指揮監督について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九〇
第八 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺に関する
原告主張について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九六
一 機関委任事務と職務執行命令訴訟の意義 ・・・・・・・・・・・・・・九六
二 「公益侵害の要件」についての原告主張に対する反論 ・・・・・・・一〇二
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第一 訴権濫用論等について
一 原告の主張
本件訴訟の提起が訴権の濫用にあたらない、とする原告の主張の根拠は次の二
点に尽きる。第一に、本件は原告と被告の権限行使に関する紛争であって、知花
昌一氏と国の間に存する事由は無関係である、ということ、第二に、現在におけ
る本件土地の使用権原喪失は駐留軍用地特措法の手続の「進行が遅れたに過ぎな
い」、ということである(原告第二準備書面第一の一)。
また、実体面についても、同旨の主張をなしている(同準備書面第三の七)。
二 原告に対する反論
1 原告の主張は、紛争当事者が異なるということだけ言い放ってそこで思考停
止に陥っているものである。しかし、クリーンハンドの原則、権利の濫用、そ
してそれらを前提とした訴権の濫用の理論は、当該具体的事実関係の下におい
て、権利主張を許すことが法的正義に照らして妥当か否かという問題なのだか
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ら、当該具体的事実関係の内実に立ち入らなければならないのである。本件に
おいては、確かに本件土地の不法占拠は、直接的には国と知花昌一氏の所有権
及び使用権原に関する紛争であるが、そこで生じている具体的事実が、本件訴
訟の事実関係にどう影響を及ぼしているか、また本件訴訟の帰趨が右紛争にど
のような影響を及ぼすかこそが検討されなければならない。
2 本件訴訟において、原告が職務執行命令をなす要件には、本件土地の使用認
定が「適正且つ合理的」であること、被告が公告縦覧代行を行わなかったこと
が「著しく公益を害することが明らか」であることが含まれており、右要件の
判断においては、国が本件土地を現在不法占拠しているか、それとも法に基づ
いて使用権原喪失と同時に返還義務を履行しているか、が重要な考慮要素とな
るのであり、いずれの状態かによって判断が異なる余地も大きい。この具体的
内容については、答弁書で述べたとおりである。これにつけ加えれば、「公益」
要件にしても、国が不法占拠している土地の強制使用手続を行うことと、そう
でない土地の強制使用手続を行うことでは、それに対する協力を怠った場合に
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「公益」を害するといえるか否かには異なる判断がなされる余地も大きいとも
いえる。
このように、本件土地の不法占拠は、職務執行命令の要件にも影響するもの
であって、原告の違法な行為によって同命令の要件を作出することが許される
か否かという、まさに原告と被告の間でのみ生じる事柄が問われるのである。
3 また、国と知花昌一氏との間の本件土地の不法占拠に関する紛争は、右当事
者間の行為いかんに関わらず、その帰趨が本件強制使用手続によって直接影響
されるものである。これも答弁書で述べたが、国は、本来使用権原を失った本
件土地の返還義務が存するところ、それを免れるために強制使用手続をなして
おり、本件公告縦覧代行の命令もその一環なのである。従って、強制使用手続
が完結すれば、国と知花昌一氏の紛争は、両当事者の関与なくして終結してし
まう。このように、本件公告縦覧代行の命令は、国に不法占拠を適法に解消す
る義務を免れさせるという、不法行為を助力する法的効果を直接発生させる一
要件となるものである。
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なお、本件公告縦覧代行の命令が、国の不法占拠状態と無関係でなく、その
解消を目的としていることについては、前那覇防衛施設局長小浜貞勝氏も甲第
一号証において率直に次のように述べている。「沖縄県知事の公告・縦覧の事
務が行われないと…(楚辺通信所の一部土地である本件土地の)使用権原を取
得することが不可能になります。」「本施設をこのような法的に不安定な状況
に置くこと自体日米安全保障体制の信頼性を損ない、大変憂慮される事態であ
ることは否めません。このため、速やかに使用権原のある状態に回復する必要
があります。」と。
4 原告は、知花昌一氏の土地の不法占拠について、単に強制使用手続の「進行
が遅れたに過ぎない」と言い放っているが、これはあまりにも見苦しい論理の
すり替えである。しかも、「遅れたに過ぎないから…『訴権の濫用』に当たる
という余地はない」という主張に至っては、論理がまったく欠如している。
本件では、「進行が遅れた」結果、どのような事実が発生し、どのような法
的状態になっているか、こそが問題となっているのである。原告の右の論理は、
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この点について答弁不能になっていることを自認したものというべきである。
5 ところで、原告は、最高裁一九七八年七月一〇日第一小法廷判決を引用して
いる。
これは、有限会社の経営の実権を握っていた者が、第三者に対し自己の社員
持分全部を相当の代償を受けて譲渡し、会社の経営を事実上右第三者に委ね、
その後相当の期間を経過し、しかも右譲渡当時社員総会を開いて承認を受ける
ことが容易であった場合には、社員総会決議不存在確認を求める訴えの提起が
訴権の濫用に当たるとした判決である。
右判決は、権利の濫用や信義則違反など一般条項を根拠に訴権の濫用を積極
的に肯定した判例であり、むしろ被告の法的主張を裏付けるものといえる。
しかも、右判決では、当該原告の行為は、持分を譲り受けた第三者に対する
信義則違反であるとしながら、有限会社に対する請求認容の判決が対世効によっ
てその第三者に効力を有することを根拠に、有限会社に対する訴えが訴権の濫
用に当たるとしている。つまり、判決は、単に当事者が異なるというだけで訴
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権濫用の主張を排斥する安易な結論を排し、紛争の具体的影響にまで踏み込ん
だ判断をなしているのである。
6 以上のとおり、本件土地の不法占拠という事実が本件職務執行命令の要件の
充足の有無に影響を及ぼし、また、本件職務執行命令を認容することが本件土
地の返還義務を免れさせる効果をもたらす強制使用手続の不可欠の要件である
ことからすれば、国の不法占拠が本件職務執行命令と無関係ということはでき
ず、クリーンハンドの原則等に照らして、原告の請求は認められないというべ
きである。
三 日米安保条約と法の支配
原告が、本件土地の不法占拠について全く口をつぐんでおきながら、本件訴訟
はそれとは関係ないと強弁することは、到底国民を納得させるものではない。
原告が拠りどころとする日米安保条約においても、その前文は、「日本国及び
アメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、
並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、…
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相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、よって、次のとおり協定す
る。」と規定されている。つまり、「法の支配」を擁護することを、日米安保条
約の重要な理念、目的の一つとしているのである。原告が、日米安保条約上の義
務の履行を主張しながら、法の支配に違背する本件訴訟の提起をなすことは、ま
さにその理念と矛盾することであって、そもそも目的の正当性を失わせるもので
ある。
また、原告は、臆面もなく「国の機関として委任された事務の履行を拒否する
という違法な手段に訴えて基地問題の解決を求めることは、法治国家である我が
国においては許されるものではない。」(原告第二準備書面五五頁)と主張する。
この言葉はそのまま原告にお返ししなければならない。使用権原の存しない本件
土地を不法占拠するという違法な手段に訴え、かつそれを返還する法的義務を免
れるために強制使用手続を不当に利用してまでも米軍基地用地を確保しようとす
ることは、法治国家である我が国においては許されるものではないからである。
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第二 事実関係に関する争点について
一 原告が争う事実
原告は、その第二準備書面において、被告第一準備書面の事実に関する主張に
ついて認否をしているが、その中で本件を審理する上で重要な事実について争っ
ているので、その点について以下に整理して争点を明らかにする。
1 被告第一準備書面の「第一 はじめに」の部分中、原告が争う事実は以下の
とおりである。
(一)「被告が右代行手続きに応ずることは、国による土地の強制使用手続きに
加担し、米軍基地の存続・固定化に全面的に協力する姿勢を示すことになる。
よって、米軍基地の整理縮小を県政の大きな柱にしている被告にとって、本
件公告縦覧代行手続きに応ずることは耐え難いことであり、到底容認できな
い。」の部分
(二)「沖縄の米軍基地は過密であり、構造的な欠陥を有しているのに加えて、
水域や空域にも多くの制限区域が設定されている。」との部分
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(三)米軍基地から派生する様々な事故等によって、「県民生活の被害は甚大で
あり、深刻である。」との部分及び「米軍基地は沖縄県の振興開発の大きな
阻害要因になっているだけでなく、各市町村の都市計画にも悪影響を及ぼし
ている。」の部分
(四)「知花昌一所有の土地は現在、国によって不法に占拠されており」の部分
(五)代理署名訴訟事件一審判決に対し、「県民の怒りが強いものである」との
部分
(六)普天間飛行場の移転が「県内の施設・区域への移転を前提としていること
に、県内自治体等から強い反発があり、県民が十分に納得できる内容になっ
ていない。」との部分
(七)「沖縄の米軍基地を取り巻く状況は、県民の強い要望にも拘わらず、一向
に進展していない。」の部分及び「被告が代行手続を拒否することが、県民
の総意に基づく」という部分
2 「第四 米軍基地の実態と被害」の部分中、原告が争う事実は以下のとおり
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である。
(一)「一 米軍基地の概況」について
(1)冒頭部分の「沖縄の基地の整理・縮小については、日米両政府ともその
必要性を認めながら、実際は遅々として進んでいない。」の部分
(2)「4 米軍訓練水域及び空域」のうち、「民間機は低空飛行を余儀なく
され、飛行に当たってのパイロットの精神的プレッシャーは大きいものが
あると言われている」との部分
(二)「米軍の演習・訓練及び事件・事故の状況」について
(1)「2 県道一〇四号線越え実弾砲撃演習実施状況」中、「県道を封鎖し
て行われる実弾演習は、演習場に近接して住宅、学校、病院等が位置し、
また、着弾地の背後には、県内随一の海浜リゾート地域(恩納村)があり、
危険である。」の部分
(2)「4 原子力軍艦寄港状況」中、「一九八〇年三月のロングビーチ(巡
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洋艦)の寄港時においては、晴天時の平均値を上回る放射能が検出され、
当該海域及び周辺海域の魚介類が売れなくなるなど地域住民に大きな不安
と被害を与えた。」の部分
(三)「三 環境破壊」中、原告が争う事実は以下の通りである。
(1)「1 自然環境の破壊」について
(1) 「一 水質汚濁」に関する事実全部
(2) 「二 土壌汚染」中、PCBに関する米軍の管理方法に問題があった
こと、フィリピンの米軍基地においても科学物質による土壌汚染があっ
たこと、米国内の基地閉鎖後同様の環境汚染があり、そのため民間施設
としての転用が進まないこと
(3) 「三 原野火災及び赤土汚染」中、度重なる実弾演習によりキャンプ
ハンセン内の着弾地周辺は、広範囲にわたって緑が失われ」ていること、
これが環境保全の面からも自然の破壊は由々しい問題であること
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(2)「2 騒音公害等」について
飛行場から派生する騒音が地域住民に精神的、身体的被害を与えている
こと原告はこの点、騒音が「付近住民の生活環境に影響を及ぼしているこ
と」は認めるとしているが、住民の精神的身体的被害については争うとし
ているものである。
(四)「六 振興開発の阻害」中、原告が争う事実は以下のとおりである。
「2 読谷村の振興開発の阻害」
原告は、「米軍基地が地域の振興開発の制約要因となっていることは認め
る」としながら、被告が主張する読谷村の各種施策の「阻害要因」となっ
ていることは、争っているものである。
3 以上、要するに原告は、米軍基地の面積、規模等数値的に明らかな部分につ
いては、これを認めるとしながらも、基地に起因する様々な危険性や基地被害
については、これを争うとしているものである。
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しかしながら、沖縄県の米軍基地問題は、そこから派生する各種の被害の存
在を直視するのでなければ、その本質を問うことはできない。本件訴訟は、ま
さに、沖縄県及び県民にこれ以上米軍基地のもたらす被害を押し付けることが
許容されるのかどうかということが問われているのである。
したがって、本件訴訟においては、原告が争っている右各事実及び原告が
「不知」と答弁して、沖縄の基地被害に目を背けようとしている各事実につい
て、被告に十分に立証の機会が与えられなければならない。
二 原告が認否をしない事実
1 被告は、その第一準備書面の第三(沖縄における基地形成史)において、沖
縄における基地が法的根拠がなく強奪された土地の上に違法に形成され、住民
の犠牲の上に自由使用されてきた経過を主張したが、原告は、歴史的経過は、
本件の争点と関係なく、認否をしないと主張するが、この原告の主張は誤りで
ある。
2 原告が、本件土地を強制使用しようとする理由は、要するに、本件土地を米
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国に提供する義務があり、この義務を履行できなければ公益が害されるという
ことにある。
そして、本件土地を提供する義務があるとする根拠としてあげるのは、一九
七二年五月一五日の日米合同委員会において、本件土地を含む施設について、
提供合意がなされたということである。ところで、復帰時の日米合同委員会に
おける基地提供に関する合意は、新規に米軍への土地提供を取り決めたもので
はなく、復帰時までの米軍の土地使用を前提とし、復帰後も米軍の使用を継続
することを取り決めたものである。そして、復帰前に米軍が何ら法的根拠もな
いままに武力によって強奪した土地について、復帰後、日本国が米国に対して
違法な米軍の占有継続を約束しえないことは余りにも当然である。したがって、
復帰時における日米合同委員会における基地提供合意は、復帰前に米軍が適法
に占有正権原を取得し、適法に占有していた土地についてのみ、引き続く使用
を認めることができると解釈すべきである。このことは、復帰前の米軍の土地
使用を継続するために制定された公用地法を見ても明らかである。すなわち、
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公用地法二条には、「法律の施行の際沖縄において合衆国軍隊の用に供されて
いる土地又は工作物」について、使用権が発生するものとされているが、この
「用に供する」とは、単なる占有という事実関係を指すものではなく、正権原
に基づいて使用していたことを指すものである。したがって、公用地法は、米
軍が違法に占有していた土地について、引き続き日本国が米軍に提供すること
は全く予定していないのである。
右のとおり、復帰時における日米合同委員会においては、復帰前に米軍が正
権原に基づいて占有していた土地についてのみ使用継続を認めることができる
と言うべきであるから、この理に反して復帰前に違法に強奪された土地につい
て引き続く使用を認めた提供合意は、法的に否定的な評価しか受け得ず、その
履行に公益性を認めることはできないのである。したがって、米軍が如何に無
法に沖縄の基地を形成してきたかについては、本件の争点そのものとして審理
されねばならない。
3 また、原告自身、第二準備書面の第四、三3(本件駐留軍用地提供の高度の
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公共性)において、復帰前における沖縄の基地の在り方が、本件土地提供の公
益性、公益性を判断する事実となることを認めている。
すなわち、プライス勧告等を引用し、米軍が沖縄に軍事基地を建設してこれ
を長期的に使用することが、戦後一貫した米国の意向であり、また一九六五年
頃から沖縄返還の折衝を開始した日米両国政府は、沖縄の米軍基地の継続使用
が不可欠の前提であると認識していたとし、この背景に基づいて、沖縄返還協
定で沖縄の米軍基地の復帰後の継続使用を認めたと主張する。
原告自身が、本件土地提供の公共性・公益性ないし原告の裁量の適正性を基
礎づける理由として、復帰前から使用認定までの沖縄における基地の在り方を
主張し、他方、被告においては、本件土地を提供することの公共性・公益性を
否定する理由ないし原告の裁量の逸脱ないし濫用を基礎づける理由として、沖
縄における米軍基地形成過程の違法性、その差別的処遇を主張しているのであ
るから、沖縄における米軍基地が如何に形成され、どのような戦略的役割を担っ
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てきたのかという事実は、本件における争点そのものであると言わねばならな
い。
なお、原告は、復帰後も沖縄の米軍基地の使用継続を合意した背景としてプ
ライス勧告を引用するが、この原告の主張はおよそ理解し難いものである。す
なわち、プライス勧告は、沖縄に米軍基地を置く理由として「我が米軍が沖縄
に駐屯している理由は、それが我々の世界的広範な防衛に実質的役割を演じて
いるからである。他の世界各地に於ける如く、日本、フィリピン両国に於いて
も、米国の基地保有の問題は親善的統治の存続に依存している。琉球列島に於
いては、我々は政治的支配権をもっており、また同島には挑戦的国家主義運動
がないので、我々は長期にわたって極東ー太平洋地域にある沖縄に基地を持つ
ことができる。ここでは我々が原子兵器を貯蔵または使用する権利に対して、
何ら外国政府の制約を受けることはないのである」と述べ、沖縄の基地政策に
対する基本的態度として「琉球における我々の主要な使命は戦略的なものであ
り、最後的分析における此の使命と、それから派生する軍事的必要性が断固と
して優先する」と述べているものであり、ここには沖縄の住民に対する考慮は
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全くなく、軍事の前には全てを犠牲にするという基本的方針を明らかにしてい
るのである。まさに、プライス勧告に示された米国の基本政策の下で沖縄の米
軍基地が形成・維持されてきたという歴史的事実こそが、沖縄における米軍基
地の反公共性を示すものと言うべきである。
4 以上のとおり、沖縄における基地形成過程は、本件土地提供義務の存否、土
地提供の公共性・公益性、使用認定及び公益侵害要件の判断についての原告の
裁量の逸脱ないし濫用の有無を判断するための法律要件となる事実そのもので
あり、審理の対象となるものである。
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第三 本件における裁判所の審査の範囲について
一1 原告は、砂川事件の職務執行命令訴訟最高裁判決について、「なお、最高裁
判所昭和三五年六月一七日第二小法廷判決(民集一四巻八号一四二〇ページ)
は、裁判所が先行行為の適法性・有効性について審査をする権限ないし義務を
もつかどうかについては触れていない。」と述べ、右最高裁判決と、裁判所は
本件使用認定等の先行行為の有効性や適法性を審査することはできないとする
自らの立場とは矛盾しない、と主張している(第二準備書面一六、一七頁)。
「なお」と述べているところに原告の立論の苦しさが露呈しているのである
が、最高裁判決を右のように解することは明らかに誤りである(以下、この第
三において、右の最高裁判決を単に「最高裁判決」という)。
確かに、最高裁判決は、裁判所が「先行行為」の適法性・有効性を審査すべ
きであるかどうかについて、直接言及してはいない。しかし、最高裁判決は、
地方公共団体の長本来の地位の自主独立性と地方自治の本旨を挙げ、それらと
---------- 改ページ--------20
国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和をはかる制度としての職務執行命
令訴訟の意義を説き、「(地方自治法一四六条が)裁判所を関与せしめその裁
判を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の当該指揮命令の適法であ
るか否かを裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認する場合、
はじめて代執行権及び罷免権を行使できるものとすることによって、国の指揮
監督権の実効性を確保することが、前示の調和を期し得る所以であるとした趣
旨と解すべきである。この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟において、裁
判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る、
と判示しているのである。
2 原告の依拠する砂川事件の差戻後の東京地裁判決の論理(原告第一準備書面
一七、一八頁)は、行政組織法上の権限分配の原則の論理である。いわゆる代
理署名訴訟について一九九六年三月二五日言渡された福岡高裁那覇支部判決
(以下、単に「高裁判決」という)は、右東京地裁判決と同じく、権限分配の
---------- 改ページ--------21
原則の論理に立つものであるが、高裁判決に対する芝池義一教授の次の批判は、
そのまま原告の主張に対しても当てはまるものである(なお、芝池評釈のいう
「本件判決」とは高裁判決のことである)。
「本件判決は、権限分配の原則を援用することによって、内閣総理大臣の使
用認定に対する裁判所の審査権を否定しているが、これは、前述のように、組
織法上の原則と訴訟法上の原則の次元の違いを明確に区別せず、前者から後者
のあり方を導くという思考である。」(ジュリスト一〇九〇号七九頁)
3 原告は、「裁判所は、被告が本件公告縦覧の手続の代行義務を履行するに際
して審査権限を有する限度において、被告が右義務を負うか否かを審査すれば
足りる。」と主張し(第一準備書面一六頁)、さらに、「土地収用法は、・・
・・・公告縦覧の段階において使用の認定の手続や裁決手続の適否ないし効力
の有無につき関係市町村長に判断をさせようとしたとは解されない。これは、
都道府県知事が公告縦覧の手続を代行する場合でも同様である。」と主張する
(同二一頁)。
---------- 改ページ--------22
これは、裁判所の審査の対象を受命機関の審査権の範囲に限定した上で、受
命機関の実質的審査権を否定するものであって、最高裁判決が、「裁判所が国
の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る、と判示
したことに真向から違背するものである。この点については、被告が第二準備
書面の二頁以下において、多数の学説を引きながら詳細に論じたところであり、
司法審査の範囲について論じた二つの高裁判決の判例評釈(被告第二準備書面
二四、二五頁)が二つとも、高裁判決を批判しているところである。
4 以上のとおり、最高裁判決からすれば、内閣総理大臣のした使用認定が有効
であるか否か、適法であるか否かは、当然に司法審査の対象となるのである。
それが最高裁判決の論理的帰結なのである。
原告が、「(最高裁判決は、)裁判所が先行行為の適法性・有効性について
審査をする権限ないし義務をもつかどうかについては触れていない。」として、
最高裁判決と原告の主張が矛盾しないかのように主張するのは、最高裁判決を
曲解するものである。
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二1 原告は、「被告が本件公告縦覧の手続の代行義務を履行するに際して審査す
ることができる範囲は、(1) 沖縄県収用委員会から読谷村長のもとに本件各書
類が送付されたこと、(2) 本件各書類が土地収用法四〇条一項の規定による裁
決申請書及びその添付書類並びに同法四七条の三第一項の書類のうち読谷村に
関係がある部分の写しであること、(3) 読谷村長が本件書類を受け取った日か
ら二週間を経過しても公告縦覧の手続を行わなかったこと、(4) 那覇防衛施設
局長が被告に対し本件各書類に係る公告縦覧の手続の代行を申請したことに限
定され、裁判所の審査の範囲も右の範囲に限定される。」と主張する。(第一
準備書面二一、二二頁)。
2 誰しも、原告の右主張には驚きを禁じ得ないであろう。
最高裁判決は、公告縦覧の手続についての都知事から砂川町長に対する職務
執行命令訴訟にかかるものであった。原告は、最高裁は右の四点を裁判所に審
査させることが、「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重と、国の
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委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和
を計る」ことになる、とでも言うのであろうか。最高裁判決は、「本件は司法
審査の及ぶ限度において本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実
の審理をする必要があることが明らかである」と判示して、事件を東京地裁に
差し戻したのであるが、原告は、司法審査の対象が右のような事柄につきると
言うのであれば、砂川事件の場合どのような事実の審理が必要であった、と言
うのであろうか。
そもそも、原告の挙げるような事柄について、総理大臣と知事との間に争い
が起こり得るであろうか。職務執行命令訴訟という制度は、そのようなあり得
ない争いについて、右のような形式的な点のみを審査させるために、裁判所を
関与させるものだと言うのであろうか。また、原告の右主張と、最高裁判決に
よって破棄された東京地裁判決のいう職務執行命令の形式的要件に関する事項
の審査と、どこがどう違うというのであろうか。
3 原告の主張は、最高裁判決の意義や、職務執行命令訴訟の趣旨、ひいては地
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方自治の本旨を貶しめるものである。
被告第二準備書面の一〇頁以下に指摘したとおり、多くの学説は、受命機関
に下命機関の訓令の実質的審査権を認めている。
それは、知事や市町村長に、「組織法的関係から離れて一般国法の見地から
命令の適否を判断させる」(金子)ことであり、「地方の特殊性に応じた裁量
権を行使する範囲を認める」(磯野)ことであり、「国が機関委任事務の執行
権を地方公共団体の機関に移譲した以上は、これに付随して法律の解釈権も移
譲されたと解すべき」(原田)であり、「それ相当に地元自治体の意向を反映
せしめることが、法制上予定されている趣旨」(兼子)なのである。
三1 原告は、駐留軍用地特措法の定める使用認定の要件について、次のように主
張して、総理大臣の裁量権を強調する(第二準備書面一六頁)。
「そもそも原告が行う土地の使用の認定は、駐留軍用地特措法に基づき、当
該土地について使用権原を取得するための一連の手続の基本となる行為であり、
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その中心となる『駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、
その土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的である』(同法三条、
五条)かどうかの判断は、沖縄県を含む日本国の安全並びに極東における国際
の平和及び安全、日本の外交関係の在り方等をも考慮した高度に政治的な裁量
判断を包含する」。
2 しかし、原告の右主張は誤りである。
たとえば、日本安保条約を締結するか否か、同条約一〇条の定めに基づいて
同条約を終了させる意思を通告するか否か、アメリカ合衆国の軍隊のどのよう
な部隊にどのような規模および機能の基地を提供するか等は、高度に政治的な
裁量判断を要するであろう。しかし、沖縄に米軍基地を集中させること、ある
いはそれを固定化することは、政治的な裁量判断によって許される、というも
のではない。沖縄に米軍基地が集中しているのは、本土防衛のための沖縄捨て
石作戦、および講和条約三条による沖縄の施政権の米国への付与という、沖縄
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差別政策の結果である。また、沖縄の日本復帰後だけをとりあげても、本土で
は五九・一パーセントも米軍基地が減少しているのに(一九七二年三月末と一
九九四年一月一日との比較)、沖縄では一四・九パーセントしか減少していな
い(一九七二年五月一五日と一九九四年三月末との比較)という、差別的取扱
いの結果なのである。総理大臣の政治的裁量を言うなら、それは、沖縄の米軍
基地を整理・縮小する方向にこそ働かなければならないのである。
3 原告も引用しているとおり、駐留軍用地特措法三条は、「駐留軍の用に供す
るため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供するこ
とが適正且つ合理的であるときは」、土地等を使用することができると定めて
いる。
この文言から明らかなように、「適正且つ合理的である」の判断は、強制使
用しようとする個々の土地についてなされなければならない。土地によっては、
それを米軍に提供しないことが政治的色彩を帯びうることもあるかもしれない
が、土地によっては、それを提供しなくとも何の問題も起こり得ないものも多
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いのである。これらを十把一からげに、総理大臣の裁量で強制使用することは
許されないのである。
この点、有名な日光太郎杉事件の控訴審判決(東京高裁一九七三年七月一三
日判決(確定)、判時七一〇号二三頁)が、土地収用法二〇条三号にいう「土
地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」と認められるべきかどうかの判断
について、次のように判示していることが留意されなければならない。
「控訴人建設大臣が、この点の判断をするについて、或る範囲において裁量
判断の余地が認められるべきことは、当裁判所もこれを認めるに吝かではない。
しかし、この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行
なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最
も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考
慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本
来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人
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のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右
判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとし
て、違法となるものと解するのが相当である。」。
四1 原告は、地方自治法一五一条の二、一項の定める「公益侵害の要件」につい
て、その要件が充足されているか否かの認定判断そのものが、原告の広範で政
治的な裁量に属すると主張し、さらに語をついで、次のように主張している
(第一準備書面二四、二五頁)。
「裁判所は、原告の右の認定判断に裁量権の範囲の逸脱、濫用があった場合
に限りこれを違法とすることができるにすぎず(行政事件訴訟法三〇条参照)、
裁判所が、『公益侵害の要件』の存否につき、原告と同一の立場から審理を行
い、原告に代わって独自に『公益侵害の要件』について認定判断することはで
きない(裁判所が原告に代わって右の認定判断をすることは、前記最高裁判所
昭和三五年六月一七日第二小法廷判決がいう『司法審査固有の審判権の限界』
を遵守しないことになる。)。」
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2 長野士郎著「逐条地方自治法(第十次改訂新版)」学陽書房三九二、三九三
頁は、一九九一年の改正前の地方自治法一四六条について、「本条は、普通地
方公共団体の長が国の機関としてもっている権限、事務について、その管理執
行が違法であり、又はこれを怠ると認められるときに、それを矯正する方法に
ついて規定する。その矯正については厳重な手続要件を要求し、さらに、裁判
所をして関与せしめるのは、それが国の機関としてではあるが、なお、公選に
よる普通地方公共団体の長に対するものであるから、本条所定の国の矯正権の
発動をして慎重ならしめ、少なくとも、中央政府の一方的な意思による恣意的
な発動を防止し、地方公共団体の自主自立性の侵害されることのないようにす
るためである。」と述べている。周知のとおり、一四六条には「公益侵害の要
件」は規定されていなかった。一九九一年の改正で一四六条が削除され、一五
一条の二が新設されたときに、その一五一条の二に新しく盛り込まれたのであ
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る。したがって、右の解説の趣旨は、現在、ますます厳格に解されなければな
らない。基本法コンメンタール「地方自治法[第三版]」(別冊法学セミナー)
一四四頁は、「公益侵害の要件」について、「長の違法な作為・不作為の公益
侵害の重大性と明白性を要件として定めているが、後者の明白性の要件は行政
代執行法二条には含まれていないもので、それだけ本条の職務執行命令の発動
は厳格な要件に限定されているといえよう。」としている。
このように厳格に解されるべき「公益侵害の要件」について、それが充足さ
れているか否かの認定判断までが総理大臣の広範で政治的な裁量に属するとい
うのは、暴論と言うしかない。それでは、「中央政府の一方的な意思による恣
意的な発動を防止」することもできないし、「地方公共団体の自主自立性の侵
害されることのないようにする」こともできない。裁判所は、原告の認定判断
に裁量権の範囲の逸脱、濫用があった場合に限りこれを違法とすることができ
るにすぎず、裁判所が原告に代わって独自に「公益侵害の要件」について認定
判断することはできない、とする原告の主張は、独立の要件を定めた裁判規範
---------- 改ページ--------32
たる法を無視するものである。
また、原告が行政訴訟法三〇条をもちだすのは、故意に人を誤導しようとす
るものと言うべきである。同条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の
範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消す
ことができる。」という規定である。原告のいう「公益侵害の要件」について
の「認定判断」なるものは、単なる原告の判断であって処分ではない。被告は、
原告のした勧告や命令の取消を求めて訴を提起しているわけでもない。また、
前記したとおり「公益侵害の要件」は、裁判所が原告の判断から独立して独自
に判断すべき法律要件であって、それについての原告の判断が裁量処分という
ものではない。
さらに、原告は、最高裁判決のいう「司法審査固有の審判権の限界」を援用
するが、被告第二準備書面の二二、二三頁で論証したとおり、最高裁判決は、
いわゆる統治行為論に言及しているのであって、原告の主張する右のような恣
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意的な裁量論のことを言っているのではない。原告は、第二準備書面の一八頁
において、裁判所の審査権の範囲と受命機関のそれとが同一であると主張する
にあたり、同様に最高裁判決の右の指摘をとりあげているが、これも同様に誤
導である。
3 長野士郎前掲書(但、第一二次改訂新版)四四一頁は、「『著しく公益を害
する』とは、社会公共の利益に対する侵害の程度が甚だしい場合のことをいう。
この判断は、第一次的には主務大臣の判断にかからしめられているが、最終的
には職務執行命令訴訟を通じて裁判所の判断に委ねられることとなる。」と解
説している。
裁判所は原告の認定判断に裁量権の範囲の逸脱、濫用があった場合に限りこ
れを違法とすることができるにすぎず、裁判所が原告に代わって独自に認定判
断することはできないとする原告の主張は、誤っていることが明らかである。
五 原告は、第一準備書面の一三頁以下で「本件訴訟における裁判所の審査の範囲・
方法について」を論ずるにあたり、地方自治法一五一条の二に記載されている要
件しかとりあげていない。
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長野士郎前掲書(第一二次改訂新版)四四三頁は、最高裁判決をあげ、「裁判
所は、機関委任事務の管理執行について、法令若しくは処分に違反するものがあ
るかどうか、又はその管理執行を怠っているかどうか、その是正を図る方法が他
にないかどうか、それを放置することが著しく公益を害することが明らかかどう
かなどのほか、職務執行命令が適法かどうかについても実質的に審査を行うこと
となる。」としている。
この職務執行命令の適否の実質的審査として、被告の主張する沖縄の基地の実
態及び憲法論が、使用認定その他国のなした行為の適否とともに、本件の審理の
対象とならなければならない。それこそが、最高裁判決が「裁判所が国の当該指
揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る(傍点は引用者)、
と判示しているゆえんなのである。
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第四 駐留軍用地特措法の法令違憲性について
一 平和的生存権の侵害
1 原告は、平和的生存権は、抽象的概念であって、具体的権利とはいえず、裁
判規範性を有しないから、駐留軍用地特措法が、違憲であることの根拠になり
得ない、と主張する。
憲法は、政府が国民の人権を無視し、国民が戦争に関する政府の行為を見逃
したことが、終局的に第二次世界大戦を引き起こしたとの反省から、基本的人
権の保障・国民主権とともに、平和主義を、憲法の基本原理とする。その平和
主義を徹底し、「戦争なき世界」をめざし、侵略戦争のみならず自衛戦争をも
放棄し、自衛のための戦力の保持も禁止する(九条)。すなわち、憲法の平和
主義とは、徹底した非武の思想であり、憲法の解釈においても、この「世界史
的意義」の理解を及ぼす必要がある(佐藤功「日本国憲法概説」七一頁以下参
照)。
この立場から、平和的生存権を理解すると、それは、単なる抽象的な目的・
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理念を規定したものではなく、具体的な意味・内容を有し、個々の裁判を解決
する規範となる具体的な権利である。
2 平和的生存権は、憲法前文、九条及び一三条によって保障される。
原告は、憲法前文及び一三条の「幸福追求権」から、平和的生存権の具体的
な意味・内容を引き出すことはできない、と主張する。
しかし、憲法第三章の各条項は、広汎な基本的人権を保障するが、基本的人
権の種類がこれにつきるというものではない。憲法施行後、社会が複雑に高度
に発達するなかで、様々な法的利益が出現するが、この法的利益を確保しなけ
れば、国民個々人の人格的生存を確保しえないという状況のなかでは、その法
的利益は、いわゆる新しい人権として、憲法一三条の「幸福追求権」で保障さ
れるものである(佐藤功「日本国憲法概説」一三七頁参照)。例えば、最高裁
判例も、「プライバシーの権利」〔最判(大)昭四四・一二・二四、刑集二三・
一二・一六二五〕及び「名誉権」〔最判(大)昭六一・六・一一、民集四〇・
四・八七二〕を、憲法一三条の 「幸福追求権」によって保障されると認めて
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いると理解されている(佐藤幸治「憲法(第三版)」四五一頁以下参照)。
そして、「核兵器の登場によって、戦争に及ぼす破壊力が驚異的に増大した
結果、戦争はある政治目的を達成する合理的な手段としての有用性を失った」
(高柳信一「国家の自衛権より人民の平和権へ」法学セミナー増刊「憲法と平
和保障」所有)という現代的状況を考えると、国民個々人に、平和的生存権を
保障し、政府の戦争に関する様々な行為を監視させなければ、国民個々人の人
格的生存を確保し得ないのが現状である。従って、平和的生存権は、憲法一三
条で保障された具体的権利であるとの被告の主張は、充分説得力あるものであ
る。
また、憲法九条一項は「戦争放棄」、同二項は「戦力の不保持」「交戦権の
否認」を規定する。一項で、自衛のための戦争が放棄されていないとしても、
二項で、侵略・自衛のためを問わずすべての戦力の保持が禁止されているから、
結局、九条全体で、自衛戦争をも放棄し、自衛戦力の保持をも禁止している。
これを、名宛人としての国に命じているのである(佐藤功「日本国憲法概説」
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八〇頁参照、この解釈は憲法学会の通説である。)。
この憲法九条は、前文で保障された平和的生存権の保障を実質的あらしめる
ために、具体的な制度を規定したものである。憲法は、国民の選挙権を実質的
に保障するために選挙制度を(四四条、四七条)、財産権を実質的に保障する
ために私有財産制度(二九条二項)を設けている。
平和的生存権と憲法九条の関係もこれと同様である。このことからも、平和
的生存権が、裁判規範性を有する具体的権利であることは明らかである。
3 平和的生存権の具体的な意味・内容については、被告の第二準備書面で、既
に詳細に主張したとおりである(五四頁以下)。
すなわち、平和的生存権は、公権力の戦争行為(広く戦争類似行為、戦争準
備行為、戦争訓練、基地の設置・管理等を含む)によって、生命の危険に脅か
されることなく、平穏な社会生活を営むことを阻害されない権利を主な内容と
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する。具体的には、(1) 公権力は、軍事目的追求によって、国民の平和的経済
関係を圧迫・侵害してはならない(2) 公権力は、軍事的性質を持つ政治的・社
会的関係を形成してはならない(例えば、徴兵制の禁止)(3) 公権力は、軍事
的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行ってはならない等を内容とする。
これは、公権力に対し、国民の平和的生存権を確保する見地から、一定の明
確な事項について禁止を命ずるものであり、具体的な意味・内容を示すものと
して充分である。
従って、被告の主張する平和的生存権の概念は、抽象論にすぎないとの原告
の主張には理由がない。
4 原告は、日米安保条約及びこれに基づいて米国の軍隊が我が国に駐留するこ
とは、憲法九条及び前文の趣旨に適合こそすれ、違憲であることが明白である
とは認められない、と主張する。
この主張は、我が国が、固有の自衛権に基づき、自国の平和と安全を確保す
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るためにいかなる自衛の措置をとり得るかは、政治部門(国会及び内閣)の広
い裁量に委ねられているという考え方を背景とするものである。
しかし、この考え方には、国民に、裁判規範性を有する具体的権利である平
和的生存権が保障され、国民が、この平和的生存権によって、戦争に関する政
治部門の様々な立法及び行政行為を監視し、政府の行為によって、日本国及び
国民に再び戦争の惨禍が起こることがないようにしようとの憲法的側面が欠落
している。
原告の主張は正しくない。
二 憲法二九条違反
1 原告の主張の骨子
原告が駐留軍用地特措法が憲法二九条に違反しないとする論拠は、大要以下
のとおりである。
(1) 米国の軍隊は、憲法九条二項が保持を禁止した「戦力」ではない。
(2) 米軍の駐留は、我が国の安全等を維持する上で極めて重要であり、憲法九
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条及び前文の趣旨に適合する。
(3) 条約を遵守すべきこと(米軍の駐留を許すこと)は、憲法上の義務であり、
国際法上の義務である。
(4) 右(1) ないし(3) により、駐留軍用地特措法による土地の使用又は収用は
高度の公共性を有する。そしてこれは、憲法二九条三項の私有財産を「公共
のために用ひる」場合にあたる。
2 原告の主張に対する反論
(一)原告の右主張は、被告第二準備書面の憲法二九条違反論に対して、問題を
すり替えて答えるものである。
(二)まず被告は、米国の軍隊が憲法九条二項が保持を禁止した「戦力」に当た
るかどうかを直接問題とするものではない。問題とするのは、駐留軍用地特
措法による土地の使用又は収用が軍事目的であるという点である。被告は軍
事目的のための土地の強制収用等は、財産権制約目的としては正当性を欠く
と主張するものである。そして、米国の軍隊が憲法九条二項「戦力」に当た
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るかどうかに関係なく、米国の軍隊が一般的な意味で戦力であり、その駐留
のための土地の収用が、軍事目的であることは、否定できるものではないか
ら、駐留軍用地特措法が、軍事目的のための土地収用等を定めた法律である
点において、違憲であると主張するものなのである。
軍事目的のための土地の収用等が「公共のため」に当らないということは、
憲法が軍事目的による人権制約を認めることを全く予定していないというこ
とに基づくものである。そして憲法が軍事目的による人権制約を予定してな
いという根拠は、憲法上軍事目的のために人権の制約を認める明文が全くな
いということ、明文がないだけでなく、軍事目的のための人権の制約を前提
としたり、それを許容する解釈を許すような規定もないということである。
たとえば軍事目的のための人権制約の例として、微兵制度があるが、これが
認められないことは、憲法解釈上疑義のないところである。一九六六年の国
際連合総会で採択された「市民的および政治的権利に関する国際規約」が、
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forced and compulsory labour を禁止しつつ、軍事的性質の役務はそれに
含まれない(同規約八条)との、明文を持ったのと比較しても、我が国の憲
法が軍事目的のための人権制約を認めないものであることは明白であろう。
原告の立場は、外国の軍事目的のためであれば、人権制約が認められると
いうことを前提とするものであるが、その根拠は全くないのである。
原告は、米軍が憲法九条二項の「戦力」にあたるかどうかのみを検討し、
軍事目的のための土地の収用等が許されるかということに答えていない点に
おいて、問題をすり替えていると非難されるべきである。
(三)次に米軍の駐留は、我が国の安全等を維持する上で極めて重要であるとい
う点については、立法事実論で詳細に主張したとおり、もはや米軍の駐留は、
アメリカ合衆国の世界戦略遂行を第一義の目的とするものであり、我が国の
安全のためにのみ存在するものではないから、そもそも原告のこの点に関す
る認識には誤りがあるといわねばならない。
---------- 改ページ--------44
(四)条約を遵守する義務についても、被告が第二準備書面で詳述したように、
日米安保条約は、我が国に米軍の駐留を許すことを定めた条約であって、個
人の土地を強制的に収用等してまで、米国に土地の提供を義務づけたもので
はない。
原告が、駐留軍のために土地を提供することが条約上の義務であるという
のであれば、本訴訟においてもその根拠が明確に主張されなければならない
はずである。しかるに原告は単に、我が国は日米安保条約及び地位協定に基
づき「我が国の施設及び区域の使用を許すべき義務を負って」いると主張す
るのみで(訴状一一ページ)なぜ、日米安保条約及び地位協定から「使用を
許す義務」が発生するのか明確にしていないのである
したがって、土地を強制使用・収用しなければ日米安保条約上の義務に違
反するという原告の立論は、同条約の解釈を誤ったものである。
(五)結局原告が憲法二九条違反とならない、すなわち公共のために用いる場合
---------- 改ページ--------45
にあたるとして、その公共性の前提として掲げた主張は、いずれも理由がな
いものである。
再度述べるが、日米安保条約六条は「日本国において施設及び区域を使用
することを許される」と規定するのみで、「使用を許す義務」を定めていな
いのである。
日米地位協定も同様に、「使用を許す義務」について規定していないので
ある。
---------- 改ページ--------46
第五 駐留軍用地特措法の適用違憲性について
一 被告が主張する適用違憲における具体的法令等
原告は、被告が駐留軍用地特措法のどの規定がどの事実に適用されるのか具体
的に特定して主張していない旨主張している。
しかし、被告は、原告が本件土地を使用するために駐留軍用地特措法を適用し
て被告に公告縦覧の代行を命ずることは違憲・違法であるとして争っているので
あるから、本件訴訟において主に問題となる法令及び適用事実とは、強いて善解
するまでもなく、原告が請求原因事実六で主張している駐留軍用地特措法一四条
一項、土地収用法四二条四項、同法二四条四項及び同法四七条の四第二項、四二
条四項、二四条四項を本件土地に適用することを意味していることは明らかであ
る。
また、被告は、先行手続である使用認定と後続の公告縦覧手続とは不可分一体
であり、先行手続の瑕疵は後続の手続に承継されると主張しているのであるから、
先行する使用認定の根拠となっている駐留軍用地特措法五条、三条を本件土地に
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適用することも違憲であると主張しているのである。
二 公告縦覧手続の代行の意義と適用違憲
原告は、公告縦覧手続を命ずることが何故に違憲なのか被告の主張は明確でな
いと論難する。
しかし、被告の主張は明確である。再度確認すると、駐留軍用地特措法を適用
して、本件土地を使用認定し、被告に本件公告縦覧の代行を命じることは、後述
するように必然的に米軍基地がもたらしている様々な違憲状態をもたらすことに
なるから、本件土地に駐留軍用地特措法を適用することは違憲であると主張して
いるのである。
また、原告は、公告縦覧の手続の代行は、駐留軍用地特措法の手続の中では従
たる地位をもつ告知ないし公示行為にすぎないと決め付けて、強制使用手続にお
ける公告縦覧手続の趣旨を矮小化し、適用違憲の問題は生じないと主張している。
しかし、公告縦覧手続の趣旨は、土地所有者、関係人及び準関係人に対して意
---------- 改ページ--------48
見提出の機会を付与すること、隠れた権利者を発見すること、土地所有者等に裁
決手続開始登記による処分制限を付するに当たって事前通告することにあるが、
それは憲法二九条が保障する土地所有者又は関係人の財産権の確保、及び憲法第
三一条の適性手続の保障をその目的としている。そして、公告縦覧手続が欠ける
と強制使用手続は進まないことからも明らかなように、公告縦覧手続は強制使用
手続のなかで重要な位置を占めていることも明らかである。
もし、原告の主張するように各手続を分断して、限定した意味に解するならば、
およそ強制使用手続の殆どが裁判所の判断の埒外に逸し去ってしまい、裁判所は
強制使用手続に対する憲法適合性の判断の機会を失ってしまうであろう。これで
は、地方自治法一五一条の二が職務執行命令訴訟制度を設けて、法の支配の担い
手である裁判所に正しい法の執行を保障させようとした趣旨を失わせてしまうこ
とになり妥当でない。
三 運用違憲について
---------- 改ページ--------49
原告は、日韓条約反対デモ事件控訴審判決(東京高裁昭和四八年一月一六日判
決)を引用して、運用違憲論を論難しているが、右東京高裁判決とて、補助的事
実としてであっても必要な場合は、法令運用の実態を考量すべきであると判示し
ている。
被告は、強制使用に向けた一連の法令の運用の実態が主要事実であると主張し
ているから、法令運用の実態について当然に考量されるべきであるが、仮に、原
告の主張に百歩譲ったとしても、重要な補助的事実として考量されるべきことは
明らかである。
四 平和的生存権の侵害について
1 原告は、駐留軍の駐留目的ないしその活動の実態が日米安保条約六条の目的
を逸脱し、憲法前文及び九条に違反しているかどうかは、我が国の政治、外交
の根幹にかかわり、高度の政治的判断を要する事柄であって、司法裁判所の審
査には原則としてなじまず、右の点は、一見極めて明白に違憲であると認めら
れない限り、司法審査の範囲外のものである、と主張する(五六頁)。
---------- 改ページ--------50
そして、本件土地に駐留軍用地特措法を適用することは、一見極めて明白に
憲法九条及び前文の趣旨に違反するとはいえない、と主張する。
原告の右の主張を善解すると、
(1) 駐留軍の駐留目的は、日米安保条約六条に明確に規定されているように、
日本国及び極東の平和と安全を図ることにあり、その駐留軍の活動の実態
が、その目的の範囲を逸脱している場合には、駐留軍の活動の実態は、憲
法前文及び九条に違反する(適用違憲)。
(2) しかし、駐留軍の活動の実態が、日米安保条約六条の目的の範囲を逸脱
し、憲法前文及び九条に違反するかどうかは、一見極めて明白に違憲であ
ると認められない限り、司法審査は及ばない。
(3) 在沖駐留軍の活動の実態は、一見極めて明白に、日米安保条約六条の目
的の範囲を逸脱し、憲法前文及び九条に違反しているとはいえないから、
司法審査は及ばない。
---------- 改ページ--------51
(4) したがって、本件土地に駐留軍用地特措法を適用することも、一見極め
て明白に憲法九条及び前文の趣旨に違反するとはいえないから、司法審査
の範囲外にある。
とするものであろう。
2 原告の右主張(1) は、正しい法解釈を示したものであり、(2) の主張も、い
わゆる行政裁量論を述べたもので、仮に、その主張のとおりだとしよう。
そこで、(3) について検討する。
被告の第二準備書面の「第三 駐留軍用地特措法を本件土地の使用のために
適用することの違憲性」で詳細に主張したとおり、在沖米軍基地が、湾岸戦争
において後方支援基地としてフルにその機能を発揮してきた事実、米国政府高
官が、在沖米軍の出動範囲に制限はないと発言している事実、近時の日米安保
「再定義」の内容、米国防総省から発表された「日米安保報告書」の内容等を
考慮すると、在沖駐留軍の活動の実態は、日米安保条約六条の目的の範囲を逸
---------- 改ページ--------52
脱し、憲法前文及び九条に違反していることは一見して極めて明白である。
そして、裁判所は、被告の主張するこれらの事実の在否について審査し、在
沖駐留軍の活動の実態が、一見極めて明白に、日米安保条約六条の目的の範囲
を逸脱し、憲法前文及び九条に違反しているかどうか判断を下すべきである。
なお、原告の引用する最高裁判決〔最判(大)昭三四・一二・一六刑集一三・
一三・三二二五)は、「日米安保条約が違憲なりや否やの法的判断は、純司法
的機能をその指名とする司法裁判所の審査にはなじまず、・・・・一見極めて
明白に違憲無効であると認められない限りは、司法審査の範囲外のもであ
(る)」と判示するのみで、駐留軍の駐留目的ないしその活動の実態が日米安
保条約六条の目的を逸脱し、憲法前文及び九条に違反しているかどうかまで、
司法審査の範囲外だとは述べていない。駐留軍の駐留目的ないしその活動の実
態が日米安保条約六条の目的に制限されるかどうかは、純粋な法律解釈の問題
であり、駐留軍特に在沖駐留軍の実態が日米安保条約六条の目的の範囲を逸脱
---------- 改ページ--------53
しているか否かは、裁判所が審査すべき事実問題である。
3 在沖駐留軍の活動の実態は、一見極めて明白に、日米安保条約六条の目的の
範囲を逸脱し、憲法前文及び九条に違反している以上、本件土地に駐留軍用地
特措法を適用することも、一見極めて明白に憲法九条及び前文の趣旨に違反す
るものである。
4 原告は、平和的生存権は裁判規範性が認められない抽象的な権利であるから、
沖縄県に米軍基地を存続させることが沖縄県民の平和的生存権を侵害するとの
被告の主張は、その前提を欠くと主張する。
しかし、平和的生存権が、裁判規範性を有する具体的権利であることは、第
四の一で述べたとおりである。
そして、在沖米軍基地が沖縄県及び沖縄県民に様々の被害を及ぼし、沖縄の
振興発展を阻害していることについては、被告第一準備書面「第四米軍基地の
実態と被害」で詳細に述べたとおりである。また、沖縄県民が、生活の場に隣
---------- 改ページ--------54
接する米軍基地の存在によって、生命・身体・財産の侵害の危険にさらされて
いること、その侵害の危険が現実的なものであること、その侵害の危険が構造
的なものであること等は、被告第二準備書面一一八頁以下で、詳細に述べたと
おりである。そして、裁判所は、以上の事実の存否を審査しなければならない。
以上の事実からして、在沖米軍基地の存在によって、沖縄県民の平和的生存
権が日常的に侵害される状態が継続していることは明らかであり、駐留軍用地
特措法を適用して、本件土地を強制使用することは、在沖米軍基地を固定化す
ることにつながるのであるから、本件公告・縦覧を沖縄県知事に求める原告の
行為は、沖縄県民の平和的生存権を侵害するものである。
五 憲法二九条違反について
1 被告は、被告第二準備書面の第三、五において、本件土地について、駐留軍
用地特措法を適用して強制使用手続をすることは憲法二九条に違反すると主張
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した。これに対し、原告は、その第二準備書面において、「本件訴訟において
本件使用認定の適法違法ないし有効無効は審査の範囲外である」と主張し、被
告の憲法二九条違反(適用違憲)の主張に対する認否すら行わない。
しかし、行政法の伝統的学説においては、「(1) 一つの手続ないし過程にお
いて複数の行為が連続して行われる場合において、(2) これらの行為が結合し
て一つの法効果の発生をめざす」という要件を充たす場合には、先行行為の違
法性を後行行為が承継して、後行行為も違法性を帯びるものとされる。
例えば、土地収用の事業認定と収用裁決の間では、違法性の承継が認められ、
事業認定が違法であれば、収用裁決も違法になり、取消訴訟で取り消されるも
のとされている(芝池義一「行政救済法講義」有斐閣・六〇ないし六二頁)。
そして、駐留軍用地特措法に基づく強制使用手続は、同一の目的のために、事
業のための準備手続、使用認定手続、使用裁決申請の準備手続、使用裁決手続
という複数の行為が行われ、これらの手続が強制使用という同一の目的のため
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に行われる一連の結合した行為であるから、使用認定や立会・署名という先行
行為が違法であれば、後行行為である公告縦覧手続が違法性を帯びることは明
らかである。
そして、知事が公告縦覧代行に際し、先行行為たる使用認定の違法性を判断
し得ると解すべきことは、被告第二準備書面の第五、四3で述べたとおりであ
り、また、知事の判断権限をさておくとしても、訴訟において、裁判所が先行
行為たる使用認定の違法性を判断すべきことは、被告第二準備書面の第一に述
べたとおりであるから、使用認定の違憲性は、本件訴訟の審理の対象である。
なお、仮に、行政機関は一般的には他の行政機関の行った先行行為の違法性
を判断し得ないとしても、少なくとも、先行行為を当然に無効ならしめる憲法
違反が存する場合には、当該先行行為の違法性を判断し得るものと言わねばな
らない。したがって、被告が本件土地の使用認定について、法律レベルの違法
性にとどまらず、憲法に違反する旨主張している以上、仮に使用認定の法律違
反に対する判断が訴訟の審理の範囲外であるとしても、使用認定が違憲無効で
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あるか否かについての審理を避けることはできない。
2 また、被告は、憲法二九条違反(適用違憲)の主張について、使用認定の違
憲性を主張するのみならず、公告縦覧手続それ自体の違憲性も主張しているも
のである。
すなわち、駐留軍用地特措法に基づく強制使用手続は、内閣総理大臣の使用
認定、裁決申請準備手続、収用委員会における使用裁決手続といった一連の処
分や事実行為からなるものであり、使用認定手続や裁決手続によってのみ、強
制使用という効果が発生するものではなく、一連の各行為の集積として、はじ
めて財産権制約という結果が発生するのである。そして、公告縦覧手続は、こ
の一連の手続の一環をなし、駐留軍用地の強制使用を目的とし、公告縦覧の効
果は最終的には駐留軍用地の強制使用をもたらすものであり、また公告縦覧な
くしては強制使用という結果は有り得ないという重要不可欠の地位を占めるも
のであるから、「公共の用に供する」という憲法二九条三項の要件を欠く事案
について公告縦覧手続を行うことは、それ自体が憲法二九条に違反するものと
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言わねばならない。
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第六 本件使用認定の違法性について
一 使用認定要件の該当性についての原告の判断方法
原告は、原告第二準備書面において、「仮に、被告が原告の本件使用認定に重
大かつ明白な瑕疵があるか否かについて審査することができるとしても」、「本
件においては、被告において、原告の本件使用認定に裁量権の範囲の逸脱又は濫
用があること及びその瑕疵が重大かつ明白であることを主張立証しなければなら
ない」と述べたうえで、「本件使用認定には右事由がないことは明らかである」
と主張している(六二〜六四頁)。
本件使用認定に裁量権の逸脱又は濫用はないとする原告の主張は、使用認定要
件の該当性の判断について、次のような判断方法を前提としてなされたものであ
る。
すなわち、原告は、駐留軍用地特措法三条所定の使用認定要件の充足性の有無
の判断にあたっては、「必要性」の要件及び「適正かつ合理的」要件のいずれに
ついても、「個別の土地ごとに判断すべきではなく、当該土地を含む施設及び区
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域を一体として判断すべきである。」と主張し、その理由として「駐留軍用地は、
多数の土地によって構成され、その性質上不可分一体となって駐留軍の施設及び
区域として機能している」ことをあげている。
しかし、以下に述べるように、右判断方法は明らかに誤っており、誤った判断
方法に基づいてなされた本件使用認定に裁量権の逸脱又は濫用が存することは明
白である。
二 誤った判断方法に基づく裁量権行使の逸脱又は濫用
1 駐留軍用地特措法は、一般法たる土地収用法と特別法の関係にあると解され
ているところ、土地収用法は、憲法二九条三項の規定をうけて、「公共の利益
となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し、・・・公共の利益の増進と
私有財産との調整を図り、もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与すること
を目的とする」(同法一条)ものであるが、そこで言う「私有財産」が収用又
は使用の対象となっている個別の「土地等」を指すことは一見明白である。収
用又は使用の対象たる個別の土地等に対する私有財産と公共の利益の増進との
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調整が公用収用の基本的原則であり、個別の土地等を離れて「私有財産」が存
在することはあり得ないのである。従って、公用収用の一種とされている駐留
軍用地特措法に基づく使用認定においても、その要件の充足性の有無の判断に
あたっては、使用認定の対象となっている個別の土地等ごとについて判断され
なければならないのである。
東京地裁一九五四年一月二六日判決(行裁集五巻一号一五五頁)は、駐留軍
用地特措法三条所定の「適正かつ合理的」の解釈について、「単に駐留軍が当
該物件を使用することを希望し、又は便宜とすれば足りると言うのではなくし
て、安全保障条約第一条所定の目的を持って日本国に駐留するアメリカ合衆国
軍隊が日本国に駐留するについて当該物件を使用する客観的な必要性がある場
合でなければならない。かかる使用の客観的必要性は、当該物件が具体的に駐
留軍の如何なる用途に充てられるものであるかと言うこととの関連の下にのみ
決せられることである」と判示し、使用認定要件の存否は「当該物件」すなわ
ち強制使用の対象たる個別の土地等ごとにその具体的用途との関連で判断され
るべきであることを指摘しているのである。
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2 原告主張のように駐留軍用地が多数の土地によって構成されているとしても、
そのことから直ちに、それらの土地が性質上不可分一体として駐留軍の施設及
び区域として機能しているとは言い得ないのである。
とりわけ沖縄県内の米軍基地は、日本国憲法の適用が及ばない米軍施政権下
で強権的に、何らの制限もなく欲しいままに構築されたものであり、必要以上
に軍用地として囲い込まれた経緯が存することは歴史的、客観的に明白である
から、基地の規模、位置等について、厳しく点検することが必要である。その
ためにも、個別の土地について、その具体的用途との関連において、使用認定
要件の該当性の有無の判断がなされなければならないのである。右判断の結果、
駐留軍の施設及び区域を構成する土地の一部が返還されたとしても、基地機能
に基本的な支障が生じない場合は、当該土地を強制使用する客観的必要性は存
しないといわなければならないのであるから、これに対する使用認定要件は充
足しないことになるのである。
現に、在沖米軍基地において、施設及び区域の全面返還がなされずとも、施
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設及び区域を構成している個別の土地が、それが返還されたとしても基地機能
に基本的支障が生じないとして、所有者に返還された例は多数存しているので
ある。
3 以上から明らかのように、使用認定要件の充足性の有無の判断にあたっては、
その対象たる個別の土地ごとにその具体的用途との関連においてのみ決せられ
るべきことなのである。
しかるに原告は、本件使用認定の要件該当性の判断にあたって、本件土地に
ついて、その具体的用途との関連においてなすべき判断をせず、誤った判断方
法に基づい本件使用認定をなしたのであるから、裁量権の行使にあたって、そ
れの逸脱又は濫用があったといわざるを得ないのである。
三 本件使用認定における瑕疵の明白かつ重大性
1 使用認定要件の該当性の判断方法
土地収用法二〇条三号所定の「適正かつ合理的」要件の該当性の判断方法に
ついて、すでに引用しているが、いわゆる日光太郎杉事件東京高裁一九七三年
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七月一三日判決(判時七一〇号二三頁)は、次のように正当に判示している。
「控訴人建設大臣が、この点の判断をするについて、或る範囲において裁量
判断の余地が認められるべきことは、当裁判所もこれを認めるに吝かではない。
しかし、この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行
わるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も
重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮
を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来
過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人の
この点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判
断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、
違法となるものと解するのが相当である。」
右判決は、原告が駐留軍用地特措法三条所定の「適正且つ合理的」要件の該
当性を判断するにあたってもそのまま妥当するものである。
2 考慮すべき事項で考慮を尽くさなかった諸要素
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本件使用認定の要件該当性の判断にあたっては、本件土地について、その具
体的用途との関連で、前記判決で示された方法に基づく判断がなされなければ
ならないところ、次のような事項が最も重視すべき諸要素として考慮されなけ
ればならない。
(1) 本件土地は、楚辺通信所内に所在し、アンテナ敷地の一部として使用さ
れているところ、それが強制使用されずに返還されたとしても、通信電子
諜報活動を任務とする楚辺通信所の電子工学的、軍事作戦的機能のいずれ
にも基本的支障は生じないこと(その詳細については、被告第二準備書面
二〇二頁参照)。
(2) 本件土地が米軍用地として提供されるに至った経緯において、違法性が
存し、その瑕疵が治癒されていないこと(同二〇四頁参照)。
(3) 本件土地を所有者自らが農業用地等に有効利用することを意図している
こと(同二〇六頁参照)。
しかるに、原告は、本件使用認定にあたって、右のような事項をまったく考
慮しなかったか、考慮したとしても不当、安易に軽視した結果、考慮すべきで
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ある右事項について考慮を尽くさずに、本件使用認定をなしたものである。
3 原告の考慮した要素に対する批判
原告は、本件使用認定において考慮すべき要素として、本件駐留軍用地提供
の高度の公益性と駐留軍用地の提供によって失われる利益をあげ、前者の具体
的内容として日米安保条約上の義務の履行の公益性、沖縄における駐留軍用地
提供に至る経緯及びその後の提供の経過、沖縄の地理的条件、財政的な負担等
を列挙している。
しかし原告が考慮すべき要素としてあげている右事項は、考慮に容れるべき
でない事項かもしくは過大に評価すべきでない事項であるにもかかわらず、原
告はそれらを過重に評価している。以下、原告の右要素に関する主張に対して
反論する。
(一)安保堅持論の欺瞞性
原告は、「日米安保条約上の義務の履行の公益性」に関して、「右条約上
の義務の履行として施設及び区域の提供を受けた米国の軍隊の存在は、我が
国の安全のみならず、極東における国際の平和と安全の維持に大きく貢献し
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ている」と主張する。しかし、米国の軍隊が我が国の安全になぜ不可欠なの
か、極東における国際の平和と安全の維持にどのように貢献しているのか、
日米安保条約の何を堅持するのか、を一切明らかにしていない。
周知のように日米安保条約及びこれを基礎とする日米安保体制は、ソ連を
主要な仮想敵国として成立した。そのことの当否はここではふれないが、ソ
連の崩壊、さらに米中、日中関係の改善によって、日米安保体制は、その対
象を失うことになった。
一方、世界唯一の超大国となったアメリカは、冷戦終結後も経済的権益の
存在する地域には軍事的プレゼンスを確保するという世界戦略にのっとって、
パナマ侵攻、湾岸戦争等の軍事行動を展開している。その軍事行動展開の一
部には、沖縄をはじめ在日米軍基地がその出撃基地として使われているが、
これは日米安保条約六条の「極東の範囲」をはるかに越えるものであり、そ
れ自体、明確な日米安保条約違反であるといわざるを得ない。そのことを不
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問に付すばかりか、本年四月に発表された日米安保共同宣言によってその既
成事実を追認し、アメリカの世界戦略に日米安保体制をリンクさせる安保再
定義が行われた。アメリカが、世界的な軍事行動を支える財政的基盤を失い
つつあることがその大きな要因であった。
しかし、日米安保体制によってアメリカの世界戦略を補完することになれ
ば、そのことの日本にとっての意味が明らかにされなければならない。そこ
で日本周辺の脅威、たとえば、中国の拡張主義や朝鮮民主主義人民共和国
(以下、北朝鮮という)の不安定性が強調されることになる。
だが、中国のような大国を仮想敵国にするのは、政治的にも、経済的にも
日米双方にとってマイナスが大きい。それに、中国とスプラトリー(南沙)
諸島をめぐって領有権争いをしているフィリピンから米軍を撤退させておき
ながら、日本に駐留を続けるというのは筋が通らない。
こうして、脅威の対象として、もっぱら北朝鮮が強調されてくることにな
---------- 改ページ--------69
る。かつてアメリカは、核疑惑問題を振り撒いて北朝鮮との緊張を高め、こ
れを締めつけようとしたが、中国が湾岸戦争においてエジプトやシリアが果
たしたアメリカ加担の役割を回避したため、北朝鮮と融和政策に転じた。し
かるに、またもや安保再定義を正当化する根拠として北朝鮮脅威論を展開し
ている。
たしかに北朝鮮は、二三〇〇万人の人口に百万人の軍隊をもつという意味
では、軍事力の比重が異常に高い国家ではあるが、その装備が旧式化し、経
済的にもGNPが沖縄の約六割しかなく、石油不足や食糧難もあって、とう
てい日本の軍事的脅威になり得ないことは、専門家が具体的に指摘している
ところである(たとえば、「朝日新聞」一九九五・一二・一二)。
また世論調査の数字からみても、国民の多くは、あれだけ核疑惑キャンペー
ンがなされた後であっても、北朝鮮を脅威とはみていない。「朝日新聞」
「沖縄タイムス」やルイス・ハリス社が行った共同世論調査によれば、日本
の世論調査対象者は、世界平和にとって最大の脅威となっている国が、北朝
---------- 改ページ--------70
鮮(全国、沖縄とも九%)よりも、もっとも信頼できるはずの同盟国アメリ
カ(全国一三%、沖縄一四%)であると考えている(「沖縄タイムス」「朝
日新聞」一九九五・一一・一一)。
日本周辺の脅威論とは別に、東西冷戦終焉後にクローズアップされてきた
安保正当化論に、アジア諸国の一部は、日本軍国主義の復活を抑える「ビン
のフタ」として米軍のプレゼンスを求めている、という主張がある。アジア
諸国の一部に、いまなお、日本に対する不信感があるのは事実であるが、そ
の不信感は、過去の、尊い人命を奪い、物心両面にわたっていやしがたい傷
を負わせた戦争への反省と、誠実な平和外交の努力(日朝国交正常化交渉も
そのひとつである)によって克服されるのであって、米軍の力によって抑え
つけてもらうことによって払拭されるものではない。安保正当化のために
「ビンのフタ」論を強調することほど滑稽なことはない。
以上見てきた如く、いずれの安保必要論も著しく説得力を欠いている。
---------- 改ページ--------71
安保堅持・強化論の本質は、明確に意識すると否とにかかわらず、おそら
く次の二点に尽きている。
第一は、日米は経済的競合関係にあるが、先進資本主義国として途上国に
対する場合は共通の経済的利害をもっており、その経済的利益を守るために
は、アメリカの世界戦略に協力することが望ましい、とする認識である。い
わば、共同覇権主義的発想である。このような発想が、第三世界の国々から
どのように受け止められるかは指摘するまでもない。
第二は、経済的に競合関係にある日米の経済摩擦は避け難いが、日本が経
済的利益を追求するためにも、経済的対立が他の局面に波及しないよう、政
治的、軍事的には、できるだけ対米協調路線をとることが望ましい、とする
認識である。それは一種の対米恐怖感に裏打ちされており、それ故それは嫌
米感情を育てることにもなっている。したがって、日米安保体制の維持・強
化は、かえって日米両国民の相互理解と友好関係を損なうものであるといわ
ねばならない。
---------- 改ページ--------72
そもそも、真の安全保障とは何であろうか。それは、仮想敵国を探し求め
ることではなく、敵をつくらない努力をすることである。周辺諸国を軍事的
に威圧することよりも、憲法の理念に従って、積極的な平和外交を展開する
ことである。そうすることによってはじめて、沖縄の軍事基地の整理・縮小
の可能性が具体的に展望されてくる。
(二)地政学的観点の誤り
原告は、「沖縄の地理的条件」に関して、「沖縄は複数の島々から成り、
アジア大陸に近く、日本列島の南西端に位置しているから、日本国の安全に
寄与し、極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するという日米安全
保障条約六条の目的を達成するための地理的条件を満たしている」と述べて
いる。そしてその根拠を、「沖縄における駐留軍用地提供に至る経緯及びそ
の後の提供の経過」において、プライス勧告以来ほぼ一貫しているというア
メリカ側の戦略的認識に求めている。
---------- 改ページ--------73
しかし、アメリカ側は、こうした認識を一貫してもち続けているわけでは
ない。
一九五六年六月に発表されたプライス勧告は、ソ連を米世界戦略の中心的
仮想敵国と想定し、日本列島から琉球諸島、台湾、フィリピンに至るユーラ
シア大陸に沿った連鎖諸島群に、中ソ封じ込めの役割を担わせるという観点
から書かれており、その中心環として沖縄を位置づけたものである。しかし、
その後の軍事科学技術の発達は、たとえば、沖縄に配置された中距離核ミサ
イル・メースBが、ポラリス潜水艦の発達によって旧式化し、名目的にせよ
沖縄の「核抜き」返還が可能になったことでもわかるように、軍事的観点か
ら見た沖縄の地理的位置の重要性を著しく低下せしめている。
こうした傾向は、時の経過とともにますます明白なものとなっている。
例えば、ペリー米国防長官、ナイ前国防次官補等が、在日米軍兵力は削減
できないとしながらも、沖縄基地の再配置は可能であるとくり返し発言して
いるのも、こうした事情を物語るものである。
---------- 改ページ--------74
またアメリカ本国以外では、唯一沖縄に駐留する海兵隊についても同じこ
とがいえる。面積的にも在沖米軍基地の七五・四%(一九九四年三月末現在)
を、人員的にも六一・一%(一九九四年一二月末現在)を占めるのは海兵隊
であるが、大量輸送手段の発達は、海兵隊の沖縄駐留を不要にしているのみ
か、むしろ沖縄基地の地理的制約からくる狭小性や住民の生活空間との混在
は、自由な軍事演習等の阻害要因になっているという指摘が海兵隊内部にも
存在するのである(たとえば、「沖縄タイムス」一九九六・一・一)。
ではなぜ、アメリカは、四万七千(横須賀、佐世保を母港とする海上移動
兵力を加えれば五万九千)人もの兵力を日本に置いているのか。これまた米
政府当局者が議会証言で明らかにしているように、アメリカ本国に軍隊を置
くよりも日本に軍隊を置くほうが安上がりであるといわれる程の日本の財政
支援があるからである。「思いやり予算」をはじめとする約六千億円にもの
ぼる日本の莫大な財政支援が、必要以上の米軍を日本に引き止め、結果とし
---------- 改ページ--------75
て沖縄住民を過重な基地負担の下に苦しめているのである。
原告の主張する地政学的論拠に立った地理的宿命論によって、沖縄に米軍
基地を集中させる議論は、まったく時代遅れといわなければならない。
また、沖縄の地理的条件が軍事的に重要な役割があるとすれば、それは、
インド洋から中東、アフリカとアメリカ本国を結ぶ中継地点としてであって、
「極東の安全」ましてや「日本の安全」の関連においてではない。
地政学的発想の最大の問題点は、沖縄に住む人間の存在をまったく無視し
ていることであるが、そこで生活する人間の立場から沖縄を見直すならば、
そこには平和的文化・経済交流の拠点としての大きな可能性が見えてくる。
例えば、嘉手納空軍基地が、民間ハブ空港に転換されたことを想定してみ
よう。軍事施設を返還しさえすれば、おそらく大規模な新規投資なしにこの
転換は可能である。沖縄社会の経済的自立度も高まるはずである。アジア・
太平洋地域の相互信頼醸成にも大いに貢献する。
---------- 改ページ--------76
経済的権益は、軍事力によってのみ守られるという軍事型安保の固定観念
を抜け出しさえすれば、無限の可能性が見えてくる。
(三)在沖米軍基地を固定化せしめる財政負担論
原告は、「財政的な負担」に関して、「従前から駐留軍用地として提供し
てきた土地を継続して提供する方が、施設及び区域として新たな土地を提供
する場合に比べ、財政的な負担が少ない」と主張している。しかし、同主張
は、過度に集中している沖縄の米軍基地を固定化せしめ、沖縄への基地皺寄
せを正当化するための論理でしかない。
日本本土における米軍基地の整理・統合・縮小は、沖縄への基地皺寄せに
よって成立したものであるが、その時期は二回ある。
一回目は、旧安保条約成立から現行安保条約成立(六〇年安保改定)まで
の時期である。この間、旧安保条約成立時に約二六万人いた在日米軍は、
「一切の地上戦闘部隊の撤退」を含めて四万人台にまで六分の一以下に減少、
---------- 改ページ--------77
米軍基地の面積は四分の一に縮小した。撤退した地上戦闘部隊の一部は沖縄
に移駐した。沖縄への基地皺寄せである。沖縄が第三海兵隊師団の根拠地に
なったのは、一九五七年七月一日、東京にあった極東軍事司令部が廃止され
ハワイの太平洋統合軍に統合された段階においてである。こうして、日本本
土の米軍基地と沖縄の米軍基地は、一九六〇年代を通じて、ほぼ同規模のも
のとなった。
こうした状況を大きく変化させたのが、一九七二年の沖縄返還時の沖縄を
含む日本全土の米軍基地の整理・統合・縮小である。このときも、本土の米
軍基地は、約三分の一に減少した。しかし、沖縄の米軍基地は一割程度しか
減少されず、九割が残存した。この沖縄に米軍基地を皺寄せする整理・統合・
縮小策が、米軍専用施設の約七五%を沖縄に集中させるという結果を生んだ。
米軍基地の整理・縮小という観点からみるならば、沖縄返還は、本土の日米
安保条約に基づく本土の米軍専用施設の整理・縮小のために存在したといえ
るのである。
去る四月になされた日米安保再定義は、このような沖縄への米軍基地の皺
---------- 改ページ--------78
寄せ状態を恒久的に固定化しようとするものにほかならない。被告が、日米
安保共同宣言に四万七千人という在日米軍数を明記しないように求め、本件
公告縦覧手続の代行を行わないのも、これ以上長期にわたって、沖縄にのみ
日米安全保障政策上の差別的過重負担を負わせ続けることは容認しえないと
の意思表示である。
沖縄においては、沖縄にのみ適用された公用地法による強制使用の延長上
に、駐留軍用地特措法は、過去一四年で四回発動され、将来的にも、沖縄に
対する米軍基地の皺寄せ状態が解消されない限り、くり返し発動される可能
性が確実に予想されるものである。すなわち、駐留軍用地特措法は、事実上、
「銃剣とブルドーザー」によって多くの民公有地が強制接収され、差別的に
過重な基地負担を強いられている沖縄における土地の強制使用のためにのみ
存在する法律であるといってもさしつかえないものである。
すでに指摘した如く、ペリー国防長官をはじめとするアメリカ政府首脳か
ら、現場の海兵隊の指揮官に至るまで、沖縄基地の再配置・本土移転は可能
---------- 改ページ--------79
である(むしろそのほうが望ましい)とくり返し発言している。しかし、日
本政府は、日米安保堅持、再定義を強調しながらも、米軍基地の再配置・本
土移転には極めて消極的で、米軍基地の再配置をアメリカ側に申し入れよう
としないばかりか、逆にアメリカ側の本土移転・再配置発言を抑制しようと
さえしている。その根拠として、「財政的な負担」に関する原告の主張がな
されているかの如くである。
たしかに沖縄に、かなりの迷惑料の資金をつぎ込んだとしても、現状を維
持する方が安上がりであろう。
また、県道一〇四号線越え実弾砲撃演習の全国分散案に全国各地の候補地
で反対運動が起きていることからも明らかなように、基地移転は、財政的負
担のみならず政治的にも高いコストを払わなければならない。これまで、国
が沖縄米軍基地の整理・縮小に消極的だった理由もここにある。
だが、仮に、日米安保堅持・強化によって、日本国民が安全保障上の大き
な利益を得ているとするならば、米軍基地と共生・共存するという不利益も
---------- 改ページ--------80
等しく享受すべきである。比較衡量すべきは、日米安全保障上の利益と、そ
れにともなう不利益を国民が等しく負担する場合の政治的・経済的コストの
大きさであって、日米安全保障上の利益と沖縄基地の現状維持(住民対策と
しての公共資金の投入を含む)のコストではない。
「従前から駐留軍用地として提供してきた土地を継続して提供する方が
・・・財政的な負担が少ない」とする原告の主張は、いわば植民地支配の発
想ともいうべきもので、沖縄県民の基本的人権の侵害の元凶となっている在
沖米軍基地を存続・固定化せしめ、平等原則に反し、これを「本件駐留軍用
地提供の高度の公益性」の根拠とするが如きは、沖縄県知事のみならず、全
沖縄県民の心の底からの怒りをよびおこさずにはおかないものである。
なお、前記の日光太郎杉事件控訴審判決において、道路用地のための強制
収用に関して、強制収用の対象となっている土地付近の有するかけがえのな
い諸価値ないし環境の保全の要請が最大限に尊重されるべきであることを考
---------- 改ページ--------81
えると、代替道路建設のために当該事業費の約三一・四倍の費用がかかると
しても、代替道路建設は不可能とは言えないと判示したことが、想起される
べきである。
4 裁量権の逸脱又は濫用と重大かつ明白な瑕疵の存在
以上により、原告は本件使用認定の要件該当性の判断にあたって、本来最も
重視すべき諸要素を不当、安易に軽視し、その結果当然尽くすべき考慮を尽く
さず、そのうえ、本来考慮に容れるべきでない事項もしくは本来過大に評価す
べきでない事項を過重に評価して、本件使用認定をなしたものであるから、本
件使用認定は裁量権の範囲を逸脱又は濫用してなされたものとして違法という
べきであり、その瑕疵は重大かつ明白だといわざるをえない。
よって、被告は、先行行為たる本件使用認定に重大かつ明白な瑕疵が存する
のであるから、継続行為たる本件公告縦覧手続の代行を拒否することができる
といわなければならない。
---------- 改ページ--------82
第七 公告縦覧代行義務について
一 管理・執行義務を負う「機関委任事務」と義務を負わない事務の二種の存在
1 地方自治法一四八条一項は、「普通地方公共団体の長は、・・・・法律又は
これに基づく政令によりその権限に属する国・・・の事務を管理し及びこれを
執行する。」と規定し、「機関委任事務」が「法律又はこれに基づく政令によ
り」定められること、法律・政令に基づかないで、国が勝手に「機関委任事務」
を設定することができないことを明らかにし、普通地方公共団体の長が「機関
委任事務」の管理・執行権限を有することを確認する。従って、同項は、「機
関委任事務」の法的根拠と権限の存在を示す一般規定としての性格を有するも
のである。
このことについては、原告は否定していない。
2 一四八条二項は、一項の一般規定を前提にして、「前項の規定により都道府
県知事の権限に属する国・・・の事務の中で法律又はこれに基づく政令の定め
るところにより都道府県知事が管理し及び執行しなければならないもの」を別
表三で定めると規定する。
---------- 改ページ--------83
従って、一四八条の一項と二項の規定を対比すると、「機関委任事務」には
「法令により管理・執行義務を課せられた事務」と「法令により管理・執行義
務を課せられていない事務」の二種類の事務が存在し、二項が前者の事務の範
囲を明確にするための条項であることは、その規定の仕方からして明らかであ
る。
原告は、原告第二準備書面において、「地方自治法一四八条二項、三項に基
づく別表第三、第四は、都道府県知事又は市町村長が管理、執行しなければな
らない機関委任事務を掲げている」とか、「右各別表は、都道府県知事又は市
町村長が管理、執行しなければならない事務のうち主たるものを明示し」と述
べて(四〇頁)、被告の右主張を認めている。
二 公告縦覧代行義務の存否
1 規定の形式
土地収用法四二条四項、二四条四項は、「都道府県知事は、起業者の申請に
---------- 改ページ--------84
より、当該市町村長に代わつてその手続を行なうことができる。」と規定し、
同法三六条五項が、「都道府県知事は、起業者の申請により、当該都道府県の
吏員のうちから立会人を指名し、署名押印させなければならない。」と定める
のと明らかに規定の仕方を異にしている。
確かに、原告が指摘するように、「・・・できる。」との文言が、権限を付
与する趣旨で規定されることがあることは、その通りである。しかし、同文言
が単に権限の付与を意味するだけでなく、権限の行使をその裁量に委ねる趣旨
で規定される場合が存することも事実である。
原告の理解によると、土地収用法三六条五項の「立会・署名の代行事務」も、
同法四二条四項の「公告縦覧代行事務」も同じ「機関委任事務」であり、且つ
収用手続の「付随的な事務」というのであるから、一方を「・・させなければ
ならない。」と規定し、他方を「・・できる」と定めた理由を、原告のような
理解では全く説明できない。
---------- 改ページ--------85
両規定の仕方から見ると、土地収用法は、「立会・署名の代行事務」につい
ては、その管理・執行を都道府県知事に義務づけ、「公告縦覧代行事務」につ
いては、都道府県知事の裁量に委ねたと解するのが自然である。
2 「公告縦覧代行」を行うか否かが、都道府県知事の裁量に委ねられた実質的
理由は、同規定が職務執行命令訴訟に替わる「特則」としての性格を有するも
のとして追加されたところにある。この点については、すでに被告第二準備書
面で詳述したところである。
土地収用法上、「公告縦覧事務」は、市町村長が管理・執行すべき「機関委
任事務」とされていることから、都道府県知事は、その管理・執行を拒否した
市町村長に対し職務執行命令を発しうるが、同手続は裁判手続きを経るため時
間がかかることから、職務執行命令に替わるものとして「公告縦覧代行」権限
が付与されたものである。
原告は、この点について全く触れていない。これは、原告も右立法経緯を認
---------- 改ページ--------86
めざるを得ないためだと思われる。
ところで、地方自治法一五一条の二で明らかなように、主務大臣又は都道府
県知事の権限とされる職務執行命令は、その発動を義務づけられているもので
はなく、その裁量に委ねられているものである。
従って、職務執行命令の特則規定としての性格を持つ「公告縦覧代行規定」
が、職務執行命令権限と同様に、裁量に属すると定められたことは、その性格
上、極めて自然の成り行きであった。
原告が、この実質的理由につき、反論し得ないのは無理もないことである。
3 被告の主張の正当性は、地方自治法一四八条二項の別表第三に、「公告縦覧
代行事務」が掲げられていないことからも、十分裏付けられる。
原告は、別表第三、一、(三の四)の「等」に「公告縦覧代行」が含まれる、
と主張するが、それは規定の文言を無視した強引な解釈であり、誤ったもので
ある。
同表(三の四)は、「防衛施設局長が使用し、又は収用しようとする土地等
について」
---------- 改ページ--------87
(1) 「使用又は収用の認定の告示があつた後における形質の変更等を許可し」
(2) 「土地等を引き渡すべき者等がその義務を履行しないとき等において、
防衛施設局長の請求により代執行をする等の事務を行うこと」
を掲げるものである。
(1) が「許可」に関する事項であることは文言上明確であるから、原告の主張
する「等」とは、(2) の「その義務を履行しないとき等」及び「代執行をする
等」の「等」を指すものと解される。
しかし、(2) が土地収用法一〇二条の二の事務を指していることは明らかで
ある。
(2) の「土地等を引き渡すべき者等がその義務を履行しないとき等において」
というのは、土地収用法一〇二条の二第二項の「前条の場合において、土地若
しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその義務を履行しないとき、
履行しても充分でないとき、又は履行しても明渡しの期限までに完了する見込
---------- 改ページ--------88
みがないとき」に対応し、又「防衛施設局長の請求により代執行をする等」と
いうのは、同法一〇二条の二第二項の「都道府県知事は、起業者の請求により、
行政代執行法の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第
三者をしてこれをさせることができる。物件を移転すべき者が明渡裁決に係る
第八十五条第二項の規定に基づく移転の代行の提供の受領を拒んだときも、同
様とする。」に対応するものである。
従って、(2) の「土地等を引き渡すべき者等」の後の「等」は、「物件を引
き渡すべき者」を指し、「その義務を履行しないとき等」の「等」は、「履行
しても充分でないとき、又は履行しても明渡しの期限までに完了する見込みが
ないとき」を指すものである。又「代執行をする等」の「等」は、「土地等を
引き渡すべき者、物件を移転すべき者」がその義務を履行しないとき、履行し
ても充分でないとき、又は期限までに完了する見込みがないときに、都道府県
知事が「土地等を引き渡すべき者、物件を移転すべき者」に代わって行う事務
を指すものであり、市町村長が行うべき「機関委任事務」を「市町村長」に代っ
て行う事務を含むものではない。
---------- 改ページ--------89
原告の解釈は、例示された事務と全く異質の事務を「等」の中に強引に押し
込んで解釈しようとするものであり、法解釈のルールに反し、到底採り得ない
ものである。
以上のとおり、別表三、一、(三の四)に、「公告縦覧代行」が含まれてい
ないことは、明らかである。
別表三が、全ての「管理・執行すべき事務」を掲げるものでないことは、原
告指摘のとおりであるが、同表が膨大な「機関委任事務」の中から「管理・執
行すべき事務」の範囲を明確にする目的で規定されているものであること、
(三の四)が土地収用法の中からわざわざ「管理・執行すべき事務」を選び出
して規定していることを考えると、同表が「公告縦覧代行」を掲げなかったこ
とは、「公告縦覧代行」が「管理・執行すべき事務」でないことを示す有力な
根拠となるものである。
原告は、同表を離れて、土地収用法が「公告縦覧代行」を都道府県知事に義
務づけているとする積極的な条文上の根拠を提示し得ないでいるから、尚更で
ある。
---------- 改ページ--------90
4 以上のとおり、「公告縦覧代行」が都道府県知事に義務づけられているとす
る、原告の主張は、規定の文言解釈上も、実質的理由からしても、いずれも誤っ
たものであることは、明らかである。
三 主務大臣の指揮監督について
1 管理・執行義務を負わない「機関委任事務」と指揮監督
(一)前述のように、原告も「機関委任事務」の中には、管理・執行義務を課さ
れていない事務が存することを認めている。法が受任者たる都道府県知事に
対し、事務の管理・執行を義務づけていないのは、当該事務の性格から見て、
その管理・執行を裁量に委ねた方が相当と判断したものであるから、主務大
臣は指揮監督をなし得ないと解するのが自然である。
都道府県知事が「機関委任事務」の管理・執行義務を負っている場合にお
いて、知事が管理・執行義務を履行しないときに初めて、主務大臣の指揮監
督が必要となるものである。
---------- 改ページ--------91
原告は、受任者たる都道府県知事が「機関委任事務」の管理・執行義務を
負っていない場合にも、主務大臣は指揮監督をなしうると主張するものであ
るが、その理由を明らかにしない。
思うに、原告の主張は、「機関委任事務」が「国の事務」であることを理
由に、一般的に国が「機関委任事務」につき指揮監督権限を有するとの前提
に立つものではないかと推測される。しかし、「国の事務」であることと、
その事務の管理・執行権限を主務大臣が持つということとは、必ずしも一致
しない。「国の事務」を誰に配分し、管理・執行させるかは、法律により定
まるものであり、「法律」を離れて、「国の事務の管理・執行権限が一般的
に主務大臣に属する」との法原則が存するものではない。
国家行政組織法が「前条の行政機関の所掌事務の範囲及び権限は、別に法
律でこれを定める」(四条)と規定していることに留意すべきである。
従って、当該「機関委任事務」について、主務大臣が指揮監督権限を有す
---------- 改ページ--------92
るか否かは、具体的に当該法律により、定まるものである。
ところで、「公告縦覧代行」については、前述のとおり、知事に管理・執
行を義務づけられていないものであり、「代行」を行うか否かは、知事の裁
量に委ねられていること、駐留軍用地特措法及び土地収用法には、主務大臣
が知事の「公告縦覧代行」につき指揮監督をなしうる旨の格別の規定も存し
ないことから、同法は、「公告縦覧代行」につき主務大臣の指揮監督を認め
ていないと解するのが正しい。
よって、原告の主張は、理由がない。
(二)原告は、別件の「立会・署名」職務執行命令訴訟において、主務大臣の指
揮監督につき、「国の事務」が統一的・一元的に行われる必要性をその理由
に掲げているので、この点につき検討する。
「国の事務」全てにつき、「統一的・一元的に行われる必要性」が存する
ものではない。「国の事務」の中には、「統一的・一元的に行われる必要が
---------- 改ページ--------93
ある事務」が存すると言うに過ぎない。この場合、「国の事務」が統一的・
一元的に行われる必要性は、当該事務により利益・サービスをうける国民の
立場から、その必要性が根拠づけられるものであり、単なる「政府の便宜」
から要請されるものでないことを認識すべきである。
「国の事務」の管理・執行が地方公共団体の長に配分され、且つその事務
の管理・執行が国民に対し義務づけられていない場合には、法は、当該事務
の管理・執行につき当該地方公共団体の長の意思を尊重し、その裁量に委ね
るものであるから、その事務については、統一的・一元的な管理・執行を法
は予定していないと解されるものである。
従って、統一的・一元的な事務の管理・執行の必要性を理由に、「管理・
執行義務を負っていない事務」について、主務大臣の指揮監督を理由づける
ことはできない。
2 管理・執行義務を負う「機関委任事務」と指揮監督
---------- 改ページ--------94
(一)法が地方公共団体の長に対し「国の事務」の管理・執行を義務づけている
場合には、法が、国民に対し、同事務の管理・執行により利益・サービスを
享受する法的地位を保障しているものであるから、国民は知事が管理・執行
を怠り、又は違反したときには、行政訴訟法に基づき同処分(作為又は本行
為)を争うことができる。
(二)法が地方公共団体の長に「国の事務」の管理・執行を義務づけている場合
には、当該法律が定めたとおりに地方公共団体の長が事務を履行することに
より、当該事務の統一的・一元的な管理・執行は実現される。
従って、主務大臣の指揮監督によりはじめて、事務の統一的・一元的な処
理が保障されるものではなく、主務大臣の指揮監督は、法律が定めた義務の
履行を促す趣旨のものとなる。
(三)法律が「国の事務」を地方公共団体の長に管理・執行を委ねた趣旨を考慮
すると、地方公共団体の長の義務不履行・怠る行為に対しては、先ず、同事
---------- 改ページ--------95
務により利益・サービスを享受する国民から異議申立又は訴訟を提起させて
是正させるものとし、国民が同措置をとりえない一定の事由が存する場合に
はじめて、主務大臣は、地方公共団体の長に対して地方自治法一五〇条に基
づく指揮監督をなしうると解するのが相当である。
---------- 改ページ--------96
第八 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺に関する原告主
張について
一 機関委任事務と職務執行命令訴訟の意義
1 原告は職務執行命令訴訟における裁判所の審査権について、原告第一準備書
面「二 本件訴訟における裁判所の審査の範囲・方法について」の主張を引用
し、法令若しくは処分違反又は職務懈怠の要件については、被告が駐留軍用地
特措法や土地収用法により、本件公告縦覧の手続を代行する義務を負うかどう
かのみが問題であり、この被告の代行義務を履行するに際して有する審査権限
の限度で、裁判所の審査権も行使されれば足りるとする。
この点については、すでに被告第二準備書面「第一 本件訴訟の審理の範囲」
の項および「第六 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件
欠缺について」の項で、原告の主張の根拠をなす砂川事件差戻後の東京地裁判
決(昭和三八年三月二八日判決)の論理が誤っていることを指摘したが、さら
---------- 改ページ--------97
に本準備書面においても再度批判を加えているところである。
2 原告は右に加えて、地方自治法一五一条の二の職務執行命令訴訟制度の意義
に関しての地方自治の尊重の点に関する被告主張に反対して、全く誤った論理
を展開するので、以下この点について述べる。
3 原告は、地方自治の行政事務を行う義務と、国から機関委任された事務を行
う義務とが抵触を生じ、地方公共団体の長が右各事務の優劣を決する必要が生
ずることはない、と断言する。(第二準備書面四七頁)
右の原告主張は、国家行政権をもって絶対的に地方自治に優越するとの考え
方であり、憲法上の制度である地方公共団体および憲法上の基本原理である地
方自治の本旨を否認するものといわなければならない。
また、原告の主張は、そもそも機関訴訟(行政事件訴訟法六条)の存在意義
を無視するものである。
原告が何らの根拠なく主張するように、機関委任事務の管理・執行において、
---------- 改ページ--------98
国の機関としての地方公共団体の長の地位と地方自治体の首長としての長の地
位が矛盾抵触することがそもそもあり得なければ、地方自治法が職務執行命令
訴訟制度を設ける必要もなければ、地方分権が推進される中で、機関委任事務
の大幅な廃止が論議の対象とされることもないはずである。
原告は機関委任をする国側の施策や判断に誤りはなく、地方自治体の長が法
令の規定や主務大臣の処分に違反したり、機関委任事務の処理を怠ったりする
首長に、誤りがある場合だけが、職務執行命令訴訟の対象となると理解してい
るのではないかと思われる。
そして、このような思考方法であるからこそ、原告は職務執行命令訴訟にお
ける裁判所の審査の範囲を、法令によって地方自治体の長に職務執行義務が与
えられているか否かのみに限定し、その職務執行義務と地方公共団体や住民の
利益との抵触、衝突あるいは本件職務執行義務の根拠となっている事業認定の
適法性などには裁判所の審査権は及ばないと主張するのである。
---------- 改ページ--------99
4 しかし、原告の主張は、その思考の根底から完全に誤っており、このような
国家至上主義、国家無謬主義にもとづく法論理に裁判所が与することがあって
はならない。
そもそも現代民主主義国家にあっては、権利主体ごとにその有する識見、思
考、価値基準は異なることが当然であるとする相対主義思想が法や政治の根本
原理となっている。
この根本的原理は国家内における様々な機関に関しても同様であり、たとえ
国家内部の省庁や出先機関などにおいても、時として見解や意見の対立、矛盾、
相異があり得ることが前提とされており、それが由にこの対立や矛盾の解消方
法としての行政調整が問題となり得るのである(佐藤功「行政組織法」新版二
九〇頁以下、法律全集7ーI)。
日本国憲法八章は、我が国における民主主義の制度的保障として、地方自治
の制度を定める。
---------- 改ページ--------100
住民自治と団体自治を内容とする地方自治制度は、国家の一機構であっても、
行政権の主体である内閣とは別の独立した機関として、内閣の指揮監督に服さ
ない行政主体としての地位、権能を有する地方公共団体を前提とする。
日本国憲法は三権分立の思想から、国家の作用を立法、司法、行政の三つに
分け、それぞれを国会、裁判所、内閣に担当させ、相互のチェックアンドバラ
ンスによって国民の権利侵害の防止と国家作用の民主化を保障しようとした。
このチェックアンドバランスの原理は、広い意味では同一の行政権の行使の
範囲に属する国家行政と地方行政の区分にも適用され、地方自治の制度的保障
が憲法の基本原理の一つとなったことは争いのないところである。
この内閣から独立した行政主体である地方公共団体の長に対して、国がその
事務処理を委任するのがいわゆる機関委任事務である。
従って、もともと国民の立場からしてチェックアンドバランス、権力分立の
一形態である地方自治の場に、チェックされるべき対象である国家行政上の事
---------- 改ページ--------101
務が持ち込まれる機関委任事務処理の場面では、国から委任される事務を行う
義務と地方自治上の行政を行う義務が相互に矛盾したり、対立抵触をするとい
う場合が十分に予想されているのである。
それであるからこそ、地方自治法は、右の対立、矛盾抵触を調整する役割を
司法裁判所に与えて、地方自治法一五〇条の指揮監督権の行使方法としたので
ある。
この観点からすれば、調整役である裁判所の審査権が、単なる機関委任事務
処理義務を定める法令の解釈に限定されるということは誤りであり、裁判所の
審査権は、地方公共団体の長がその独立した地位からなした機関委任事務拒否
や不処理の理由、主務大臣のなした当該職務執行命令の適法性にまで及ぶべき
であるとすることは当然であり、そうでなれば裁判所は主務大臣の単なる代行
命令者にすぎなくなってしまうのである。
5 原告は右の関係を多少考慮したのか、国の事務を執行することが地方自治の
本旨に反する場合は、右事務の執行を拒否することができる、しかし公告縦覧
---------- 改ページ--------102
手続の代行の趣旨等からすると駐留軍用地特措法や土地収用法が、一定の裁量
権ないし自主的判断権を都道府県知事に付与したとは考えられない、又公告縦
覧代行を義務づけることが地方自治の本旨に反するとされる余地はないなどと
主張する。
6 しかし、原告の右の論述は、本件とのかかわりにおいて、沖縄県という地方
自治体の歴史、風土、県民意思、米軍基地による人権侵害や地域振興阻害といっ
た諸事情と地方自治のあり方を検討するものではなく、きわめて形式的かつ抽
象的に地方自治の本旨をとらえたものに過ぎない。
地方自治の本旨に反するか否かは、当該地方自治体の実情に即して具体的に
論議されるべきものである。
本件で問題となっている公告縦覧代行を命令することは、沖縄県及び沖縄県
民にかかわる具体的事実関係に即して沖縄県の地方自治の本旨を侵害するので
あり、被告はこの観点から公告縦覧代行をなさないとしているのである。
二 「公益侵害の要件」についての原告主張に対する反論
---------- 改ページ--------103
1 原告は、「そもそも、国の事務について法令若しくは処分違反又は職務懈怠
がある場合、『それを放置することにより著しく公益を害することが明らかで
ある』ことさえ認定されれば、『公益侵害の要件』は充足される」としたうえ
で、「仮りに被告がそれを拒否することによりもたらそうとした公益が存在す
るとしても、そのために『公益侵害の要件』が失われることはない」と主張す
る(第二準備書面五一頁)。
原告の主張は、要するに、「公益侵害要件」は国の事務についての職務懈怠
それ自体についてのみを判断すべきであって、被告が国の事務の拒否によって
実現しようとする公益については一切考慮の埒外におくべきであるというもの
である。
しかしながら、右主張は「公益侵害要件」の解釈適用にかかわる判断基準を
基本的に誤ったものといわなければならない。
2 地方自治法一五一条の二の規定は、国の事務の適正な確保のためにのみ司法
審査を介在させたものでないことはいうまでもない。
---------- 改ページ--------104
職務執行命令訴訟制度の重要な意義が、国の事務の適正な執行の確保に優越
的な価値を認めるのではなく、あくまでも地方公共団体の長本来の地位の自主
独立性との調和にあることからすれば、地方公共団体の長の自主独立性の要請
を実質的に保障しない法解釈は、職務執行命令訴訟制度の意義に真向から反す
るものであって到底とり得ないものである。
国の事務の適正な執行の確保の要請を地方公共団体の長の自主独立性と調和
させるとすれば、地方公共団体の長がその自主独立性に基づいてなす考慮・判
断を排除することは許されないはずであり、そうでなければ、地方公共団体の
長の地位の自主独立性の要請は完全に無視されることとなる。
この二つの法益を調和させるためには、二つの法益の比較較量あるいは二つ
の法益を含めた総合判断が不可欠となる。一方の法益を絶対的に優先させるこ
と、他の法益との比較を排除することは、およそ調和とはいえない。
職務執行命令訴訟が、国の事務の適正な執行の確保と地方公共団体の長の自
---------- 改ページ--------105
主独立性との調和を図るための制度であるとするならば、地方公共団体の長が
その自主独立性に基づいて主張する公益を考慮すべきでないという論理が通用
する余地はないというべきである。
原告の主張する「公益侵害要件」についての考え方は、結局のところ職務執
行命令制度において求められる地方公共団体の長の自主独立性の要請を完全に
否定するものであるといわなければならない。
3 右に述べた点を「公益」概念のあるべき解釈という点からいえば、「公益」
とはひろく国民の公共利益として捉えるべきであり、この「公益」の中には国
の事務の執行によって得られる国の利益も含まれるが、地方自治体及びその住
民の利益(その基本的人権保障も含む)も当然に含まれるということになる。
「公益侵害要件」の判断は、右のような「公益」概念を前提としたうえでな
されるべきであって、本件においては被告が国の事務の履行を拒否することに
よって実現しようとした公益との比較検討、あるいは右公益を含めた総合判断
が必要不可欠である。
---------- 改ページ--------106
本件において、裁判所は、被告が実現しようとした公益を、原告の主張する
公益と比較較量もしくは両者を含めて総合判断することによって、「公益侵害
要件」を充たしているかどうかを判断すべきであり、比較較量あるいは総合判
断を欠落させてなされる「公益侵害要件」の判断は違法不当の批判を免れない。
4 原告は、本件土地が日米合同委員会で合意した施設および区域に含まれてお
り、本件公告縦覧の手続が行われないと裁決手続が進められず、その結果国は
本件土地の使用権原を取得する可能性を奪われるとし、本件土地について使用
権原を取得し駐留軍用地として提供することが「公益」であると主張する(第
一準備書面二三〜二四項)。
しかしながら、その主張から明らかなとおり、原告の主張する「公益」は専
ら国の立場からするそれであり、かつそれのみをもって足るとするものである
が、既に述べたとおり、仮に原告の主張する点を「公益」と解するとしても、
---------- 改ページ--------107
それだけで、「公益侵害要件」を充たすとはいえないのであって、被告の主張
する公益との比較較量、それを含めての総合判断がなされなければならない。
また、原告の前記主張は、あたかも本件土地の使用権原を取得できなければ、
日米安保条約及び日米地位協定上の義務履行に支障を及ぼすかの如くいうが、
本件土地の使用権原が取得できないからといって、本件土地を含む楚辺通信所
の全体の使用が不能となるものではない。仮に本件土地の使用権原が取得でき
なければ、それを前提にした同基地の使用方法を再検討さえすれば済むことで
ある。
いったん日米合同委員会で提供を合意した基地は全体として有機的に一体不
可分であり、基地を構成する個別的・具体的土地の使用の是非を検討する余地
がないというのは、財産権保障に反する暴論であるばかりか、日米地位協定二
条三項にも反する考え方である。
すなわち日米地位協定二条三項は「合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、
この協定の目的のため必要でなくなつたときは、いつでも日本国に返還しなけ
---------- 改ページ--------108
ればならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてた
えず検討することに同意する」としているが、これは施設及び区域それ自体に
ついてのみならず、施設及び区域内の一部の土地返還による施設及び区域それ
自体の縮小整理を含むものと解するのが当然である。
要するに、本件における「公益侵害要件」の判断にあたっては、問題となっ
ている当該基地の性格やその必要性、基地のもたらしている被害等々のほか、
本件で直接対象となっている当該個別的・具体的土地について使用権原を取得
することにかかわる「公益」性の有無を具体的事実に基づいて検証・判断する
ことが必要なのである。
---------- 改ページ--------end
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