公告縦覧訴訟 沖縄県答弁書
平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件
原 告 内閣総理大臣
橋 本 龍太郎
被 告 沖縄県知事
大 田 昌 秀
答 弁 書
一九九六年七月二九日
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右被告訴訟代理人
弁護士 中 野 清 光
同 池宮城 紀 夫
同 新 垣 勉
同 大 城 純 市
同 加 藤 裕
同 金 城 睦
同 島 袋 秀 勝
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同 仲 山 忠 克
同 前 田 朝 福
同 松 永 和 宏
同 宮 國 英 男
同 榎 本 信 行
同 鎌 形 寛 之
同 佐 井 孝 和
同 中 野 新
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同 宮 里 邦 雄
右被告指定代理人
同 又 吉 辰 雄
同 粟 国 正 昭
同 宮 城 悦二郎
同 大 浜 高 伸
同 垣 花 忠 芳
同 山 田 義 人
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同 比 嘉 博
同 兼 島 規
同 比 嘉 靖
同 謝 花 喜一郎
福岡高等裁判所那覇支部 御中
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答 弁 書
被告沖縄県知事(以下「被告」という。)は、訴状に対し次のとおり答弁する。
本案前の答弁
第一 本案前の申立
一 原告の請求を却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 本案前の申立の理由
一 訴権の濫用
1 はじめに
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本件公告縦覧の手続の対象となっている本件土地は、従前の土地賃貸借期間
が本年三月三一日に満了し、同日の経過をもって国による占有権原が失われた。
国は、それにもかかわらず、翌四月一日以降も右土地を所有者知花昌一に明け
渡すことなく、違法に本件土地を占有し続けている。法治国家においては、違
法状態を解消することなく、不法占有する土地について、強制使用申請をなす
ことが許されないものであり、且つ内閣総理大臣がその強制使用手続の一環で
ある公告縦覧の手続の代行を被告に命じ、またそのために職務執行命令訴訟を
提起すること自体が、法的正義に反し許されないものである。
以下、詳述する。
2 訴権の濫用論
(一) 刑事訴訟においては、嫌疑不十分で有罪の見込みのない場合の起訴、権利濫
用や平等原則違反などの起訴、違法捜査に基づく起訴などについて、実体判断
をすることなく、検察官の公訴権の濫用として公訴棄却すべきであるという公
訴権濫用論が承認されている。
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判例においても、チッソ補償交渉事件における最高裁判所一九八〇年一二月
一七日第一小法廷決定は、「(公訴提起についての検察官の)裁量権の行便に
ついては種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、
検察宮は公益の代表者として公訴権を行便すべきものとされていること(検察
庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権
の保障とを全うしつつ誠実にこれを行便すべく濫用にわたってはならないもの
とされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、
検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否
定することはできない」(刑集三四巻七号六七二頁)として、公訴権の濫用に
よる公訴の無効がありうることを肯定している。
(二) これに対して、民事・行政訴訟においては、同じ議論がなされているわけで
はないものの、右の公訴権濫用論の精神はおし及ぼされなければならない。
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まず、民事・行政訴訟での訴訟行為においても、信義則や権利濫用の禁止と
いった一般原則が適用されることは論をまたない。
訴訟上の権利濫用については、忌避権の濫用に対して民訴法四〇条の規定に
もかかわらず、刑訴法二四条二項を類推して簡易却下できるという裁判例など
の解釈がその代表的なものである。また、確定判決に基づく強制執行が権利濫
用にあたるとされた事例も存し(最高裁判所一九六二年五月二四日第一小法廷
判決・判例時報三〇一号四頁、最高裁判所一九六八年九月六日第二小法廷判決・
判例時報五三七号四〇頁)、これら判例は、強制執行の申立という訴訟上の権
能の行使が権利濫用と判断されたと見ることができる。
これらと同様に、訴権の行使が権利の濫用として許されないといえる場合も
当然ありうるはずである。例えば、県議会議員補欠選挙が、これを必要とする
に至った選挙(いわゆる親選挙)に対する選挙無効等に関する争訟が係属して
いる間に行われた場合につき、右争訟によって右親選挙が無効とされることが
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ないことが客観的に明らかであり、かつ、右争訟の提起ないし維持が争訟をす
る権利の濫用と認められるから、右補欠選挙は、右争訟が係属している間の補
欠選挙を禁じた公職選挙法三四条三項に違反しないとした大阪高裁一九九一年
四月一一日判決は、直接訴権の濫用による却下を認めた事例ではないものの、
訴権の行使が権利濫用に該る場合がありうることを示唆するものである。
(三) 本件の職務執行命令訴訟のような機関訴訟の場合、一般の私人間の権利義務
に関する民事訴訟と異なることが十分考慮されなければならない。すなわち、
職務執行命令訴訟は、機関委任事務の管理又は執行に関し、主務大臣が都道府
県知事を相手として訴訟提起するという、行政主体相互の訴訟であること、そ
の訴訟提起が、憲法で保障されている地方自治の本旨に基づく地方自治体の長
の権能に対して介入するものであり、地方自治体の長が機関委任事務の「管理
若しくは執行が法令の規定若しくは主務大臣の処分に違反」したり、「管理若
しくは執行を怠る」だけでなく、他に是正措置がなく、かつそれを放置するこ
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とにより「著しく公益を害することが明らかであるとき」にのみかかる職務執
行命令を認めることとして、主務大臣の命令権行使が、地方自治の本旨によっ
て制約されていることからすれば、一層、主務大臣の訴権行使は慎重になされ
なければならない。
よって、職務執行命令訴訟の提起が主務大臣の権能に属するといえども、正
義公平の観点から主務大臣の訴権行便が正義に悖る場合、例えば、主務大臣の
訴え提起が法治主義の原則に対する背信的行為であったり、また地方自治への
干渉を主目的とした場合などにおいては、訴権の濫用となり、かかる訴えは却
下されなければならない。
3 財産権を侵害し、クリーンハンドの原則に反する違憲違法な強制使用手続
(一) 本件土地占有の違法性
国は、本年四月一日以降の本件土地の占有に関し、「(本件土地が)土地所
有者に返還されていない状態について『直ちに違法である』ということには当
たらないのではないかと考えている。」との見解をとり(一九九六年三月二九
日梶山静六官房長官談話)、現在までその違法性を否定し続けている。
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しかし、一九九六年四月一日に本件土地所有者知花昌一が国を相手取って申
請した本件土地の使用妨害禁止等仮処分事件においても、国は何ら占有権原の
存在を示し得なかった。国が本件土地を占有使用するためには、所有者と賃貸
借契約等の契約を締結するか、駐留軍用地特借法に基づく強制使用権原を取得
するかのいずれしかなく、そのいずれも存在しない以上、国に本件土地の占有
権原が存在しないのは当然であり、それにもかかわらずその占有を継続するこ
とが違法であることは議論の余地がないことである。
(二) クリーンハンドの原則
クリーンハンドの原則とは、「エクイティ(裁判所)に来たる者は清き手に
て来たることを要す」との法諺に由来するものであり、「道徳的色彩の強い裁
判所の救済を求める以上、自分にうしろ暗いところがあってはならないとの意
味(「新版 新法律学辞典」有斐閣)である。言い換えれば、「自ら法を尊重
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する者だけが法の尊重を要求することができる」(四宮和夫「民法総則第四版」
三三頁)ということである。この原則は、一般的な規定としては存在しないが、
例えば制定法では、民法一三○条(条件成就の妨害)や七○八条(不法原因給
付)はこの原則に由来する規定であり、判例上も、宅建業法による宅地建物取
引業者としての免許を受けていない者が、仲介委託契約に基づく報酬請求権を
行使することは、クリーンハンドの原則に反し許されないという判例(東京地
裁一九九三年一二月二七日判決 判例時報一五〇五号)などがあり、一般的に
裁判規範としても確立しているものである。
本件の場合、一方で、国は本件土地を不法占拠していながら、他方で、国と
いう行政主体の長である内閣総理大臣が、その本件土地の強制使用手続のため
の本件公告縦覧の手続を被告に命ずることは、法的正義に反し、許されないも
のである。
(三) 原告は、本件土地の使用認定の適法性を理由に、本件職務執行命令の裁判を
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求めることは許されない。
適法な公告縦覧代行の命令であるためには、その前提手続における内閣総理
大臣による本件土地の使用認定が、その要件を満たしていなければならない。
使用認定の要件について、原告は、「本件土地は、同年(本年)四月一日以
降もなお引き続き駐留軍用地として提供する必要があり、本件土地を駐留軍の
用に供することは適正かつ合理的である。」(訴状二頁)と主張している。そ
の具体的内容は、原告が本件訴えに先立って提訴した福岡高等裁判所平成七年
(行ケ)第三号職務執行命令裁判請求事件(以下便宜のため「前訴」という)
においてみることができる。その訴状において原告は、本件土地等について、
「我が国が日米安保条約及び地位協定上の義務を履行するために、合衆国軍隊
に対し、その施設及び区域として沖縄の本土復帰後二〇年以上も継続的に提供
してきた土地であり、かつ、今後も引き続き提供する必要がある土地である。」
(同一八頁)と主張し、さらに同事件の一九九六年一月一〇日付原告第二準備
書面では、本件土地の使用認定が「適正且つ合理的」であることの根拠の一部
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として、「沖縄の全駐留軍用地(総面積約一億五八二三平方メートル)の約九
九・八パーセントの土地の所有者との間に、既に賃貸借契約を締結しているか、
賃貸借の予約が成立している。」「したがって、これらの賃貸借契約の締結に
応じない所有者に係る土地について駐留軍用地特措法に基づく使用権原が取得
されれば、従前の駐留軍用地をそのまま一体として提供することができる。」
と主張し、また、「財政的な負担」の項において、「従前から駐留軍用地とし
て提供してきた土地を継続して提供すれば、維待費が必要になるだけであるが、
新たな土地を駐留軍用地として提供するとすれば、右維持費のほかに新しい土
地の確保にかかる経費並びに施設および区域の建設費、設置費が必要になるの
で、両者の間には財政的な負担において大きな差がある。」(同五三頁〜五五
頁)と主張している。これらの主張の根底にあるのは、他の土地を強制使用す
るよりも、現在まで既成事実として継続してきた駐留軍用地としての強制使用
を以後も継続する方が安上がりで手間がかからず、また障害も少なく便宜であ
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る、ということである。
しかしながら、原告が仮に、法に忠実に従い、本年四月一日をもって本件土
地を現状回復し、土地所有者に返還していたとすれば、現時点において、右に
述べたような使用認定の根拠は失われることになる。すなわち、本件土地の返
還により、本件土地を駐留軍用地として二〇年以上にわたって提供し続けてき
た事実は終了し、また、原告のいう、楚辺通信所の敷地として利用されていた
他の周辺の駐留軍用地との「一体」的な利用状態は解消され、さらに、現状回
復した本件土地に新たに施設を設置することの財政的負担が生じてくるからで
ある。また、使用認定の「適正且つ合理的」要件充足の判断においては、従前
の強制使用対象土地の利用状況も重要な考慮要素となるのは当然であるところ、
仮に本件土地が土地所有者に返還されていたならば、同人には、自己の用に供
すべく、現況の楚辺通信所の敷地という利用形態と全く異なる利用が可能であ
り、かつその蓄然性もあった。それにもかかわらず、国は自ら不法占拠をなし
て従前の利用状態を継続することによって、自己に不利益な考慮要素の出現を
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妨害したのである。
とするならば、国は、本件公告縦覧の手続の先行行為として要件を充足する
ことが満たされるべき本件土地の強制便用認定の「適正且つ合理的」要件につ
いて、法に基づいて本件土地を返還することを拒んで不法占拠を継続すること
によって作出した事実関係をその要件充足の前提としながら本件公告縦覧の手
続の職務執行命令をなしているということができる。これは、まさにクリーン
ハンドの原則に反するというべきであり、裁判所はかかる原告の請求を受け入
れることはなしえない。(なお、前訴は形式的には本件と別個の裁判であるが、
両者は、本件土地について一つの強制使用手続をなす過程における前提手続た
る土地・物件調書作成の際の署名の命令と、裁決申請後の公告縦覧の手続の関
係であるから、原告が両所において矛盾した主張をすることは条理上許される
べきではなく、また当然原告も同一の主張を前提としているというべきである
から、前訴での原告の主張を当然踏まえるべきである。)
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(四) 原告は、被告が本件公告縦覧の手続に応じなかったことが「著しく公益を害
することが明らかである」ことを理由に、本件職務執行命令の裁判を求めるこ
とは許されない。
地方自治法一五一条の二の公益侵害の要件について、原告は、本件公告縦覧
の手続は「裁決手続を進める上で不可欠であ(り)」、「本件公告縦覧の手続
が行われないと裁決手続等が進められず、その結果、国は、収用委員会におけ
る審理及び裁決を経ないで、本件土地の使用権原を取得する可能性を奪われる
ことになる。」とし、また、安保条約六条、地位協定二条一項とそれに基づく
日米合同委員会の一九七二年五月一五日における合意にかかる米軍への提供施
設及び区域に本件土地が含まれるから、「我が国が駐留軍用地として本件土地
を提供することは高度の公共性を有する。」(訴状一〇〜一二頁)と主張する。
その具体的内容については、これも前訴の主張をみると、「(1) 沖縄における
駐留軍用地の提供に至る経緯及びその後の提供の経過、(2) 沖縄の地理的条件、
(3) 賃貸借契約締結者の存在、(4) 財政的な負担等」(前訴原告第二準備書面
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二一頁、四八頁以下)と、原告は、前項で述べた使用認定の「適正且つ合理的」
要件の充足根拠として述べたこととほぼ同様のことを述べている。
すると、前項同様、原告の主張してきた「著しく公益を侵害することが明ら
か」という根拠事実についても、国が本件土地を不法占拠し続けて従前の既成
事実を温存しておくことによって、職務執行命令の右要件を作出維持しようと
いうものであって、まさにこの点でも、原告の本件職務執行命令裁判の請求が、
クリーンハンドの原則から法的正義に反し許されないというべきである。
殊に、公益性要件の解釈については、被告第二準備書面で述べるとおり、本
件職務執行命令によって得られる利益と失われる利益を総合的に比較較量すべ
きであることを考慮すれば、既に返還されて知花昌一が私的に利用している土
地を新たに強制使用する際の公益判断と、駐留軍用地として継続使用されてい
る場合の公益判断において、比較較重要素において相当な相違が生じてくるの
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は自明であることからすれば、一層右のことは妥当するものであり、原告が本
件土地の不法占拠を継続しながら、被告の行為を「著しく公益を害することが
明らか」と主張するのは許されない。
(五) 不法占拠という違法状態の解消を目的として駐留軍用地特措法に基づく強制
使用手続を利用することは許されない。
(1) 本件強制使用の裁決申請者たる那覇防衛施設局長が不法占拠という違法状
態を解消しないまま、不法占有者の立場で本件裁決申請を行っているにもか
かわらず、原告がこれを是認したまま強制使用手続を進めることは、次のと
おり許されないものである。
土地収用法は、国等の起業者が「公共の利益となる事業のため」土地の強
制収用・使用権原を取得する必要が生じる場合について、「その要件、手続
及び効果並びにこれに伴う損失の保障等について規定」することによって、
「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もって国土の適正且つ合理
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的な利用に寄与することを目的と」して、その諸手続が定められているもの
である(一条)。そのために、同法は、強制収用の実体的要件を限定し(二
〇条)、事業の準備、強制収用認定、裁決申請準備、裁決などの多段階の手
続をもうけ、そして、それらの多段階にわたって、所有者その他利害関係人
への告知やそれら関係人の手続関与などを定めているものである。裁決を待
たずに緊急使用する例外的必要性がある場合についても、一定の厳格な要件
の下で六カ月間に限定して収用委員会の許可により土地を使用することがで
きるに過ぎない(一二三条)。
強制収用がその実体的要件や手続の両面において厳格で慎重な内容に規定
されているのは、憲法による私有財産権の保障に由来するものである。すな
わち、憲法は、私有財産権の不可侵を前提としつつ、財産権のあわせもつ社
会性に基づき、例外的に「正当な補償の下に」「公共のために用いる」こと
ができるとしてその制約を定めたものの、それが不当な財産権侵害にわたら
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ないように、当然に内容的手続的な適正を要請したのである。そして、この
要請は、土地収用法を通用している駐留軍用地特措法についても同じである。
しかるに国は、本件土地に関して、かかる権利保護の手続を踏まえた駐留
軍用地特措法による強制使用手続を経ることなく、また沖縄県収用委員会に
対する緊急使用の申請に際しても、本件土地の使用の緊急性、必要性等を疎
明することができず、本年五月一一日、同収用委員会に申請を不許可とされ
たにもかかわらず、本件土地の不法占拠を継続している。
しかし、本来駐留軍用地特措法や土地収用法は、将来の土地強制収用に対
して、予め所有者等の権利保護手続を確保することによって、憲法上保障さ
れる財産権との調和を図ろうとしたものである。従前の使用権原を失った土
地については、一定の「公共の」用途に供する目的の有無にかかわらず、法
治主義の原則を貫徹するという、より広い「公共の利益」のためには、一旦
所有者に返還するのが本来のあり方である。それにもかかわらず、そのよう
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な法的原則を無視し、不法占拠を継続しながら強制使用手続を利用するのは
本末転倒であり、駐留軍用地特措法や土地収用法の権利保護の手続を無視す
るものであり、かつ法治主義の原則を踏みにじるものである。
よって、憲法二九条三項の「公共のために用いる場合」を、直接公共の用
に供するため特定の私有財産を収用・使用することに限らず、広く「公共の
利益」を図ることととらえるべきことからすれば、不法占拠を解消すること
をその目的の一つとする強制使用手続は、「公共のために用いる場合」とし
ては認められないというべきである。
また、クリーンハンドの原則の観点からも、国の本件強制使用手続はそれ
自体許されないというべきである。というのは、本来本件土地を不法占拠し
ている国は、その違法行為の結果として、所有者に対して損害賠償責任を負
うとともに、本件土地の返還義務を負うものである。しかし、国が返還義務
を履行しない間に本件強制使用裁決がなされた場合、これによって、違法行
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為をなしている者の当然の法的責任である土地の返還義務を免れさせる結果
になる。そして、まさに強制使用手続をなしているのは、その不法行為者で
ある国自身なのである。かかる強制使用手続に助力することは、不法占拠者
の返還義務を免れさせることへの助力にほかならない。これを認めてしまえ
ば、国がある土地を強制収用したいと考えた場合、収用手続も緊急使用手続
も取らずに、まず実力をもって不法占拠し、その後強制使用手続を経たとし
ても、「借料相当」金(国が本年四月一日以降本件土地所有者知花昌一に対
して提供しようとした金員の名目である)を支払いさえすれば許されるとい
うことになってしまい、それを抑止する手段は持ち得なくなってしまう。ま
た、財産権収用に対する事前の慎重な権利保護手続を無意味にしてしまうの
である。これでは、米軍による沖縄占領時代の「銃剣とブルドーザー」によ
る強制接収と変わらないではないか。不法行為を継続して行っている者が、
その違法状態を適法化するため権限行使をしようとすることを裁判所が容認
することは、法秩序維持の要請から許されないものであり、司法の廉潔性に
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対する国民の信頼の見地からも断じて許されないと言うべきである。
(2) 本件公告縦覧の手続は、その直接的な効果が、「収用委員会が一応適式と
認めて受理した書類を一般に公示すること」(原告準備書面一九頁)に過ぎ
ないとしても、原告も認めるとおり、「裁決手続を進める上で不可欠であ
(り)」、「本件公告縦覧の手続が行われないと裁決手続等が進められず、
その結果、国は、収用委員会における審理および裁決を経ないで、本件土地
の使用権原を取得する可能性を奪われることになる」(訴状一〇頁〜一一頁)
重要な手続である。
他方、本件公告縦覧の手続による「公示」という直接的な効果からもたら
される後行の処分やその効果をみると、結局本件土地の強制使用裁決のみに
行き着くのであり、その他のいかなる処分や効果も発生させうるものではな
い。
要するに、本件公告縦覧の手続は、本件土地の強制使用裁決のために不可
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欠の手続であると同時に、本件土地の強制使用権原取得が不要であるならば
存在意義の全くない無用の手続であるという性格をもつものである。
(3) よって、公告縦覧の手続の直接的な目的、効果が限定されているか否かに
かかかわらす、本件公告縦覧の代行の手続のもたらす最終的な効果、目的が、
本件土地の強制使用権原の取得のみにしか向けられていないものであり、か
つ一項で述べたとおり、国による本件土地の強制使用権原の取得に裁判所が
助力することが許されないというべきであるから、本件公告縦覧の手続の職
務執行命令の裁判も、憲法二九条及びクリーンハンドの原則に照らして認め
るべきではない。
念のため付言するが、個々の法律行為や事実行為などを分断して個別に観
察した場合にはそれぞれ別個の法律的効果が導き出されるとしても、それを
全体としてみれば、法を実現する裁判所がその効果実現に手を貸すことが不
正義と見られる場合には、具体的な正義公平の実現という視点に立脚して、
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裁判所がその救済を拒否するというのがクリーンハンドの原則の考え方であ
る。このことを十分理解しておくべきである。
(六) 以上のとおり、自ら不法占拠している者がその違法状態を解消する手段とし
て駐留軍用地特措法及び土地収用法によって強制使用手続をなすことは、憲法
二九条の財産権の保障に反し、またクリーンハンドの原則に反して、違憲違法
と断ぜざるを得ない。そして、国の行政主体の長である内閣総理大臣による本
件公告縦覧の代行についての職務執行命令訴訟の提起は、かかる重大な違憲違
法な手続の一環としてなされたものであり、その提訴自体、法治主義に対する
重大な背信行為であり、訴権の濫用に該るというべきであるから、本件訴えは
速やかに却下されるべきである。
二 本件公告縦覧の手続に関する事務の主務大臣は建設大臣である。
1 原告は、本件公告縦覧の手続は総理府が所掌する事務であるから、地方自治法
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一五〇条及び一五一条の二にいう「主務大臣」は内閣総理大臣であると主張する。
しかし、同主張は、以下に述べるとおり失当である。
駐留軍用地特措法四条は、「防衛施設局長は、この法律により土地等を使用し、
又は収用しようとするときは、・・・使用認定申請書又は収用認定申請書を防衛
施設庁長官及び防衛庁長官を通じて内閣総理大臣に提出し、その認定を受けなけ
ればならない。」と規定する。従って、防衛施設局長が起業者として行う米軍用
地の強制使用認定申請は、防衛施設局長の事務である。同法一四条が「『防衛施
設局長』を『起業者』と、『土地等の使用又は収用の認定』を『事業の認定』と
・・・みなして、土地収用法の規定・・・を適用する。」と規定していることか
ら、このことは明らかである。
防衛庁設置法五条二五号は「駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得
及び提供に関すること」を、防衛庁の所掌する事務とし、同法四二条は「防衛施
設庁は、第五条・・・第一五号から第四〇号までに掲げる事務をつかさどる」と
定める。
---------- 改ページ--------24
従って、防衛施設局長が起業者として駐留軍用地特措法に基づき強制使用権取
得のために行う「事業の準備」、「認定申請事務」、「補償金支払事務」等は駐
留軍用地特措法により防衛施設局長の所掌事務となり、強制使用認定手続の前提
となる提供する施設及び区域の「決定」、「取得」、使用権取得後の「提供」事
務は、防衛庁、防衛施設庁の所掌事務となる。
原告は、訴状及び第一準備書面において、公告縦覧の手続の事務が、防衛庁、
防衛施設庁の所掌する事務である理由として、防衛庁設置法五条二五号、六条一
四号、四二条及び四三条を挙げる。しかし、右各条項は、提供する施設及び区域
の「取得」及び「提供」事務を防衛庁、防衛施設庁の所掌事務とし、又はその権
限に属するものと規定しているだけであって、駐留軍用地特措法及び土地収用法
に基づく公告縦覧の手続の事務を防衛庁、防衛施設庁の所掌事務とするものでは
ないのであるから、これらの条項が根拠規定となるのではない。
2 駐留軍用地特措法は、前述のように、防衛施設局長が起業者として駐留軍用地
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特措法に基づき強制使用権取得のために行う諸事務を、「防衛施設局長」の所掌
する事務と定め、強制使用認定事務を「内閣総理大臣」の所掌事務と規定するだ
けであり、土地収用法が定めるその他の事務を防衛施設局長の事務としたり、又
防衛庁、防衛施設庁の事務と規定するものではない。
駐留軍用地特措法により適用される土地収用法の事務は、駐留軍用地特措法に
特別の定めがある場合を除いて、土地収用法の解釈に基づきその所掌が決められ
るべきである。
駐留軍用地特措法により適用される土地収用法四二条の公告縦覧の手続の趣旨
は、土地所有者、関係人及び準関係人に対して同法四三条の規定による意見書提
出の機会を付与すること、隠れた権利者を発見すること、土地所有者等に裁決手
続開始登記による処分制限をかけるに当たって事前通告をすることにあるが、そ
れは土地所有者又は関係人の財産権確保、適正手続の保障をその目的とするもの
であり、収用高権の発動としての強制使用認定事務とはその性質を異にし、むし
ろ強制使用認定事務と対局に位置する性質のものである。
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従って、強制使用認定事務が総理大臣の所掌事務とされていることを理由に、
公告縦覧の手続事務を総理大臣(又は総理府)の所掌事務とするのは相当でない。
土地収用法の原則に戻って建設大臣(又は建設省)の所掌事務と解するのが、公
告縦覧手続の制度を置いた法の趣旨(収用高権の発動主体と財産権保障主体の同
一帰属の回避)に最も合致するのである。
3 このように公告縦覧手続の事務を所掌するのは建設省であるから、その長たる
建設大臣が地方自治法一五〇条及び一五一条の二、一項にいう「主務大臣」とな
るのである。
従って、建設大臣が原告となって本件訴えを起こすべきものであるところ、本
件訴えは、総理府の長としての内閣総理大臣が原告となって提起したものである
から、訴えそのものがそもそも不適法なものといわざるをえない。
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本 案 の 答 弁
第一 請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 請求の原因に対する答弁
一 請求原因一について
1 1記載の事実中「国は、別紙物件目録記載の土地・・・承諾を得ることがで
きなかった。」の部分は認め、「しかし、本件土地は・・・適正かつ合理的で
ある。」の部分は否認する。
2 2及び3記載の事実は認める。
二 請求原因二ないし五及び七記載の事実は認める。
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三 請求原因六は争う。
四 請求原因八について
1 1記載の事実は否認ないし争う。
2 2記載の事実中「被告の右の・・・困難である。」の部分は否認し、その余
は認める。
3 3記載の事実中「裁決申請に関する・・・可能性を奪われることになる。」
の部分は認める。
「また、我が国は、・・・右合意に係る施設及び区域に含まれる。」の部分は
争う。
「したがって・・・公益を害することが明らかである。」の部分は否認する。
4 4記載の事実は認める。
五 請求原因九記載の事実は認める。
六 請求原因一〇は争う。
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