代理署名拒否訴訟
判 決 要 旨
地方自治法一五一条の二第三項に基づく職務執行命令裁判請求事件
判 決 要 旨
一 事案の要旨
本件は、那覇防衛施設局長が目本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保
障条約(安保条約)第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の
地位に関する協定(地位協定)の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(特
措法)一四条一項により適用される土地収用法三六条(法三六条)の規定に基づき本
件各土地に係る土地調書及び物件調書を作成するにつき、被告が同条五項に基づいて
立会人を指名し署名押印させる(署名等代行)という国の機関としての被告の権限に
属する国の事務の執行を拒否したとして、原告が、主務大臣として、地方自治法一五
一条の二第三項に基づき、被告に対し本件署名等代行をすべきことを命ずる旨の裁判
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を求めた職務執行命令訴訟である。
二 法三六条の土地・物件調書の作成及び同条五項の署名等代行について
特措法に基づく土地の使用手続は、原告による使用認定手続とその後に行われる収
用委員会による裁決手続の二つの重要な手続に分かれている。
法三六条の土地・物件調書の作成は、防衛施設局長が使用認定の告示後、使用裁決
の申請をするに当たりその準備手続として義務づけられているものである。その趣旨
は、収用委員会における審理の際に事実の調査、確認をすることによる煩雑さを避け、
審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及びその土地の
上にある物件に関する事実及び権利の状態についての争いの有無を整理することにあ
り、そのために、防衛施設局長に対し、右事実及び権利の状態についての土地調書又
は物件調書を作成してこれを裁決申請の際に添付することを義務づけ、右調書作成の
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際には、土地所有者等にその記載内容を確認させて異議がなければそのまま署名押印
させ、記載事項が真実でない旨の異議がある者にはその内容を当該調書に附記して署
名押印することを認め、このようにして作成された土地・物件調書の記載事項につい
ては異議が附記された事項を除き一応真実であるとする推定力を与え、土地所有者等
は、それが真実に反していることを立証しない限り、異議を述べることができないこ
ととしたものである。
ところが、土地所有者等が土地・物件調書に署名押印しない場合、調書が作成され
ないことになり、裁決の申請に必要な書類の一つが整わず、防衛施設局長が裁決の申
請をすることができなくなる。そこで、法三六条四項及び五項は、まず、市町村長に
よる署名等代行を、市町村長が拒否した場合には都道府県知事による署名等代行を認
め、当該自治体の吏員等をして公的立場から土地・物件調書の作成手続の適正を保障
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しつつ右調書を完成させて防衛施設局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさ
せることとしたものである。そうすると、右吏員等は、当該調書の記載事項の真実で
あることまで調査した上これを確認しなければ署名押印することができないというも
のではなく、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認め
られる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、
また、署名押印しなければならないものと解するのが相当である。
以上のとおり、法三六条五項による署名等代行は、使用認定の告示後に防衛施設局
長により使用裁決申請の準備手続として行われる土地・物件調書の作成手続の一環を
なす補充的事務にすぎず、起業者的立場にある防衛施設局長を監督する観点から行わ
れるものであり、その効果も、土地・物件調書が作成され防衛施設局長による裁決申
請に必要な書類の一つが整い、土地・物件調書の記載事項について一応真実であると
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の推定力が付与され、土地所有者等はそれが真実でないことを立証しない限り意義を
述べることが許されなくなるということにすぎない。
三 本件訴えの適否について
1 本件署名等代行事務が国の機関としての被告の権限に属する国の事務か
当該事務が都道府県知事の権限に属する国の事務か否かは、当該事務を都道府県
知事に義務づけている法律等の趣旨、文言、当該事務の性質等、地方自治法別表第
三への掲記の有無又は掲記されている事務との類似性の有無、手数料に関する事項
を定める法形式などを総合考慮して判断すべきである。これによると、使用認定に
相当する土地収用法の事業認定に関する事務は都道府県知事の権限に、裁決に関す
る事務は収用委員会の権限にそれぞれ属する国の事務である。都道府県知事による
署名等代行事務は、地方自治法別表第三第一号(百八)掲記の事務とその性質を異
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にするものとはいえず、土地収用法が、事業認定手続、裁決手続その他右別表に掲
記の付随的事務を国の事務としながら、これと同じ性質を有し、事業認定と裁決申
請を架橋する重要な機能を営む署名等代行事務のみを切り離してこれを都道府県限
りの責任で処理することを許容したものとは考えられない。むしろ、土地収用法三
六条五項は、公的立会人として調書の作成手続の適正を担保できる上、地理的関係
等からみてそれが容易かつ有効であるという行政事務上の便宜から、署名年代行事
務を国の機関としての都道府県知事に委任してその管理執行を義務づけたものであ
る。以上のことは、土地収用法の特別法である特措法により都道府県知事の署名等
代行がされる場合でも同様であり、本件署名等代行は国の機関としての被告の権限
に属する国の事務である。
2 本件署名等代行の主務大臣は原告であるか
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地位協定に基づき駐留軍の用に供する土地等の使用に関する事務は、駐留軍の使
用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関するものとして、防衛庁及び防
衛施設庁の所掌事務であり、総理府に分配された所掌事務である。
特措法が原告に対し使用認定に関する権限を付与したのは、使用認定の要件の有
無の審査には国の安全保障に係わる政策的かつ技術的な判断を要することから、そ
の最終的な判断を内閣の首長である原告に委ねるのが相当とされたことによるもの
であるが、原告が、総理府の長でもあり上級行政機関として防衛施設局長を監督す
る立場にあることから駐留軍の使用に供する土地等の使用に関する事務について権
限を付与されたものであることも否定することはできない。したがって、法三六条
二項の署名等代行事務は、駐留軍の用に供する土地等の使用に関し防衛施設局長を
監督する事務として原告の権限に属するものであり、本件署名等代行事務について
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の主務大臣は原告と解される。
四 本件命令の実質的適否(本件署名等代行義務の存否)について
1 土地・物件調書の作成に関する瑕疵の有無
法三六条五項の署名等代行の趣旨、効果等からすると、使用認定の告示があった
こと、防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる
方法により土地・物件調書となるべき図書を作成したこと、防衛施設局長が土地所
有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等がこれ
を拒む等したこと、防衛施設局長が市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、
市町村長がこれを拒んだこと、防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の
吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと、以上の要件事実
を充足した場合、都道府県知事は署名等代行事務を執行する義務を負うものと解さ
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れる。そして、証拠によれば、右各要件事実を認めることができる。
本件各土地の中にはいわゆる地籍不明地が存するが、いわゆる位置境界明確化手
続において、右土地を含むブロックとこれに隣接するブロックとの境界は確定し、
右土地を含むブロック内において右土地とその隣接土地との境界を除き、すべての
土地の境界は関係土地所有者において確認済みであり、右土地とその隣接土地との
境界についても隣接土地所有者は全員確認済みであること、右土地についてはこれ
まで二回にわたり使用裁決がされていること等判示の事情にかんがみると、防衛施
設局長は測量、調査その他の資料に基づき、一応の合理性が認められる方法により、
右土地についての土地・物件調書を作成したものと認められる。
また、土地・物件調書の作成の趣旨、効果等及び法三六条の文言に照らすと、同
条二項の土地所有者等の立会とは、右調書が法的に成立する土地所有者等による署
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名押印の時点及び場所において、土地所有者等を立ち会わせた上、右調書をこれに
示して説明するなどしてその署名押印を求めれば足り、調書作成の全過程又は現地
における立会まで認めなければならないものではない。
2 特措法は憲法に違反するか
特措法は、憲法前文の趣旨、九条、一三条、二九条、三一条に違反するものでは
ない。
3 本件使用認定が違法、無効、違憲であるか
地方自治法一五一条の二第三項の職務執行命令訴訟の制度は、都道府県知事の本
来の地位の自主独立性を尊重する見地から、国の機関としての都道府県知事の権限
に属する国の事務の執行について主務大臣の判断と都道府県知事の判断が異なり両
者が抵触する場合に、司法機関である裁判所にそのいずれが正当であるかを審査判
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断させることとし採用されたものであって、裁判所は、都道府県知事が法律上主務
大臣の命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを審査判断して当該命令の実
質的適否を決すべきものと解される。そして、都道府県知事が右義務を負うか否か
は、当該国の事務を都道府県知事に委任している法令が都道府県知事に対しどのよ
うな事項について審査させた上で右事務の執行をさせようとしているかに係わるも
のであり、都道府県知事は、法令により付与された審査権の範囲内において、当該
国の事務の執行の要件を審査し、これが充足されていると認められるときは、右事
務を執行しなければならず、その場合に、審査権の付与されていない事項について
考慮した上で右事務の執行を拒否することは許されない。
法三六条二項が、都道府県知事に対し、署名等代行事務の執行に際し、調書の作
成に関する前記の事項のほかに本件署名等代行の先行行為である使用認定の適否又
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は効力の有無についても審査する権限を付与したものか否かについて検討するのに、
原告による使用認定と都道府県知事による署名等代行の両者を、待措法による使用
手続における位置づけ、重要性、行為の効果の観点から対比し、さらに、署名等代
行の趣旨や署名等代行事務が都道府県知事に委任された趣旨を併せ考えると、法三
六条五項は、使用認定に関する事務など元来原告において管理執行すべき駐留軍用
地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等代行事務をこれらから切り
離してその管理執行を都道府県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行
う使用認定が適法か違法か、有効か無効か、違憲か否かについて、改めて当該都道
府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであ
って、被告は、本件使用認定の違法、無効、違憲を理由として本件署名等代行事務
の執行を拒否することは許されない。
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4 本件に法三六条二項を適用することが違憲か
法三六条五項の署名等代行の趣旨、効果、使用手続に占める地位等を併せ考える
と、本件署名等代行事務の執行は地方自治の本旨に違反するものではなく、憲法に
違反するものではない。
5 被告に本件署名等代行事務を執行しないことについて自主的判断権があるか
憲法九二条に照らすと、法律に基づき国の事務の処理を都道府県知事に委任する
場合にも地方自治の本旨に基づくことが要請されることは明らかであり、都道府県
知事は、法令に基づき委任された国の事務を執行することを当該法令により義務づ
けられている場合でも、これを執行することが地方自治の本旨に反するときには、
右事務の執行を拒否することができるが、右の場合を除き、当該法令に定めるほか
都道府県知事に対し被告の主張する自主的判断権を認める余地はない。そして、法
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三六条五項が被告の主張に係る自主的判断権を認めているものではなく、本件署名
等代行事務の執行が地方自治の本旨に反するものでないことは前記のとおりである
から、被告の主張に係る自主的判断権に基づき本件署名等代行事務の執行を拒否す
ることはできない。
被告が本件署名等代行事務の執行を拒否した背景には、米軍基地の形成過程、概
況、米軍の演習、訓練、事件事故、米軍基地が環境や沖縄県の振興開発に与える影
響、地元自治体の行政事務の過重負担等判示の諸事実が存在している。被告は、そ
の本人尋間において、特に、沖縄の本土復帰後二三年の間に米軍基地は本土では六
〇パーセントも縮小しているのに沖縄県では一五パーセントしか縮小していないこ
と、政府は、米軍による事件事故が発生した場合、本土においては素早い対応を見
せるが、沖縄ではそうではないなど沖縄は本土に比し米軍基地について過重な負担
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を強いられていること、しかし、米軍に対する基地の提供が我が国の安全保障上欠
かせないものであるというならば、全国民が平等にこれを負担すべきであることを
強調する。そして、沖縄県民の命と暮らしを守ることを使命とする沖縄県における
行政の首長としての立場からは現状のままでの米軍基地の維持存続につながりかね
ない署名等代行をすることはできないとしてその心情を吐露している。これらの事
情にかんがみると、被告が沖縄における米軍基地の現状、これに係る県民感情、沖
縄県の将来等を慮って本件署名等代行事務の執行を拒否したことは沖縄県における
行政の最高責任者としてはやむを得ない選択であるとして理解できないことではな
い。
しかしながら、前記のとおり、法三六条五項の法的解釈からは、右のような事情
を理由として、署名等代行事務の執行を拒否することができるとの結論を引き出す
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ことは困難である。沖縄における米軍基地の問題は、被告の供述にあるとおり、段
階的にその整理、縮小を推進すること等によって解決されるべきものであり、判示
の前提事実及び背景事実に照らすと、この点についての国の責務は重いと思料され
る。
五 本件命令の形式的適否について
1 本件命令が適法であるためにはその前提となる勧告が地方自治法一五一条の二第
一項に規定する各要件を具備していなければならない。そして、被告が本件署名等
代行事務を執行しないことが同条項所定の「国の機関としての都道府県知事の権限
に属する国の事務の管理者しくは執行が法令の規定に違反するものがある場合又は
その国の事務の管理者しくは執行を怠るものがある場合」に該当するものであるこ
とは、これまでの説示から明らかである。
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2 地方自治法一五一条の二第一項から八項までに規定する措置以外の方法によって
被告が本件署名等代行を執行しないことの是正を図ることが困難であるか
被告が本件署名等代行事務の執行を拒否したのは前記の理由によるものであるこ
とにかんがみると、被告の本件署名等代行事務の執行の拒否の意思は固いというほ
かなく、地方自治法一五〇条に基づく主務大臣である原告の被告に対する指揮監督
や同法二四六条の二に基づく原告の被告に対する措置要求の方法によっても被告が
これに従う見込みはないというべきであるから、右の要件を充足するものである。
3 被告が本件署名等代行事務を執行しないことを放置することにより著しく公益を
害することが明らかであるか
地方自治法一五一条の二第一項は、国の機関としての都道府県知事の権限に属す
る国の事務が一定の公益を保護、実現するために管理執行されるものであり、右事
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務の管理執行に法令違反があり又は怠りがある場合に右公益が害されることを当然
の前提として、都道府県知事の地位の自主独立性に配慮し、著しく右の公益を害す
ることが明らかであるときに限って主務大臣による職務執行命令手続の発動を可能
ならしめたものである。したがって、同条項にいう公益とは、当該国の事務の管理
執行を都道府県知事に委任している法令が右事務の管理執行により保護、実現しよ
うとしている公的な利益である。そして、法三六条五項が保護、実現しようとして
いる公的な利益とは、前記のとおり、使用認定告示後における裁決申請の準備手続
である同条による防衛施設局長の土地・物件調書作成に当たり土地所有者等及び市
町村長の署名押印が得られない場合に、右調書の作成手続の適正を保障しつつ右調
書を完成させて同局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせることである
が、被告は、法三六条五項により本件署名等代行事務を執行する義務を有しながら、
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右執行を全面的に拒否しているのである。そうすると、那覇防衛施設局長は、裁決
を申請する際に必要な添付書類である土地・物件禰書を作成することができず、既
に原告による使用認定を得ていながら、本件各土地について裁決の申請を適式にす
ることができなくなり、収用委員会における審理及び判断を待たずして、その前段
階において本件各土地の使用権原取得の可能性を完全に奪われるものであって、既
にそれだけで、法三六条五項が保護、実現しようとしている公益を著しく害するこ
とが明らかというべきである。また、本件署名等代行の効果に照らすと、本件署名
等代行事務の執行が直ちに被告の主張に係る沖縄県及び沖縄県民の種々の不利益を
招来するものとはいえず、他方、被告が本件署名等代行事務を執行しないことによ
る公益侵害性は前記のとおりであるから、被告により本件署名等代行事務が執行さ
れない場合の公益侵害性とそれが執行された場合に生じる不利益とを比較衡量して
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みても、被告が本件署名等代行事務を執行しないことを放置することが著しく公益
を害することは明らかと認められる。
六 結論
以上のとおりであるから、本件訴えは適法であり、原告の請求は理由がある。
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