公告縦覧拒否訴訟(楚辺通信所)

被告(沖縄県)   求 釈 明 書



 
平成八年(行ケ)第一号 職務執行命令裁判請求事件
            原   告     内閣総理大臣
                      橋   本   龍太郎
            被   告     沖縄県知事
                      大   田   昌   秀
         求 釈 明 書
  一九九六年七月二九日
              右被告訴訟代理人
               弁 護 士  中   野   清   光
                               外一五名
福岡高等裁判所那覇支部 御中

 被告は、訴状「請求の原因」記載の原告の主張について、左記の点について明確
にされるよう釈明を求める。
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         記
第一 釈明を求める理由
 一 原告内閣総理大臣は、被告沖縄県知事が本件公告縦覧手続を行わないことが
  「著しく公益を害することが明らか」という請求原因事実に該当すると主張す
  る。
   この「公益」という概念は、規範的評価であり、それ自体は不確定なものであ
  るから、「公益」という評価を成立させるためには、それを基礎づける具体的事
  実(評価根拠事実)が必要である。評価根拠事実については、これを主要事実で
  ある解する見解(主要事実説)と間接事実であると解する見解(間接事実説)に
  分かれているが、いずれの立場も評価根拠事実についての主張責任を認めている。
   即ち、主要事実説によれば当事者が具体的事実を主張しなければ当然に主張自
  体失当として排斥されることになる。間接事実説の立場からも、規範的評価概念
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  については、その内容をなす間接事実が主要事実の存否を判断するのに重大な影
  響を持つものについては、主要事実と同様に取扱い、裁判所が当事者の主張がな
  い事実を不意打認定することはできないとされている。
   このように、評価根拠事実の主張が必要であるとされているのは、訴訟におけ
  る攻撃防御の焦点を顕在化させ、当事者が争点を認識して防御活動を行う機会を
  保障するとともに、裁判の焦点を明らかにすることによって裁判所が適切な訴訟
  指揮を行うことを可能にし、充実した審理を実現させるためである。
   本件において原告は、「公益」という規範的評価を主張しているが、その評価
  根拠事実を具体的に主張しなければ、主張自体失当として、原告の主張は排斥さ
  れなければならない。このとおり、「公益」の評価根拠事実が本訴訟において重
  要な意味をもつ以上、裁判所において、原告に対して釈明を求めるべき義務があ
  ることは当然である。
 二 裁判所は原告に対し、事実についてのみではなく、法的見解についても釈明を
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  求めねばならないものである。
   裁判は、法規に事実をあてはめて法を宣告するものであるが、当事者は、事実
  認定及び法解釈適用の両場面への主体的参加を保障されるものである。すなわち、
  「現代社会における裁判論は、当事者の主体性をできるだけ認めるという点に弁
  論主義の価値を議論する意味があるわけでありますから、そうすると法適用過程
  においては、当事者にも法律論を展開する権限があります。そうしますと、法適
  用過程は裁判官と当事者の役割分担ではなくして、正しい法の発見に向けた裁判
  官と当事者の共同作業であるというふうに理解すべきではなかろうか。つまり、
  法適用過程においては、もはや弁論主義ではなくして協同主義によって支配され
  ていると説明すべきだと考えます。そして、この協同主義の具体的中身は何かと
  問えば、裁判官の法適用過程への当事者の参加権の保障」(吉野正三郎「集中講
  義民事訴訟法」成文堂・五四頁以下)とされているのである。
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   したがって、被告の求釈明に対して原告の法的主張を明確にさせ、法解釈につ
  いて充実した主張を展開させることは、裁判所の責務であると言わねばならない。
第二 求釈明事項
 一 一九九六年四月一日以降、原告はいかなる正権限に基づいて、本件土地を駐留
  軍用地として提供しているのか。
 二1 米軍の日本駐留の根拠となる日米安保条約六条一項は、「日本国の安全に寄
   与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリ
   カ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用す
   ることが許される」と規定する。したがって、駐留米軍の軍事行動が日米安保
   条約六条のいわゆる極東条項を逸脱する場合には、軍用地の提供自体許されな
   いものと思われる。
    原告は、「我が国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持に寄与す
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   る駐留軍のために,我が国の施設及び区域の使用を許すべき義務を負って」い
   ると主張するが(訴状一一頁)、これは、原告も日米安保条約六条の極東条項
   を逸脱する目的のために米軍に土地提供義務を負わないことを認めたものと理
   解してよいか否か。
    仮に、極東条項を逸脱する目的のためにも土地提供義務を負うと主張すると
   すれば、そのように解釈する理由は何か。
  2 原告は、在沖米軍の軍事行動範囲が、日本領域及び極東以外に及んでいるこ
   とを認めるか否か。
  3 一九八二年の米上院で、ワインバーガー国防長官は「米国は、日本の防衛目
   的だけのために、いかなる軍隊も日本に維持していない。約二万五〇〇〇人の
   在日海兵隊は、第七艦隊の海兵隊であり、西太平洋、インド洋に及ぶ第七艦隊
   の作戦地域内のどこにも配備されるものである」「沖縄の海兵隊は、日本の防
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   衛任務には当てられていない。そうではなくて、第七艦隊の即戦海兵隊をなし、
   第七海兵隊の通常作戦区域である西太平洋、インド洋のいかなる場所にも配備
   されるものである」と発言した事実を認めるか否か。
    認めるとすれば、日本の防衛任務に当てられていない米軍の駐留が認められ
   る根拠は何か。何故に日米安保条約に違反しないのか。
 三1 原告は、一九七二年五月一五日の日米合同委員会で本件土地提供に関する合
   意をしたと主張するので(訴状一一〜一二頁)、右合意に関して釈明を求める。
  (1)(1) 同日の日米合同委員会での土地提供の合意は、復帰以前の米軍の土地
      使用が正権限に基づいてなされていた土地についてのみ引き続く提供を
      認めたものか、それとも米軍が違法に使用していた土地についても引き
      続き提供することを認めたものか。
     (2) 仮に、一九七二年五月一五日以前に違法に使用していた土地について
      も、引き続き提供を認めたとするならば、公用地法との関係はどのよう
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      に解釈されるのか。
       すなわち、公用地法二条には、「法律の施行の際沖縄において合衆国
      軍隊の用に供されている土地又は工作物」について、使用権が発生する
      ものとされているが、この「用に供する」とは、単なる占有という事実
      関係を指すものではなく、正権限にもとづいて使用していたことを指す
      ものである。したがって、公用地法は、米軍が違法に占有していた土地
      について、引き続き日本国が米軍に提供することは全く予定していない
      のである。
       この関係について、どのように説明するのか。
     (3) 被告第一準備書面の第三「沖縄における基地形成史」記載の事実及び
      法的主張に関して明確に認否されたい。
       特に、本件土地について、一九七二年五月一五日より前の米軍による
      占有が正権限に基づくものであるか否かについての認否を明確にされた
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      い。そして、正権限に基づくと主張するのであれば、その法的根拠を明
      確に示されたい。
  (2)原告は、「アメリカ合衆国が使用を許される沖縄県における施設及び区域
    の提供について合意したが、本件土地は、右合意に係る施設及び区域に含ま
    れる」と主張するが、提供される土地の特定はどのような方法でなされてい
    るのか。
  (3)本件土地の提供期間は、どのように定められているのか。
  (4)外国軍隊が領域国の同意なしにその領域内に入ることは、その領域主権に
    対する侵犯であり、侵略行為と見做され、国際法上許されないものとされて
    いる。そして、侵略の禁止という、一般的に確立された国際法原則上の「侵
    略」の範囲については、一九七四年一二月一四日国連総会によって採択され
    た「侵略の定義に関する決議」に判定基準が示されているが、その三条には、
    「受入国との合意にもとづきその国の領土内に駐留する軍隊の当該合意にお
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    いて定められている条件に反する使用」は「侵略行為とされる」と規定され
    ている。したがって、使用目的、使用条件に反する使用のために土地を提供
    する義務が存しないことは明らかである。本件土地の提供義務を判断する場
    合に、その使用目的、使用条件がどのように定められ、その目的、条件が遵
    守されているか否かは必ず審理されねばならない。
     よって、日米合同委員会において合意された、楚辺通信所の使用目的、使
    用条件を全て明らかにされたい。
 四1 楚辺通信所が、どのような軍事目的のために作戦運用されているのかを明ら
   かにされたい。
  2 一九九六年二月二五日朝日新聞の解説記事には「米国防総省は『ナショナル・
   セキュリティー・エージェンシー』(NSA)という約二万人の電波傍受、暗
   号解読機関を持ち・・・日本にも三沢(青森)、楚辺、トリイ(沖縄)などに
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   受信局。・・・共産圏の電波傍受がNSAの主任務だったが、情報要求、伝達
   要求では上部機関にあたる米中央情報局(CIA)が冷戦後、日本、ヨーロッ
   パなど経済上のライバルの情報収集に重点を移しており、日本の国際電話も盗
   聴しているようだ。昨年六月、当時の橋本龍太郎通産相がジュネーブでカンター
   米通商代表と自動車問題で交渉した際、NSAが橋本氏の電話を盗聴し、CI
   Aが記録を届けていたことがニューヨーク・タイムズで報じられた」とあるが、
   右内容の真偽について認否されたい。
  3 楚辺通信所は、米国の世界的な諜報戦略のために存在するものであるが、こ
   の目的が何故に日米安保条約を逸脱しないのかについて説明されたい。
 五1 本件土地を米軍に提供しないことにより、具体的にどのような公益が侵害さ
   れるのかを明らかにされたい。すなわち、原告は、本件土地を提供しないこと
   によって実際に基地機能や作戦運用上の支障が生じるか否かに関係なく、単に
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   土地提供合意があるにもかかわらず、提供できない自体が生じること自体を捉
   えて公益侵害であると主張するのか、それとも具体的に生じる基地機能の障害
   等を公益侵害の具体的事実として主張するのか。後者であるとすれば、その具
   体的内容は何か。
  2 本件土地を提供できないことによって、楚辺通信所の基地機能に具体的にど
   のような支障が生じるのか。
 六 被告は、本訴訟において、沖縄県への米軍基地集中は差別的処遇であると主張
  している。
   すなわち、一九七二年の沖縄の日本復帰後、本土の米軍専用施設面積は僅か数
  年で約六〇パーセントも減少したのに対し、沖縄県では約一五パーセントしか減
  少していない。何故に、本土の米軍専用施設のみが大幅に縮小され、沖縄県の米
  軍専用施設のみが存続し続けるのか、その理由を明らかにされたい。
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