代理署名拒否訴訟(上告審・最高裁判所大法廷)
被上告人(国) 答 弁 書
平成八年(行ツ)第九〇号
地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判請求上告事件
上 告 人 沖 縄 県 知 事
被上告人 内 閣 総 理 大 臣
答 弁 書
平成八年六月一三日
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被上告人指定代理人
増 井 和 男
貝阿彌 誠
江 口 とし子
篠 原 睦
田 村 厚 夫
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榮 春 彦
田 川 直 之
小 澤 毅
崎 山 英 二
林 督
内 山 孝
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西 村 和 敏
里 吉 勝
世 利 隆 司
高 岡 辰 榮
大 石 毅
最高裁判所大法廷御中
---------- 改ページ--------
略 語 例
本答弁書においては、 次の略語を使用する。
日 米 安 保 条 約 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条
約
地 位 協 定 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条
約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における令衆国
軍隊の地位に関する協定
駐留軍用地特措法 日本国とアメリカ令衆国との間の相互協力及び安全保障条
約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における令衆国
軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関す
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る特別措置法
本 件 各 土 地 原判決別紙の土地目録記載の各土地
本 件 使 用 認 定 被上告人が平成七年五月九日付けで駐留軍用地特措法五条
の規定に基づいてした本件各土地の使用の認定
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目 次
上告の趣旨に対する答弁
上告の理由に対する答弁
第一 上告理由第一点(駐留軍用地特措法の法令違憲)について−−−−−−−2
一 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害)の主張につ
いて−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−2
二 憲法二九条三項違反の主張について−−−−−−−−−−−−−−−−−6
三 憲法三一条違反の主張について−−−−−−−−−−−−−−−−−−−11
第二 上告理由第二点(駐留軍用地特措法の適用違憲ないし違用違憲)に
ついて−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−16
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第三 上告理由第三点(審理の範囲)について−−−−−−−−−−−−−−−28
第四 上告理由第四点(本案前の抗弁) について−−−−−−−−−−−−−31
一 機関委任事務に関する主張について−−−−−−−−−−−−−−−−−31
二 主務大臣に関する主張について−−−−−−−−−−−−−−−−−−33
第五 上告理由第五点(駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条)
について−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−35
第六 上告理由第六点(地方自治法一五一条の二)について−−−−−−−−−38
一 他の是正措置について−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−38
二 公益侵害について−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−40
第七 上告理由第七点(審理不尺)について−−−−−−−−−−−−−−−−42
第八 結論−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−43
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上告の趣旨に対する答弁
一 本件上告を棄却する
二 上告費用は上告人の負担とする
との判決を求める。
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上告の理由に対する答弁
第一 上告理由第一点(駐留軍用地特措法の法令違憲)について
一 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害)の主張について
1 上告人は、憲法前文は国民が「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生
存する権利を有する」ことを確認し、憲法九条は平和的生存権を制度的に
保障し、憲法一三条後段は戦争行為によって平穏な社会生活を営むことを
阻害されないことを中心とする平和的生存権を保障している、そして、こ
の平和的生存権は、具体的な内容を有する権利であり、裁判規範性を有す
る、そうすると、駐留軍用地特措法は、国が「駐留軍の用に供する」とい
う軍事目的を実現するために国民の私有財産を強制的に使用又は収用する
ものであるから、平和的生存権を侵害する、と主張する。
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2(一) しかし、上告人の主張する平和的生存権は、具体的権利とはいえず、
裁判規範性をもたないから、上告人の右主張は失当である。
下級審の裁判例も、「平和主義や「平和的生存権」についていえば、
平和ということが理念ないし目的としての抽象的概念であって、それ自
体具体的な意味・内容を有するものではなく、それを実現する手段、方
法も多岐、多様にわたるのであるから、その具体的な意味・内容を直接
前文そのものから引き出すことは不可能である。このことは、「平和的
生存権」をもって憲法一三条のいわゆる「幸福追求権」の一環をなすも
のであると理解した場合においても同様であって、その具体的な意味・
内容を直接「幸福追求権」そのものから引き出すことは、およそ、望み
得ない」などと判示してきた(東京高裁昭和五六年七月七日判決・判例
時報一〇〇四号三ページ。同旨札幌高裁昭和五一年八月五日判決・行政
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例集二七巻八号一一七五ページ)。最高裁判所も、「上告人らが平和主
義ないし平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的として
の抽象的概念であって、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法
上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず」と判示し(最高裁平
成元年六月二〇日第三小法廷判決・民集四三巻六号三八五ページ)、私
法上の行為の効力の判断基準になるかどうかの前提としてではあるが、
いわゆる平和的生存権として主張される平和なるものが、理念ないし目
的としての抽象的概念でしかないとしている。
(二) 上告人は、平和的生存権の内容として、「公権力の軍事目的追求によ
って、平和的経済関係が圧迫されたり、侵害されたりしないこと」、
「公権力による軍事的性質を持つ政治的・社会的関係の形成が許されな
いこと」、「公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研
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究を行うことは許されないこと」を掲げる。
しかし、このように主張してみても、平和的生存権なるものは依然と
して理念ないし目的としての抽象的概念の域を出ないのであって、それ
が具体的な意味・内容をもつこととなる訳ではない。
3 そもそも、憲法前文及び九条が規定する平和主義は決して無防備、無抵
抗を定めたものではなく、我が国が自国の平和と安全を維持しその存立を
全うするために必要な自衛のための措置を採り得ることは、国家固有の権
能の行使として当然のことである。そして、我が国の平和と安全を維持す
るための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段
である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶこと
ができるのであって、我が国がその平和と安全を維持するために他国に安
全保障を求めることは何ら禁じられるものではなく、日米安保条約及びこ
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れに基づいて米国の軍隊が我が国に駐留することは、憲法九条及び前文の
趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲であることが明白である
とは認められない(最高裁昭和三四年一二月}六日大法廷判決・刑集一三
巻一三号三二二五ページ、最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決・刑集二
三巻五号六八五ページ)。したがって、同条約六条の規定に従って締結さ
れた地位協定を実施するために右駐留軍の用に供する土地等の使用又は収
用に関し規定する駐留軍用地特措法が、憲法九条及び前文の趣旨に違反す
ることはない。そして、そうである以上、仮に憲法一三条が平和主義を淵
源とする権利を保障しているとしても、駐留軍用地特措法が憲法一三条に
違反することもない。
一 憲法 二九条三項違反の主張について
1 上告人は、憲法九条が規定する平和主義に抵触する場合には、憲法 二九
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条三項所定の「公共のために用ひる」という要件に該当しない、したがっ
て、軍事目的を実現するために国民の所有する土地等を強制的に使用又は
収用する駐留軍用地特借法は憲法二九条三項に違反する、と主張する。
2(一) しかし、憲法前文及び九条が規定する平和主義の意義等は、前記一、
3に記載したとおりであり、上告人自身も日米安保条約が憲法に違反す
るとは主張していない。加えて、憲法九条二項が保持を禁止した「戦力」
とは、我が国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る我
が国自体の戦力をいい、外国の軍隊は、たとえそれが我が国に駐留する
としても憲法九条二項にいう「戦力」には該当しないし、米国の軍隊は、
我が国の安全及び極束における国際の平和と安全の維持に寄与する(日
米安保条約六条)ために我が国に駐留するが、このような駐留は、憲法
九条及び前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲である
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ことが明白であるとは認められない(前掲最高裁昭和三四年一二月一六
日大法廷判決及び最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決)。
そして、我が国が締結した条約を誠実に遵守すべきことは憲法上の義
務であり(憲法九八条二項)、日米安保条約六条に基づき米国に施設及
び区域を提供し米軍の駐留を許すことは、我が国の国際法上の義務でも
ある。
このように、日米安保条約に基づく米軍の駐留は、我が国の安全等を
維持する上で極めて重要であり、駐留軍用地特措法は、日米安保条約六
条に従って締結された地位協定を実施する法律であるから、同法による
土地等の使用又は収用は高度の公共性を有する。
(二) 憲法二九条三項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のた
めに用ひることができる。」と規定するが、ここにいう「公共のために
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用ひる」とは、直接公共の用に供するために特定の私有財産を収用する
ことないし制限することに限定されず、広く公共の利益の実現のために
財産権を収用したり制限したりする場合を含む。
このことは、最高裁判所昭和二八年一二月二三日大法廷判決(民集七
巻一三号一五二三ページ)が、耕作者の地位を安定し、その労働の成果
を公正に享受させるため自作農を急速かつ広汎に創設し、以て農業生産
力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とした(自
作農創設特別措置法一条)農地買収につき、憲法二九条三項の適用を認
めた趣旨に照らしても明らかである(なお、最高裁昭和三八年六月二六
日大法廷判決(刑集一七巻五号五二一ぺ−ジ)が、ため池の堤とうを使
用する財産上の権利を有する者は、奈良県「ため池の保全に関する条例」
により、損失補償すら受けることなく、その財産権の行使をほとんど全
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面的に禁止されるが、このような規制は、災害を防止し、公共の福祉を
保持するために、社会生活上やむを得ないものであって、当然受忍しな
ければならない、とした趣旨も参酌されるべきであろう。)。
(三) 以上によれば、上告人の右主張は失当である。
3 なお、上告人の指摘する政府関係者の発言は、いずれも我が国が締結し
た条約に基づき駐留する外国の軍隊に関するものではない。
なるほど、昭和二六年五月二五目の衆議院建設委員会において、澁江政
府委員は、「従来の規定におきましては、国防、その他軍事に関する事業
・・・が、公益事業の一つとして上っておりますが、新憲法のもとにおき
まして、当然不適当であると考えられますので、これは廃止することにい
たしております。」(第一〇回国会衆議院建設委員会議録二〇ページ)と
答弁しているが、右答弁は、条約に基づく外国軍隊の駐留について述べた
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ものではない。
また、河野国務大臣は昭和三九年五月二二日の衆議院建設委員会におい
て、「公共用地の取得に関する特別措置法」二条八号の改正(附加) に関
連して、「ただいま御指摘になりましたように、「公共の」という条件が
ついております。軍施設を「公共の」の範囲に入れるということは適当で
ない、これはもう社会通念じゃなかろうかと私は思います。」(第四六回
国会衆議院建設委員会議録第三一号一四ページ)と答弁している。右答弁
は、岡本委員の「一体、将来軍施設というふうなものについては、これは
特定公共事業の対象にされるのかされないのか、そういうことを、この際
明らかにしていただきたいと思います。」(同一三ページ)という質問に
ついてされたが、岡本委員が質問の対象としたのは外国の軍隊ではない。
三 憲法三条違反の主張について
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1 上告人は、駐留軍用地特措法は、内閣総理大臣の土地の使用又は収用の
認定の判断に当たって、その申請権者と認定権者とが実質的に同一である
上、(1)事業計画書(土地収用法一八条二項一号)の提出が義務付けられて
いない、(2)利害関係人の意見書の提出(同法二五条一項)が認められてい
ない、(3)公聴会の制度(同法二三条一項)が設けられていないなど、土地
所有者等の権利保護が不十分であって、憲法三一条に違反する、旨主張す
る。
2(一) 確かに、内閣総理大臣は、国家行政組織法上、上級行政庁として、防
衛庁長宮、防衛施設庁長官を通じて防衛施設局長を指揮監督し、かつ、
駐留軍用地特措法上、防衛施設局長のした土地の使用又は収用の認定の
申請の適否を審査判断する。しかし、防衛施設局長は、いわば起業者の
立場から法令に則って土地の使用又は収用の認定の申請を行い、内閣総
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理大臣は、認定権者の立場から申請に係る土地の使用又は収用が法令の
規定する要件に該当するか否かを審査判断する。したがって、内閣総理
大臣も、防衛施設局長も、法令に従ってそれぞれの職務を遂行するから、
内閣総理大臣と防衛施設局長とが実質的に同一であるということはでき
ない。
土地収用法においても、起業者が国(建設大臣)であり(一六条、八
条一項)、事業認定権者も建設大臣である(一七条一項)という場合が
あるから、このような事態は駐留軍用地特措法に特有の問題ではない。
このことは、上告人の主張するような事態が直ちに憲法三一条違反の問
題とならないことを示すものにほかならない。
したがって、上告人の右主張は、およそ前記憲法三一条違反の主張を
支える事情ということはできない。
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(二) 行政手続について、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であ
っても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから
差異があり、また行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相
手方に事前の告知、弁解、防禦の機会を与えるかどうかは、行政処分に
より制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により
達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合衡量して決定され
るべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とす
るものではない(最高裁平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号
四三七ページ)。
右の大法廷判決の趣旨によれば、行政処分の相手方以外の者からどの
程度事前に意見を聴取するかなども、行政処分により制限を受ける権利
利益の内容等、行政処分により達成しようとする公益の内容等を総合衡
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量して、立法政策上の合理的な判断に基づき決定されるべきである。
上告人が主張する右1の(1)ないし(3)の点については、原判決(一六八
ページ以下)の説示するとおりである。とりわけ、駐留軍用地特措法は、
防衛施設局長において、土地の所有者又は関係人の意見書を徴し、これ
を使用認定申請書又は収用認定申請書に添付しなければならない(四条
一項)と規定して、土地所有者等に対し事前に意見を述べる機会を与え
ている上、内閣総理大臣において、必要があると認めるときは関係行政
機関の長及び学識経験者の意見を求めることができる(六条一項)と規
定している。そうすると、上告人の主張する事由をもって土地所有者等
の権利保護に欠けるということはできない。換言すると、駐留軍用地特
措法と土地収用法との手続上の差異は、右に述べた立法裁量の範囲内の
問題にすぎず、憲法三一条連反が問題となる余地はない。よって、上告
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人の前記主張は失当である。
二 上告理由第二点(駐留軍用地特借法の適用違憲ないし運用違憲)について
一 「適用違憲」について
1 上告人は、本件各土地を使用するために駐留軍用地特措法を適用するこ
とは、そのいずれの段階の手続においても、すべて憲法違反になるから、
本件の土地・物件調書を完成させるために立会・署名押印を代行する義務
はない、と主張する。
2 いわゆる適用違憲とは、法令の規定それ自体を違憲とする(法令達憲)
のではなく、当該事件に適用される限りにおいて法合の規定を違憲とする
ものである。したがって、適用違憲を主張するためには、どの法令のどの
条項がどの事実に適用されるのかを具体的に特定し、かつ、それが憲法の
どの条項に違反するのかを明らかにしなければならない。
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ところが、上告人は、駐留軍用地特措法のどの規定がどの事実に適用さ
れるから憲法のどの条項に違反するのかを具体的に主張しないで、ひたす
ら「駐留軍用地特措法の適用」が憲法に違反すると主張するにすぎない。
これを強いて善解すれば、上告人は、(1)被上告人が駐留軍用地特措法五条、
三条を適用して本件各土地につき使用認定をしたこと、(2)被上告人が同法
一四条一項、土地収用法一二六条五項を適用して上告人に立会・署名押印の
代行を命令したことがいずれも憲法に違反する、と主張するものと解され
る。
しかし、(1)本件訴訟における審査の範囲は、後記第三、二で述べるとお
りであって、本件使用認定の適法違法はもとよりその有効無効もその審査
の範囲外であるから、本件使用認定が憲法に違反して無効であることを主
張しても、そのような主張はそれ自体失当である。
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また、(2)駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条五項を適用し
て上告人に立会・署名押印の代行を命ずることが何故憲法に違反するのか
上告人の主張は明確でないが、これを更に善解すれば、立会・署名押印の
代行の手続も、その最終的な目的は当該土地の強制使用にあるから、その
強制使用の結果が違憲である以上、右代行を命ずることも当然に違憲にな
る旨主張するものと解される。しかし、右立会・署名押印の代行は、原判
決(二三〇ページ以下)の説示するとおり、駐留軍用地特措法の手続の中
では従たる地位を占めるにすぎず、土地・物件調書を完成させてその記載
事項につき一応の推定力を付与し、損失の補償に資するものであって、直
ちにその権利の取得につながるものではないから、強制使用の結果が違憲
であるからといって、立会・署名押印の代行を命ずることが直ちに違憲に
なるものではない。
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二 「運用達憲」について
1 上告人は、米軍基地が沖縄県に集中していること及び駐留軍用地特措法
が沖縄県内の土地についてのみ適用されていること等を挙げて、このよう
な駐留軍用地特措法を始めとする基地提供法今の「運用」が憲法一四条、
九二条及び九五条に違反する、と主張する。
2 しかし、右主張は、本件に法令が適用されることが憲法に違反するか否
かを直接問題にすることなく、法令の運用一般ないしその運用の実態が違
憲であることを主張するものであり、このような主張が失当であることは、
裁判所は具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限
を有するものではない旨を判示した最高裁判所昭和二七年一〇月八日大法
廷判決(民集六巻九号七八三ページ)の趣旨に照らして明らかである。な
お、いわゆる運用違憲の判断方法を採った裁判例(東京地裁昭和四二年五
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月一〇日判決・判例時報四八二号二五ページ)は、「司法裁判所の違憲審
査権は、一定の事件性・・・を前提として、これに適用される特定の法令
或は具体的処分が合憲か違憲かを判断すべきものであって、法令の運用一
般或はその運用の実態を憲法判断の対象とすべきではなく、ただ特定の適
用法令或は具体的処分についての憲法判断に当り、その補助事実として、
法令運用の実態が考慮されるに止まるべきである」(東京高裁昭和四八年
一月一六日判決・判例時報七〇六号一〇三ぺ−ジ)として取り消されてい
る。
三 以上の次第で上告人の主張はいずれも失当であるが、仮に本件職務執行命
令訴訟において使用認定の有効無効が審査の範囲内であるとしても、上告人
の各主張が失当であることについて触れておく。
1 「安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への達反」
---------- 改ページ--------21
について
上告人は、米国の駐留軍の駐留目的ないしはその活動の実態が日米安保
条約六条に定める目的を逸脱し、米軍の駐留が憲法前文及び九条に違反し
ているから、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは憲法前文及
び九条に遠反する、と主張する。
しかし、米国駐留軍の駐留目的ないしその活動の実態が日米安保条約六
条の目的を逸脱し、米軍の駐留が憲法前文及び九条に違反するかどうかは、
我が国の政治、外交の根幹にかかわり、高度の政治的判断を要する事柄で
あって、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には原則として
なじまない性質のものであり、したがって、一見極めて明白に違憲である
と認められない限り、裁判所の司法審査権の範囲外のものであって、第一
次的には、行政権の属する内閣の判断に従うべく、終局的には、主権を有
---------- 改ページ--------22
する国民の政治的批判にゆだねられるべきものである(前掲最高裁昭和三
四年一二月一六目大法廷判決及び最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決)。
しかるところ、上告人の主張する湾岸紛争における米軍の活動等をもっ
て直ちに米軍が我が国に駐留すること及び本件各土地に駐留軍用地特措法
を適用することが一見極めて明白に憲法九条及び前文の趣旨に違反すると
はいえず、他にこれらが一見極めて明白に違憲であるという根拠はないか
ら、右主張は、主張自体失当である。
2 「様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用
のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害」につ
いて
上告人は、沖縄県に米軍基地を存続させることが基地周辺住民の「憲法
前文、一三条などによって保障された平和的生存権」を侵害するとして、
---------- 改ページ--------23
適用違憲ないし運用違憲の主張をする。
しかし、「平和的生存権」なるものが具体的権利でなく裁判規範となり
得ないことは第一、一で述べたとおりであるから、右主張はその前提を欠
く。
3 「嘉手納飛行場設置による憲法一三条で保障される個人の生命、身体、
健康、自由などの利益の総体としての人格権の侵害」について
上告人は、「嘉手納飛行場におけるすさまじい爆音」によって周辺住民
が人格権の侵害を受けているとして、「右施設の便用のための駐留軍用地
特措法適用による強制使用手続もすべて人格権を侵害する違憲の行為とし
て許されない」と主張する。
しかし、仮に「嘉手納飛行場におけるすさまじい爆音」によって周辺住
民が人格権の侵害を受けているとしても、それは、駐留軍用地特措法を適
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用して使用権原を取得したことによるものではなく、これとは別の嘉手納
飛行場の設置管理等によるものであるから、駐留軍用地特措法に基づく使
用手続自体が違憲となるものではない。また、仮に駐留軍用地特措法に基
づく使用手続自体が人格権を侵害するとしても、そのような行為も、公共
性の程度いかんによっては、違憲無効とはならないところ、駐留軍用地特
措法に基づく使用手続が高度の公共性を有することは前述したとおりであ
るから、上告人の主張はこの点においても失当である。
4 「駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法
二九条違反」について
上告人は、日本国は米国に対して本件各土地を提供する義務がない、仮
に右の義務があるとしても、その義務違反によって何ら日本国の安全保障
に問題が生じることはない、本件各土地は個人の生存的財貨であるから、
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政策的にその権利の行使を制約することは許されず、制約するとしても必
要最小限度でなけれぱならないのに、この限度を超える制約をしていると
して、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは「公共のために用
ひる」場合に該当せず憲法二九条に違反する、と主張する。
しかし、我が国が米国に対して本件各土地を使用させる義務があること
は、原判決(六ページ以下)の適法に認定判断するところであって、右義
務がないことを前提とする主張は失当である。そして、その余の上告人の
主張は、憲法二九条違反をいうが、その実質は、本件使用認定が駐留軍用
地特措法三条に規定する要件を満たしていないことをいうところ、使用認
定の適法違法はおよそ本件訴訟の審査の範囲外である。したがって、右主
張は失当である。
5 「駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法
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一四条、九二条及び九五条違反」について
上告人は、米軍基地が沖縄県に集中していること及び駐留軍用地特措法
が沖縄県内の土地についてのみ適用されていること等を挙げ、「沖縄県民
の不平等」及び「沖縄県の不平等」をもたらしているとして、在沖米軍基
地の使用のために同法を適用することが憲法一四条、九二条及び九五条に
違反する、と主張する。
確かに、上告人が主張するように、沖縄県以外の都道府県においては、
昭和三七年を最後に駐留軍用地特措法が適用された例はないが、同法は、
沖縄県内の土地についてのみ適用される法律ではない。右のような結果は、
米軍基地の用地が、沖縄県以外の都道府県では国有地約八七パーセント、
民公有地約一三パーセントであるのに対し、沖縄県では国有地約三三・二
パーセント、民公有地約六六・八パーセントであるという違いがあり(原
---------- 改ページ--------27
判決三四ページ)、しかも、沖縄県以外の都道府県では昭和三七年以後民
公有地につきすべて賃貸借契約又は売買契約が締結され、駐留軍用地特措
法を適用する必要がなかったから生じたにすぎない。
しかして、米軍基地が沖縄県に集中し、駐留軍用地特措法が沖縄県内の
土地についてのみ適用されているとしても、そのことから直ちに本件各土
地の所有者等を差別的に取り扱ったことになるものではない(具体的な個
人を捨象した「沖縄県民の平等権」は観念することができないことはもち
ろんである。)。なお、憲法一四条は、「国民」を平等に取り扱うことを
保障しているのであって、地方公共団体相互を平等に取り扱うことを保障
していないから、「沖縄県の不平等」が問題となる余地はない。
憲法九二条は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項が、地方自治
の本旨(すなわち、憲法九三条で具体化されている住民自治の原則及び憲
---------- 改ページ--------28
法九四条で具体化されている団体自治の原則)に基づいて、法律で定めら
れなければならない、という趣旨のものであるから、米軍基地が沖縄県に
集中し、駐留軍用地特措法が沖縄県内の土地についてのみ適用されている
としても、憲法九二条違反が問題となる余地もない。
憲法九五条にいう「一の地方公共団体のみに適用される特別法」とは、
その地域のみに関する法律をひろく意味するのではなく、その地方公共団
体そのものの組織、運営又は機能に関する法律を指す。したがって、駐留
軍用地特措法がこれに当たることを前提とする上告人の右主張も失当であ
る。
第三 上告理由第三点(審理の範囲) について
一 上告人は、原判決が、本件使用認定の適法違法はもとよりその有効無効も
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違反する、と主張する。
二 しかし、本件訴訟における審査の範囲については、原判決(一九七ページ
以下)が説示するとおりであり、いわゆる先行行為である本件使用認定の適
法違法はもとよりその有効無効も裁判所の審査の範囲外である。
なお、最高裁判所昭和三五年六月一七日第二小法廷判決(民集一四巻八号
一四二〇ページ)は、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮
命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの
点、形式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない。」と判示しただけ
であり、裁判所がいわゆる先行行為の適法性・有効性について審査をする権
限ないし義務をもつかどうかについては触れていない。
したがって、原判決の判断が地方自治法一五一条の二に違反するという上
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三 仮に、本件使用認定の適法違法ないし有効無効も審査の範囲内であると解
したとしても、この点に関する原判決の法令解釈の誤りは、次のとおり、判
決の結果に影響を及ぼさない。
駐留軍用地特措法五条、三条にいう「駐留軍の用に供するため土地等を必
要とする」かどうか、「その土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合
理的である」かどうかの判断は、日米安保条約及び地位協定に基づく国際法
上の義務の履行と密接に関連し、高度の政治的判断を要するから、内閣総理
大臣の広範な裁量にゆだねられている。したがって、本件使用認定について
は、被上告人(内閣総理大臣)の裁量権の範囲を超え又はその濫用がない限
り、無効の問題はもとより違法の問題も生ずる余地がない(行政事件訴訟法
三〇条参照)。そして、裁量処分については、その違法又は無効を主張する
者において、行政庁の裁量権の範囲の逸脱又は濫用があること(無効を主張
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する場合には、これに加えて、その瑕疵が重大かつ明白であること)を主張
立証することを要する(最高裁昭和四二年四月七日第二小法廷判決・民集二
一巻三号五七二ページ参照)。
しかるに、上告人は、被上告人の本件使用認定に裁量権の範囲の逸脱又は
濫用等があることについて何ら主張していない。したがって、原判決の法令
解釈の誤りは、その結論に影響を及ぼすものではなく、上告人の前記主張は
失当として排斥を免れない。
第四 上告理由第四点(本案前の抗弁)について
一 機関委任事務に関する主張について
1 上告人は、(1)立会・署名押印の代行の事務は、起業者の恣意的な土地・
物件調書の作成を抑制し、土地所有者等の財産権の保障を図るものであり、
起業者が土地・物件調書を作成する事務に従属・付随する事務ではない、
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(2)公的な立会人が行う立会・署名押印の代行の事務は地方自治法別表第三、
一、(百八) に掲げられた事務と同種のものではない、(3)右立会・署名押
印の代行の事務は、国の指揮監督を離れて公平中立に行われるべき自治事
務である、と主張する。
2 しかし、この点については、原判決(六二ぺ−ジ以下)が説示するとお
りである。すなわち、土地収用法は、憲法二九条三項の規定を受け、国が
正当な補償のもとに私有財産を公共のために収用等する手続を定めたもの
であるから、土地収用法の事業認定手続及び裁決手続に関する事務は性質
上本来的に国の事務であり、全国的に統一して行われる必要があること、
立会・署名押印の代行の事務は、裁決の申請に必要な土地・物件調書を整
えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随する事務で
あること、右事務は、地方自治法別表第三、一、(百八)に掲げられた事
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務と性質を異にするといえないこと、そして、駐留軍用地特措法は土地収
用法の特別法であって土地収用法の趣旨が妥当すること等からすれば、立
会・署名押印の代行の事務が国の機関委任事務であることは明らかである。
二 主務大臣に関する主張について
1 上告人は、駐留軍用地特措法は土地等の使用又は収用の認定の事務以外
の事務については何ら特別の定めを置いていないから、立会・署名押印の
代行の事務の主務大臣は土地収用法により建設大臣である、と主張する。
2 しかし、そもそも、地方自治法一五一条の二にいう「主務大臣」とは、
国の特定の行政事務の遂行について権限をもつ大臣、換言すると、国の特
定の行政事務を普通地方公共団体の長に委任する法令を所管する大臣であ
るところ、立会・署名押印の代行の事務は、駐留軍用地特措法一四条一項、
土地収用法三六条五項の規定に基づく国の機関委任事務であるから、その
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主務大臣は、駐留軍用地特措法を所管する大臣である。そして、駐留軍用
地特措法を所管する大臣は、防衛庁設置法五条二五号、四二条、国家行政
組織法三条二項、三項、四項、四条、五条一項、別表第一、備考によれば
総理府の長たる内閣総理大臣であり、このことは、駐留軍用地特措法四条
二項において「使用認定申請書及び収用認定申請書の様式は、総理府令で
定める。」、同法一三条一項において「・・・総理府令で定める引渡調書
を作成しなけれぱならない。」と規定されていることによっても明らかで
ある。
確かに、駐留軍用地特措法一四条一項は、同法に特別の定めのある場合
を除くほか、土地収用法の規定を適用すると規定している。しかし、これ
は、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用が公共の利益となる事業に
必要な土地等の使用又は収用と類似することから、立法技術上、土地収用
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法の規定を適用したにすぎず、土地収用法の規定が適用される処分又は手
続を含めて、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用については、駐留
軍用地特措法がすべて規定しているから、右の故をもって「主務大臣」の
判断が変わるものではない。
第五 上告理由第五点(駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条)につ
いて
一 上告人は、原判決には、(1)駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六
条五項の公的な立会人の審査権について法令の解釈の誤りがある、(2)駐留軍
用地特措法一四条一項、土地収用法三六条二項の立会について法令の解釈の
誤りがある、(3)地方自治の本旨に反するか否かについて都道府県知事が「自
主的判断権」を有するのにその解釈を誤り、ひいては、本件立会・署名押印
の代行が地方自治の本旨に反しないとした判断の誤りがある、(4)上告人が
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「自主的法令解釈権」に基づいて本件使用認定が違憲であると主張している
のに、この点の判断を遺脱した違法がある、と主張する。
二 しかし、(1)駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条五項の公的な
立会人の審査権については原判決一〇四ぺ−ジ以下が、(2)同条二項の立会に
ついては原判決一三五ページ以下がそれぞれ説示するとおりであり、原判決
に法令の解釈の誤りはない。
また、(3)都道府県知事の「自主的判断権」なるものについては、原判決
(二三六ページ以下)の説示するとおりであって、都道府県知事は、法令に
基づき委任された国の事務を執行することが地方自治の本旨に反するときに
は、右事務の執行を拒否することができるが、右の場合を除くと、都道府県
知事が国の事務を処理するに当たり一定の裁量権ないし自主的判断権を有す
るか否かは立法政策に係る事柄であり、立会・署名押印の代行の趣旨等から
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すると、駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法三六条五項が、都道府県
知事に対し、土地・物件調書の作成手続に係る事実の有無について審査権を
付与したほかに、一定の裁量権ないし自主的判断権を付与したとは考えられ
ない。そして、右作成手続に係る事実が認められる場合に都道府県知事に対
し立会・署名押印の代行を義務付けることが地方自治の本旨に反するとされ
る余地はなく、本件立会・署名押印の代行が地方自治の本旨に反するもので
ないことは、原判決(二三八ページ以下)の説示するとおりである。
さらに、(4)上告人が本件立会・署名押印の代行の事務の執行についてどの
範囲で審査権を有するかは、原判決(一九九ページ以下)の説示するとおり
であり、結局、本件使用認定が違憲無効かどうかは本件訴訟の審査の範囲外
であることは、第三、二で述べたとおりである。右のとおり、原審は本件使
用認定が達憲無効かどうかについて判断する必要がなかったから、原判決に
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は判断遺脱の違法はない。
したがって、上告人の右主張は、いずれも失当である。
第六 上告理由第六点(地方自治法一五一条の二)について
一 他の是正措置について
1 上告人は、原判決は、上告人が長年にわたって基地の整理縮小、返還を
訴えてきたにもかかわらず国が怠慢であったことを正当に理解したものと
はいえない、被上告人が、地位協定二条二項の取極めの再検討の要請、同
条三項の施設及び区域の返還の各規定に基づいて、基地の整理縮小、返還
に向けた外交交渉等の措置をとっていれば、本件職務執行命令を発する必
要はなかった、旨主張する。
2 しかし、地方自治法一五一条の二第一項が規定する「本項から第八項ま
でに規定する措置以外の方法」とは、当該都道府県知事に法令違反又は職
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務懈怠があることを前提として、指揮監督権(同法一五〇条)や内閣総理
大臣の借置要求権(同法二四六条の二)に基づく措置のように、その法令
違反又は職務懈怠の是正を図るための直接的な方法をいう。
したがって、上告人の右主張が、国が外交交渉等の措置をとることによ
り本件各土地の返還を受けていれば、上告人が本件立会・署名押印を代行
する必要がなかったとの趣旨であれば、右措置は、知事に法令違反又は職
務懈怠があることを前提とするものでないから、右の「本項から第八項ま
でに規定する措置以外の方法」に該当しない。また、上告人の右主張が、
国が上告人の要求に沿うべく外交交渉をするなどの措置を講ずれば、上告
人において法令違反又は職務懈怠を是正する意思であったという趣旨であ
るとしても、右のような国の措置は、右是正を図るための直接的な方法で
はなく、およそ同項が「本項から第八項までに規定する措置以外の方法」
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として予定しないところである。
したがって、上告人の主張はいずれにしても失当である。
二 公益侵害について
1 上告人は、地方自治法一五一条の二第一項にいう「それを放置すること
により著しく公益を害することが明らかであるとき」とは、知事が立会・
署名押印の代行をすることによって得られる公益のみではなく、知事がそ
れを拒否することによりもたらそうとした公益とを比較衡量した上で判断
されるべきであるのに、原判決には右の「公益」を「当該機関委任事務に
係る公益」と狭く解釈した違法があり、右の法令違背は判決に影響を及ぼ
す、旨主張する。
2 しかし、上告人の比較衡量論は、何ら明文の根拠のない独自の見解にす
ぎない。
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そもそも、国の事務について法令違反又は職務懈怠がある場合、「それ
を放置することにより著しく公益を害することが明らかである」ことさえ
認定されれば公益侵害要件は充足されるのであって、仮に、上告人が主張
するような「知事がそれを拒否することによりもたらそうとした公益」が
存在するとしても、そのために公益侵害要件が失われることはない。
そして、原判決は、「同条項にいう公益とは、当該国の事務の管理執行
を都道府県知事に委任している当該法令が右事務の管理執行により、保護、
実現しようとしている公的な利益であると解される。」(二六〇ページ)
としているが、上告人の主張するように「右調書を完成させて同局長によ
る裁決申請に必要な書類の一つを整えさせること」(二六一ページ)だけ
を公益としているわけではない。原判決は、それにとどまらず、我が国が
米国に対し、本件各土地を含む施設及び区域を米軍の用に供する「条約上
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の義務を履行する可能性を完全に奪う」(二六四ページ)ことをも公益侵
害要件に該当する事実として認定し、これをも含めて地方自治法一五一条
の二第一項にいう公益侵害要件が充足されたとしている。
したがって、上告人の前記主張は失当である。
第七 上告理由第七点(審理不尽)について
一 上告人は、原審が、「上告人をして本件職務執行命令に従わせ、なお沖縄
県に米軍基地を固定化することが許されるのかどうかという本件訴訟の本質
にまで踏み込んで審理すべきであった」のに、これをしなかったから原判決
には審理不尽の違法がある、と主張する。
二 いわゆる審理不尽がそれ独自には上告理由にならないことはさて措くとし
ても、本件訴訟の是非について判断するために、上告人の主張する点につい
て審理をする必要はない。原審は、本件訴訟において審理すべき事項につい
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てすべて審理した上判断しているから、上告人の右主張も失当である。
第八 結論
以上の次第であり、他に適法な上告理由の主張はないから、本件上告は理
由がなく速やかに棄却されるべきである。
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